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「すぶくれ饅頭が美味しかったこと後編」、故郷大村で、幼児の頃の思い出

2022-01-22 09:00:00 | エッセー

今回も詩吟から離れて。

亡くなった母の一連の法要の為、故郷大村で約2ヶ月過ごした。

久しぶりの墓参りで、幼児の頃、祖母が作ってくれたすぶくれ饅頭を思い出した。

「すぶくれ饅頭が美味しかったこと」として纏めてみました。今回は後編。

 レシピ見ながら女房手製のすぶくれ饅頭

 

 それが郷土名産「すぶくれ饅頭」と後になって知ったが、

この記憶を長く留めていた訳ではなかった。

社会人では辛党で、甘いものとは縁遠かったが、

約10年前65歳の時、脳卒中発症を機に甘党に転じた。

甘党初心者として色んな菓子を手にする内に、

横浜在住の私は大村帰省の折、青空市場ですぶくれ饅頭に出会った。

その瞬間喧嘩した幼馴染の面影が浮かび、従兄弟にその時のシーンを話した。

彼は喧嘩事件後の生まれで、「多分この前の町内会長だろう」と。

幼馴染と60有余年ぶりに再会した。私のノスタリジアであるが、

「あんときゃ何で喧嘩ばしたんじゃろうか?ばってん、

あん時のすぶくれはうまかったばい、喧嘩ば忘るごったもん。」

(あの時どうして喧嘩したのだろう、しかしあのすぶくれは美味しかった、

喧嘩を忘れてしまったものね。)とお互い当時を懐かしんだ。

遊んでくれた叔父も叔母も逝き、堤は埋め立てられ川の流れは変わり、

広い縁側に一列になってすぶくれを食べた当時の家跡地は高速道路になり、

遊び場は心に刻まれるだけになった。

関東出身の妻はレシピを見て「これは簡単よ」と言ったが、

あの味とは違う。終戦から数年後の田舎のこと、

あの味を言葉で表すことが出来ない。

あのすぶくれにはどんな隠し味が入っていたのか?

あの頃だけしか遊んだ記憶がない幼馴染との再会、

そのきっかけがすぶくれ饅頭、追憶を与えた祖母はやはり神様だったかも。

みんなで仲良く食べた祖母の「優しさ」が詰まった熱々のすぶくれ饅頭が

「わたしのおいしい記憶で、かつわたし遺産」と言えるものです。

あなた方にもきっとありますよね。(おわり)

 

 

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