ゆっくりかえろう

散歩と料理

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焼そば(袋麺を使ったオリジナル)

2014-02-19 | ランチ
インスタントラーメン(袋麺)を利用して焼きそばを作ってみました。
 麺を通常のように茹でず 沸騰したら麺をいれほぐしたら火を止め蓋をして蒸らします。
 野菜と肉を炒めて蒸らしてお湯を切った麺をいれて更にいため合わせ 焼きそばソースで味付けします。 出来上がりを期待したのですが 即席焼きそばの域を出ず カップ焼きそばになってしまいました。
 ラーメンで食べるときはモチモチした麺も 焼きそばで使うと 元の乾麺の特徴であるスパスパ(すかすか?)感がでます。
 茹でたあと水で締めた方が良かったのかな。

粂屋

2014-02-18 | ランチ
 ビル上 大阪登場当時は有名四国店を名乗っておられたと記憶していますが(間違ってたらごめんなさい)いまは契約を離れ 大阪独自のうどん展開です。

 あの頃に比べると「烏賊刺し感?)はややうすれたようですが その分オリジナルなもちもち感がするし つゆはあいかわらずよく練られた優しいもので 今のほうが総合的に美味しく進化したのではないかと 素人めには思いました。

 ただしまえよりより高級志向になったのか 私などはざるうどんしか手が出ず ファンとしてはこのメニューだけは このまま残しておいて欲しいなと思います。

トマト茶漬け

2014-02-17 | ランチ
 冷ご飯を洗ってぬめりを取ります。

 お茶漬け茶碗に水を切った洗いご飯をよそい、水を好きな分量入れてお茶漬けの元(或いはお吸い物の元)を振りかけてチンします。

 取り出してトマトジュースをすこし入れて出来上がり。

 手抜きメニューですが、これがなかなか美味しかったです。
 付け合わせはカツオの酒盗 トマトと合います。

クネル

2014-02-17 | ランチ
 前に食べに行った フレンチのおでんが食べられるワインのお店

 安くて美味しくて上質なものが置いてあって いい時代になったなぁと思いました。

 これはいわばフレンチはんぺん。
 においはすこし苦手っぽいです。 はんぺんというより 魚肉ソーセージをゆでた感じがすると思ったら 理屈は同じことなんですね。

 ソースがあれば 匂いが苦手でも美味しく食べられます。

ブルダック

2014-02-16 | ランチ
 鳥の辛味炒め 韓国料理は辛いですが ここは辛くないものも提案しています。

 これも見るからに辛そうですが 中身は日本人でも大丈夫でした。

 日本酒、ビール マッコリなんでも合うと思います。

 

 

信長の首 4

2014-02-16 | フィクション
 信長の寝所がある本陣 本能寺は現在地より やや西南にありました。

 あらゆる宗教を否定する信長ですが パトロンとしての法華宗 ひいては京都の押さえとしての法華宗を利用して 持ちつ持たれつ利用していました。

 ここは皇居からも近く 公家や有力町衆の住まいや本家からも近く 加えて交通の要所ですから 守りやすく快適でもありました。

光秀の軍勢は怪しまれること無く 街中を進み いきなり本能寺に切り込みました。

 「朝敵、織田三郎信長、惟任日向守十兵衛光秀が 朝命により 征伐に参り申す」


 本能寺のものは 殿様が寝るまでは 寝るものが無く 全員起きており 蜂の巣をつついたような騒ぎになりますが 側近のものは数少ないながら 多勢を相手によく戦ったといいます。

 このときの信長の様子が語られていますが あれは後の世の創作だと思われます。

 ただ 信長は女子供を逃がし 光秀もこのとき女子供には手を出さなかったそうです※1
  
 信長は捕らわれ 寝所で切腹することになり 光秀の娘婿秀満が介錯することになりました。

 信長は白装束をまとい(夜衣でもあります)不敵に笑っておりました。

 「いつもながら気味の悪い」 「死ぬのを恐がって居られぬ」「不敵なお方じゃ」

 「よく見ておれ これが第六天魔王の切腹のやりかたぞ」

 信長は見事 腹を縦横十文字に切り 返す刀で横様に自分で自分の首を切り落としたという。

 「あっ」という間だった。

 「なにをしている その首をその刀で突き刺すのじゃ 早くせい」

 光秀の引きつった声が寝所に響き渡ったが 死んだものの首を更に突き刺すことは武士として躊躇われ迷っていると 

 「何をしておる、」と光秀が秀満の刀をひったくって 転がった首めがけて突き刺した。

 ・・・と思ったら、首はするりと転がり やがて天井へ舞い上がった、

 「はははははは」「ははははははは」寝所にいるものはみな震え上がり あまりの恐ろしさに足が動かなくなってしまいます。

 「まさに鬼の子信長」 

 光秀はあまりのことに恐れおののいたが 槍と薙刀を持って来させ 飛び回る首を刺し落としましたが その間に首は三人の雑兵の首に噛み付き 食いちぎり笑っております。

 「バケモノめ!」

 信長の胴体はといえば その間座ったまま首が戻ってくるのを待っているかのようです。

 あたりは血の海です。

 首は槍の剣先で突き刺され 尚 笑っています。

 信長の首はいいました。「義昭公より預かってきた宝刀で突き刺すがよい それが将軍家に代々伝わる 童子切りじゃ」

 「わしは童子切りでしか滅びぬ。早く眠らせてくれ」

 光秀は判然としないまでも 義昭から預かってきた童子切りで鬼のかしらを突き刺した。

 とたんに 頭は力をつけ口からは火を吹き また舞い上がり 今度は寺の天井を焼き始めた。

 「たばかったな!」光秀は首に悪態をついた。

 「鬼は人を騙さぬ、騙したのは本物の刀を出し渋った 足利義昭じゃ」「そのお前の手の中の刀は 本物を呼ぶ呼び刀、本物はその刀と対を成す脇差しの方なのじゃ」

 「脇差は直刀(そりの無い刀)で 目立たぬが宝力があり、そりの或る大刀は脇差を探す呼び刀 そしてわしを復活させる刀じゃ」

「さても窮屈な信長の身体は飽きた、次の身体を捜しまいらせん」


 寺は天井から火を吹き 鬼の首はさらに火を噴き 崩れる建物から 北の空へ飛んでいきました。

 このあと光秀は信長を滅ぼした大義名分が立たず 血迷った挙句あのような見苦しい行動にでてしまいます。

 信長の正体があの酒天童子だと見破った人は沢山いて 信長の子供の頃は 鬼の子と呼ばれ。浅井長政父子のしゃれこうべで酒を飲んだエピソードはいかにも鬼らしい 大江山の物語を彷彿とさせます。


 さて首はどこに行ったのでしょう?

 光秀が回り道した 丹波 山城の国境 大枝(おおえ)の坂(今で言う老の坂)の脇の街道には 首塚大明神が今でも祭られています。

今では小さな祠ですが 首から上の病に効くというありがたい神社ですが 祭られているのは 酒天童子の首塚だそうです。

宝刀童子切りは信長の手には渡らず 足利将軍家から秀吉 家康に渡り 今は東京上野の国立博物館に名物童子切りとして伝わっております。


 (この物語はフィクションです)

  ※ 1 (一応フィクションで話はすすんでおりますので 無粋なことはいわないでくださいね 揚げ足とりさん)

タンメン

2014-02-15 | ランチ
 中華街で買ってきたひらうち乾麺で作ります。ゆで方が難しく 早いと固いし 遅いとあっというまに柔らかく延びてしまうので タイミングが難しいです

 中華街で食べるタンメンは どれもヤワヤワでコシがなく 柔らかいのがデフォルトだと気づきました。

 この麺で日本風のコシの強いラーメンはできません。

 麺茹で3分と袋に書いてあったので(中国語でも3分は読めます)思い切って熱湯に入れてすぐ火を止めて加熱せず蒸らして その間に作っておいたスープを鍋で温めて 麺の湯切りをし スープにいれてそのまま食べました。

 食べてみて分かったことは この麺は ゆでていると固い状態からいきなり柔らかくなり 日本人の言うところの「のびた」状態になってしまうことです。


 やわやわの麺は民族的嗜好の違いから来るもののようです。

 あちらのお国では 日本式の固い麺は少ないのか 中国からの観光客は日本のラーメンを珍しがって食べていかれるそうです。

 逆の考え方で和風だしで この中国製乾麺をきしめんや煮込みうどんで食べるほうが美味しいようです。

 安い保存食ですから きしめんの代用としてどうでしょうか?

信長の首 3

2014-02-15 | フィクション
 ときは下克上 誰が誰に成り代わろうと それほどおかしなことではなく 事が成れば理由はあとからつけられるのです。

 現に美濃の斉藤氏も 尾張の織田氏も 毛利 武田 北条 どこもかつての国主から国を奪い取ったも同然のものです。

 織田氏より明智の方が 土岐氏や斯波氏の後継としてはずっとふさわしいのです。

 光秀の先祖清和源氏は いにしえの昔より勇者が鬼を退治する役目をもっており 特に源頼光が有名です。
 時代が乱れ国が荒れるとき、鬼が現れ人を食うというのです。彼はこの鬼を封じる大きな役目を持っておりました。

 「わしは戦国の鬼退治をするのだ」

 彼は信長を倒す時期を狙っていましたが 思ったよりその好機が早く巡り来てしまい 準備が間に合わなくなってしまいました。

 やるなら万全の体制でやりたかったのですが 協力者の大名を作るにも 密書を出せば信長に見つかってしまうだろうし 同盟を組もうと考えていた畿内の大名達はお互いいがみ合っていて まとまりきらず 秀吉だって信長の本心は嫌というほど知っている筈ですから 敵にはならない自信がありました。

 秀吉も何度かの軍令違反を犯して 織田家から浮いていたのは確かで そりの合わない柴田勝家よりは自分寄りであると感じていました。

 羽柴秀吉が毛利征伐に出たのは 柴田勝家の北陸征伐へ行く手伝いをさせられるのを嫌い 勝手に国へ帰った為で いわばその罰としての命を賭けた毛利征伐なのです。

 意に沿わない上司のために命を賭けるなら 自分のために命を賭けようと思った秀吉のぎりぎりの知恵です。

 ライバル柴田勝家の手伝いとはいいながら 織田家の直臣たちは秀吉を潰してしまいかねないからです。
 
彼はいつも他人より危険な戦いを自ら志願し 勝利し ここまでのし上がってきた男です。
けして後世いうような 出世物語の主人公ではなく 秀吉こそが下克上のしたたかな体現者なのです。

 いよいよ 信長が自分を除けようとするなら 彼は信長を取り除こうとすると 光秀は思っていました。

 その時期が自分のほうが先に来ただけ、好機が先にめぐってきただけ。

  秀吉が先に信長を倒したなら 自分は秀吉と協力して柴田以下重臣達と戦うだろう。

 そう読んでいました。この時期織田家の空気は淀んでいて、旧家臣柴田たちと 新家臣光秀たちの仲はすこぶる悪く その均衡は信長の力によって押さえつけられている状態でした。

 軍令を破って敵地を(北陸)離れた秀吉は 首の皮一枚繋がっているだけでした。

 

レッツオムレツ

2014-02-14 | ランチ
 だんだんわかってきました。バター多目で フライパンの温度と 卵自身の最初の温度が重要らしい。冷蔵庫からだしてすぐのものは 絶対いけません
自身の手が遅いので固まる速度についてゆけず硬さの調節が間に合わないのなら、予め玉子溶液の温度を固まるスレスレの所までもってゆけばよいのです。時には電子レンジの力を借りることもありかな


アボカド

2014-02-14 | ランチ
少ないながら 私の経験上 メキシコ産が一番当たりが多く クリーミーで青草さが少ないように思います。
チリ産はばらつきがややあって でも当たればクリーミーなものにもありつけます。
アメリカ産は 品質が安定していて バラつきはありませんが 飛び抜けてクリーミーなものには 巡りあったことがありません。
以前は美味しいけど やや青臭いこれがアボカドだと思っていましたが クリーミーなものに出会って 考え方が変わりました。
ただし熱を加えると ダメみたいで この性質はなくなってしまい かなり微妙なものです。
いいものに当たると 「森のバター」というより クリームチーズみたいです。