さっきから小松の腹が グウグウ鳴って まことに喧しい。
「小松、空腹なら軽食でも食べておいで」
「いえ、あの私 お金持ってないんで」小松が情けない顔をしてしょんぼりしている。
専務に聞こえないところで内緒で訳を聞いてみると 食事は社食の1日一食だけ 昼に間に合わなければ 夜まで取り置きしてもらうという ギリギリの生活らしい。
交通費などはカード決済で現金は使わないそうだ。
まるで中世の奴隷のようだ。
「分かった 俺のカードを貸してやるから 三人分のドリンクとお前の分のサンドイッチでも買って来ておいで」
小松の顔がパッと明るくなって 子供のように駆け出した。
これから一緒の時は飯の世話をしてやらねばなるまい。
小松と三人でレースを観ながら 専務とお話した。
小松は相変わらず食べるのに夢中だ。
よほど腹を減らしているのだろう。不憫な身の上だと思う。
「専務、どうしてチョイ悪オヤジなんかに興味をもたれたのですか?」
専務は遠いところを見るように身の上話を語り出しました。
「私は大阪の生まれです 若い時 自動車関係の小さな部品工場に就職しました そこが不況で上の子会社に吸収され それを繰り返しながら 段々上へ上へと上がって行きました」
「その頃は私は製造 企画 営業 販売と全部こなしていました そうしなければ工場はやっていけなかったからです」
「そんな私を見て親会社の幹部が目を付けて 上に引っ張り上げました」
「しかも会社費用で大学までいかせてくれました」
「卒業したときは幹部候補生でした」
「それからまた 上へ上へと上がって 今の会社の取締役になりました」
「でも あの頃の大阪時代の方が充実していて 生きる実感がありました」
「友人と酒を飲み 喧嘩したり泣いたり喚いたり それが楽しかったのです」
専務は途端に寂しそうな 悲しそうな何とも言えない顔で下を向きました。
なる程 引退前に やりたかった事をやってみたいのかな? と俺は勝手に解釈した。
「じゃあ、次はオヤジ達の溜まり場 立ちのみに行っていっぱいやりましょう」
俺たちは競艇場を後にして 都内に向かった。
帰りは分かりやすいので 小松に運転を代わって貰った。
目的地は上野界隈 ここには近くにウチの代理店があって 車を置いておける。
上野といっても 正確には御徒町だ。
途中 俺は降りて専務の為に安っぽいジャケットを買って来た。
服装ひとつで人の印象はガラッと変わる。
立ちのみには立ちのみらしい出で立ちが必要なのだ。
駅から少し離れた立ちのみに入る。
「まいど!」
ここはいちげんでも お馴染みでも 必ず「まいど」という まいどと言えば間違いないと思っているようだ。
言われた方も気分は悪くない。