パオと高床

あこがれの移動と定住

ボブ・ディラン『ボブ・ディラン全詩302篇』片桐ユズル 中山容訳(晶文社)

2016-10-15 10:44:46 | 詩・戯曲その他
 ノーベル文学賞にボブ・ディラン。あるかもと思う一方で驚いた。「文学賞」の「文学」ということを考えると画期的かも。
文学は、どこか、書かれた言葉「エクリチュール」として評価されるのかなと思っていたので、ちょっと驚きが倍加されたのか
もしれない。もちろん選考には詩の文学性とある。
 で、朝日新聞の記事を読んで、ふむふむと。そうか、英詩の伝統を踏んでいるんだ。名前の由来はディラン・トマスだったの
だと。ファンの人には今頃気づいたのかと言われそうだが…。他紙もひとつ読んだが、朝日の記事のビートニクの詩人との交流や、
「歌詞」へのこだわり、「文末だけでなく文の半ばにさえ韻を踏む」といった紹介に出会うと、なるほどと思ってしまう。確かに、
ディラン・トマスやエリオットっぽいところ、ジェームズ・ジョイスみたいなところもあって、それが歌詞の構図にはまっていて、
同時に私と虚構の主人公を往き来する感覚や語りに徹した感覚などなど詩が現実との接点で、現実を問うている。
 登場人物に名前を持った市井の人物や鬱屈した人物、固有名詞が多いのもイギリス、アメリカの詩かなと思わせる。
 また、新聞には「古代詩人と同じ手法」と書かれていたが、確かに曲に載せるのは古代ギリシャの詩人や吟遊詩人の手法だ。
 やはり、「風に吹かれて」かな。

 どれだけ道をあるいたら
 一人前の男としてみとめられるのか?
 いくつの海をとびこしたら 白いハトは
 砂でやすらぐことができるのか?
 何回弾丸の雨がふったなら
 武器は永遠に禁止されるのか?
 そのこたえは、友だちよ、風に舞っている
 こたえは風に舞っている  (片桐ユズル訳)

 調子に乗って、朝日新聞の湯浅学の訳。
 どれだけ道を歩けばいいのか? 一人前の男と呼ばれるまでに。
 いくつの海を白い鳩は渡らなければならないのか? 砂浜でやすらぐまでに。
 何回砲弾が飛ばねばならないのか? 武器が永久に禁じられるまでに。
 その答えは、友よ、風に舞っている。答えは風に舞っている
 
あとひとつ。西日本新聞のAPと共同通信の配信分。
 いくつの道を歩けば
 一人前と認められるのだろう
 いくつの海を越えれば
 白いハトは砂の上で安らげるのだろう
 何回砲弾が飛び交えば
 永遠に禁止されるのだろう
 友よ、答えは風に吹かれている
 答えは風に吹かれている

で、英詩。
 How many roads must a man walk down
 Before you call him a man?
 Yes,’n’ how many seas must a white dove sail
 Before she sleeps in the sand?

manとsandが韻を踏んでいるのかな。これはそのあとの連のbannedという言葉とも韻を踏んでいる。
それとhim a manがhi ma manの音並びになるし、3行目からのs音の並びがいいのかも。
 『血の轍』から。
  「われわれをひっぱりこんだのは重力でひきさいたのは運命だった/きみはおれのオリのなかのライオンを手なずけただが
  こころまで変えるにはいたらなかった」(片桐ユズル訳「白痴風」)
  「地平線の鳥が垣根にとまって/おれのために歌ってくれる お礼もうけず/おれはあの鳥とおなじだ/きみのためにだけ
  うたう/のが聞こえるはずだけどな/涙にくれておれがうたうのが」(片桐ユズル訳「きみは大きな存在」)

 あっ、あの声が聴きたいと思いながら、ちょっとの間、詩を追いかけてみた。もちろん、「風に吹かれて」だと、もうあの声が
耳から離れないのだが。
 たぶん、これまでのノーベル文学賞受賞者の中で最も名前を知られた受賞者だと思う。
文学って何という問いもあるが、それはさておき。
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