パオと高床

あこがれの移動と定住

山本博文『日本史の一級資料』(光文社新書)

 | 国内・エッセイ・評論
歴史学入門の入門書といった感じ。「歴史の感覚」=「当時の人々の考え方や息づかいなどを肌で感じること」を磨いて欲しいという歴史学者の息づかいが感じられる本かもしれない。
史料を読み取る苦労と快感が紹介されている。また、その史料の読み取りから見いだせる武士の役目や江戸時代の身分制や暮らしの一端が書かれている。もっと知りたい人は次のステップへどうぞという新書らしい新書だ。
その人の関心でどの章が面白いかが別れるだろうが一章と五章が興味深かった。もう少し、史料と創作の比較が展開されていたらのめり込めたかもしれない。
やはり、歴史は科学なのだ。歴史観という言葉を誤用して歴史の科学性を妙な主観性に歪めてしまうのは困ったものかもしれない。もちろん、多くの主観性が全体を形作っていくものなのだろうが。


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司馬遼太郎『モンゴル紀行』(朝日文庫「街道をゆく5」)

 | 国内・エッセイ・評論
何だか久しぶりの読書日記だ。

司馬遼太郎の『街道をゆく』は、読むたびに空間と歴史の広がりのただ中に連れて行かれる心地よさがある。
「うだつ」を追いかけて江南に行く旅や半島に歴史のつながりを見極めていく旅。「蜀犬日に吠ゆ」から始まり三国への地理歴史的考察から普遍と文明や辺境への思い、また古代の技術の深さを語る旅。それぞれに面白かった。
そんな中の一冊。モンゴルへの興味から以前読んでいたのだが、今回再読。実はこの夏のモンゴル旅行のための読書だった。
距離の遠さがそのまま想いの深さを表すようなハバロフスクからの困難な入国は、国家の体制とそこに生きる人との交流を語りながら、やがて奇跡のような場所モンゴルにたどり着く。
少年の日からの司馬遼太郎の想いが溢れるような紀行文である。さらに、不幸でもあった日本との関わり、日本とモンゴルの現代史への考察が縦横に語られ、それは、歴史の時間を行き来しながら、やがて遊牧の文化への語りに繋がる。そして、現地モンゴルに立つ作者の感覚も解放され、草原と砂漠のそして人々の暮らしの様子が記述されていく。
朝青龍らモンゴル人力士を除くと日本人が一番知っているであろうモンゴル現代人ツェベックマさんの案内に引かれながら、当時のモンゴルの今をも語る、まさに歴史とは過去と現代との対話であるということを実践している魅力的な一冊だ。
それにしても、モンゴルはすばらしかった。


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