パオと高床

あこがれの移動と定住

詩誌「饗宴」VOL.63

 | 雑誌・詩誌・同人誌から
今号冒頭、荒巻義雄さんが講演の補足として書いた詩論に、まず目がいった。「講演『ハイデガーと詩』を終えてー補足」として、書かれた文章だ。例えば、こんなところが格好いい。

  講演では「帰郷」について一部を朗読したが、詩人は故郷に帰り着い
ても、昔の友や村人とは、本質的なところで孤立する。
  彼がそうした故郷で目指すのは、あくまで〈世界の本質〉である。
  繰り返しハイデガーが語るように、〈故郷〉は単なる故郷ではない。
存在の故郷である。

とか。

  ギリシャ人はフュジスという言葉に、開かれたものへ上昇するイメー
ジを託した。現象とは明るさの透明な通路を上昇し、ふたたび事物の輪
郭に現れることである。彼らは、言葉を、たとえば黎明の刻のような自
然に則してイメージした。
  これこそが詩の言葉なのだ。観念や概念を言葉の原義に戻して駆使す
るのが、詩人の役目なのである。

とか、そして、〈居る〉と〈在る〉に触れる前に、この部分に続けて、以下のように書く。

  詩の言葉は、こうした生き生きとした言葉であって欲しい。詩は存在
の原風景に接近すべきであり、そのためのアクチャリティ(actuality)
も必要だ。臨場感と訳したい。

 この接近は、そう、荒巻さんがさらに続けて書く、動詞の動きかもしれない。詩誌2ページの短い文章だが、面白い。


 今回の特集「海外詩特集」では、細野豊さん訳、紹介のスペインのペドロ・エンリケスの詩が、なにか気になった。「都市」の冒頭。

 記憶の象牙の辺りに
 一匹の傷ついた象がいる、
 排水溝の出口と
 不可能な金属の街路に
 アスファルトの血がある。

こんな書き出しで始まる詩は、

 そして忘却、
 途方もない忘却、
 不可解な忘却…、

と書く最終連に達する。訳された言葉が、よく動いていた。

村田譲さんの「氷の円環」は、こう書き出される。

 父親の脈が低下しているから急ぎなさいーと
 アクセルを踏み込ませる一報
 視界をさえぎる吹雪から
 切り離されるように飛び込んだ
 トンネルの内側にくぐもる響き
 下向きに切り換えたライトが映す
 濡れた路面に半円の
 反射するふたつの世界

状況が、言葉に体言止めを強いてくる。言葉は、文脈は、詩句は、その体言止めをどうすり抜けるか。繋がる詩句と終止形の連鎖の脈略が見えてくる。言葉が氷結する瞬間があるとすれば、活用する動詞の移動は興味深い問題かもしれない。そんな、動きを感じる詩の題名は「氷の円環」である。
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佐藤真里子『見え隠れする物語たち』(土曜美術社出版販売 2012年2月1日発行)

 | 詩・戯曲その他
『千夜一夜物語』は、シェヘラザードが命を賭して語りつぐ物語なのだが、私たちも生きるためには、そこここに「見え隠れする物語たち」を感じていくのかもしれない。物語は始まる前であったり、終わった後であったりするのかもしれなし、いつ始まったか、これで終わりなのかもわからない、常に途上の物語なのかもしれない。そして、いつか物語に幻滅し、物語の存在を放棄したくなる、そんな物語になってしまうかもしれない。それでも気配が、そこにあるのなら、物語は紡がれるのを待ち、紡がれる物語は「私」をゆっくりと作っていく。

佐藤真里子さんの詩集『見え隠れする物語たち』は四つの季節で編集されている。「冬の物語」で始まり、春、夏、秋とめぐる。読者は、この「お茶会」に招かれる。
「春の物語」の章の一篇、「お茶会へどうぞ」。

 夢から
 覚めたはずなのに
 鏡を覗けば
 チェシャネコが
 にやっと笑い
 すっと消えるから
 道のあちこちに
 きっとある
 わたしが墜ちた
 うさぎ穴
 そこへ
 招待状を投げ入れて
 今度は
 わたしがみんなを招き
 お茶会をひらこう

  ……招待状……
  みなさん アリスのお茶会へ どうぞ おいで下さい
  まわるテーブルで コーヒー 紅茶 ワイン 毒舌な
  めらか茶も お楽しみいただけます もちろん 他に
  も たくさん 用意しています 狂わないクルミ餅
  空気が読めるクッキー パンツをはいたパンケーキ
  などなどを やわらかに降り注ぐ お日さまの光の下
 
 と、ここまで書いて
 ふと
 見上げる空が
 やけに小さくまるい
 もしかして
 ここも
 やっぱり
 うさぎ穴かな
           (「お茶会へどうぞ」全篇)

と、迷いこんだ、いえいえ、自分から入り込んだ「物語」の「穴」。物語るのは「私」で、物語を聞こうとするのも「私」で、でも、「私」で閉じているわけではなく、聞こえない「人」でないものたちのおしゃべりは、気配として、地続きでそこにあり、ずりずりと「私」は滑っていくのだ。
で、「翼の記憶」。冒頭の連は無くした翼の痛みの記憶で始まる。

 背中が
 少しだけ痛いのは
 剥がれて消えた
 翼のせいだ

羽根を持つ虫からの墜落あるいは妖精からの脱落か。
第三連から、

 遠い日々には
 わたしも飛んでいた
 飛びながら
 めぐる季節を
 忙しなく描いていた

 翼を失ったいまでも
 季節が移る頃になると
 早く描かなければと
 透明な触覚がのびて
 風に溶けている言葉を
 つい、拾い集めてしまう

「触覚」が美しく見える。ただ、えっ、「言葉」を集めるのかと、少し不安になったが、この「言葉」は風の中にある言葉で、最終連、

 人間ではないものたちの
 おしゃべりが聞こえない
 固い地面の上を
 窮屈な靴で
 歩きながら
       (「翼の記憶」第一連、第三連から終連まで)

と、すでに「聞こえない」おしゃべりとなっている。だから、かえって、「拾い集めてしまう」のだ。しかも、「つい」、日々の暮らしの中で。「固い地面」に足をつけながら、重力を感じて、「歩きながら」。

この詩集の冒頭の詩は「フリ・フル・フレ」。雪が「降る」という動詞が、転じて降る雪の音、そして、何か視覚的なイメージも起こさせる。そうなのだ、動詞の活用とは文脈との使用法だけではなく、その動詞自体の自律性から自立性への道筋でもあったのかもしれない。
また、これがカタカナでくると外来語の「フリル」や「フラワー」や「フレア」と繋がっていく。

 振り返ると
 足跡も消えて
 かいてもかいても
 フリ・フル・フレと
 降り積もる雪
 どこに消えたの
 あの色彩に満ちていた地上は
       (「フリ・フル・フレ」)

日本語の音も繋がっている。「振り」、「返る」、「消え」と「フリ」、「フル」「フレ」。音と繋がる言葉、と地続きの「意味」の訪れ。
この最初の詩から連れだされた。
そう、詩集の「なかに沈んでいる物語が聞きたくて/そっと耳に近づければ/かすかに響く波の音が/わたしの底にも刻まれていた/同じ音を呼び覚まし」(「ヒマラヤの塩」)そうな気になってページをめくるのだ。
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吉本隆明が死んじゃった

 | 雑感
今朝、知人から郵便が送られてきて、何かなと思って開いたら、文庫本が四冊入っていた。蓮見重彦の本が二冊と、吉本隆明の『共同幻想論』と『吉本隆明歳時記』。吉本の文章か、いいかもと漠然と思っていると、テレビに、その吉本の顔。あっ、とうとう、と、やはり。訃報。

以前、亡くなった人のことを書くたびに、このジャンルは、この人がいるから大丈夫と思うことのできる人だったと書いたが、吉本隆明は「ジャンル」じゃないよなと思った。ものごとについて考えること、ものごとから考えられること、ものごとを作り出す考える力、そんな考えることの全体があった。時間の延び、空間の広がりがあって、戦後から現代までアクチュアルに強靱に思索し続けた人だった、と思う。

二年ぐらい前になるのか「文学界」だったかな、で、高橋源一郎と小熊英二が対談していて、吉本に関する世代イメージの違いが現れていた。小熊はコマーシャルの中の吉本のイメージを語っていて、吉本を乗り越えるとかいうのとは違う発想にいる世代の動きが感じられた。

何らかの形で、特集が組まれると思う。吉本の思索の軌跡は刻まれている。

 お聴きよ!
 おまえの微かな魂の唱……
 夜更けの風の響きにつれて
 さだかならぬ不安を呼び寄せている
          (「エリアンの手記と詩」から)
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辺見庸『瓦礫の中から言葉をーわたしの〈死者〉へ』(NHK出版新書)

 | 国内・エッセイ・評論
東日本の大震災のあと、いつごろからだろう、どこか違和感を感じ続けていた。論調が、報道が、少しずつ増えていくごとにそれに乗って語り出される言葉が妙に肥大化していく。大きな言葉の波の中に、ささやかな個別の声といったものが押しやられていくような感じと同時に、感じ方や処し方が、ある志向性の中にのみこまれていくような感覚があった。もちろん、そんな感じを持ったのはボクだけであろうはずはない。ただ、その違和感の根拠が何なのだろうと思っていた。いや、わかっていたのだ。ところが、それを言うことを憚られるような、自分で自分にブレーキをかける方がよいような、そんな空気に包まれていた。そこに、その感じに、辺見庸は、根拠を与える。

辺見は、大震災直後の自身の失語について書く。

  それは、言葉でなんとか語ろうとしても、いっかな語りえない感覚
 です。表現の衝迫と無力感、挫折感がないまぜになってよせあう、切
 なく苦しい感覚。出来事があまりに巨大で、あまりに強力で、あまり
  にも深く、あまりにもありえないことだったからです。できあいの語
 句や文法、構文ではまったく表現不可能でした。
  大震災は人やモノだけでなく、既成の観念、言葉、文法を壊したの
 です。

 そうして、「失語症のような状態」がながくつづいたあと、辺見はその「観念、言葉、文法」を壊したということ自体に取り組むことが表現者であると思い至る。そして、「瓦礫の原で言葉を手探りし、たどりながら」、言葉を、届く言葉を、身体を持った言葉をめぐる思考を、綴るのだ。
辺見庸は、先達の言葉の中に、それを見いだそうとしていく。その姿勢が、「失語」の中から言葉を立ち上がらせる作業であることを告げている。バシュラール、ボードリヤール、ベンヤミンらを引きながら、マスコミの言辞や公的機関の言辞、流布喧伝される言葉を疑い続ける。さらに、万葉集、聖書、オーウェル、石川淳、原民喜、石原吉郎、ブレヒト、折口信夫、川端康成、串田孫一、堀田善衛らの文章と対話するように、表現の自在さが持つ力を語っていく。
それは、あとがきで書くように「言葉の危うさ」を指摘しながら、「言葉の一縷の希望」を紡ぎ出そうとする姿勢なのだ。
報道、マスコミ、権力に対する辺見の視線はぶれない。そして、言葉がそれらにいかに抗していくか。抗する態度の中に言葉の回復があり、言葉を回復することが、瓦礫の中から立ち上がる力になるのだという思いがある。
あとがきで、次のように書いている。

  あとがきから先に眼をとおす読者に、本書のテーマ(いまふうに言
 うと、キーワード)を申しあげておく。「言葉と言葉の間に屍がある」
 がひとつ。もうひとつは「人間存在というものの根源的な無責任さ」で
 ある。詳しくは本文をお読みいただきたい。

大震災が作りだした状況。そして、それによっても、なお過去からずっと継続している状況。または、それによって、より突出してしまった状況。そして、また一層消えていってしまうような状況。今、ボクらが立っている時間と場所を考えることができる一冊だった。

3月10日の朝日新聞朝刊に阿部和重が「言葉もまた壊された」という文章を寄稿している。言葉や情報への信頼が失われたとする論調である。言葉をなくす事態とは、衝撃による言葉の無力感からくる喪失だけではなく、言葉が朽ちていくことでの言葉の迷子化の両方があるのだ。
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福間明子「見上げれば空」(「水盤」9号)

 | 雑誌・詩誌・同人誌から
福間明子さんの詩「見上げれば空」を読んで、今の自分の位置のことを考えた。
福間さんの詩は、「正しくない泣き方」(「孔雀船78号」)、「それからのキリン」(「孔雀船79号」)、そして、この詩と続けざまに興味深くて、あれこれ考えてしまった。

前置きが長くなってしまう。福間さんの詩についてのみ読む方は、前置きを無視してほしい。

(前置き)
事態、状況において同時代を生きていても、当然のようにその事態、状況との距離感は人によって変わる。それは「国家」や複数化あるいは集合化された「私たち」や「人々」として括りえるものではなく、括られることからむしろ逸れていく。ただ、そのときに、逸れることに快楽があるか苦痛があるか、自らの正当性への確信のようなものがあるか罪悪感のようなものがあるかは、もちろんその事態、状況によって異なるし、「私」との関係によっても違ったものとなる。
と、このように書いてしまう回りくどい書き方が、すでにボクの関係性の現れであるのだろうが、その距離の微妙な揺れ方を真摯に見つめることは表現の道筋をつける方法の一つなのではないだろうか。
事態と自分との地理的な距離。その地理的な距離だけではない、事態と自分との直接性から生まれる距離、例えば、感受性、想像力の振幅による距離。「…と、感じなければならない」といった道徳的な要請に違和を感じながら、自分自身の感性に直に向き合ったときに現れる、近づいたり離れたりする感情の揺れ。それを捉えていくことも表現が軌跡を刻む方法の一つなのだと思う。
あらゆる状況において、表現は単一であってはならない。また、自身に対する要求を他者に科すものではないだろう。もちろん、それに対する批評は自由である。そして、いわゆる「政治」の言説から詩や小説や評論の言葉は逃れていなければならない。「政治」は行うべきことを速度をもって行うべきだ。「政治」が「政治」の言説を恣にし、「政治」の実行をやぶさかにするのは、これはまた実は「政治の言説」に対する裏切りなのだが、この国では、どうやらそれが「政治」らしいから困ったものなのだ。
と、戯言のようになってきてしまったが、
で、ここまでは前置き。

(詩について)
福間明子さんは、ある事態を語ろうとするのではなく、事態と自分との距離の揺れの中に言葉の在りかを探そうとしている。ちょっと変な言い方だが、事態の中に言葉の在りかを探すのではなく、つまり事態を描き上げる言葉を探すのではなく、かといって、自分の心的状況を言葉によって表明しようともしない。しかしながら、単に自己の日常の側に立って、今ある自身の日々のかけがえのなさへと向かったりもしない。距離の中にあることが言葉を探し、獲得していく場所になっているのだ。
では、なぜ事態を描きだす言葉に向かわないか。おそらく、それがすでに手垢の付いた見知った何かの描写をなぞることになるかもしれないからだ。
では、なぜ心を描きだそうとしないのか。直截な言葉の空虚を引き受けてしまうしかない、かもしれないからだ。あるいは、モラルの規制のかかった言葉やセンチメンタルな情感にまみれた言葉になるかもしれないからだ。そして、いつか何かのコピーのような表現になってしまうかもしれないからだ。そうなれば、それは、自分とのずれではなく、希薄化された自分をさらすことになる。それがもたらすのは失語の力ではなく、言葉の無化された単なる非力となる。その危機とも戦いながら言葉は動いていくのだ。そう、言葉は言葉を求めるものだから。

で、
詩誌「水盤」9号の詩、「見上げれば空」。
 
 ネギは怖いから無農薬野菜市場で買おう
 ギョウザは作るのに何把いるのだったか
 朝起きてコーヒーを入れて家族を送り
 掃除 洗濯 こまごま用事を済ませると夕日が茜色に

 アウト これで一日がおわります
 放射能が降る土地ではネギどころの話ではありませんね
 気がかりのようでも理解できるわけではありません

「アウト」という言葉によって、夕暮れの茜色の中での断絶が示される。時の地平の断絶。しかし、「放射能が降る土地」という行からの2行で、「アウト」という言葉で生まれた断絶に、距離があることでの細い通路が敷かれる。意識を表明することが意識化されることでの通路を開くのだ。この思いは、茜色の空を見上げて思い起こされていることだろうと思って続きを読むと、次の連でやはりと思わせる。詩の題名にもつながる。

 見上げれば空はいろんな形の雲でにぎわい
 見かけだけは不安の翳りもなく
 それだからいっそう躓きのめりそうになる
 まじめに生きているからこそ などとはいわない
 なにもしなくても生きていける ともおもわない

詩の打ち消しは、打ち消したものの存在を残す。意味的に文脈では打ち消していても、書かれたものを読者に残す。むしろ、それが企図される。雲の「にぎわい」の中に「見かけだけ」ではない「不安の翳り」が、ないことを無視して感じられる。「不安」をよぎらせるより、「ない」ことで「不安」がよぎっている。もちろん、「見かけだけ」なのだから隠れた「不安」という文意は伝わる。
ここで微妙だが不思議なことが起こる。「それだからいっそう躓きのめりそうになる」というフレーズなのだ。「のめる」のは前に、だ。見上げながら前につんのめる。「躓く」から「のめりそうになる」のだが、上を向いている。上を向きながら歩いている状態なのだろうか。立ち止まって、あるいはベランダかどこかから空を見上げているわけではなく、移動しながら見上げていたのか。買い物の途中のように。すると、ここが寓意性を帯びてくる。「のめりそうになる」とは、歩行の「アウト」になるのだ。遠くを遠くをと、見上げながら歩いているうちに躓く。足下をさらわれる。そして、さっきと同じ打ち消しの残像が書き込まれる。第3連の4行目、5行目の「などとはいわない」、「などとはおもわない」という言い回しにも同じような効果が現れていて、「まじめに生きている」と「なにもしなくても生きていける」がどちらも打ち消されながら、残る。どちらもが、何か絡め取られてしまう。そして、

 つい昨日まで知らなかった事が
 今日は言葉となって伝達されます
 だけれども事実とは違う事を知らされることもあります
 まったく やってられません

「だけれども」の息の長さが、「だけど」や「しかし」や「だが」ではなく、「だけれども」の音の長さが、冷静さへの距離を表している。そこで、「まったく やってられません」が来るのだ。「まじめに生きている」と「なにもしなくても生きていける」のどちらをも「ない」にして、二つの距離の間にある態度。「やってられません」という位置を引き寄せている。

 することがないわけではないができれば釣りでもしてみたい
 鮎釣りはどうだろうか または
 夜の鰻釣りには竿に鈴などつけて チリリン
 見上げれば空は億光年の恒星の煌めき
 運良く彗星に遭遇することもあり
 想像ではなんでもありの冒険もできるが

「まったく やってられません」と「することがないわけではないが」は呼応している。消極的な立ち止まりが遡行の契機になっているのだ。消極的な支持としての時の遡行かもしれない。釣るのは川を遡る魚。時を遡れば、「チリリン」の音の先に「億光年の恒星」が見えるのだろうか。見上げた茜色の空は、いつか星空になり、星のただ中の場所に立っている。これは夕暮れから夜へと時間が経ったということではなく、想像の中で時空を飛んでいるのだろう。夜に、星に包まれる「鮎釣り」または「鰻釣り」。ここには戻れない時間が仄かに漂っている。「想像ではなんでもありの冒険もできるが」と、「が」がつくのだ。遡行する魚を釣り上げても時を遡行することはできない。想像でできる冒険への諦念のような気配も宿っている。そして、終連、問いを発する。

 喪失感ってどういうものですか
 出口のない明日って あるのでしょうか
 あるのでしょうかというのも へんでしょうか
 取り返しのつかない昨日とは これは事実ですね
                  (「見上げれば空」全編)
 
終連の1行目は直截な言葉が書き込まれる。作者がこれまでにも感じたであろう「喪失感」と比較しえないさらに深い喪失感への率直な問いという読み方が、まず、できるだろう。「どういうものですか」という言い回しは、どういうものを喪失感といえばいいのですかという言い換えが可能だろう。
この詩に一貫している態度、それは経験しえないものに対応できない言葉を打ち消しの形で提示する姿勢なのかもしれない。直截な言葉が姿を変えて配置される。だから、この「喪失感」も、作者の率直な問いという読みができながらも、よく喧伝されてきた「喪失感」という言葉への静かな批判がやどっている。
例えば、詩では、「喪失感」という言葉を使わずに、「喪失感」があるといった感想を与えるような書き方をする。むしろ、この言葉を書いてしまうことは詩への説明になってしまう。だが、そうやって評されてきた多くの詩が醸し出していた「喪失感」といった情緒への疑いが、このフレーズには感じられるのだ。「喪失感」を感じさせる喩によらずに、あえてむき出しの「喪失感」という言葉を書く。ここでは、言葉は記号化している。ただ、これをカタカナ表記などにするケレンは見せない。なぜなら自身への内省があるからだ。
そして、問いは、おずおずと提示される。「出口のない明日って あるのでしょうか」。声はひそやかになる。まるで、絶望感を排除するように。あるいはありきたりの「絶望」の情感に絡め取られることを避けるように。「あるのでしょうかというのも へんでしょうか」。この一行には、相手に向けてだけ問いを発し、問いで詩を完結させようとする宙ぶらりんの詩になることを回避する態度が現れている。
最終行は、距離を自覚した詩に相応しい、明日と昨日のはざまである、「今」で終わる。「出口のない明日」を問い、疑問形の「か」の文末にならない、確認と了承の「ね」という文末になる。「事実」となった「取り返しのつかない昨日」で、詩は終わる。ここに言葉として書かれていない時間。それは詩が書かれている「今」なのだ。思いの中では遡行できても、変えることのできない「昨日」の「事実」を抱えこみながら、問いの行方を捜しながら歩く。ゆるやかな歩行の詩は、距離の自覚の詩でもあり、それが、実は「明日」を向いていることを感じさせるのだ。「ある」は「ない」、「ない」は「ある」を表現する言葉の力を孕んだ詩だと思う。



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