パオと高床

あこがれの移動と定住

莫言「長安街のロバに乗った美女」吉田富夫訳(莫言中短編集『至福のとき』平凡社から)

 | 海外・小説
つい先日、ノーベル文学賞を受賞した作家の短編である。カフカの短編がそうであるように、削ぎ落とされたエピソードによって描き出された物語は寓話性が強く、多様な読みに開かれている。

ストーリーはいたって簡単。題名通りで、長安街にロバに乗った美女が現れ、主人公の侯七(ホウチー)始め自転車に乗った多くの人々が、その美女のあとをついて行くというお話だ。と、これだけ書くと「ハーメルンの笛吹男」を連想するが、作者はついていく男の立場から小説を作りだしていて、「美女」自体の目的も心情も描写してはいない。

長安街というのは故宮と天安門広場の間を東西に走る、片側5車線(6車線?)の巨大な道路だ。その西の繁華街西単で、地下鉄から出てきて「自転車の山」から自分の自転車を探しだし、それにまたがった侯七は、ロバに乗った美女に出会う。

  紅い衣裳の若い女が、ぴかぴかのロバー黒ロバ、小墨驢―に乗って、
 傍若無人に赤信号を突っ切り、ほとんどくっつきあっている自動車の間
 を抜けて通りを渡っている光景だった。

そして、美女にはおつきの男がいる。

  ロバのうしろには、馬に乗った男がすぐつづいていた。男は銀色の鎧
 甲に身を固め、胸の護心鏡がまぶしく白い光を放っていた。丸い甲のて
 っぺんには鋭い槍の穂が立っており、穂は赤い房で飾られていた。(略)
 跨っている馬は純粋の白馬で、(中略)あまりに完璧な美しさに本物かど
 うか疑いたくなり、それこそ詭弁学でいう「白馬は馬に非ず」であった。

この種の小説がそうであるように、突然現れた美女とロバと男と馬を疑ったり、問うたりはしない。その状況は、状況として受け入れられる。そして、夕暮れのラッシュアワーの中で「羊の群れのように混み合って」いる車は二人を静観し、一方、自転車の群れは大混乱になる。その混乱の自転車の中から、ロバを追う者が出てくる。

  むろん馬に乗った男一人だけだったら、その馬がいかに美しかろうと
 みんなは、少なくとも侯七は、これほどの興味を抱くはずがなかった。
 みんなが、少なくとも侯七が見たいのは、あのロバに乗った女だった。

こうして、ロバに乗った美女のあとを無数の自転車が付きしたがっていくことになるのだ。

作者は「あとがき」で、この小説を「前衛的な色彩を持った小説だ。」とし、「ある日、自転車で長安街を走っていて、ふと、蟻のごとく車が流れ、警官が林立している厳粛なこの大通りに、ロバに乗った美女と古代の甲冑に身を固めた騎士が突然現れたら、どういうことになるだろう、と思いついた。」と書いている。さしずめ、最近の状況からは、デモの肥大化と結びつけることもできるかもしれない。では、ロバに乗った美女はスマホか。または、素朴な欲求が、集合的な幻想を生みだしていく様子を描いた小説と意味づけることも可能かもしれない。あるいは、作者があとがきで書いているように、「厳粛さ」への攪乱を試みたのかもしれない。だが、小説もあまり意味で縛るものではない。着想と描写の愉しさを感受するだけでもいいのかもしれない。

1998年に書かれた、この短編、地名を追うだけでも愉しい。地下鉄の終点として「西単」駅がでてくる。98年当時は、今のように地下鉄網が拡充されていなくて、王府井と西単は地下鉄でつながっていなかった。ぐるっと一周の環状線と西単から西へと延びる路線だけだった。切符売り場で目的地をつげると紙の切符を渡してくれた。
また、小説では、長安街の自転車が波となるが、今は、長安街に自転車の波はない。以前は、自転車車線が広くとられて、中国の道といえば自転車というイメージだった。それが電動アシスト自転車とバイクになっている。そして、長安街は、ただ車の群れである。そんな時代の移り変わりも感じた。北京の地図を横に置いて、ロバの歩みに従って、西単から東単までの数キロを辿るのも愉しかった、この15年ほどの北京の変化に思いを馳せながら。

この小説は、表現も面白くて、いったい、この美女どんな美女なのかというと、

  クラシックともモダンとも、東方的とも西洋的ともいえるその効果。
 モナリザを祖母とすれば、ダイアナ妃は伯母で、宋美齢は外祖母、鞏俐
 (コンリー)はさしずめ姉と言ったところか。

となる。

そうそう、この小説、書き出しは「四月一日の午後、」と日付指定で始まっている。中国にもエイプリル・フールがあって、「愚人節」というらしい。これも仕掛けなのかな?
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今福龍太『レヴィ=ストロース 夜と音楽』(みすず書房)

 | 国内・エッセイ・評論
「旅」という言葉は使えないのかもしれない。
何度か引用されているように、『悲しき熱帯』の書き出しが「私は旅も探検も嫌いだ」であれば。

では、何と言おう。「散策」だろうか。「遊歩」だろうか。それにしては、この本は、広がりながら深まるのだ。ただ、目的地に向けて論理を積みあげていくわけではない。「逍遙」する。しかし、「逍遙」の軌跡がルートではなく像を描きだしていくのだ。作者の今福龍太が意図したように、「音楽」の流れかもしれない。音の配置に導かれながら、いつかかいま見えるように全体が現れ、そして、消える。そこには時の集積が気配を残す。その「時」はある人物に集積される。「レヴィ=ストロース」という人物に。
そしてそれは、彼から溢れ出して、零れながら、今度は、「時」の中に彼を放つ。レヴィ=ストロースは、多くの誰かと共時的な空間を作る。今福龍太は、その空間を想像し、描き出し、「逍遙」する。それは、今福龍太のレヴィ=ストロースを巡る思索の「旅」でありながら、「時」が連れだした今福龍太のレヴィ=ストロースと共に在る共時空間の描き出しなのだ。だから、ここでは今福龍太その人も、描き出されていく。

今福はあとがきで書く、「本書で私は、レヴィ=ストロースの思想を解説するというよりは、彼の静謐な声がそこここに隠し置いていった、知の贈り物としての〈種子〉を自らの五感を動員して探し求め、拾い、それを新たな未来という大地に蒔こうとした」と。
「五感を動員」して感じとりながら、知をそこに絡めていく、文化人類学者の存在が、ここにはある。決して知性が五感を妨げない、五感が取り囲んでいく知性との音楽が、ここには、ある。
この本に限らず、今福の文章は、常に、こちらの感性を刺激しながら知の愉悦をもたらしてくれる。そして、「逍遙」は、ただ逍遙するのではなく、今福自身がさらにあとがきで書いているように、「生成、倫理学、感覚的叡智、夜のなかの音楽、自己投棄、生の虚妄、大地性、ずがいの蟻塚…」といった、「各章の主張」を、指し示しながら、未来へと続く地図を描き出している。道筋の軌跡ではなく、地図であり、像を刻みだすのかもしれない。

今福龍太に連れられて、レヴィ=ストロースによって交換される知の共時性の場へと誘い込まれていった。
そこには、バッハ、ベートーベン、ワグナーらの音楽との比較、ジョイスの「ユリシーズ」、ルソーの哲学、ボードレールの「猫」、ゴダールの映画、シモーヌ・ヴェイユとのニューヨーク公共図書館石段に腰を下ろしての交流、ジャンヌ・ダルクやラマンチャの男との類似、コンゴウインコ、小猿ルシンダとの交流、エルンストやアニタ・アルブスの芸術、オクタビオ・パスの独創、スーザン・ソンタグの論考、サン=テグジュペリの「蟻塚」などなど、豊穣につながる多くの「静謐な声」が流れていた。
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