パオと高床

あこがれの移動と定住

詩誌「饗宴」65号(2012年秋号)

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冒頭、短い詩論だが、荒巻義雄さんの「ヌーヴォ・ロマンの文体」が、ある感興を呼び起こしてくれた。何度でも、時々、不意にここに連れていかれる契機。ヌーヴォ・ロマンといわれる小説たちが、それこそ、ぐいぐい読める小説だったかといえば、決して、全部が全部そうだったわけではない。だが、つねに刺激を与えてくれて、時々、不意に、そこに立ち至ろうという気持にさせるのだ。何故か、何故って、そこには次の創作への刺激にみちた契機が豊穣にあるからだ。
ロブ=グリエ、ナタリー・サロート、クロード・シモン、ミッシェル・ビュトール、モーリス・ブランショ、ジュリアン・グラックについての短評がこちらの感覚を呼び覚ます。
要約された言葉。

  とりあえず、代表的作家の傾向を要約すれば、①小説内世界から人間
 を消し去ったアラン・ロブ=グリエ。②人物のありふれた瞬間を写し取
 るナタリー・サロート。③内的心の動きを追跡するクロード・シモン。
 ④都市生活が人間の意識にどう現れるかを描くミシェル・ビュートル。
 その他である。

あるいは、ブランショについての要約。

  〈世界〉の無意味性、むしろ空無性をブランショは見抜いているのだ。

など。

村田譲さんの詩「円環の音」。空から宇宙へと向かうものを追いかけていた村田さんの詩は、帰還してくる。おそらく、村田さんの中に、空と地上との往還運動のように上昇と下降は存在していて、根を探る作業は、村田さんの詩の大切な動きなのだと思う。
詩は、父と私の置かれた状況から詩語を懸命に探っている。いや、詩語を探っているのではない。言葉が探られることで詩語になろうとしている。

 廊下を渡り
 案内する看護婦の後ろから見える病室には
 鼻に管を差し込んだままある
 ベットに父の閉じた眼
 開いた口からは
 コオオオオオオオ、と
 溺れる音

切迫した状況がある。これが第三連で

 明るい昼になってみれば
 父が意識を取り戻すことなどないと
 この試みが無駄に近いことが
 はっきりとする
 今となっては、そうなのだが
 止めることは出来ない
 窓の外の雪に
 降り積もる執着の影が広がり
 母の空洞が響いてくる

痛みの先で言葉を動かそうとしている。「今となっては」のあとの読点に、作者の無意識かどうかはわからないが、言葉化へのそんな間(ま)が現れている。
そして、第四連で、ある「円環」が語られるのだが、最終連、詩は、

 真昼の虚ろな光景に飲まれぬよう
 走り抜けた昨夜に
 思わず俺は
 止めてしまえ、と
 固めたはずの無表情が
 弾けそうになるのだが
 しかし、まだ
 口は閉じておく

封じこめられた憤りや、やるせなさの気配で閉じられる。私の「音」はまだ、閉じられているのだ。母の息と重なる父の口からの「溺れる音」を前にして、閉じられて口は、まだ言葉を内包している。そこに、切迫が宿る。

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4 コメント

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連絡頂戴しました (村田)
2012-11-19 00:07:54
吉貝様
こんばんは、連絡頂戴しました。
詩誌饗宴・取り上げて、また丁重な感想も頂きましたこと、ありがとうございます。

北海道は平野部で、雪!窓の外に積もりました。まあ、太陽が出れば、今時期は解けるのですが、寒いです。
今後とも、よろしくお願いいたします。
コメント感謝 (ヨシカイ)
2012-11-19 12:50:13
コメントありがとうございます。
北海道の雪のニュース見ました。

今後ともよろしお願いします。
饗宴のブログ完成! (松尾多聞)
2013-03-02 23:40:58
こんばんは!
詩誌「饗宴」主催の瀬戸正昭先生がブログを始められましたのでご報告いたします。

詩誌「饗宴」主宰・林檎屋主人のブログ
http://ameblo.jp/seto0426/

大変僭越ですいませんでした。ご報告まで。
開設おめでとうございます (ヨシカイ)
2013-03-03 08:25:10
松尾さま
ご連絡ありがとうございます。
訪問できるブログが増えました。

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