パオと高床

あこがれの移動と定住

林忠彦『文士の時代』(中公文庫)

2015-01-25 15:22:49 | Weblog
写真家林忠彦が撮った文士105人の写真と林忠彦の2~5ページほどの文章から出来ている一冊。「待望の復刊」である。

表紙、散らかる原稿の中でキッと見据える坂口安吾の写真。あの有名なルパンのカウンター席で足を組む太宰治。凜とした志賀直哉の横顔。意味不明な洋館の椅子に座る三島由紀夫。うつむく思索家武田泰淳。馬に乗り馬賊なった様を思っているかのような檀一雄。書の軸に目を注ぐ姿が決まっている小林秀雄などなど。作家ではなく文士がいたのだということを写真は告げている。

教科書や本で見たことある写真が続々出てくる。こうやって残るということはすごいことなのだと思う。そういえば、昨日NHKの番組「日本人は何をめざしてきたのか」で三島由紀夫をやっていたが、あの中の船に乗った写真も林忠彦だった。三島が全共闘の芥正彦と時間と空間を所有することについて議論している場面が放送されたが、三島は時間の中で残ることを考えているようだった。おそらく死を考えたときに切実な問題として頭にあったのかもしれないが、この『文士の時代』を見ると、読むと、写真が切り取った時のかけがえのなさのようなものを感じる。

文章もたいへん面白い。石川淳が酒を飲んで酔ってくると「ルパン」のママが電車賃以外の持ち物をなくさないように全部預かる話は、ああ、石川淳って学者然としているところもあるけれど、そんな酔い癖があったんだと、妙に納得。織田作之助を撮っているときに、「俺も撮れ」とわめいたのが太宰治で、そのときついでに撮った太宰の写真が、その後何百回となく引き延ばしをしているという逸話など、読んでいて楽しいし、少し悲しい。
三島についての「もし背伸びしないですむような肉体を持っていたら、ああいう自決の最期も起きなかったんじゃないかという思いが僕にはあります」という結びは何か胸にくるものがある。志賀直哉についての「被写体のもっている魅力というのが大事なんで、写真なんか、ただ押せばいいんだというふうな思いさえするぐらい、すばらしい顔でしたね。」という一節を読んで、横にある写真を見ると、もちろん写真家の腕と信頼関係が大切なのだろうが、確かに志賀直哉はいい顔していると思う。

カメラを意識して写っている文士。まるでカメラの向こうの読者を睨みつけているかのような文士。被写体として役者のようにサービス精神を溢れさせる文士。何かを語りかけようとしているような文士。そして、自身の思索を決して中断しないという精神が漲っているような文士。カメラ何ものぞというような気概が漂う文士。顔、人というものは、存外面白いものなのかもしれない。ここにはそれぞれの存在を賭けた一瞬がある。そして、その一瞬は、背後に、一瞬を生み出す存在の営為を宿している。
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中山七里『さよならドビュッシー』(宝島社)

2015-01-21 14:50:16 | 国内・小説
2009年第8回「このミステリーがすごい」大賞受賞作。
『いつまでもショパン』を最初に読んで、音楽小説と青春小説としておもしろいと思ったけれど、その作家のデビュー作。

ピアニストを目指す16歳の少女が主人公。突然の火事に見舞われ、一人生き残った主人公は、全身やけどの大怪我から逆境に負けずコンクール優勝を目標に猛レッスンの日々を送る。彼を指導する人物が、魅力的なピアニストで探偵の役割を果たす岬洋介。この人物が格好いいし、この人物の演奏描写がいい。何だか、『のだめ』の玉木君にでもさせたい人物。で、ミステリーは、この火事、そして主人公の周辺で起こる不吉な出来事と殺人事件である。
音楽についての解釈と演奏場面の描写に引き込まれる。ショパンやドビュッシー、ベートーベンが聴きたくなる。『いつまでも…』を読んだ後は、しばらくショパンばかり聴いていた。そして、主人公の成長物語、さらにこの小説は、ミステリーの要素も結構強い。

岬の登場する次回作を読みたくなる小説だった。

『いつまでもショパン』にここでつながっているのかというのがあって、『いつまでも…』での、少しだけの読者サービスに納得。

ふとんにくるまって一気読みするのにいい小説だ。もちろんピアノ曲でも流しながら。
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