パオと高床

あこがれの移動と定住

カミュ「転落」佐藤朔訳(新潮文庫『転落・追放と王国』)

2005-12-17 10:19:01 | 海外・小説
あの『異邦人』で有名な、と書いたら語弊があるかな。

小説は、執拗に時代の悪徳を追求していく。偽善的にならざるを得ない現代のあるいは人間の病理を露見していく。

自らを「改悛した判事」と呼ぶ弁護士クラマンスが、アムステルダムの酒場で出会った男に自分の過去を語るという形式で進められる小説だ。運河の街アムステルダムの描写がなかなかだ。そこをダンテの『新曲』の舞台になぞらえて主人公の「転落」が語られる。

奉仕することの美徳に酔いしれていた過去が、ある出来事から突然、その奉仕の快楽の裏にある偽善的自己に出会ってしまう。すると、様々なことが自己の偽善と欲望、快楽であるという気がしだしてくる。さらに、死への恐れが介入する。他者の視線は自意識にとっては常につきまとうものとなり、自らを保つためには放蕩にふけるか、先んじて自らを認識し続けるかしかなくなってしまう。それは、真実に気づいたと同時に背後に笑い声が聞こえる地獄巡りへの転落を意味してしまう。その告白が、ツァラの詩ではないが、「私のようなあなた」によって成立する「われわれ」の時代を糾弾し、抉りだしていく。

クラマンスが語りかける相手は彼の独白の中にしかいない。つまり、それは読者である私たちになってしまう。クラマンスが「ねえ、あなた」と語りかけると、それは読者が相手になる。ダイアローグへの強制参加が要求される。そして、いつのまにか読者は主人公が言う「われわれ」になってしまうのだ。この同時代意識は見事であり、緊張感が溢れる。

奇抜な表現描写が随所にあるが、特にラストのアムステルダムの鳥、雪、街が美しかった。また、自由の持つ逆説への言及など印象に残っている。読みながら、なんだか太宰治を連想した。


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NHK「赤い翼』

2005-12-13 13:51:02 | 雑感
NHK『赤い翼』を見た。これは、よかった。飛行に挑む矢野さんが傲慢そうだが素敵に見えた。そして、その映像が抜群に感動ものだった。タクラマカンの異様な風景、青海湖の涙が出そうな美しさ。そして、ハンググライダーと一緒になって飛ぶ鳥たちの賢くてきれいなこと。決死の緊張感が映像美となって伝わってきた。それに上田早苗さんの余裕と自身の好奇心の反映されたナレーションがよかった。満足。

ボクとしては『新シルクロード』が期待はずれだっただけに、この特集は見てよかったと余計に思えた。あっ、ただし、『新シルクロード』の最終回「長安」はよかった。現在と過去の「長安」がきちんと捉えられて、当初の番組の意図を実践できてたと思う。

今、『世界ふれあい街歩き』が案外気に入っている。
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夢にボルヘスが

2005-12-12 14:38:49 | 雑感
 夢にボルヘスが出てきた。何だが、列車で城巡りをしていると、その列車にボルヘスが乗ってくるのだ。
彼は終始笑顔で、いつのまにか降りていた。で、何だかホテルの朝食の場面に変わってしまい、ボクが知人に
「ボルヘスは?」と聞くと、知人は「中国からヨーロッパへ行っちゃったよ」みたいなことを言った。
何か変に幸せな夢だった。
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ミラン・クンデラ『無知』西永良成訳(集英社)

2005-12-09 22:55:52 | 海外・小説
やっぱりクンデラは面白い。この作家の作品は多声的な構成があり、登場人物の行為への分析、解析があり、時代への痛烈な批判があり、普遍的なものと時代的なものへの絶えざる批評があり、過去の精神への、そして現在の精神への言及があり、人間性への問いがある。小説家として思想家なのだというようなことを、クンデラはドストエフスキーに対して語っていたように記憶しているが、まさにクンデラ自身が小説家として時代の思想家である。

亡命からの帰還を「大いなる帰還」として『オデュッセイア』になぞらえていく。パロディー化といえるのかもしれない。そこには祖国を喪失するという悲劇がある。帰還する場所のない帰還の悲劇がある。そして、常に現在のその時点では「無知」である人間の状況が描かれる。しかし、この悲劇はスタイナーが『悲劇の死』でも書いたようにすでに「喜劇」への「滑稽」と「猥雑さ」への表現に変わらざるをえなくなる。そこに、より悲惨な現況が現れる。表紙裏に書かれた「人間は何も知らない存在であり、無知こそが人間の根源的な状況である」が痛烈に哀切をたたえる。

自身が亡命者であるクンデラが書かなければならなかった小説は、やはり時代への様々なトゲと視線を見せてくれた。あとがき解説のサルトルとの比較も僕には面白かった。


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ハロルド・ピンターさすが

2005-12-08 22:51:46 | 雑感
 今日、ニュースでピンターのノーベル賞受賞記念講演に触れていた。ビデオでの講演でブッシュ批判ブレア批判を展開したらしい。ノーベル賞受賞講演では異例のことらしく、論議を呼びそうと言うことであったが、権力を持っているもの、ましてやその権力の行使に問題があるものに対して批判を加えていくのが知識人や文化人、創作家などの本来持つべき大切な態度であると思う。さすがと思ったものだった。
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