パオと高床

あこがれの移動と定住

小野山紀代子「カレンダーの猫」(詩誌「GAGA」51)

2011-10-09 13:13:56 | 雑誌・詩誌・同人誌から
以前にも紹介したシンプルだけれど洒落た詩誌「GAGA」。
小野山紀代子さんの詩「カレンダーの猫」は書き出しに引かれた。

フェニキア人が最初に船に乗せた
黒ネコ
足の裏まで真っ黒なら
漱石の福猫

飛ぶ
屋根から屋根へ
三次元のギリシャの猫

泳ぐ
トルコの湖を渡る
青と金色の目のワンキャット

と、三連までくる。題名が「カレンダーの猫」だから、カレンダーの猫かなと思うが、それを書くのって結構、難しくない?
で、一行目の「フェニキア人」がよくって、この名詞を使うならこんな感じはいいなと思えた。そして、「黒ネコ」。ここは「黒猫」ではなく、カタカナだと思う。そして、「足の裏まで真っ黒なら」と黒繋がりで持ってきて、漱石の「猫」になる。固有名の力を上手く引き出している。さらに、「三次元のギリシャの猫」という言い回しに、飛んでいる猫を表現することばとの出会いがあって楽しい。三連では色を出す。うずくまる猫、歩く猫、飛ぶ猫、泳ぐ猫と、この三つの連でさらりと猫のようにことばを動かしている。で、このあと詩が説明や解説に入ってしまうと、その
詩は失速するのかもしれないが、

変化
お手のもの
日めくりに収まってなどいられない

紐で結ばれていない
しなやかなこころ

と、「カレンダー」の特質を生かして、猫のカレンダーからの逃亡を試みる。だから、「紐でむすばれていない」へと移行できている。そして、ここで固有名詞をまた上手く使ってくる。

やあ、岩合さんじゃないですか
と、寄って来て
ごろりと腹を見せ
肉球をさわらせたりして

そして
ここでお別れよ
と、行ってしまう

「岩合さん」は動物写真家の岩合光昭だろう。岩合さんで彼の写真の猫が立ち上がる。そして、作者は猫の気持に寄り添う。カレンダーから飛びだした、あるいはカレンダーの中の写真になる前の撮影された当時の猫が、岩合さんに対して見せる心としぐさを見て、猫を退場させる準備にかかる。

同じ船に乗っていたはずの
リズ、ジェリー、ブラッキー
悲しみは一人で背負って

時のひずみに
やあ、
と、扉を押しあける
         (「カレンダーの猫」全篇)

カレンダーから飛びだした猫は行ってしまう。これは、同時に「カレンダー」自体が行ってしまったことを表している。ちりぢりになって、一人で行ってしまうしかないボク達。過ぎてしまった時間を刻んだ「カレンダー」は「時のひずみ」に漂い出していく。ただ、小野山さんの時間観、時空観は時間(宇宙)のパラレル構造を認めているのかもしれない。だから、最終行は、「扉をおしあける」のである。ちょっと大げさにいえば、猫の背中を追って、一瞬宇宙空間が見えたような気がした。

「同じ船に乗っていたはずの」の連に災厄の気配が感じられた。ボクが猫好きだったら「リズ、ジェリー、ブラッキー」の名前の由来にピンと来たのかもしれない。それが、ちょっと残念。
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