パオと高床

あこがれの移動と定住

別役実『不思議の国のアリス』(『現代日本戯曲体系8』三一書房)

2008-07-04 13:13:27 | 詩・戯曲その他
アリス 
 私、ただ聞きたかったのよ、あなたは誰って。

〈アナタハダレ?〉という問いが、ボクらの関係を脱臼させる。ボクらは、その問いの前で日常にひそむ陥穽に落ちこんでしまう。

兄 
 アリス、あの目は変だったよ。あの目はいやだった。あれはね……、
 どういったらいいのかな……、たとえば、〈アナタハダレ?〉っていって
 いるみたいな目だった。〈アナタハダレ〉っていう目つきが、下の方の土
 間から、いきなりグーンと持上がってきて、僕をドキンとさせたんだ。

「幻想の砂漠」の一隅で、奇妙な移動サーカスの一隊が繰り広げる五場と二つの幕間小景。変わる体制の中で『虐殺された詩人』のように処刑される喜劇役者。お面をつけ替えながら関係性を変えていく人々。その中を生き抜くアリス。

アリス 
 そう、私はアリス。あらゆる幻影、あらゆる虚構、方向を持たない
 あらゆる儀式、高さを失ったあらゆる構築の作業、人々が人人である
 ための全ての暗黙の了解、それが私、アリス。もう一度呼んで……

暗黙の了解アリスが、時代の中で変質する人々を前にして自らの自由を獲得しようとし、告発する。その詩情溢れる別役のセリフが光る。1969年発表、70年初演のこの劇は政治の季節、共同体の季節から幻想と虚構の時代への変化を生きている。今、改めて別役が何だったのかが気になったりもする。
脚本を読めば、スペクタクルの乏しい舞台というのではなく、セリフの密度や情感の削がれぐあいなどが魅力的に響く。


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