Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「未来型サバイバル音楽論」津田 大介,牧村 憲一

2010-11-22 02:12:35 | book
未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)
津田 大介,牧村 憲一
中央公論新社



「未来型サバイバル音楽論」津田大介+牧村憲一

音楽業界もしくは日本のポピュラー音楽ビジネスモデルの崩壊・変転について、ネットコミュニケーション環境の進展を重要な要素としつつ現在形で分析・考察するとともに、過去の「レーベル」の歴史を振り返りつつ未来の音楽のありようを見通す。

インターネットの成熟に伴う音楽業態のさまざまな可能性については15年ほど前からすでに語られてきたが、本書はその可能性が現実味を帯びてきた10年代という意識の元に、浮ついた未来論ではなく地に足の着いた議論になっている。

感心した。

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音楽家が音楽で食べていくということを成功の姿とするという暗黙の前提で、ネット社会は「一人1レーベル」を可能にする、というテーゼが掲げられる。

そこには、従来の音楽出版・流通・消費のあり方にとらわれない、様々なやり方・工夫・発想が可能になったという点で、ビジネスモデルを0から考え直し作り上げていくことができる環境であるという含意がある。

言い換えれば、音楽家それぞれが、モデルやプロセスを見通し「やるべきこと」を明確にし、行動していくことが重要となる。制作・宣伝・販売・著作権管理を全部一人でやってみるという発想から、新しい、あるいは音楽家にとって・音楽にとってよりふさわしいありかたが生み出されるだろう。

その際のヒントのひとつは、60年代ころから発生した「レーベル」の黎明のころを知ることにある。
サラヴァ。URCやベルウッド、近くはトラットリアなどがどのように発生し変遷したか。

もしくは未来の音楽の形を示すかもしれない先進事例。
2010年1月1日にネット上でCD販売を開始し従来の流通を一切経由しないで生計を立てられるほどの収益を得たまつきあゆむ、SNSや配信などネットの特質を生かして様々な実験をする向谷実や七尾旅人など。MISIAでおなじみの島野聡。DOMMUNE。初音ミク。坂本龍一のCOMMONS。 my space Twitter Facebook。etc.

ワタシたちはこうしたヒントを踏まえて、自分の美意識を貫きつつ活動を続けるにはどうすればよいかを、現実的に考え、実行していくこと、そういうステージにある。そのための心構えがこの本には書かれているが、答えは自分たちで出さないといけない。

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「一人1レーベル」はほんとうに一人だけでやる必要はない、むしろ得意分野を持った仲間と分担してやることに可能性があるとも。

既存の音楽産業が、制作に大きなコストをかけ、それを回収するために多額の宣伝費をかけて大量に販売する、権利と契約の関係で音楽家と音楽会社のそれぞれの取り分は厳しく定められている、音楽家も大量販売=メガヒット目指して制作・プロモーション・ライブのサイクルに縛られる、何組かの大スターの存在により裾野の音楽家の活動費をまかなう、そういうマスの活動だったのに対して、低制作費・セルフプロモーションの可能な現在では、小さなコミュニティ=村的活動から新しいパラダイムが立ち上がるだろうとも(すごく意訳しました)。

小さなバンドが安く作ったCDをmy spaceでプロモーションして、数百人くらいをあいてに5曲いりCDを1枚1000円くらいで売っていく。ustreamでライブを中継してみる。そこになにかがドーピングされればネットを介して計り知れないアクセスにつながるかもしれない。ライブ動員数も劇的に増えるかもしれない。そんな可能性があると思うと、音楽の未来は確かにあるのだろうと思う。

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ほかにも、なぜ音楽産業は低迷しているのか(なぜCDは売れなくなったのか/なぜ以前はCDがあんなに売れたのか)、とか、悪名高きノルマ制に象徴されるライブハウスの行く末、CDが売れない一方で隆盛を誇るライブフェスの今後、などなど、興味深い事柄にどんどん触れていく。

普通の新書1冊のなかでここまで盛り込めているのがよい。
刺激的でしかし真摯でまじめな本だった。


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あえて苦言を呈するならば、

○バッハの「平均律クラヴィーア曲集」によって近代音楽システムが確立されたという言説。
これは先般の教授のスコラでも主張されたし、菊池+大谷「官能と憂鬱を教えた学校」でも言われていたし、なにやら業界標準言説のようなのであるが、これは口当たりのいいわかりやすい「物語」にすぎないだろう。
このへんのことは一般向けのバッハ研究書などを読むとわかると思うのだ。音楽の成立と影響関係はそんなに単純ではない。
風説を流布するべきではない。

○Amazonの「e託」が「e謡」と誤植されている。
誤植は別にいいのだが(よくはないが)、それが津田氏によって有効な販路として例示されていることがちょっとひっかかる。
「e託」は体験談をネットで拾ってみると、要するに普通の委託販売とさして変わらず、むしろAmazonではほとんど在庫を持たず、注文がある都度委託者がAmazonに注文数だけ発送しなければならないというような厳しい条件があり、CDショップに置く以上の手間がかかる場合もあるとか。
これなら自分のサイトで申し込みを受け自分で直接発送するのと大差ない。
Amazonに乗っているからといって買う人はいないわけで、0から始める名前の知られていないアーティストにとっては、Amazonに売り上げの相当分を持っていかれるだけ虚しい気がしないでもない。
インディーズの販売ルートとして選択肢のひとつではあるが、一概に音楽家にとって優れたシステムとも言えないと思う。


ま、そんなとこで。



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