Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

クリニック・夢・ジェズアルド

2004-12-20 01:32:30 | diary
そういえば意を決してクリニックを決めたのは書いたっけ?
直近で1月5日なので、年内は心おきなく休める(^^;)
年明けの治療費を確保しておかないといけない
誰かお年玉くれないかな。

****

最近細切れに寝る生活リズムになってしまって
7:00ごろ起床
15:30ごろ就寝
19:00ころ起床
22:00ころ就寝
1:00ころ起床
4:00ころ就寝
眠りが浅い時間が多いせいかやはり夢をよく見る

<夢1>
なぜかわからないが、目的地も目的もわからないまま
バスに乗らなければならない
以前行ったことのある場所で降りなければならないが
もう記憶は薄れている。
風景と乗車時間をたよりにどこで降りるかを決めないといけない
日はかなり傾き、もうすぐあたりは暗くなる
バスはまばらな乗客と冬の乾いた空気をのせてゆっくり進んでいく
このへんは見覚えがある。
目的地に着く前には、土のままの曲がりくねった坂道が
ひとつあったはずだが、まだその坂道は見えない。
どこでおりるべきか?そこでなにをするんだろうか?
こんな夕暮れに


<夢2>
仕事から帰ると家が何者かに占拠されている。
学校帰りの子供がそれを見つけた。
彼らは幸い子供には目もくれないらしく、
子供は所在なくドアの外に立っている。

どうやって家を取り戻すべきか?
直接交渉しても問題を複雑にするような気がする。
窓からかいま見る占領者は明らかに暴力のプロだ

まず警察に行くとともに
地域の有力者にも連絡をしておこう
(しかしおそらく彼らは地元の警察を抱き込んでいるだろう
それも踏まえた解決策を考えておかないと
さらに悪いことになる・・・)

妻が帰宅する。
「きっとリフォームして彼らにとっての利用価値があがったのよ」
と訳の分からない発言をするが、妙に納得してしまう。
「まず映画でも見ましょう。解決のヒントがあるらしいよ」
とまた変なことを言うが、なぜか同意してしまう。

映画が始まる。話が進むうちに、解決へのヒントなどどこにもない
ことがわかる。頭の中は家の奪回策でいっぱい、いても立ってもいられなくなる。
「ちょっと席を移動したら違うかもよ」
またまた妻の変な発言に、しかし従順に席を移動するわたしたち。

そわそわして映画どころではないが、
映画が終わるまではどうしようもない・・
という思いがなんとなく自分をほっとさせてもいるのだ。


眠りが浅いとときどきふと目が覚めても、
またすぐに眠りに入り、夢の続きが見られる。
あんまり居心地のよくない夢のときは、
「そうだこれは夢だ。ここでもう一度寝なければいいんだ」
と思い、夢を中断することが出来るようになってきた。

***

今日は(昨日だけど)図書館で久々に本をかりた
「バッハとの対話」小林義武
「大貴族・殺人者・前衛作曲家
 ドン・カルロ・ジェズアルド1566~1613」水原冬美

ジェズアルドのマドリガーレなどの合唱曲は
えらく幻想的で聴いてると魂を引っこ抜かれそうになる
こんな本が出るなんて以前は想像もできなかったなー

というわけで、でも今日はバッハのカンタータを聴いて寝る(^^;)

写真は全く関係なく「渋谷の飛行機雲の残骸」
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