昨年(2008年)9月14日、海上自衛隊のイージス艦「あたご」が
高知沖、もとより日本領海内で「潜水艦の潜望鏡らしきもの」を発見す
る。しかし、1時間43分後に見失った。クジラの可能性もあるが、潜
水艦だとすると珍しいミスであった。海上自衛隊の対潜能力は、各国海
軍から世界一とみられてきたからだ。知ってましたか。
「あたご」の遭遇海域は探知の難所であった。潮と潮のぶつかる潮流の
交差点であり、水深1000メートルの深海で、海中の温度差が複雑なのだ
そうだ。ソナーの音波は深度・水温・塩分濃度・潮流・海底地形などで
屈折角、伝播速度が違ってくる。潜水艦はこうした条件を把握し、どこ
で待機し、攻撃し、どう逃げるかの判断のために、こうしたデータ蓄積
をする必要がある。冷戦中、ソ連の戦略型原子力潜水艦は別として、攻
撃型潜水艦の監視・駆逐任務は日本周辺ではあるがその相当部分を米海
軍は海上自衛隊に任せていた。海自には全盛期のソ連潜水艦と互角に対
峙してきたノウハウが蓄積されてきたのだ。
2006年10月26日、沖縄沖の米空母群に中国海軍の通常型潜水艦が魚雷発
射可能な8キロまで接近、急浮上したという。米軍の対潜能力の低下は
明らかである。日本周辺に中国潜水艦が出没するのは、台湾有事の際、
予想される米空母戦闘群と支援の海自の迎撃のために調査しているわけ
だ。東シナ海の浅い海での潜水艦探知はアクティブソナーの音波が乱反
射して極めて難しく、中国海軍には事前調査不可避の海域なのである。
こうした通常型潜水艦の、駆逐艦等の敵艦船に対する優位性が拡がり始
めている。AIP(Air-Independent Propulsion、非大気依存推進)型
潜水艦の導入である(海自では2009年に就航予定)。潜航時間や敵艦を
やり過ごすための海底鎮座時間が延び、潜航速度が向上しているのだ。
かつて、原子力が採用されたのは「非大気依存」に対する決め手として
であった。しかし、米ソ間の核弾頭対抗競争が終焉した現在では自らに
使用不可能な聖域を持つものとなってしまっている。
海上自衛隊初のAIP潜水艦、1番艦・そうりゅう(8116号艦)(平成16年
度計画。平成17年3月31日起工、平成19年12月5日進水、平成21年3月竣
工予定、建造:三菱重工業神戸造船所)。そうりゅう型は計画段階では
改おやしお型と呼ばれていたが、性能面では従来艦と比較して飛躍的に
向上している。水中排水量4,200tは通常動力潜水艦としては世界最大級
である。AIP潜水艦としては、既にスウェーデンのゴトランド級潜水艦、
ドイツの212A型潜水艦などが就役しているが、何れも水中排水量2,000t
に満たない小型艦であり、本型は排水量にしてそれらの2倍以上に及ぶ、
世界初の大型のAIP潜水艦となる。
艦名は、旧帝国海軍の航空母艦「蒼龍」と同じく、蒼い龍を指す。海上
自衛隊は「海象(海の自然現象)と水中動物の名」を潜水艦の命名基準
としていたが、2007年11月5日付けで行われた命名付与基準の改正で
「瑞祥動物(縁起の良い動物)の名」が使用できることとなり、「そう
りゅう」の命名はこれに基づいている。従来から、「しお」の海象名を
使い果たした場合は「りゅう」を採用することが検討されていたが、実
際には海上自衛隊の潜水艦は最大でも十数隻で、「しお」を使い果たす
ことがなく、これまで「りゅう」の出番はなかったとされている。潜水
艦に動物の名を与えることは、かつてのアメリカ海軍に習ったものとも
いわれている。アメリカ海軍やイギリス海軍では、旧戦艦の名称を持つ
潜水艦が存在するが、これは戦略ミサイル原潜や次世代攻撃型原潜が戦
艦に代わる地位を占めるとみなされたためで、通常動力潜水艦での例は
ない。
ここに、かつての亡霊が復活することになる。