JR東海道本線(琵琶湖線)「彦根駅」で下車しました。
ここ滋賀県彦根市を訪ねた理由は書かずともお分かりかと・・・
駅前には「井伊直政公像」が・・・
そうです。井伊家が代々城主を務めた「彦根城」を攻めるためにです。
関ヶ原合戦の戦功により近江に18万石を賜った井伊直政は一旦石田光成の居城であった佐和山城に入城する。直政が翌年佐和山城中で没すると、
子の直継は慶長8年(1603)より新城の築城にとりかかる。これが彦根城である。築城に際しては公儀より奉行が派遣され、助役に7か国12の
大名が動員された天下普請であった。この慶長年間の築城は大坂城に備えた軍事的なものであった。大坂落城後の元和の築城は表御殿の造営や中堀、
城下町など山麓部分の整備であった。その構造は彦根山の頂上に本丸、西の丸、太鼓丸、鎧の丸を一直線に配し、それらを2本の堀切で切断するという
戦国的な縄張であった。山麓には彦根山を取り囲むような内堀が巡らされ、その内側には広大な表御殿や米蔵などが設けられていた。
中堀に囲まれた外郭には馬屋、楽々玄宮園、さらに大身の家臣屋敷が配された。 (山川出版社「山川MooK 日本の城」彦根城の項より引用転記)
攻城を念願としていた彦根城が前方の小高い山の上に望めます。
早速、堀(中堀)を撮らせていただきました。堀の姿・・・好きです。
佐和口多聞櫓
馬屋
城内に馬屋が残るのはこの彦根城だけとのこと
表門橋のところで人の列が出来ていました。彦根城博物館(表御殿)庭内で彦根城のマスコットキャラクター・ひこにゃんがパフォーマンスを
見せてくれるとのことで、それを見るために待つ行列でした。行列を見ると興味が湧き、ついつい一緒になって並んでしまう私です。
ゆっくり見てる間はありませんでしたから登場するところだけを見て・・・
表門山道
廊下橋の下を抜けて
今度は廊下橋から天秤櫓へ
城防御のため、複雑と言おうか何と言おうか騙されているような天守への道。
天秤櫓を抜けて太鼓門櫓に・・・
太鼓門櫓のところでも人の列
天守に上がるために待つ人の列で、私も・・・
天守に登るための待ち時間は30分とありました。列に並んで待つ間に天守のお姿を。
天守内部
他の廃城となった城の柱が使われています。
武者走り
天守から見下ろすと、まだまだ続く人の列。
天守・・・天候が優れず色がいまひとつ。訂正 腕が悪く
黒門山道
そしてこのあとは・・・
攻城日:2011年(平成23年)4月30日(土)