幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

空想アート物語のつづき

2022-08-20 02:18:00 | Weblog
 
 夜の妙正寺川沿いの道は、手にキャンドルや松明を持った男女で溢れていた。橋の欄干から下を見下ろすと、川の両側の護岸には、100号以上ある大きな絵画や写真が延々と並べられて展示され、ゆらゆらとゆらめく松明の炎によって照らし出されていた。川べりの道路に立っている電柱の明りでは、下に垂直に掘られた川の両壁に掛けられた作品を照らすことはできないため、コンクリートで固められた川底にまで降りて、松明を焚いて証明にしている。まるで本堂に続く参道の両側に無数の灯篭が灯っているように。そして、このインスタレーションを見に来た若い男女にも、キャンドルか松明が渡され、現代的な洋服を着た男女が原始の炎を手に手に、川岸をゆっくりと散策しながら、護岸に展示された絵画や写真やインスタレーションを見降ろす様は、まるで現代から過去の時代にタイムスリップでもしたような情緒を感じさせ、でも、過去の時代とは、もしかしたら、実在しなかった夢見の中の出来事だったのではないかと、誰もが訝るほど、手に手に持った炎のゆらめきと、護岸を照らす川底の炎の永遠の連なり、そして、それらが映った流れる水の川面の反射が、一つに溶け合った一筋の光の道となって、あの世の入口に皆を誘っているようにも感じるのだった。
 TOKYOがこんなに情緒ある街だったなんて、今まで気付かなかった。夜のベニスのようにも幻想的で、川面に映ったオレンジ色の炎のゆらめきは、いくぶん東洋的で、ガンジスの川べりを連想させる。ところが、展示してある絵は、現代的な物がほとんどで、中にはアニメ風の線と色彩で描かれた大きな目をした脚の長いキャラもあるし、金魚鉢を映した天然カラー写真を大きく引き伸ばしてパネル張りにした作品もある。僕の男女のセクシャリティーと精神性をテーマに描いた100号の油絵も、5,6枚展示されているはずだが、それらが全部横一列に並んでいるわけではなく、バラバラに展示されているので、この妙正寺川のどの辺に僕の絵が展示されているのか、作者自身にもよくわからない。ところどころ、ゴムボートが浮かんでいて、それに乗って見物している人もいるし、スタッフの乗ったゴムボートが流れてくることもある。川に掛った橋には、多くの観客が密集していて、ちょうど橋から見える場所では、ロックの演奏をやっていたり、また別の橋の下では、暗黒舞踏をやっていたりする。前に話しがでたように、橋の欄干からロープで逆さ吊りになって、白塗りの全裸の筋肉質の男が何人も下の川にゆっくり降りていくパフォーマンスも実際に行われており、白塗りの男の肌は、松明に照らされてオレンジ色に輝き、赤い舌を出して身体をうねらせて川の中を進んでいく様は、まるで蛇人間が実際に出現して、川を遡っているようにも見える。
 このイベントは大成功と言っていいのではないか。なぜなら、多くの市井の観客ばかりでなく、エライ評論家や、有名人やら芸能人なども見に来ているらしい。「だれだれが見に来てるぞ」といった噂が次々に伝わってくるし、中には有名な現代美術のバイヤーまで来ているという噂も流れてきた。
 夜中のイベントで、しかも都会の街の中でこんなに大々的に、それに、川の両護岸まで使って絵や写真を展示したりすることを、よく東京都が認可したもんだと皆が思った。しかも、松明まで燃やして、そのために、消防車まで随所に待機しているなんて、よくもこんなイベントができたな(きっと大物政治家を誰かが知っているんじゃないか)などと、仲間同士で話していると、いつの間にか「作品に火がついたらしい」という知らせが急に入ってきた。「ゴムボートで巡回しているスタッフの中に今回展示しているアーティストの一人が乗っていて、その男が、手に持っていた松明で作品に火をつけたらしい。そして、作品が燃え上がるのを見て、「これだ! これ! これこそ美だ!」と叫びながら、ビデオを回し始めたらしい!」と実行委員の待機しているビルの7階のレストランに連絡が入った。その貸切のレストランからは、会場になっている妙正寺川がかなり遠くまで見渡せるのだが、そこから見た限り、作品が燃えているようには見えない。実行委員は、正確な情報の収集に努め、携帯電話で各地に配置された地点係の者に連絡している。そして、確かに作品が燃えている場所があるらしいことがわかった。それから間もなくして、作品を燃やす炎が風にあおられて延焼し、川沿いに上流に向かって火が回っているという情報も入ってきた。また、消防によって、それらの火はもう消火されたという情報も入ってきた。実際に目で見て確かめるまで、どれが正しい情報かかわからないが、ただ、実行本部から見る限り、川沿いの人々にはまったく混乱した様子も見られず、本当に作品が焼けるようなアクシデントが今起きているとは思えなかった。
 そのうちに、奇妙な情報が入った。だれかNYで画廊を持つ大物のバイヤーが、今回展示している作品を全部、ひとつ残らず買い取ると宣言し、さらに、奇妙なことに、早くも川岸から作品を次々に運び出し、集まって来たトラックに載せているとのこと。そして、作品に火がついたという情報も本物で、謎のバイヤーは、燃え残った作品を素早く護岸から持ち上げてトラックに収納し、次々とどこかへ走り去っているとのこと。
 そうこうしているうちに、事務局に一人の綺麗な女性が入ってきた。周りに5,6人の男を従えている。屈強そうないかにもプロらしいボディーガードやビジネス上の弁護士、有能な秘書に見えるような男達だ。その女性は、半袖のオレンジ色のワンピースを着ている。なぜかあの袖無しオレンジ色のワンピースを着た女子に似ているが、齢は上のようだ。その彼女が初対面の僕に向かって、いきなり語り始めた。
「今回の展示は、ストリートパフォーマンスとしては歴史に残るようなすばらしいものでした。きっと後日、様々なフォトグラファーが撮った写真やビデオと伴に、様々な評論家が、様々なメディアを通して、今回のイベントを紹介するでしょう。おめでとう。コングラチュレーション! ところで、作品に火をつけるというアイデアを考えたのはあなたですか?」と言うので。
「いいえ。そんなことをしようとは考えてもいませんでした。もし、本当に作品に火がついたのでしたら、それはアクシデントです。パフォーマンスなんかではありません」と言うと、彼女はホッとしたような顔をして「それならいいのです。展示されていた作品はどれもすばらしいものばかりでしたから。私は、それらの作品全てを買い取ることにいたしました。そして、残念なことに作品に火がついた作品に対しては私共としても何もできませんでしたので、無傷の作品からこちらでいち早く回収させていただき、トラックにて私の借りている安全な倉庫に運ぶことにいたしました。幸い、あなたの言われる”アクシデント”で焼けた作品はすべて油絵で、10数枚とのことです。それ以外に、200数十点の作品を、私どもで安全に回収いたしました。もちろん、全部、作家の言い値のとおりに買い取らせていただきます。よろしいですか?」
 満知子さんに聞くと、彼女はNYでは大物のバイヤーで、ギャラリーも経営しているとのこと。袖無しオレンジワンピースの女子の腹違いの姉だが、二人の姉妹はとても仲が良く、もちろん姉が妹にいろいろとアドバイスして、一人前のアーティストにさせようとしているらしいのだが、今回の型破りな展示の話しを妹から聞いて、姉がわざわざNYから今日、飛んで来たのだという。きっと買い取った作品は全て、NYの彼女のギャラリーで展示されるだろうし、全部売れたなんてすごいことね! こんなラッキーなことって、そうめったにありえへんよ。でもそれが現実になったのね。嬉しい~。と言って、満知子さんは思わず僕に抱きついてきた。
 
つづく。

【後日談】
 焼けた作品は、なぜか皆、私の作品だったと報告を受けた。現在、犯人は誰か、捜査が続いているという。捜査に協力してほしいと担当警察署からの依頼があったが断った。犯人が誰か分かったところで、燃えてしまった数十点の私の100号の作品は永遠に戻ってこない。作品の写真も撮っていなかったら、男女のセクシャリティーと精神性をテーマにした一連の作品は永遠に失われてしまった。それを再び甦らせることは永久に不可能だろう。だから、私は新しいシリーズを制作することにした。宗教が希求してきた理想が、永遠に手に届かないイデアの形となって現れた人間の肖像画。一瞥した一瞬で見た者の魂を永久の虜にするアイドルでありイコンのシリーズ。そのためのモデルはもう決まっている。あのオレンジ色のワンピースを着た、東洋的アラブアフリカ的白人系女子だ。彼女をモデルにすれば、私の中に永遠のイデアが無尽蔵に湧き上がってくる。それをいちいち描き留めるのは至難の業だ。だから、今世でできるかどうかわからない。きっと来世でも同じオレンジの人物に遭遇するのだろう。ほんの一瞬だけ。