神社のある風景

山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。

日置川周辺の滝巡り 3

2010年11月09日 | 滝・渓谷

和歌山県西牟婁郡白浜町久木


このシリーズの一回目に、八草の滝の近くに是非とも見てみたい滝がある、と書いた。
その日はドン谷と八草の滝を見ただけで、その滝には訪れていない。
滝の名前は判らず、もちろん地図に滝記号も載っていない。
久木にある塩津谷に懸かっているというのが唯一の情報なのだが、塩津谷の記載もない。
だが、塩津山という名前の山は載っている。
恐らくここから流れ落ちる谷が塩津谷であろうという見当はつくのだが、地形を見る限り、滝がありそうにも思えない。
北隣にある集落内を通る谷を見てみると、こちらは滝のありそうな地形がある。
どちらにせよ、この二つのうち一つなので、初日は集落内を通る谷を遡ろうとしたのだが、動物避けのネットがあって、容易に通り抜けられそうにない。
時間もあまり無かったので、その日は諦めてドン谷と八草の滝に行った次第。

二日目の朝一は滝ノ谷を選んだので、再び久木に戻ることになる。
今日はまず塩津山から流れ出すほうに行ってみることにしたが、谷の入り口は木材置き場になっており、丸太を積んだトラックとフォークリフトがあって、二人の方が作業されていた。
入り口の雰囲気からして滝があるようには思えないのだが、とにかく作業されている方に、「この奥に滝はありますか?」と訊ねてみた。
「滝?」
と怪訝な顔をされてから、
「おい、この奥に滝なんかあったか?」
ともう一人の作業員の方に声をかける。
唸りをあげていたフォークリフトが止まり、作業が中断して恐縮する。
「上まで行ったことあるけど、滝なんて無かったで」
やはりここではないのだろうか? でも、一般の人がそんなに奥まで行ったとは思えないし、道から見えにくい場所にある可能性もある。
「なんちゅう滝や?」
「名前は判らないんですけど、塩津谷にあるらしいんです」
「塩津谷? 向こうに見えてる山が塩津やけど、ここが塩津谷なんかなぁ。そもそも水流れてへんで?」
どんどん可能性が減っていく。
「もうちょっと行ったとこに民宿あるやろ。そこの人が詳しいから行って訊いてみぃや」
民宿に道だけ訊ねに行くのは気が引けるが、仕方がない。とにかくここの滝が一番見たくてこんな遠くまで来たのだ。

民宿前にちょうど人が出ていれば訊ねやすいのだが、あいにく人影は無い。
呼び鈴を押して出てきてもらうのもなぁ、と暫く躊躇ってから、意を決して玄関前へ。
玄関は開け放たれていて、奥にお婆さんが座っているのが見える。
「すいませーん」
と声をかけると、お婆さんが玄関前まで出てきてくださる。
塩津谷のことを訪ねると、やはり先ほどの場所がそうであると簡単に答えが得られた。
そして、ここの水も、近くのキャンプ場の水も、塩津谷の水を使っていることなどを教えていただく。
「滝がありますよね?」
「あるある」
「岩に囲まれた滝ですね?」
「そうや、けど今でも行けるんやったかいな」
「じゃあ行ってみます」
「なんかの調査か?」
「いえ、滝の写真を撮るだけで・・・」
「お茶でも飲んでいくか?」
南紀の人は温かい。
お茶をよばれてお婆さんと色んな話をしたい気もしたが、滝ノ谷に行ってズボンはびしょ濡れだし、そこまで甘えるわけにもいかないので辞退する。
何だか名残惜しいような思いで頭を下げて、先ほどの場所に戻る。

「あるってか?」
先ほどの作業されている方が、戻ってきた私に気づいて声をかけてくれる。
更に、木材置き場の横の道の奥に小屋があるので、その前にでも車をとめておくように指示してくださる。
口調は荒っぽいが、やはり温かい。

木材置き場の横の道を進むと小さな橋があって、その奥に朽ちた小屋がある。
そこに車をとめて歩き出すが、橋の上から見ると、確かに水は流れていない。
道を少し戻って、斜め上に上っていく未舗装の林道に入る。
すぐに右下に朱色の鳥居が見えてくる。



鳥居の先には同じく朱色の橋が架かっていて、対岸に社殿というか祠が二つある。
神社名は判らなかったが、帰りに先ほどの橋を見たら「妙見橋」と書かれていたので、妙見さんなのだろう。

このすぐ奥は砂防ダムがあって、その上流は雑草に覆われた広い場所になっている。
しかも谷はコンクリートで護岸されているし、相変わらず水も無く、およそ滝などありそうにない。
お婆さんの話を聞かずに来ていたなら引き返していただろう。
暫くつまらない景色が続くものの、あちこちにゴーラがあって、南紀らしいなと思う。
ゴーラとは丸太をくり貫いて作った野生のミツバチの巣箱で、蜜の採集を目的に、林道沿いの林縁などに設置され、南紀ではよく見かけるものである。
やがて谷が二手に分かれるところで林道が尽きる。
ここにきてやっと水音が聞こえるようになる。ここより下流は完全に伏流しているのだろう。
右手の谷の奥へと続く踏み跡があるのでそちらに進むが、あまり人は来ないらしく、羊歯に覆われている。
水辺を進むようになるとすぐに取水場所がある。やっと谷間を行く気分ではあるけれど、それでも滝のあるような気配は無い。
が、そこから僅かな距離で、まさに豹変といった感じで地形は変化する。



両岸ともなだらかな斜面だったのに、前方には岩が立ち塞がり、流れの奥は洞窟のようにさえ見える。



岩に囲まれた空間は大した距離ではないものの、この空間は充分感嘆に値する。
以前に紹介した、古座川源流にある植魚の滝のある空間にはさすがに及ばないが、ここは地元の人しか知らない、ほぼ無名の滝である。



ドン谷の滝は殆ど人に知られていないと書いた。
でもここは、全くと言っていいほど人に知られていない。
しかも険しいわけでなく簡単に行けるのだから、もう驚くほかない。



岩ばかりの空間で緑は少ない。
閉鎖的な薄暗い場所のせいでもあるが、見上げた先の緑がまぶしく感じられる。



とはいえ、少ないながらも羊歯の緑が滝を彩っていて、こちらは目に優しい緑だ。





















羊歯と滝の取り合わせは、とても柔らかい印象。



だが、何より目を引くのは、やはり岩の表情だろう。






美しいというか艶かしいというか、とにかく見入ってしまう造形だ。










見所はここだけで、渓流の美しさや楽しさは無いが、八草の滝に行かれる方は、ぜひ立ち寄られるといいと思う。
もっと知られてほしいような、でも秘密にしておきたいような、そんな滝である。
尚、今回の日置川周辺の滝巡りに当たっては、「和歌山 南紀から」というブログを参考にさせてもらいました。
厚くお礼申し上げます。


2万5千分1地形図 富田
撮影日時 101022 11時10分~12時30分

駐車場 谷の入り口付近
地図