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神社のある風景

山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。

2014年04月17日 | その他

お久しぶりです。
冬になればいつも更新が滞りがちになっていましたが、今回はサボりすぎました。すみません。
以前ほど撮影に行ける状況にないのですが、とにかく桜だけは逃したくなかったので、何とか昨日、撮ってくることが出来ました。
京阪神では既に散ってしまっていますが、私がよく行く篠山や南丹地域では、京阪神より10日ほど遅く満開になります。
というわけで、それらの地域に向かったものの、いざ桜を撮るとなると、これといって目指すべき桜が思い浮かびません。
闇雲に車を走らせても何の収穫も無い、という結果になるのだけは避けたかったので、以前に桜を撮った場所に行くことにしました。
だから過去に掲載したことのある写真と同じようなものばかり、なのですが、まあちょっと遅めの花見を楽しんでもらえれば・・・。



まずは大野ダムの上流にある瀧明神へ。
夜明け前に着きたかったのだけど、もう朝陽が射し込んでいます。
鳥居と、桜に囲まれるようにしてある観音堂の茅葺が懐かしい・・・。



参拝は後にして、まずは桜並木の撮影を。
少し橙色を帯びた朝陽で、桜の色が華やかになります。
私の写真では珍しく人が写っていますが、これは桜に夢中になっていて接近に全く気付かなかったため。
ここで出逢ったのは、この地元の方と思われるご夫婦のみ。



大きな桜は無く、距離も短いけれど、本当に気持ちの良い小道。






ここまでの写真、朝の桜の色、というものが撮れた、ような、気が。



観音堂前へ。
カシの大木は相変わらずの存在感でお元気そう。



ただ、隣の椿は前回より花数がかなり少ない。






観音堂の屋根と桜の取り合わせは、本当に日本の春を感じさせます。






鳥居と桜の取り合わせも、また然り。



さて、もう一度、桜並木のほうへ戻ります。






今度は強くなった日の光で輝く様を見てみたかったのですが、春霞というか、ちょっとぼんやりした空で、晴れているのに青空は無く、青空は無いのに雲も無いといった状態。












同じような写真ばかりで恐縮ですが、いちおう春爛漫という感じが伝わったでしょうか。



場所をもう少し上流に移動。
ここも以前に同じ構図で撮っていて、殆ど変化はありませんが、まあいい風景なので・・・。



すぐそばに、前回は撮らなかった吊橋があるので渡ってみます。
というか、橋の入り口が鉄製の門で閉ざされているので立ち入り禁止だと思っていたのですが、簡単に開けられるし、立ち入り禁止の看板も無く、ハイキングコースの案内板も橋の方向を指しています。
あちこち錆付いていて、やや不安であるものの、60キロくらい支えられるだろうということで対岸へ。



対岸から来た方向を見ればこんな感じ。
橋は微妙に揺れるので、立ち止まって写真を撮っていると、何だか酔いそうな・・・。



春霞のような状態は酷くなって、風景はますますぼんやりと。
この後、さらに由良川沿いに上流へと進みますが、桜はあちこちにあるものの、空気が濁ったかのような風景はメリハリが無く、いい写真が撮れそうにないので、そのまま京都市左京区へ抜けられる佐々里峠を目指します。
京都市左京区へ抜けられると書くと、街へ出られるように思われるかも知れませんが、京都市と言っても最北端に近い山奥で、市街は遥か先です。
それに佐々里峠は標高700メートルほど。
私は「もしかして」と思いながら峠道を上っていきます。



予想通り、やっぱりありました。
車の中から撮った適当な写真ですが、春爛漫から一気に冬に逆戻りしたかのようで楽しい気分。
ただ、周囲の木々をよく見れば、冬枯れのようではあっても新芽が綻びそうに膨らみ、タムシバの花が斜面のあちこちに咲き、春はすぐそこという感じです。



由良川沿いに遡ってきたけれど、峠を越えてからは桂川沿いに下っていきます。
途中、二箇所ほど神社に寄りましたが、その写真は次回に載せるとして、とにかく風景が冴えないままでダラダラと走ります。
スナップ写真的になら、いいな、と思える風景はあちこちにあって、看板や電柱、昨今風の民家などもひっくるめて風景なのだし、などといろいろ考えながら、結局なにも撮らずに篠山まで。
ここも以前に掲載した場所で、特にどうということのない場所ですが、馴染みの場所なので、何となくゆったりとした気分で写真が撮れます。









ここの桜は車道に沿ってあるので、どうしてもガードレールやアスファルトが入ってしまいます。
単調になりがちなので、道路横の杉林に入り込んで撮ってみたり・・・。






何とか人工物が入らないアングルを探してみたり・・・。



逆に、厭わず大きく取り入れてみたり。



花びらがたくさん散っているからこそだけど、これはこれでいいかもです。



アスファルトの車道が川のようでもあり、花びらが集まった場所が日溜りのようでもあり。



夕暮れが近づいてきました。









桜の花は明るい色なので、暗くなってからのほうが光の向きにあまり左右されずに際立たせて撮ることが出来ます。



ここで仮眠しました。



夜中に目覚めてから、夜桜を一枚。
べつにライトアップされているわけでなく、車道の街灯に照らされているだけですが、一人で堪能しました。


琉璃渓

2014年01月25日 | その他

京都府南丹市園部町大河内


約一年ぶりに琉璃渓に行く。
この時期に行くのは氷が目的で、毎年恒例のようになってしまっている。
ただ、気象庁のデータを見る限り、南丹付近の気温は例年より高めで、あまり期待できそうにない。

現地に着くと、予想外に雪が残っている。
路面は凍結防止剤のお陰で問題なく走れるし、雪景色が見られるのは楽しい。
だが、渓谷に下りてみると、案の定、全くと言っていいほど凍っている場所がない。
きゅっ、きゅっ、と雪を踏み締める感触は好きだけれど、目に映る風景はあまり冴えない。




渓谷の様子はこんな感じ。
このくらい雪が残っていれば、雪景色として写真を撮れば、それなりにいいものが撮れるかも、と思ったのだが、以後、心惹かれるような景色に出逢えない。



仕方なく流れをアップで撮ってみたりもするけど、んー、という感じ。



雪を被っていても苔は緑。






雪そのものは綺麗で、陽射しにキラキラと輝いたりする。
撮影意欲は高まらないけど、思わず雪だるまでも作ろうかと思った。
でも、一人きりでするのはさすがにイタイので自重しておく。



帰り際に雑木林から見上げた空は冬のそれで、深くて爽やかな青だった。
あまり楽しめなかったけれど、雪が踏めたので満足。


撮影日時 20140123 8時40分~10時40分


新年のご挨拶

2014年01月04日 | その他

ちょっと遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。
実は昨夜がしぶんぎ座流星群でしたので、今年の初記事は流星の写真で華々しく飾ろう、などと目論んでおりました。
ところが薄曇で星はあまり見えず、流れ星も一時間に10個くらいのペースで流れたものの写真には写らず、ということで、新年の記事は流そうと思いました。

流れ星観察からの帰り道、家から徒歩2分のところにある最寄の神社の前を通ると、お正月の装いの、といっても普段より照明が明るい程度の違いしかありませんが、それでもやはり新年らしい雰囲気を湛えた風景が見えました。
境内は狭く、隣にはマンションが建ち、わざわざ写真に撮ろうとは思わない場所ではありますが、いちおう大木もあって、何時間も友人と話し込んだりしたこともある馴染の場所でもあります。
とはいえ、最近は疎遠になって、神社前を通っても立ち寄らず、いちおう境内の方だけ窺い見て、手を合わすような気持ちで素通りするのみ。
だからでしょうか、真正面に佇んで写真を撮ってみると、いつも見ているのに何か懐かしいような気持ちが溢れてきました。
神社としても風景としても、もちろん写真としても、特に見るべきものは無いのですが、流れ星より「新年のご挨拶」には相応しいかな、と思えたので載せることにしました。 

見に来てくださる方々に感謝を抱きつつ、今年の抱負などといった大層なものは無いですし、ただいい風景に出逢っていい写真を撮りたいというだけなので、相変わらずのマイペース不定期更新になると思いますが、本年もお付き合い頂ければ幸いです。 


 


今年最後の紅葉を求めて

2013年12月21日 | その他

紅葉のピークは過ぎてしまったけれど、まだどこかに色鮮やかな木々が残っているかも知れない、と思い、出掛けることにする。
まずは右京区京北にある三輪神社を目指す。
ここは春も秋もそれぞれ掲載したことがあるけれど、秋に訪れた際に見た黄葉が忘れ難く、もう少し時期を遅らせて、もう少し光線状態が良ければもっと美しいだろうと思っていたので、何となく宿題のような感じで心に残っていた。
夜明け前に辿り着くべく車を走らせるが、天若ダム沿いの府道から分岐して川沿いに進む道が通行止めになっていた。
この道が通れないとちょっと遠回りになるし、どうしようか迷いながら、そのまま府道を進むことにする。
そういえばこの先に廻り田池があったことを思い出し、水面と紅葉の写真もいいなぁということで廻り田池へ。
この池の写真は、春に三輪神社に行ったときの記事にオマケで掲載したことがあるが、周囲の木々や光の加減次第でなかなか面白い写真が撮れそうな予感もする。
ところが、池に到着すると水が殆ど無い。
・・・なんでやねん。
やや憮然としながら、このまま道を進んで亀岡の天照皇大神社に向かおうかと考える。
あそこは秋に行ったことはないし、紅葉する木々が多い印象も無いが、あの苔の豊かな場所に一本でも色鮮やかな木があれば、とても映えそうに思える。
が、この道も亀岡への分岐点から先が通行止めに・・・。
有名な観光地である、京都の嵐山が浸水したことでニュースになった、9月の台風18号の影響がまだ残っているらしい。
大した時間をロスしたわけでもないし、べつに今からでも三輪神社に向かってもいいのだが、周囲の紅葉は冴えないし、とにかくモチベーションが下がりきってしまい、来た道を引き返すことにする。
明るくなった天若ダム沿いの道からダム湖を見れば、湖面は茶色く濁っている。
今まで何度もこの道を通っているが、こんな色をしているのは初めて見た。
あの台風の影響は、私が思っていた以上に大きかったようである。

あちこち寄りたい場所があるようでいて、周囲の木々の色と同じく冴えない気分のまま引き返す。
このまま帰ろうか、と思いながら、一ヶ所だけ立ち寄ろうと思う場所がある。
今年の春、「ドライブにて」という記事で掲載した池だ。
あそこなら、帰り道に車をちょっと停めて覗く程度の手軽さだし、池の畔にある祠とモミジの風景も気になる。
というわけで、今年最後の紅葉を、と意気込んで出掛けたものの、撮影したのはこの池とその周辺の風景のみ。



池に着くと日の光がまだ射していない。
この池は朝の光がとてもいい角度で入ってくるので、それまでの風景はちょっとつまらなく思えるし、暫く池の周辺を歩いて時間を潰すことにする。
付近の山の風景はこんな感じで、晩秋の里山らしいもの。



普段は何でもない道路も、朝の光で見ると何となく印象的に思える。
目障りな筈の電線や電柱でさえ、朝の雰囲気を演出してくれるようですらある。



柿の木があちこちにあって撮りたくなったのだが、近くに寄れるものが少なく、まともに撮れるのはこの木くらいだった。
実の数は少なく、樹形も乱れているけれど、黄葉とセットで秋らしい風景ではある。



日が高くなってきて、池のある方向を照らし始める。
やや大きな杉の木と、紅いモミジの木が見えている辺りが、春に掲載した石の祠がある場所だ。



紅葉に限らず、こういうイネ科の雑草が茶色くなるのも秋の風景かな、と思いつつ、冬になっても殆ど変わらないような気が。






それはともかく、葉が散ってしまった木の枝の、光に浮かび上がる様は美しい。
べつに紅葉は無くとも、美しいものはそこかしこにあるのだと思う。



池へと続く斜面は、紅葉というより茶色の葉だ。
ピークが過ぎているせいもあるが、里山に多いコナラなどの雑木はこういう色合いになるのが基本で、これはこれで暖かくていい色だ。



池の近くはチカラシバの群生する原っぱで、銀色に輝いて眩しい。



溜池ではあるが、山からの谷川が流れ込み、上流に民家も無いので水は綺麗だ。






朝の光は、地味で平凡だった池の表情を華やかにする。



この池で、いつも目に留まる木。






気温は低いが陽射しは暖かく、決して鮮やかではない葉の色も暖かく、日向ぼっこをしている心地よさ。



春に載せた祠の方を見れば、完全に逆光だが、モミジの下にある小さな石の祠も心地良さそうだ。



祠の真横に移動する。
手前は池に注ぎ込む谷川で、右には祠と小さな畑に行くための鉄製の橋が架かっている。






モミジは鮮やかさを残していたが、左半分の葉が散ってしまっていて残念。



池の横の国道を走る車の音が騒がしいものの、なかなかに居心地が良くて満足してらっしゃるのでは、なんて考える。



仲の良い女性がいたら、こんなところでのんびりお弁当を食べたいなぁ、と思うが、たぶん来年あたり、男友達とコンビニのおにぎりでも頬張っている気がする。



最後に、春に掲載したときに近い構図で。

撮影意欲が落ちて、ほんのついで程度に立ち寄っただけなのに、随分と楽しく撮らせてもらった。
当初の予定地である三輪神社の黄葉のピークは、ここ数年の宿題になってしまっているけれど、ここのモミジの紅葉も、来年以降の宿題になってしまった。
とはいえ、楽しみな宿題である。


撮影日時 131206 7時50分~9時50分


篭坊

2013年12月13日 | その他

兵庫県篠山市後川新田


前回掲載した春日神社に向かう途中、篭坊温泉というところを通る。
狭い谷間に数件の旅館があるものの観光地の賑わいなどなく、いつ通っても寂れた雰囲気で宿泊客の姿も見かけない。
まるで隠れ里のような場所で、そういうところにありがちではあるが、平家の落人が隠棲し、この温泉で傷を癒したと言われている。
べつに興味も無いのでいつも素通りするのだが、ここを通る度、視野の隅を掠める建物がある。
神社? あるいはお寺? と、一瞬、気にはなりつつも、道は狭くて駐車も出来そうにないので、すぐに背後に流れ去ってしまう。
今回はそれが、流れ去るままにしておくには惜しい光景として後ろ髪を引いた。
建物の周囲の空気全体が、黄葉に染まっているかのように見えたのだ。
春日神社に行った帰りに、絶対に寄ろうと思った。

春日神社からの帰り道、その場所から500メートルほど南にある橋の手前の広い場所に駐車して歩き出す。
目的の場所に着くと、建物の道路を挟んで向かいには、ちょっとした広場があって紅葉が賑やかだ。
旅館の駐車場、あるいはキャンプ場のようなものと思い駐車は遠慮したのだが、どうやら公園のようで、駐車してもよかったのかも知れない。



気になる建物は道路より少し高い場所にあるので、短い石段を上る。
石段もそうだが、上りきった境内は公孫樹の黄葉で埋め尽くされていた。 



一般的に、公孫樹が色付くのはモミジの紅葉より早く、落葉も早い。
今日は紅葉のピークには少し早かったけれど、公孫樹の落ち葉に関しては最盛期だった。



かさかさと音を立てて建物の正面へ。



薬師堂ということらしいが、それはともかく、お堂自体が黄色く染まっているように感じられる。



ガラスに落ち葉が反射しているからだろうか。
それとも、板壁の色と落ち葉の色調が同じ系統だからだろうか。



狭い空間とはいえ、それを埋め尽くすだけの葉を空に向けていた公孫樹の凄さに感嘆する。



薬師堂の右側に、その公孫樹はある。
そちらには朱の鳥居もあって、とても心惹かれる風景を描いていた。



公孫樹の大木を見上げる。
鳥居の先の坂道を上りきれば小さな稲荷神社があるのだが、途中に幾つかある鳥居は朽ちて、その残骸が散乱しているような状況だったので掲載しないことにする。



薬師堂の向かいにある広場に行ってみる。
遠目には鮮やかに見えたモミジも、近づいてみると冴えないので、横を流れる川の水面を撮ってみる。



空の色、紅葉、黄葉を映し出し、実際に色付いている木々よりも美しく見える。



角度によっては、川が燃えているかのように紅く染まる。
が、右上にある白い岩のようなものは発泡スチロールだし、左上には何やら鉄片のようなものも見える。



空を見上げれば、いかにも秋の空といった表情だが、順光で撮ったので、何だか貼り付けたような感じになってしまう。



こちらはやや逆光。
左に見える公孫樹の黄葉は、薬師堂に聳えていたものだ。
この一日、キノコなど足許の秋も撮ったけれど、空の表情も秋らしいものだった。


撮影日時 20131114 13時10分~14時10分
地形図
道路地図
駐車場 本文参照


戯言

2013年11月02日 | その他

以前にも戯言というタイトルで記事を書いたことがあるけれど、最近は写真を撮りに行っていないので、再びどうでもいいような内容を。


最近読んだマンガ

「よつばと!」 
なんというか、独り身の私でも父性愛に目覚めます。
同時に、童心に返ります。
蝉を捕ったり、ドングリを拾ったり、あるいは、我侭し放題だった自身の子供時代を思って、周りの人たちの優しさを想います。 

「ぎんぎつね」
稲荷神社が舞台のマンガ。
主人公が私のお友達と同じ名前の「まこと」ちゃんです。
こんな風に、神社と、それに関わる人々と接することが出来たらいいなぁ、なんて思います。

「のんのんびより」
田舎が舞台のマンガです。
アニメ化もされています。
アニメの方が田舎の風景描写が美しくて、ちょっと涙ぐむくらいの憧憬を抱きます。
でも、やっぱり原作のマンガの方が好きかなぁ。
にゃんぱすー。

「絶園のテンペスト」
中二病的ではありますが、主人公が愛する人を想う気持ちに共感します。
愛する人を喪いたくはないけれど、 失ったことなら何度かあります。
いや、喪ったこともありますね。
反省や悔恨の積み重ねですけど、無償のそれを抱ける日は訪れるのでしょうか。


自然災害

今年は台風の多い年でした。
以前、コメント欄に書いたことがあると思いますが、台風が来るとワクワクする、という知人がいたりします。 
警報が出れば学校が休みになるから嬉しい、という子供の気持ちは理解しますけど、大人になってもそういった感覚でいる人は理解できません。
年をとればとるほど、地震も台風も雷も怖くなります。
台風が日本列島に向ってくる度に、どうか逸れてください、と祈ります。
日本列島に限らず、フィリピンや台湾であっても、それは同じです。
毎年のように台風による犠牲者が出るから慣れっこになっている人がいるのでしょうか?
違います。
そういった人は、想像力が足りないのでしょう。
自分にとって、身近な人、大切な人が犠牲になることに。 
台風が来る度に、どこかで誰かが犠牲になることに想いを寄せてください。


最近、知り合った人

深夜に、突然、若い女性に声をかけられた。
たぶん、近所に住んでいる人で、何度か顔を見た覚えがある。
「変なお願いしていいですか?」
「え、何でしょう?」
「何か変な人がいるんで、送ってもらえませんか?」
え? え?
何だか私の情報処理能力を超えている。 
彼女の足許には二匹の小さな犬。
私に向かって吠え立てるので、困っていると、
「撫でてやってくれますか? そうしたら吠えなくなるんで」
・・・・・・。
おお!
確かに撫でると吠えなくなった。
なかなかやるな! と思ったけれど、昔、私が飼っていた犬ほどではない。
だってあの子は、怪しい、と思う人以外に、吠えることは無かったから。
あれ?
それって、私が怪しいと思われている可能性も・・・、って、声をかけてきたのは彼女のほうですよ?
それはともかく、 並んで歩く。
何でも、犬の散歩をしていると、サラリーマン風の男に声をかけられたらしい。
で、無視して歩くと、追いかけてきたらしい。
警戒しながら歩くが、それらしき怪しい人影は無い。
さすがに彼女の家の前まで行くのはどうかと思ったので、最寄の信号のところで、さよならをする。
以後、何度か顔を合わせて、挨拶をする関係になったけれど、まあ彼氏がいない筈はないな、と思える可愛らしい人でした。

前回、辻の四本杉に一緒に行った人とは友達のつもりだけれど、知り合ったのは比較的最近のことだ。
仕事の取引先の人で、週に一回は一時間以上、話し込んだりする。
彼は音楽をこよなく愛しているが、私とはその趣味が明らかに違う。
けれど決して偏狭ではなくて、私がよく聴くボカロに対してもある程度の理解を示してくれる。
私の撮る写真に対してもそれは同じだ。
ある時、私は「宗教はともかく、それなりの信仰心はあるんですけどね」と言ったことがある。
それに対して彼は、
「そらそうやわなぁ。そうでなきゃ、あんな写真は撮れんわなぁ」と言ってくれた。
私自身は、写真を撮るときに、あらゆる感情を排しているつもりだ。
けれど、 何故か嬉しかった。
私の写真に対して、何か感じてくれる人がいるのなら、それはかけがえのないものだと思う。


11月は紅葉の季節でもあります。
写真びよりなので、撮りに行けたらなぁ、と思っています。


辻の四本杉

2013年10月04日 | その他

兵庫県篠山市辻


二ヶ月近く更新をサボってしまってすみません。

気候も良くなってきたので、どこかに出掛けたいと思いつつもサボり癖がついてしまい、怠惰に休日を過ごすばかりなのだが、昨日、珍しく友人と休日が合ったので、ちょっと近場に出掛けることにした。
夜中に出発して、星を見たり音楽を聴いて過ごした後、摩気神社や他の神社にも立ち寄ったりするが、写真を撮ったのはこの四本杉のみ。

ここの写真は以前に「雑多な写真」で一枚だけ載せたことがあると思うが、ちゃんと紹介するのは初めてだ。
地図に記号も載っていない小さな稲荷神社の境内にあるので、記事のタイトルを「稲荷神社」とすべきか迷ったが、恐らくは四本杉が先にあったから信仰の場となったように思うし、写真も杉を主役として撮ったので、「辻の四本杉」として掲載。

国道372号線から逸れて辻集落のやや狭い道を進む。
集落が尽きる辺りで右手に四本杉の案内板が立っているが、もう少し直進し、砂利道のやや広くなったところに駐車。
徒歩で案内板のところまで戻り、横道に入る。
途中、動物避けと思われるトタン板の柵を跨いで越え、杉林の中に入るとすぐに稲荷神社前だが、そこにも動物避けの柵がある。
こちらは電気柵で乗り越えられる高さでもないので、支柱横のグリップを掴んでワイヤーを外す。


数年ぶりに訪れたが、変わらぬ気配で佇む巨樹の姿に嬉しくなる。



大きな杉が何本も聳えているように見えるが、鳥居側の二本の杉以外は四本杉の幹である。






珍しく縦向きに撮ってみるが、それでも全体像は納まらない。
幹周約9m、樹高約30m、推定樹齢、700~800年とのこと。






小さな神社で、祠のようなものしか無いが、祀られている神様の数は賑やかだし、山からの水を引いただけの素朴な手水も気持ちいいし、四本杉を中心に柔らかい空気に包まれている。






あまりいい写真は撮れなかったけれど、久しぶりに木々の匂いに触れることが出来て、とても心地よかった。


撮影日時 131003 6時30分~6時50分
地形図
道路地図
駐車場 本文に記載した場所


夏の夜空

2013年08月17日 | その他

暑くて撮影に行く気になれないが、夜には星を見に出掛けたりするので、その時の写真を。



星を見に行くお決まりの場所へ。
私の住む辺りより4~5度は気温が低いので、とにかく心地いい。
ベンチに寝そべって星を眺めていたら眠ってしまいそうだ。



天の川を撮りたいのだけど、あまりはっきりと写ってくれない。
もっと広角レンズで空を広く撮りたいなぁ。









ずっと薄い雲がかかっていたが、アクセントになって良かったかも知れない。
斜めに横切っている線は、航空機でも流れ星でもなく、人工衛星です。



ここからは別の日。
先日のペルセウス座流星群のピークの日、には行けなかったので、その翌日。
以前にも書いたが、私は星や星座の知識は皆無で、ただ眺めるだけである。
だが、今日は新兵器がある。
Googleマップを活用されている方は多いと思うが、Google Skyマップは存在さえ知らない人が多いのではないだろうか。
スカイマップ、というか夜空の、つまりは星座の地図で、スマートフォン用のアプリなのだが、今いる場所の、今の時間に見える星空が画面に表示される。
しかもスマートフォンを向けた方向にある夜空が、そのまま画面に表示される。
GPSによる現在地、スマートフォンを向けた方角と傾きを認識しているわけで、ペルセウス座がどんな形状か全く知らない私でも、おおよその方角さえ判っていれば簡単に見つけられる。
あれがペガサスか、お、もうすぐあの辺りからオリオン座が顔を出しそうだな、なんてことも判る。
画面には地平線が表示されていて、その下に隠れている星座も判るし、スマートフォンを地面に向ければ、地球の反対側で見えているであろう星空も判る。
昼間に使えば、見えはしないけれど、そこにある筈の星が判るし、ちゃんと太陽のあるところに太陽の表示がある。
Googleマップ自体もスマートフォンで使うと、その利便性が飛躍的に向上したが、このアプリもスマートフォンの特性や利点を最大限に発揮してくれる優れもので、しかも無料だ。
べつにGoogleの回し者じゃないけど、感服した。






ペルセウス座流星群はピークの日を外しても、前後2、3日はそれなりに星が流れる。
写真上部にも写っているが、私は見てなかった・・・。
もちろん、見ていて写せないものが殆どだが。






これは航空機の軌跡。



けっこう明るく星が流れた。
だが軌跡は短く物足りない。
この日、10以上の流れ星を見たが、どれもそれなりに明るかったものの、軌跡は短いものが殆どだった。 



夜明けが近づいてきた。



帰り道、車の窓から。


平の沢池の蓮

2013年08月09日 | その他

京都府亀岡市馬路町


山野に咲く小さく可憐な花は好きだけど、それ以外の植物にはあまり興味が無い。
蓮の花は美しいとは思うものの、私にとっては「それ以外」の花で、今までさして関心を持つことは無かった。
ところがネットで蓮の画像を見かけて、何故か不意に撮りたくなった。
マクロレンズが無いので、いつも満足に花の写真が撮れないけれど、蓮の花くらい大きければ、それなりにアップで表情豊かに撮れそうでもある。
ということで、どこに撮りに行こうかと考えて、そういえば亀岡でちらっと見かけたことがあったような・・・、と思い出したのが、この平の沢池だった。
夜明け前から現地に行き、思いのほか楽しく撮影する。
いつもは写真の掲載順序は時系列ではなく、鳥居、参道、社殿、といった場所ごとであったり、滝の右側から、左側から、広角で、アップで、などという風に順序を入れ替えるのだが、今回は完全に時系列で載せることにする。
似たような写真が多くて花ごとに分けるのも大変だし、一つの花に対してかなりの時間差もあるので撮った順番で見てもらうのが一番自然かと思う。
同じ理由で枚数を絞るのも困難だったので、いっそのことそれなりにまともに撮れたものは全部掲載することにした。
似たような写真を大量に見せられる方は困るでしょうけど・・・。

平の沢池は上池、中池、下池の三つに分かれている。
さて、蓮を見かけたのはどこだっただろう、というくらい曖昧な記憶しかないが、取り敢えず中池の北端を過ぎた辺りに駐車場があるのは知っているのでそこに車を入れる。
まずは中池に沿った遊歩道を歩いてみるが蓮は見当たらない。辺りはまだ少し暗いとはいえ、さすがに蓮の花が咲いていて気付かないということはないだろう。
池が堤防で区切られたところから下池になって、対岸に目を凝らしてみたりするものの、やはり見当たらない。
が、この下池、道路で分断されたのか車道の向こう側も池になっているので、そちらを覗いてみると、薄暗い中にも沢山の花が咲いているのが見えた。
分断とはいえ、二つの池は南端で繋がっていて、車道はそこで橋になっている。
その橋の袂から池の傍に降りられる。
池はコンクリートで護岸されているが、蓮の花に触れられる近さに寄れるし、車道は近いけれど高低差があるので案外と落ち着いて撮影できる。



夜明け前の、フラットではあるが濃密な色調。
なんとなく絵画っぽくもある。






橋の下ではウシガエルの鳴き声が響く。
時々、喉を詰まらせたかのように鳴き声が途絶えるのが、ちょっと微笑ましい。















蓮の葉の茂みの奥で、何やら不気味な物音がする。
暫く注視していると、葉を掻き分けるようにしてヌートリアが泳いでいった。
勿論、外来生物であり、生態系を乱すと言われているが、見た目にはネズミのようなカワウソのような姿で愛らしくもある。






蓮の葉は大きく密生しているので、まだ根元には光が届かない。
背を伸ばした花は、まるでライティングしたかのように浮かび上がる。















アップはこれくらいが限界・・・。



蓮の葉は水を弾くのだが、雨上がりでも無いので水滴を乗せた葉は少ししか無かった。









それにしても、蓮の花がこんなに表情多彩だったとは知らなかった。
いわゆる蓮華の形だけでなく、開き加減によって、バラのようであったりボタンのようであったりする。









以前にも書いたことがあるけれど、写真を撮る際には、邪魔なゴミや目障りなものを取り除くことはあるが、無いものを加えたりすることは私の中の禁止事項である。
花びらを集めてきたり、紅葉を水面に浮かべたりとかいった作為はしないので、こんなふうに花びらが葉の上に乗っていることは少なく、状態のいいものを探してまわる。



薄暗い葉と葉の間を覗き見れば、水面にも花びらが落ちている。






だいぶ明るくなってきた。
ミツバチが賑やかで、花の上を何匹も飛び交う。















靄のかかった天気で太陽は顔を出しそうにないが、湿度が高く蒸し暑い。
でも、それを忘れるくらい撮っていて楽しい。















広角で見ればこんな感じで、あまり広くもなく、ガードレールや民家なども目に入る。












広角で撮るならこの方向が一番いいだろうか。












それにしても、写真の選定に手を抜き過ぎか・・・。















朝の光が花びらを透かすような光景も撮りたかったのだが、太陽は顔を出さないまま。









まあ、こういう天気の方が、蓮には似合うような気もするけれど。






橋の近く以外は殆ど水面は見えない。






見ている人には同じような写真ばかりで退屈かもですが、撮っている者としては、蓮の花ひとつで様々な撮り方が出来て楽しく、多彩に表現しているつもりなのです。







































一つの記事で、70枚近くもの蓮の写真だけを掲載するのは、ちょっとどうなのか、と思いつつ、美しさや感動が少しでも伝われば。

写真のストックが無くなりました。
暑さで撮りに行く気にもなれないので、暫く更新が滞ると思います。


撮影日時 20130726 4時40分~6時50分
地形図
道路地図
駐車場 あり


ドライブにて

2013年04月16日 | その他

特に目的地もなく、特に何かを撮ろうというわけでもなく、まあ桜でも残っていたら写そうか、という軽い気持ちで車を走らせた。
普段からよく行く篠山市の東部辺りを4時間ほどのんびり回り、適当に目に付いたところを撮っただけなので、何の一貫性もなく、場所も散らばっているのでタイトルが思い付かず、そのまんまだけど「ドライブにて」にした。

今までこういう無目的なドライブで写真を撮ることは殆どしてこなかった。
ある程度は行く範囲を絞って、こういう写真を撮ろう、というような想定をしていくのが普段の撮影で、大袈裟に言えばモチベーションや気構えが違う。
でも、せっかくいい季節だし、何か自由に写真を撮ってみたくなった。
写真の出来はともかく、こういう気儘な撮影もいいもので、なかなかに楽しかった。