西吉野の花木が多そうな地域を地形図で見てみると、景色の良さそうなところが多くて目移りする。
もちろん、地形図からは花木の多さは判別できないが、山峡に抱かれた集落や、山腹の傾斜地に広がる集落が点在し、ネットの情報を加味しても、「ここだ」と決めるのは難しい。
賀名生梅林と川岸の二箇所は即断したけれど、かといって、それ以外の場所がつまらないとも思えない。
結局、その辺りの地域を適当に走って、景色のいいところがあれば写真を撮ろう、という無計画な状態でここまで来た。
ただ、そういう場合、たいてい時間のロスが大きくて、僅かな場所しかまわれなかったりする。
何度もそういったミスを繰り返していても、学習しないというか、行き当たりばったりも面白いじゃないか、と考えたりするので、今回も、賀名生梅林と川岸集落の他は、三箇所しか撮影できなかった。
その三箇所をまとめて掲載するが、つまらないからまとめたわけではなく、寧ろより強く惹かれた場所もあった。
もっと条件のいいときに、必ず撮り直しに行きたいと思うし、今回まわれなかった場所も、ぜひ訪ねてみたいと思わせる地域であった。
ここは、川岸集落から一旦離れて、昼食に向かう途中で立ち寄った。
上西山という集落にある、丹生小学校跡だ。
行政上は下市町になるが、この辺りも花木に包まれた集落が多い。
アマチュアカメラマンが数人いて、熱心に撮影されているため校舎には近づけない。
例によって、皆さん立派なカメラと三脚である。
木造校舎と桜は本当によく似合う。
学校の真正面にある潰れた商店。
もしかしたら駄菓子なども売っていて、子供たちで賑わった時代もあったのかも知れない。
ショーケースの中にあるタバコの見本は、随分と懐かしいデザインのもので、私が高校生くらいの時にはこれだったと思う。
同じく、その商店の張り紙。
国鉄城戸駅前と書かれているのは、前回の記事で書いた五新線に因むもので、国道168号線から県道に入ったところが城戸集落であることにも触れたが、鉄道は開通しなかったものの、バス専用道として使われていたときに、国鉄バスのバス停名は「城戸駅」であったらしい。
タバコのパッケージにしろ、こういった張り紙にしろ、時代や歴史を感じさせて、楽しいような寂しいような気になる。
学校前を少し通り過ぎた辺りの県道。
ここも啓翁桜が多い。
川岸で二度目の撮影を済ませた後、どこへ行こうかと地形図を眺めて、鹿場という集落に行くことに決めた。
この辺りに幾つかある、山腹に点在する集落のどれかに寄りたいと思っていたのだが、どこも道は狭そうで、車を止めて撮影できるか心許無い。
鹿場なら、狭い道に入る手前辺りに駐車して、そこから歩いて行けそうであるし、他の山腹にある集落と違って、緩やかな尾根と浅い谷が入り組んでおり、伸びやかでありながら起伏のある風景が広がっていそうだ。
八ツ川方面への道に入り、鹿場への分岐を少し過ぎたところが広くなっていたのでそこに駐車。
鹿場への道はこんな感じで、普通車だと擦れ違い困難な場所が殆どである。
尤も、車には全く出遭わなかったけれど。
途中、杉林の中を行くこともあるが、概ね花木が目に入る道だ。
時刻は16時前で、西日が強くなってきた。
撮影の条件は良くなさそうだし、何より賀名生梅林と川岸での疲れがあって、足が重い。
急坂ではないけれど、上りばかりで無口になるか、「あーしんどい」「もうアカン」を繰り返すかのどちらかだ。
ただ、この先には展望が開けて花木に包まれた風景が広がるはず、と信じて歩みを進める。
と、本当にそんな場所に出た。
地べたに座り込んで、暫し、風景と涼しい風を満喫する。
そして、この長閑で華やかな場所にある民家。
十津川村にある果無集落が「天空の郷」と呼ばれていることを、以前の記事で書いたことがあるが、ここの方がそれを強く感じた。
というか、天上の郷とでも呼びたい風景だった。
住んでみたい、と思えるほど、朝な夕なにうつろう光と色を眺めていたい場所だ。
花木の里も、高齢化で後継者は少ないらしい。
私は植物が好きだし、育てるのも好きだし、この辺りに住むのは悪くないんじゃ、なんて半ば本気で考えたりする。
いや、でも、無理だよなぁ…。
西日に花木が輝く。
それも美しいけれど、雨上がりの朝や、雪で真っ白に覆われた景色も、どれほど綺麗だろうか。
内陸の山間部、しかも高地、冬の厳しさは相当なものだろう。
だからこそ、より一層強く、春を謳歌するような風景が広がるのだろう。
後になって思えば、日が暮れるまで鹿場の風景を眺めていれば良かった気もしたけれど、あと一箇所くらい、どこかを撮影したいと思ったので移動した。
で、立ち寄ったのが、坪手垣内という集落の辺り。
昼間もここを通ったのだが、夕暮れ時の光が花木を浮かび上がらせて、何とも言えない雰囲気に包まれていた。
手前はツクシの大群生。
華やかなのに、夕暮れの光のせいか、どこか寂しいような懐かしいような想いになる。
河原へ降りてみる。
水辺の木々はまだ春の装いではなく、光を浴びた斜面上とは対照的な風景だ。
足下を見れば、猪の足跡があった。
華やかな桜も、ひっそりとした気配に変わってきた。
日が暮れていくのは名残惜しい気もしつつ、日が暮れていく風景を見ていられるのは満たされるものがあった。
奈良県五條市西吉野町川岸
賀名生梅林を後にして、国道168号線を更に進む。
国道168号線は、五條の先から、ずっと紀ノ川の支流である丹生川に沿って走っているが、ほぼ同じルートを国鉄五新線跡も通っていて、時々、この168号線と交差する。
五新線跡とは、旧国鉄が、奈良県の五条と和歌山県の新宮までを結ぼうとして途中まで建設した路線で、国鉄再建法により工事はストップ、そのまま開業することなく消えていった路線だ。
一部区間はバス専用道として使われた、なんて話をT君に聞かせながら先へ進むが、T君は、「えらい税金を無駄にしたもんですねぇ」などと言う。
私が幼い頃は、まだ国鉄時代だったし、しかも鉄道が好きな方だから、何となく哀愁のようなものを感じてしまうのだが、えらくドライな感想が返ってくる。
しかし、交差する立派な高架橋や、五條から新宮にかけての地形の険しさ、そして輸送需要などを考えると、その感想は妥当なものでもある。
ただ、もし開通していたら、と考えるのは、鉄道好きなら仕方のないことで、深い山峡を走るローカル線を夢想したことが何度かある。
大赤字線になるのは必至だとは思うが、もし開業、存続出来ていたなら、今頃は観光鉄道として脚光を浴びていたかも知れない。
さて、本題から大きく逸れてしまったが、城戸という集落で、168号線から外れて県道に入る。
国道とずっと寄り添っていた丹生川は、ここからは県道に沿って流れる。
五新線跡の高架橋も県道を跨ぎ、国道と同じ方向へ進んでいく。
本線からローカル線に乗り換えたときのように、路面や周囲の雰囲気が変わって1.5キロほども進むと、左手がぱあっと華やいで、誰もが車を停めたくなる風景が目に飛び込んでくる。
ここが目的地の一つ、川岸集落だ。
さっきまでと変わらず曇天のままなので、やや物足りない気もするが、T君も「おお」と声を上げる。
カメラマンの間では有名な場所のようで、ネットで検索すれば沢山の画像が出てくるし、私自身、西吉野へ行こうと決めたのは、ここを知ったからだ。
光線状態は良くないけれど、花の咲き具合からすると、いいタイミングに出逢えたようだ。
光の加減もそうだが、もう少し川の水量が多ければいいのになぁ、と贅沢なことを思う。
風景が良ければ良いほど、細かいところに不満が出てくる。
手前は啓翁桜、黄色い花はサンシュユ、奥の濃いピンクは花桃だろうか?
当然ながら、自然のままで造られた風景ではない。
西吉野は生け花用の花木の栽培が盛んな地域で、この季節、あちこちの集落は花に埋もれるように春を謳歌する。
人の手と、自然が融合した風景であり、そういう意味では神社とも通じるものがある。
幾つもの集落が花に包まれるのに、この川岸集落が特に有名なのは、川の湾曲部に花木が固まっていて見栄えがすること、それが県道から見えること、そして、この吊り橋の存在もあるだろう。
対岸に集落があるわけでもないので、花木の管理のためにある橋だと思うが、かなり傷んでいて板を踏み抜きそうな恐怖がある。
揺れも酷くて、高さは無いがスリルがある。
吊り橋の先の小道は、サンシュユの中を行く。
今まで何度も春の山で見てきたが、こんなに豊かな黄色だったかな、と思う。
でも、別名に春黄金花というのがあるくらいだから、これが本来の色なのだろう。
ここから県道側を見ると、花木の里であることがよく判る。
光線状態のせいで色は冴えないが、春爛漫だ、と思う。
当然、集落内も歩いてみる。
花は尽きることなく、そこかしこにある。
先ほどの場所を見下ろす。
坂道が多くて、既に賀名生梅林で筋肉痛になっていた身にはキツイ。
疲れもそうだし、お昼も過ぎて空腹でもあるので、川岸集落を離れることにする。
昼食後、もう一度、川岸集落の前を通ると、さっきより光線状態がいい。
立ち寄らずに他の場所へ行って撮影するつもりだったが、素通り出来ず。
私の撮影に付き合わされるT君に悪い気もするが、彼は決して「もういいじゃないですか」などとは言わないし、それどころか、「確かにさっきより光が当たって綺麗ですね」と言ってくれる。
まあ実際の風景の違いはともかく、写真的には「そんなに変わらんやん」と思われそうでもあるが。
同じ場所の似たような写真ばかりですみません…。
陽光が降り注ぐと、花と同じように心身が綻んでいくような気がする。
ただただ、春だなぁ、と。
ひたすら、春だなぁ。
とにかく、春───すみません、同じような写真ばかりで、書くことが無くなってきました(笑
でもまあ、見て下さる方に、春が感じていただければ。
もっといい表情を、と言い出せばきりがないけれど、またいつか春に訪れて、その表情を切り取ってみたい。
このシリーズ、次が最後です。
撮影日時 180327 12時~12時50分 14時50分~15時30分
地図
奈良県五條市西吉野町北曽木
三月下旬には、篠山か朝来にあるミツマタの群生地に行こうと考えていた。
ミツマタというのは早春に黄色い花を咲かせる落葉低木のことで、薄暗い杉林の下で開花する様は、無数の星が散りばめられたかのようにも見えて、撮影意欲が掻き立てられる。
ただ、篠山方面は最近も何度か行っているし、どこか全く違う方面に行きたくはあったので、そういった、ミツマタを含む、いわゆる花木の類の画像検索をしてみたところ、奈良県の西吉野に行き当たった。
ミツマタは無いが、サンシュユやモクレン、サクラなどの花木が彩る西吉野の山里の風景には心奪われるものがあった。
実のところ、一昨年くらいからミツマタ群生地に行こうと考えていたのに、それはあっけなく霞んでしまった。
いつものようにT君の運転で出発。
大阪市内は阪神高速で抜け、奈良県の御所市を経由して、十津川や南紀方面へ行くときに何度も使った国道168号線に入る。
まずは賀名生梅林に立ち寄ろうと思う。
十津川や南紀だと、さあ、これから長い長い山中の道のりだ、という感じになるのだが、西吉野だと、まだ序の口といった感覚のところであっさり梅林入り口に着いてしまう。
とはいえ、普通の人ならこの辺りでも山奥と感じるだろう。
南朝の賀名生皇居(行宮)跡のところに無料の駐車場があるので、そこから歩くことにする。
梅林内の車道が崩落のため通行止めになっていることは事前に調べて知っていたし、どちらにせよ道は狭そうなので、ゆっくり撮影するなら歩くしかない。
が、これも事前に判っていたことなのだが、運動不足の身には、かなり堪える上り坂で、私よりだいぶ若いT君もゼエゼエ言っている。
しかも時期が遅いので、梅の花もイマイチ冴えない。
梅が観賞に堪えないようなら、すぐに引返して次の場所を目指そうと思っていたものの、こういった場所の常で、この坂を上りきれば、あのカーブを曲がれば、とにかく先へ進めば素敵な風景が待っているかも知れない、なんて考えがちで、そう容易く引返せないのである。
しかし、上り坂が辛ければ辛いぶんだけ、着実に標高も高くなるわけで、 気付けば展望も広がり、梅の花も多くなってくる。
山間部に入ってからは曇りがちだったが、ここで薄日が差してきた。
今まで梅の写真は撮ったことはあっても、いわゆる梅林と呼ばれるようなところへは行ったことはない。
人出の多いところは避けたいし、桜ほど惹かれないというのもある。
けれど、霞のように斜面を埋める梅の花の写真をどこかで見て、いずれ見てみたいと思うようになった。
今回、賀名生梅林に寄ろうと思ったのも、そういう風景に出逢いたかったからだが、やや花数は少ないものの、来て良かったと思わせてくれる風景に出逢えた。
ただ、この後、光線状態は悪くなり、いい風景でも冴えない写真ばかりになる…。
ある程度の高さまで上ってしまうと、平坦な道が多くなって散策気分になる。
時期の遅い平日でもあるので、観梅客やカメラマンは殆ど見かけない。
無人販売所があったので梅干を購入。300円也。
道路の奥に見えているのは簡易トイレだったりする…。
梅林内で最も標高の高い辺り。
急斜面の多いところだが、民家はあちこちに点在し、梅林と生活が密着しているようだ。
民家の上に見えるピンクの花は啓翁桜であろうか。
ここから見える小道の風景は、とても気に入った。
でも気に入った光にならない。
というより、今回から新しいカメラになったので、カメラの液晶に表示される画像の出来映えと、それをPCに取り込んで見たときのズレが掴めていない。
実際、現地で撮ったばかりの画像を確認したときは、久々に会心の写真が、と思ったのだが、PCで見ると、こんなはずじゃなかった…、となってしまった。
それだけに、ここは再訪して撮り直したいところだ。
早朝、夕暮れ、雨の日も良さそうだ。
次に訪れるのは、いつになるだろう。
廃小屋と梅。
こんな小道もあるが、ネットが張られているので入れない。
随分と高くまで来たものだ。
斜面を埋める梅は見事だが、光線状態は最悪で、空気も透明感が無い。
うーん、梅が映えない…。
それでも、梅以外にも花は咲いているし、道は殆ど下りになったし、気持ちの良い散策だ。
既に筋肉痛になってはいるけれど。
どこを切り取っても梅が入るくらいで、期待以上の場所であったが、写真の方は新しいカメラへの期待もあったので、不満が残る結果になった。
最後は、駐車場の横にある、皇居前の有名な枝垂桜。
ここはカメラマンが多かったので、片隅をパチリと撮ってその片鱗だけを。
撮影日時 180327 8時40分~11時20分
地図
早いもので、この二月でブログ開設から十年が経ちました。
まずは、見に来てくださる方々に感謝します。
十年と言えばちょっとしたもので、何かを成し得たり、大きなステップアップがあってもおかしくない歳月なわけですが、このブログに関しては、更新頻度は下がる一方だし、写真のクオリティにしても落ちていってるんじゃないかと危惧していたりもします。
いや、このブログに関してというより、私自身が劣化していってるのかも…。
それはともかく、節目なので、例によってお気に入り写真の大きめサイズを載せようと思います。
前回の八周年のときから二年、その間の更新頻度を考えると撮った写真自体がそもそも少なく、あっという間に選定が終わりそうだと考えていましたが、特別に気に入った写真は少なくても、何となくお気に入りといったものが意外とあって、それなりの枚数になってしまいました。
八周年の記事で、「十周年のときにはもっといい写真を掲載できるようにしたい」なんて抱負のようなものを書いており、その点からすると物足りないかも知れませんが、一枚でも皆さんに気に入ってもらえる写真があれば幸です。
有りがちなものや、何がいいのか解らないものもあるかと思いますし、十周年としては力不足と思わざるを得ないので、いっそのこと過去十年から選別、なんてことも考えたり…。
ただまあ、やっぱり神社や自然の風景を通して、自分なりの表現は続けていきたいなぁ、という思いは変わらないので、これからも見に来ていただければと思います。
この秋、紀伊半島の山岳地帯へ紅葉を見に行こうと考えていた。
斜面一面が色付くような、本当の山の紅葉を、同行するT君に見せたいと思ったのだ。
ところが仕事が忙しくなって思うように休みが取れず、今年の紅葉は無理か、と諦めかけていた。
どうにか出掛けられそうになったのは11月の終わり頃になってからのことで、これでは山岳地帯の紅葉は終わっているだろうし、あまり遠出するほどの時間的余裕も無かった。
というわけで、近場で、かつて行ったことのある場所を、T君と訪ねることにする。
大体いつも、都市部はT君が運転し、山間部で私に代わる。
T君は安全運転だし、隣に乗っていて不安は無いが、狭い峠道などは不慣れなようで、やや心許無い。
それに、彼と車で出掛けるときにはワンデイ保険にも入っているので、運転しないと損だ、なんて貧乏根性があったりもする。
篠山市東部、国道横の溜池の畔にある祠に着く。
ここは過去に二度ほど掲載している場所で、別に秘密の場所というわけではないけれど、何故か今まで所在地は載せていないので、今回も何となく載せずにおこうと思う。
祠の横にある真っ赤に色付くモミジは、日が当たらないと冴えないので、それまではその奥にある黄色いモミジの写真を撮る。
台風の影響で、枝が地面に落ちていたりするが、心配したほど葉は傷んでいないようだ。
朝陽が差し込んできたので祠とモミジの写真を撮る。
杉と赤いモミジの間に見えている木が、最初の二枚の写真で撮ったものだ。
全体像はこんな感じで、赤と黄、そして真ん中に緑という賑やかな場所だ。
前回の秋には、紅葉が少ししか残っておらず、特に右側の黄色は殆ど散っていたが、今回はまずまずのタイミングに出逢えたようだ。
ただ、写真としては、前回の方が光の状態が良く、晩秋の寂寥感みたいなものが感じられたのに、今回はイマイチに思える。
しかも、どういうわけか池の水が抜かれており、水面のある風景も撮れない。
それでもまあ、こんな秋の賑わいを見られるのは嬉しいことだ。
杉もモミジも、祠を建てた人、或いは祠に関わる人の植栽と思われるが、人と自然が関わることで作られる風景というのは、純粋な自然とは違った美しさや趣がある。
黄色を主役にしてみたが、祠の向きのせいもあって、どうも上手くまとまらない…。
もう少し、柔らかい光で撮りたかったなぁ…。
似たような写真ばかりだし、望むような光線状態では無かったけれど、諦めかけていた紅葉を見ることが出来たので良かった。
撮影日時 171127 8時40分~9時10分
中学生のとき、水上勉の「若狭逍遥」という随筆集を読んだ。
もう随分と昔のことになるので、詳細を憶えているわけでもないし、中学生にとって格別面白いという内容でも無かったと思うが、何故か惹かれるものがあって、若狭という地域に対して何かしら特別な想いを抱かせてくれた。
逍遥という言葉の意味を辞書で調べると、気儘にあちこち歩き回ること、そぞろ歩き、散歩、などと書かれている。
今回の若狭行きは、またT君となので基本的に車での移動ではあるが、気儘に、時には車を止めて、あちこち訪ねてみた。
まずは青葉山の麓、杉山集落にある熊野神社へ。
ここは舞鶴市だから、まだ若狭ではないが、府県境までは一キロも無いし、ぜひとも再訪したいと思っていた場所なので。
天気が良すぎて写真が撮りにくいが、鬱蒼とした木々に囲まれた境内が、日溜りになって輝いている。
すぐ近くにある大杉神社にも行く。
大杉の清水と呼ばれる名水があり、変わらず豊かに水が流れ出している。
味の方も、変わらずに美味しい。
ここも天気のせいでコントラストが強く、名の由来と思われる大杉の写真だけしかまともに撮れなかった。
前回の参拝、雨天時の記事を見ていただいたほうが良いかと思う。
ただ、こういった晴天時は神社の写真は撮りにくいものの、晴れた日に再訪したいと前回の記事にも書いている。
理由は、熊野神社、大杉神社へと続く、それぞれの小道が晴れの日に気持ち良さそうだったからだ。
杉山集落から熊野神社への小道。
こちらは大杉神社への小道。
アケビの実が落ちていた。
稲架のある風景は好きだが、水入れの時期、実りの時期、雪の降り積もる時期、それぞれの風景が見たくなる。
ちょっと貧弱ではあるがコスモスも咲いていて、秋の始まりを彩る。
曲がりくねった小道と舞鶴湾。
絶景というほどでは無いけれど、沁み入るような風景で、晴れの日に来て良かったと思う。
杉山からは、塩汲峠を越え、内浦湾を望む道を進む。
この辺りの集落と神社は、一度、じっくりと訪ねてみたいところだが、今回は素通りする。
高浜に出て、城山海岸の写真を撮ろうと思ったのに、駐車場が満車だったので、こちらも素通り。
道の駅に寄って昼食を摂る。
若狭らしいメニューは高かったので、ただのラーメンで済ませる。
小浜市街を抜け、内外海半島に向かう。
堅海集落にある廃校に立ち寄る。
以前、「雑多な写真」で久須夜神社を掲載したことがあるが、そのすぐ近くにある。
前回は曇天だったので写真はイマイチで掲載しなかったところだ。
晴天の下で見ると、絵に描いたような木造校舎で嬉しくなる。
久須夜神社の鳥居。
社殿の様子は、やはりコントラストが強すぎて絵にならず。
廃校と鳥居はとても近い。
少し移動して、こちらは椎村神社の狛犬。
ここも同じ「雑多な写真」で掲載した。
磨耗して苔に覆われた姿に再び会えて嬉しい。
次は常神半島に移動する。
常神集落まで行って常神社の前も通ったけど立ち寄らず。
常神社も過去の「雑多な写真」に掲載している。
前回も猿に出逢ったが、今回も路上に猿を見かける。
ここは、小川という集落で、何となく集落内の路地を歩いてみたくなって探索した。
小川神社というのがあったので立ち寄る。
明るい神社ではあるが、スダジイと思われる大木が四本ほどと、カゴノキの大木があった。
写真の左に見えている大木がそれで、こんなに大きなカゴノキを見たのは初めてであった。
若狭の神社はスダジイの大木が多く、殆どの神社で見かける。
小川集落前から若狭湾。
正面中央に、青葉山が霞んで見える。
途中でドライブイン的なところに寄り、「へしこ」と「梅干」を買う。
三方五湖周辺は、意外と知られていない梅の産地だし、へしこは若狭の名産で、私の好物である。
来た道を戻りながら、田烏という集落に立ち寄る。
ここも路地歩きが目当てだったが、天満神社というのがあったので立ち寄る。
小川神社と同じく明るい境内だが、やはり大木があって嬉しい。
ただ、ここはスダジイではなくケヤキの大木だ。
本殿前にはギンナンがいっぱい落ちていた。
ここで写真を撮っていると、車で通りかかった年配のご夫婦に話しかけられた。
「田烏の棚田ってどう行ったらええんですやろ」
いや、余所者の僕らに訊かれても、と思わないでもなかったが、スマホで検索して場所を特定する。
下調べなど全くせずに若狭へ来ているのだが、なかなか風景の良さそうなところで、道を訊いてもらえて寧ろラッキーだった。
「これから夕暮れ時やし、写真にはええですよ」
とおっしゃるので、「後で行ってみます」と答える。
まずは集落内をぶらぶら歩く。
これといって目を引く風景があるわけではないが、やはり楽しい。
海岸では波打ち際にカモメが集っていた。
棚田に移動する。
国道から棚田への入り口は三箇所ほどもあるが、どれも鉄製の扉で塞がれている。
国道横の空き地に車を止め、棚田の一番高いところへと続く道に入ってみる。
鉄製の扉には「密漁禁止」の看板があるが、「立入禁止」とは書かれていない。
南京錠もぶらさがっているものの、鍵はかけられていない。
どうやら害獣の侵入を防ぐためのものであるようだ。
とはいえ、山里の神社で幾度もこういったものを見てきた私は扉を開けて中に入るが、普通の人は諦めてしまうだろう。
先ほどのご夫婦の姿も見当たらない。
棚田百選にも選ばれているらしいし、もう少し余所者にも配慮してほしいところではある。
先ほどのご夫婦の車は和泉ナンバーだったから、消沈して長い家路への道を辿ってらっしゃるのでは、などと考える。
深い入り江が望め、絶好のロケーションであるが、既に稲は刈られ、彼岸花も萎れている。
棚田自体も整地された四角形のもので、ちょっと残念ではある。
ただ、とても気持ちの良いところであるのは確かで、水入れの時期などは、もっと美しいだろうと思う。
田烏の集落。
撮影シーズンとしてはイマイチだったかも知れないが、最後に素敵な風景に出逢えたので、先ほどのご夫婦に感謝である。
文中には全く登場しないけれど、T君とは常に楽しい会話をさせてもらっている。
同じく感謝である。
撮影日 170929
奈良県宇陀郡曽爾村長野
長らく撮影をサボっていましたが、先日、久しぶりにカメラを持って出掛けたので、そのときの写真をアップしようと思います。
随分と間が空いてしまい申し訳ないです…。
いつも出掛ける時は一人のことが多いが、今回はT君とである。
T君とは結構長い付き合いで、今まで色んな場所に一緒に行ったし、このブログの記事の中にも、T君と訪ねた場所は幾つもある。
職場が変わって、やや疎遠になってしまってはいるし、年齢の離れた後輩ではあるが、私にとって数少ない気の置けない友人の一人だ。
二、三ヶ月に一回ほどは会って話をしているものの、一緒にどこかへ出掛けるのは三年ぶりくらいだろうか。
しかもその間に彼は車を買ったので、今回は初めて彼の車で出掛けることにする。
目的地は、室生、名張周辺で、そちら方面へ彼と出掛けるのは初めてなので楽しみだ。
途中、幾つかの場所に寄りながら、一番の目的地である屏風岩へ向かう。
何故ここが一番かと言えば、今年は撮れなかった桜が、まだ残っている可能性が高いからだ。
東北で桜が満開というこの時期に? と思われそうだが、過去にゴールデンウィークに桜が残っているのを見たことがあるし、ここの桜は比較的花期の長い山桜でもあり、標高も700mほどの位置にあるので不思議はない。
思っていた通り、まだ桜は沢山残っていた。
ソメイヨシノのように、一斉に満開というわけではないが、「おお!」と、声を上げたくなるくらいに華やかである。
そういえば、以前にもこのブログで屏風岩を掲載したことがある。
紅葉の時期で、二年くらい前のように思ったが、調べてみると四年半も前のことだった。
月日が経つのが早くて戸惑ってしまう。
いつ見ても見事な屏風岩。
写真では、そのスケールは伝えられないが、100m以上の高さの岩壁が、断続的に1キロ以上も続いている。
T君も「おお!」と感嘆の声を上げる。
T君との付き合いは長いと書いたが、昔の彼は、風景にそれほど関心がある方ではなかったと思う。
ここに来るまでに四箇所ほど立ち寄って、以前とは風景に向ける視線や感じ方が変わっているのが見て取れた。
最近は、一人旅に出掛けたりもしているようで、何かと、共感、共有できるものがあって嬉しい限りである。
時おり強い風が吹いて、花びらが空を舞う。
手軽に行けて、これほど迫力ある景観に接することができる場所は、近畿では数少ない。
そのせいか、昔よりも訪れる人は随分と増えたようである。
ゴールデンウィーク前の平日にも関わらず、駐車場も満車に近い状態だった。
なるべく人のいない角度、瞬間を狙って撮っているが、周囲を見渡せば30人くらいの人がいる。
アマチュアカメラマンも多く、皆さん立派なカメラと三脚を持ってらっしゃるので、例によって貧弱なカメラと三脚の私は、やや肩身が狭い。
桜の密度が濃いところは、人がいない瞬間を撮ることはできなかった。
伸びやかで気持ちの良いところで、長居して憩いたくなる場所であるから仕方がない。
直ぐ近くにある早高神社の鳥居。
その先に広がる展望は、胸がすく思いがする。
写真は屏風岩以外では殆ど撮らなかったが、沢山の場所に立ち寄った。
龍鎮神社と龍鎮滝。
龍穴神社。
香落渓、済浄坊渓谷は、陽射しが強くて写真にならなかったし、丸山公園は桜が完全に終わっていたので撮らず。
それでも、清流に架かる小さな橋に座って、泳ぐ鯉を眺めたり、山菜を採ったり、夜には満天の星を楽しんだりして、とても充実した一日だった。
撮影日時 170428 11時50分~12時20分
地図
今夏、話題になったゲームアプリのお陰で散歩によく出掛けるようになった。
散歩といっても、家の近所の場合もあれば、電車やバスで出掛ける場合もあるので、厳密に言うと散歩とは違うのかも知れないが、今まで歩くことの無かったような場所を歩いたりして楽しんでいるから、私としては散歩気分である。
深夜に歩き回ることも多くて、深夜徘徊という言葉も当て嵌まってしまいそうだ。
それはともかく、私はゲームの類は殆どやることは無かったし、流行り廃りにも関心が無い。
このゲームは、日本で配信される前に、たまたま海外で話題になっているという翻訳記事を目にして興味を持った。
そこには、アメリカやオーストラリアの人達のプレイした感想が載せられていたのだが、まさに私向きというか、外を出歩くことで成り立つ、歩けば歩くほど得るものが多い、というゲーム性に惹かれた。
日本でのゲーム配信日を待って、早速ダウンロード。
予想では、人が行かない山奥に行けば有利と思っていたのだが、実際は全く逆で、都会の方が断然有利ということに不満を持った。
不満は持ったものの、のめり込んでしまった。
どこか昆虫採集に似た楽しみがあるし、今まで見向きもしなかった場所の風景に、改めて目を向けるきっかけにもなった。
ブームは去って、プレイする人は随分と減ってしまったが、面白いことに、今でもこのゲームをプレイしている人の多くは、子供ではなく大人ということで、しかも結構な割合を中高年が占めるということだ。
このことについては私なりの考察というか持論があったりするけれど、語り出すと長くなりそうなので省くとして、あちこち出掛けては写真も撮ったりしたので載せておこうと思う。
写真は全てスマートフォンで撮ったもので、神社の写真は無いけれど、私としては、これはこれで楽しい撮影だった。
早朝、近所の公園に行くと、比較的大きな公園はどこもお年寄りがウォーキングに勤しんでいる。
餌をやる人が多いのだろうか、そういったところは野良猫も多いので、珍しく猫の写真を撮ったりした。
西宮の海辺から、芦屋、六甲山方面。
西宮の、とある住宅地。
人工的な緑、という気がしないでもないけれど、羨ましい環境だな、とも思う。
ヨットハーバー。
海とはあまり縁が無いので、こういった風景は新鮮に感じる。
この近くで同じゲームをされている70歳くらいの人に話しかけられて、一時間ほど一緒にプレイした。
大阪駅が新しくなってから、乗り換えることはあっても構内をちゃんと歩くことは無かった。
随分と綺麗に、壮大な空間になった。
それでいて、時間帯にもよるが、そんなに人のいない寛げるスペースがあるのがいい。
淀川河川敷は自宅から6kmほど。
ごくたまに気が向いて歩いて行くことがある。
私は散歩のつもりだが、友人に言わせると、あの距離を歩くのは散歩ではない、らしい。
この日は台風一過で爽やかな空が広がっていた。
ここから見る梅田方面の風景は、変わりゆく街を実感させてくれる。
ランドマーク的存在のスカイビルも、竣工から20年以上が経過した。
当時、ワクワクしながら完成を待ちわびたことが、そんなに昔のこととは信じられない思いだ。
万博記念公園にも行った。
小学校低学年のとき以来で、芝生の上でお弁当を食べたりした記憶しか無い。
頭の中にある太陽の塔は、当時の記憶なのか、以後の写真や映像で見たものか判らないほど有名なものだけど、見れば、「ああ、久しぶりだなぁ」と思わせる存在感で迎えてくれる。
公園には豊かな緑が広がって、多くの人が憩い、多くの人が私と同じゲームをプレイしていた。
こんなところまで来てゲームを、と、眉を顰める人もいるだろうが、ゲームをしつつも、その場の空気に触れ、その雰囲気を楽しんでいる人は多いようだ。
このゲームのプレイヤーが集うネットの掲示板を見ても、万博公園を気に入った人は多いようで、入園料が要るにも関わらず、再訪する人も少なくない。
私は、所々で断片的な記憶を拾うように歩き、大きく育った木々の、当時の姿を覚えていたならなぁ、なんて思いながら歩いた。
大阪都心部も歩く。
意外に思われるかも知れないが、私は都市景観も好きである。
人が多いところは苦手なので最近は撮っていなかったが、一時期、ビルの写真をよく撮っていた。
淀屋橋から見る中之島の風景も随分と変わった。
高層ビルが増えて、より美しさが増したと感じるのは私だけでは無いと思う。
夕景に心惹かれて写真を撮っている私の背後では、ビジネスマン達が忙しなく行き交う。
誰も気にも留めない風景の中で写真を撮るのは、少しばかり勇気がいるし、お上りさんのように見られそうだなぁ、なんて思ったりもする。
が、写真を見せて友人にそのことを話すと、「写真を撮っている人を見て、なるほど、改めて見ると綺麗な風景だなぁ、と思ったりするんじゃないですか」と言う。
そんな風に、見過ごしていた風景に気付いてもらえたらいいのだけれど。
大阪城公園にも行った。
手前のレンガ造りの建物は、大阪砲兵工廠。
大阪城公園を訪れるのは、高校一年のとき以来。
当時に比べると外国人観光客が多い。
横道に逸れると人は少なくなって、意外と静かな秋を味わえる。
自然風景の描写はスマホは苦手なようで、色合いも明暗も気に入らないが、辛うじて秋の風景を残していた。
公園の樹林越しにOBPのクリスタルタワーを見ると、四角い青空がそこにあるかのように見えた。
城の石垣の上からクリスタルタワーを見る。
大阪ビジネスパーク全景。
私が都市景観を好きになったのは、高校一年のときに大阪城公園を訪れて、このOBPを見たのが始まりだ。
京都で生まれ育った私にとって、高層建築といえば京都タワーくらいしか無かった。
タワーは棒のようなものであるのに対し、ビルの存在感には圧倒された。
以後、壮大な阪急梅田駅や、数々の高層ビルに魅せられていった。
全面ガラス張りのビルは珍しくないが、OBPのクリスタルタワーほど青空の美しさを映し出すビルを他に見たことは無い。
藤田邸跡公園からOBP。
このゲームに於ける聖地として有名な天保山には何度も訪れた。
これは人の少ない時間帯に撮ったもので、階段下に女性が一人立っていて絵になるな、と思って撮ったものだが、この女性もゲームに興じているだけだったりする。
最近は寒さのせいか、ユーザーが減ったからか、混み合うほどのことは無いけれど、人が多いときには数百人がひしめき合っていた。
西宮でご一緒した方を天保山でお見かけしたので声をかけ、また一時間ほど一緒にプレイしたこともあった。
多くのゲームは、飽きてしまうと何も残らないというか、時間を無駄にしてしまったような気がしてしまうのだが、このゲームは実際に行動してあちこち訪れたりするし、こんな風に出会いもあったりするから、それらの体験が何かしらの形として残るのがいい。
天保山から少し移動すると海遊館があって、その辺りの海辺からは綺麗な夕日が見られることが多い。
シルエットになっている人は、全てゲームプレイヤーだったりする。
でも、私と同じように夕日に魅せられて、ゲームをやめて写真を撮る人も多かった。
天保山の観覧車と巨大な客船。
写真では判りにくいが、まるで海にビルが浮かんでいるのかと思えるほど大きな船だった。
天保山公園横の小道とカーブミラー。
上に見えるのは斜張橋の天保山大橋で、対岸に見えるビルはUSJのホテル群。
12月に入る頃になると、クリスマスに向けて海遊館周辺はイルミネーションに彩られる。
カップルも多くなって肩身の狭い思いをするところだが、私と同じく孤独のゲームプレイヤーも多いので心強い。
自然が描く風景の美しさにはとても敵わないけれど、超高層ビルを見たり、こういった装飾を見たりすると、人間も頑張ってるなぁ、なんて思ったりもする。
このゲームのプレイヤーのマナーの悪さや、ゲームをしながら車の運転をして起きた事故などが報道されたりするけれど、数百人がいる天保山公園を何度も訪れて、歩きタバコをしている人は皆無だったし、ポイ捨てする人は二、三人見かけた程度。
迷惑駐車は確かに多いし、レアなポケモンが出ると無理な道路の横断をする人も少なくないが、ボランティアでゴミ拾いしている人もいたし、殆どの人はマナーを守る素敵な人達だった。
多くの人がひしめき合っているのに、いざこざや揉め事も見たことは無い。
孤独にプレイしている人が多いけれど、何となく連帯感というか、共有している感覚があって、ずっとこんな感じが続いていけばなぁ、なんて思っている。
とまあ、こんな感じであちこち歩き回ってはいるのだが、せめて紅葉の写真くらいは、神社や山に撮りに行けばよかったかなぁ、と少し後悔。
何より、神社ブログなのに今年最後の記事がこんな内容で申し訳なく思ったりしますが、これはこれで楽しんでいただければ…。
この一年、殆ど更新してませんが、見てくださった方々に感謝です。
冬はもともと撮影に行くことは少ないので、次の更新もだいぶ先になりそうですが、どうか良いお年を。
前回の「その2」から随分と間が空いてしまいました。
申し訳ないです…。
さて、山國神社からは来た道を戻る形で、往きとは違う場所に立ち寄りながら帰ることにする。
まずは余野という集落にある九頭神社に参拝。
ここは以前に掲載したことがあり、お気に入りの場所でもあったが、どうも以前と印象が違う。
何となく乾いたような風景になっていたので、何故かと見渡して、参道横に本殿方向へと続く車道が出来ているのに気付いた。
車道といっても、舗装されているわけでもなく、軽トラがやっと通れるほどの道ではあるが、多少は木々が伐採されたようで、風通しと日当たりが良くなっている。
景観を大きく損なうようなものではないけれど、明らかに緑の潤いは勢いを失っていて、参道の苔もかなり減っていた。
ただ、こういった道は多くの神社で見かけるし、数年も経てばある程度は回復するものと思われるが、今回は載せたいような写真は撮れなかった。
九頭神社から西側の峠を越えた谷間に滝又ノ滝というのがある。
「その1」で載せた菩提の滝を初めて見た時から滝に魅せられた私は、中学生の頃には滝又ノ滝の存在を知っていたのに、今に至るまで行く機会は無かった。
車で行くには道が悪そうだし、近くまで来たとはいえ行くのは躊躇ってしまうのだが、むっちゃんさんは「行きましょう」、と言ってくださる。
お言葉に甘えることにする。
案の定の悪路で、途中で車を降りて歩き出そうかと思ったりしつつも、何とか林道終点まで辿り着く。
そこからは谷川に沿って下る山道で、地形図を見る限り穏やかな道のりなのだが、こちらは案に相違して意外と険しい。
というよりも、地形図に記載されている滝又ノ滝の位置がおかしいように思われる。
もう少し下流、山道が右岸に移ってから等高線がやや密になった辺りが滝の位置であろう。
滝付近の険しい地形を巻いて急坂を下り、谷川に降り立ったところから上流側に歩くと滝が現れる。
なかなかに表情豊かな滝であると思うのだが、正面からの表情しか上手く撮れず。
滝の下流側は、右岸の岩壁が迫り出していて、小さい滝ながらも、やはり滝を形成するだけの地質というか、地形を形作っている。
行こうか迷ったが、来て良かったと思える場所だった。
滝又ノ滝の次は、大森の加茂神社に立ち寄る。
ここも以前に掲載したことがあるが、前回訪れた時と全く変わらない印象で嬉しくなる。
神社前は、やや草が茂っているけれど、ちゃんと手入れされているし、いかにも山里の神社といった風情で心地よいところだ。
ここは式内社でもあり、それなりの規模がある。
本殿は覆屋の中。
本殿向かって右側にある境内社。
ここは秋には紅葉が美しいだろうと思う。
以前に載せた写真と同じようなものだが、境内から鳥居の外を見た風景は惹かれるものがある。
加茂神社の少し上流に、加茂神社の旧社地があるらしいので、そちらに向かう。
明神祠と呼ばれているらしいその場所は、せせらぎの響く林内にあった。
なるほど、これは神域だ、と思わせる気配が残っている。
最後は、岩戸落葉神社に参拝。
もう夕暮れ時で薄暗くなってきたけれど、しっとりと落ち着いた気配に満ちていた。
苔も豊かで、すぐそばに民家もある場所でありながら、潤いある空間になっている。
陰翳を纏った神社は美しく、この日を締め括るのに相応しい風景を見せてくれた。
最後に、遅くなりましたが、むっちゃんさん、お誘いくださりありがとうございました。
お陰様で、思い出深い一日になりました。
またどこか、ご一緒できればと思います。
中川から少し進むと、すぐに杉坂方面への道が分岐する。
杉坂川に沿ったその道を更に進めば、小野道風ゆかりの道風神社や、かつて宮中に氷を献上した氷室の里と氷室神社などがある。
その辺りも高校時代によく歩いた地域で懐かしいのだが、今回は真弓方面へと向かうことにする。
杉坂周辺は何度も歩いているのに、何故か真弓集落には訪れたことが無かったし、そこにある八幡神社も気になっていた。
どちら方面に進んでも、この辺りは北山杉の里で、杉ばかりのやや単調な風景が続く。
真弓の集落も、さして特徴の無いところで、想像していたよりも明るく、平凡な長閑さがある。
車を停め、学校跡と思しき建物のところから横道に入る。
民家の尽きたところで舗装も尽きると、ふっ、と涼しくなって神社の気配になる。
小さな谷間にある神社なので、湿度が高く、道は苔生している。
カーブのすぐ先に鳥居。
その奥に、苔生した素朴な石段が続き、一気に引き込まれる。
天気は晴れたり曇ったりで、どちらの光でも写真を撮ってみるが、理想的な光には出遭えない。
ちょっと雑然としていて写真にしにくくもある。
あと百年くらいしたら、参道両脇の杉が門のように聳え、いかにも神域への入り口といった素敵な風景になりそうだ。
人生は短くて口惜しくなるが、植えた人が頭に描いた風景に、近づきつつはあるのだろう。
本殿は覆屋の中。
拝殿は簡素なもの。
山里の神社らしい雰囲気に満ちた、寛げる場所だった。
スズメバチがいたのですぐに退散したけれど…。
真弓からは周山街道を更に北上する予定だが、いったん峠を越えて雲ヶ畑へ向かう。
雲ヶ畑は鴨川の上流にある集落で、かつて集落に死人が出た場合、下流の御所に畏れ多いとして遺体を真弓側へ運んだことから、峠には持越峠という名前がついている。
むっちゃんさんは、式内社や磐座に関心がおありのようで、雲ヶ畑には式内社である厳島神社がある。
峠を越え、鴨川の上流部を少し下ると厳島神社。
道路に沿った細長い境内の神社で、式内社としては規模が小さいが、鳥居前の巨杉や、その手前にある切り株の大きさからすると、やはり長い歴史があるのだろう。
鳥居を振り返る。
左手は遊具などがあって、子供の遊び場になっていたようだが、もう遊ぶ子供もいなくなって久しいようだ。
右の覆屋の中には四つの境内社。
本殿も覆屋の中である。
本殿右側の斜面上には磐座らしき露岩があって、石門岩と呼ばれているが、例によって上手く写真に撮れず。
磐座を撮ると、何故かボケることが多い。
再び持越峠を越え、周山街道に出て北へ進む。
周山の道の駅で昼食後、この辺りの中心的な神社である山國神社へ向かう。
ここは過去に掲載したことがあるし、開けた境内に良い天気と撮影条件は悪いので、あまり写真は撮らず。
ここも式内社であるが、境内はそれほど広くはない。
ただ、拝殿は凝った格天井で、前回もこれを見上げた記憶がある。
蜂の巣の跡が多いのも前回と変わらず。
本殿も立派で格式が感じられる。
覆屋も無いので維持管理は大変だろうが、やはり隔たり無く見られるのは嬉しい。
次の「その3」で最後です。