花水木の独り言

庭の大きなハナミズキの、白い蝶のような花びらや、真紅の葉に気持ちを託して・・徒然なるままにキーを打ちました。

Xmas  Eve

2007-12-25 | Weblog


Christomas Eve は私にとって少し胸の痛くなる日でもありますが、それは信仰に至るまでになれなかったからです。
西洋文化を見聞する過程で聖書に出会い、教会で教義を耳目で如何に触れようとも、琴線に触れる所までには行けなかったのです。
幼い時仏教信仰の厚い母や、周囲の人達との交わりが日本文化 (特に宗教に関しての意識は無いのですが) を五臓六腑に浸み込ませたものと思われます。

今では聖書を文学として、歴史書として位置付ける事で気持ちの置場所を見出しています。

先日山手西洋館のXmasの演出を拝見しましたが、お国柄が表現されていました。
一般的に日本では美しいイルミネーションとプレゼントが大勢を占めているようです。これも一つの文化でしょう。
我が家も大同小異です。お部屋をすこ~しそれらしくして、いつもとはチョット違ったお食事で、夫が現役の一番良かった頃の思い出話で楽しく過ごしました。

横浜 山手西洋館のXmas

2007-12-15 | Weblog
                             【横浜山手教会】


この季節になると光のページェントが気になって山手西洋館を訪ねることにしました。夫々母国の  Xmasを演出しています。

★エリスマン邸:神秘と妖精の国『アイルランド』
暖かく優しい家族のためのクリスマスを、アイルランドカラーのグリーンを基調に演出されています。


イエスキリストの降誕を祝福(アヒルの背に)


エリスマン邸は元町公園の中にあって木々に囲まれています。


★山手234番館:『ブルガリア』
時代の流れの中でひっそりと伝えられてきた、家庭で祝う伝統的なクリスマスです。

ブルガリアではイエスの生まれた馬小屋の藁に座って祝います。


★イギリス館:港の見える丘公園のバラ園の奥の瀟洒な建物。
”Bay Chic Christmas"をテーマに思い出に残るクリスマスが紹介されています。

オーソドックスな食卓


この日は『クリスマス ジョイント・コンサート』が行われていて、多勢の人達が着席して聞き入っていました。途中からの入場にも拘らず歓迎されたのですが 茶菓までもてなすといわれて驚き ご遠慮いたしました。
関内を拝見している間 美しく優しい歌声が満々てとても幸せな気持でした。

★山手111番館:静けさと賑わいの『イタリア』
厳かな教会、温かい家庭のクリスマスの紹介です。

赤い部屋、青い部屋、白い部屋と色分けして盛りだくさんの演出です。
【赤い部屋】


【白い部屋】


古代ローマを愛してやまない私ですが、あの強大なローマ帝国が4世紀~5世紀に掛けて弱体化してやがて、自然消滅して行くさまは余りにも虚しいことでした。
しかしこの興亡を経た中からはぐくまれ生き延びて、やがてキリスト教として世界最大の信仰を得るに至りました。
信仰とは人類発生と共に生まれ、未来永劫 人と切り離すことの出来ないものなのではないでしょうか。
「横浜山手西洋館のXmas」こそは伝統にもとずく、オーソドックスな企画だと思います。



鎌倉に紅葉を求めて

2007-12-08 | 鎌倉の四季
              【明月院の楓】

紫陽花に劣らぬ美しさの明月院の紅葉、その美しさが鎌倉随一と言われている獅子舞谷、そして真言宗の古刹覚園寺へと青空のもと モミジ三昧の一日を過ごして参りました。

明月院は平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊通の菩提を弔うため、1160年俊通の子山ノ内經俊により明月庵として創建されました。時を経て変貌が多々ありましたが今日まで残ることが出来ました。境内の山際には鎌倉で最大級の「やぐら」があり、上杉憲方の宝篋印塔が祀られています。
花の寺としてつとに有名ですが初夏の紫陽花は特筆されるものでしょう。境内一帯は国の史跡名勝に指定されています。

この季節【燃える紅葉】も格別です。


     【杉苔に舞うイロハモミジ】
     

山門を出ると右手の明月谷の急坂を上ります。かなり登ると今泉台の整然とした住宅地に出ました。此処から天園ハイキングコースのアップダウンを辿る事になります。別名鎌倉アルプスとも。やがて鎌倉の最高峰「大平山(157.7m)」を下ったところの広い草原でお弁当です。一体何組のグループがいるのでしょう!
空は一点の雲も無く絶好の「紅葉狩り日和」でした。

さて天園休憩所を迂回してどんどん下ってゆくと、真黄色に散り敷いた銀杏の道に出会います。そして眼下一杯に空を覆い尽した楓の多色刷りの風景に息を呑んだのでした。
実は一昨年下流から登る方法で訪れていたのですが、其の時の感激を再度味わう事になったでしょうか・・・紅葉が乱舞しながら降りしきっていましたので、歌舞伎装束の獅子が舞っている様を想像して陶然としたのですが、今回は地名の由来になったうずくまる獅子をカメラに収めたりしてかなり冷静でした。

【地名「獅子舞」の由来はこの岩から】


【獅子舞の紅葉】【獅子舞の黄葉】

     

二階堂川に沿って下ると鎌倉宮の境内を通り西方の覚園寺に向かいました。

1218年北条義時が私財を投じて、薬師三尊と十二神将を祀る堂宇を建立。翌年実朝は右大臣拝賀の式典で公暁に殺されます。このことを義時は夢枕で告げられていました。以後歴代執権は北条家守護の堂として厚く信仰してきました。

1354年修理の際、足利尊氏自ら書いたと言う文字が天井画の竜の傍に見られます。
この薬師堂のある奥域は写真は禁止です。大分以前一度参拝しているのですが
忘れている事が多い中 薬師本堂の右端の仏像のお顔の美しかった事を思い出して、もう一度お目に掛かりたいとお傍近くに、板戸が少し空けてあり窓側の目がキラリと光っています。「鞘阿弥陀仏」とありました。

【山門近くの楓2点 】