花水木の独り言

庭の大きなハナミズキの、白い蝶のような花びらや、真紅の葉に気持ちを託して・・徒然なるままにキーを打ちました。

カキ氷 何味が好き?

2006-07-28 | TBの練習
           【白桃の季節 (誕生月の贈り物) ’06 7 23 撮】

長らく食べていないなぁ~。
カキ氷器 探せばあると思うけど・・・子供が子供の頃の話。

その頃アズキが好きだった気がする。ネットリしたところが好き
これからは一夏に一度くらいは食べてみようかしら・・・

今熱中している事は?

2006-07-21 | TBの練習
             【 ブッドレア(房藤空木) '06 7 12 撮】

今週のTBの練習です。

「熱中」と言う程の事は、もう無に等しいけど「してみたい」と言うくらいだったら・・・

小さな庭なのに毎日手入れせずにはいられない 暫く窓越しに眺めて癒しの時が過ぎる。

もう少しましな写真が撮れないものかとカメラをいじる。
登山用の小型ながら機能が沢山付いているので、未だマスター出来ていないのが悔しい。
夢中になって学べばよいものを・・・自分が信用できなくて熱中するまでに至らない。

舞岡公園 植物と蟲の関係

2006-07-16 | 里山 森林行

横浜地下鉄線 舞岡駅から川の上の木道を南下 半時間で到着した所は、雑木林の広がる丘陵地帯でした。
畑や谷戸の水田を繋いだ遊歩道を上り下りして、奥深さを感じさせつつも、農作業をしている人達を見ながら、移築した民家で里の暮らしも体験出来るようになっていました。

早速カメムシのお出迎えでした。なかなか風格があります。
【エサキモンキ・ツノカメムシ】 角とハート型の紋に特徴
     
【イラガの幼虫】 ツートンカラーの繭 (1.5センチくらい)
     

花と蟲・・・その不思議な関係
a どの様にして花粉を受け渡すか
 ① 動物媒花
 ② 風 媒花
 ③ 水 媒花
 ④ その他
b 蟲媒花の花の型
 花の型に依って媒介する昆虫も違ってきます。ストローで蜜を吸った時 下向き の花に向くもの 入り込み型 長管 短管 旗状 露出型 etc
     
     
     

子供も楽しめるように
【トンボ釣り】

【子供の田圃】


マント群落: カナムグラ ヤブガラシ 葛等のつる性植物が、道の境界などに群生し覆いつくして、外界から隔絶して容易に入り込めない状態。(多く見受けられました)

住んでみたい街

2006-07-12 | TBの練習
          【クーペリア・スマリー: ヒガンバナ科 '06 7 12 撮影】

TBの練習で「何処に住んでみたい?」と聞かれると、気持ちが掻き立てられて
それでは「何処が良いかな」と・・・

今いる所が20年前はベストだったけど、夫はリタイヤァし 子供の通学も無くなって此処に住まなければならない理由は無いのかも。
海外旅行も好きだったけど、いくら素敵でも10日もすればヤッパリ日本が・横浜が恋しくなっていた。

でも今の所に生涯は住まないような気がする。老人ホームなのかなぁ~。
落葉松林を散策出来て しかも温暖なところ・・・それってむずかしい。
つまるところ東京都 あるいは神奈川県 で堂々巡りでした。


深緑の鎌倉古道

2006-07-06 | 鎌倉の四季
                 【大巧寺の牡丹クサギ】

今回は鎌倉の東端に位置する十二所からの探訪でした。

木々に囲まれた静謐な光蝕寺(こうそくじ)の開祖は一遍上人。
ご本尊の阿弥陀三尊は重文で『頬焼阿弥陀縁起』として伝えられています。
堂内は梁が華やかに彩色されていて、金細工の天蓋や幢幡も美しく 釘隠しは金色の菊花。
寺名の額は『後醍醐天皇の直筆』と言う説明でした。(写真は不可)

このお寺には もう一つ『塩嘗地蔵』の話が語り継がれています。

【一遍上人】【塩嘗め地蔵】
     
     

お寺を辞してからは滑川に沿って並ぶ静かな家並みを抜けると、次第に勾配が出てきて山道になっていました。石像が一箇所に集められ草生していましたが、調査途中で放棄したものにも出くわしました。

【梶原太刀洗い水】 東国の豪族々長で、不遜な振る舞いの多い平広常を謀反を口実に、頼朝は梶原景時に命じて誅殺致しました。
景時は広常の屋敷で双六をしながら、隙を見て突然に飛び掛りその首を討ち 血刀をこの水で洗ったと言い伝えられています。今は鎌倉五名水の一つです。
     

【朝夷奈切通】 普通「朝比奈切通」と呼ばれていて、鎌倉と六浦を結ぶ重要な古道です。武州金沢の六浦ノ湊に船荷が揚げられていました。六浦は鎌倉人の遊覧地、或いは貴重な塩の産地であり、海外からの物資収集の港でした。往来も繁く 又 危急の際には房総への脱出路となりました。軍事的・経済的な要路だったのです。そして今では横浜市との境界線上に位置しています。



【熊野神社神域】 切通から下り坂になり鎌倉開府と時を一にして、守護神として熊野三社大明神を勧請、鎌倉の鬼門鎮護と伝えられて鎌倉七つ口の中、最も高く険阻な路を通って高速道路を潜り、横浜市金沢区大道の見慣れた場所が終点でした。