犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

木田元著 『なにもかも小林秀雄に教わった』

2008-10-26 16:52:12 | 読書感想文
p.199~

問題は、この間、1960年の東京移住のあたりで、私の本の読み方が変わったということであった。どう言えばその変化をうまく言い当てられるのかよく分からないが、このころから本の読み方がプロフェッショナルになったということだろうか。もっとも、これを「職業的」と訳しても「専門家的」と訳しても、少し違うような気がする。別に講義をしたり論文を書いたりするのに必要な本ばかり読むようになったわけでもないし、読み方が杜撰になったわけでもないからだ。

どうもこういうことらしい。つまり、自分の精神の形成期――「精神」というのが目ざわりなら、「人格」でも「思想」でもいいのだが――に、それを読みながら精神なり思想を形成していくというかたちで読んだものと、いちおう精神なり思想なりの骨格ができあがってから読んだものとでは、心に刻みこまれる度合いが決定的に違う。自分がどこにいるのかよく分からず、それを読みながら手さぐりで進む方法を探し求めた本と、いちおう見通しが立ってから、その道筋に適当に配置しながら読んだ本との違いということになるのだろうか。


p.239~

昭和20年代後半から30年代前半にかけては、唐木順三の『詩とデカダンス』や『中世の文学』、山本健吉の『古典と現代文学』や『芭蕉』、福田恒存の『人間・この劇的なるもの』、河上徹太郎の『日本のアウトサイダー』などを結構夢中になって読んだ。あのころはこうした文芸評論家たちが、あれがいい、これが面白いと、殊に古典についていろいろと教えてくれるものだった。私にとっては、そうしたお師匠さんたちのいわば総元締のような感じだったのが小林秀雄なのであり、だからこそ、何もかもこの人に教わったような気がするのだろう。

もう1つ、あの時代の特質は、ハイデガーやサルトル、メルロ=ポンティといった、まさしく時代をリードする哲学者たちが、詩や小説や絵画について積極的に発言していたということであろう。それも、いわば哲学の余技として芸術も論じたということではなく、この人たちはもともと近代理性主義の限界を見たところから出発しているので、われわれの感性的経験のうちに、殊にその感性的経験の秘密をいわば拡大して見せてくれる芸術家たちの感性的経験のうちに、なにか根源的なものをもとめて芸術に問いかけるのである。


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日本のハイデガー研究の第一人者である木田元・中央大学名誉教授は、実に波乱万丈の人生を送っている。3歳から16歳までを満州で過ごし、終戦時は江田島の海軍兵学校に在籍していた。その後、シベリアに抑留された父親が戻ってくるまで、戦後の混乱の中で闇屋をやって食いつないでいたが、ハイデガーの『存在と時間』を原語で読みたいとの一心で、東北大学文学部哲学科に進学する。さらにそこから、ハイデガーの本が書けるようになるまでに33年の歳月を要している。

現在の日本は、長い出版不況から抜け出せない。本が売れないため出版点数を増やし、それによって本の質が低下している。良書は売れないため、考えなくても読める本、すなわち「簡単に幸福が手に入る」自己啓発本ばかりが店頭に並ぶ。それによって本はますます売れなくなり、出版社は出版点数を増やして売上を確保しようとするため、また本が売れなくなる。これは見事な悪循環である。木田氏の生き様を見せられると、この悪循環の原因がよくわかる。