「よおし、火を強くしよう。おいマサル何やってんだよ早く薪集めろよ」ブロンソン・ススムが突然焚き火担当になって張り切った。「固い木って火がつきにくいんだなあ」
三人にとって、焚き火で湯を沸かすのは初めてのことだった。飯盒一杯の水を沸騰させるのはけっこう難しいものである。
「あのよ、もう一時間は経ったんだけどな」千春マサルがバリトン声に苛立ちを加えて言った。
「そんなに経ってねえよ」奈保子ハヤトが反論する。
「いつ沸くんだよ」
「そんなの知らねえ」
「ススム君があと10分で沸くって言ったんですね」
「ちょっと火力が弱まったからな」ススムが玄人風に言う。しかしそんなこと分かっちゃいないのだ。
陽が陰ってきた。眩しく輝いていた雪面がしずもり、急速に気温が下がっていく。
「うひゃっ! 寒いなやっぱ」ススムがアノラックの襟を立てた。濡れっぱなしのスノトレを火にかざす。「おいハヤト、こんなんじゃ凍死するぞ」
「なあ」マサルが斜め下からススムを見上げる。
「10分経ったんですけど」
「あっそう」ススムはシラを切ることにした。
「10分経ったんですけど。沸いたんでしょうね」
「知らないよそんなこと!」
「だってさっき10分で沸くって言ったんですね、ススム君が」
「言ってないよ」
「言いました」
「言ってない」
「沸いたかどうかって、どうやって分かるんだろ?」ハヤトが蓋を開けてみた。湯気とコンソメの匂いが立ち昇った。
「どけてみろ」ススムが人差し指を突っ込んだ。「ぬるい...」
それから三人でコンソメ湯を飲んで、ひたすら焚き火に熱中した。火が弱まると誰かが立ち上がって、どこからか薪を集めてきた。マサルが大きな切り株を持ってきたときには盛大な拍手が起こった。
「こんにちは!」突然、すっかり暗くなった林の中から子供の声がした。ハヤトが仰天して尻餅をついた。
「すみません、焚き火にあたらせて下さい」闇から現れたのは小学生の集団である。5~6人はいるだろうか。その中のリーダー格らしい子が声を掛けてきたのだ。
「おう、あたれよ」ススムが招く。「学校どこだ?」
「ヒガシです」
「なんだあ、ヒガシかあ! 俺の後輩だなあ!」ススムは自分の出身校と分かって嬉しそうだ。
「松村知ってるか? 理科のセンセー」
「はい、こないだケッコンしました」
「うそ! あのオールドミスが?」
「前よりブスじゃなくなったです」
「ぎゃははっ!」
ススムと後輩たちは暫くうわさ話をした。蚊帳の外に置かれたハヤトとマサルは黙って火を大きくする。周りの雪面はだいぶ溶けていた。
「そんじゃ、ありがとうございましたっ!」リーダーの子が突然言って、ベレー帽をとってペコリとお辞儀をした。他のメンバーも同じ挨拶をし、つぎつぎと闇に消えていった。
「礼儀正しいなあ」マサルが言った。
「ヒガシの連中はみんなそうだよ」ススムが胸を張った。
「あ~あ、明日朝レン(朝の部活動)思いっきり早く行かねえか?」ハヤトが言った。
「いいな。んじゃ六時集合な」
「マサルは?」
「そんなに早く行けないよ。楽器だって持ってきてないし」
「俺らは持って帰ってきたからな。体育館の横で課題曲やろうぜ」
「いいねえ」
「絶対県大会な」
「金賞な」
「よしっ」
おわり
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前へ
MA-1編へ
幼少編へ
三人にとって、焚き火で湯を沸かすのは初めてのことだった。飯盒一杯の水を沸騰させるのはけっこう難しいものである。
「あのよ、もう一時間は経ったんだけどな」千春マサルがバリトン声に苛立ちを加えて言った。
「そんなに経ってねえよ」奈保子ハヤトが反論する。
「いつ沸くんだよ」
「そんなの知らねえ」
「ススム君があと10分で沸くって言ったんですね」
「ちょっと火力が弱まったからな」ススムが玄人風に言う。しかしそんなこと分かっちゃいないのだ。
陽が陰ってきた。眩しく輝いていた雪面がしずもり、急速に気温が下がっていく。
「うひゃっ! 寒いなやっぱ」ススムがアノラックの襟を立てた。濡れっぱなしのスノトレを火にかざす。「おいハヤト、こんなんじゃ凍死するぞ」
「なあ」マサルが斜め下からススムを見上げる。
「10分経ったんですけど」
「あっそう」ススムはシラを切ることにした。
「10分経ったんですけど。沸いたんでしょうね」
「知らないよそんなこと!」
「だってさっき10分で沸くって言ったんですね、ススム君が」
「言ってないよ」
「言いました」
「言ってない」
「沸いたかどうかって、どうやって分かるんだろ?」ハヤトが蓋を開けてみた。湯気とコンソメの匂いが立ち昇った。
「どけてみろ」ススムが人差し指を突っ込んだ。「ぬるい...」

それから三人でコンソメ湯を飲んで、ひたすら焚き火に熱中した。火が弱まると誰かが立ち上がって、どこからか薪を集めてきた。マサルが大きな切り株を持ってきたときには盛大な拍手が起こった。
「こんにちは!」突然、すっかり暗くなった林の中から子供の声がした。ハヤトが仰天して尻餅をついた。
「すみません、焚き火にあたらせて下さい」闇から現れたのは小学生の集団である。5~6人はいるだろうか。その中のリーダー格らしい子が声を掛けてきたのだ。
「おう、あたれよ」ススムが招く。「学校どこだ?」
「ヒガシです」
「なんだあ、ヒガシかあ! 俺の後輩だなあ!」ススムは自分の出身校と分かって嬉しそうだ。
「松村知ってるか? 理科のセンセー」
「はい、こないだケッコンしました」
「うそ! あのオールドミスが?」
「前よりブスじゃなくなったです」
「ぎゃははっ!」
ススムと後輩たちは暫くうわさ話をした。蚊帳の外に置かれたハヤトとマサルは黙って火を大きくする。周りの雪面はだいぶ溶けていた。
「そんじゃ、ありがとうございましたっ!」リーダーの子が突然言って、ベレー帽をとってペコリとお辞儀をした。他のメンバーも同じ挨拶をし、つぎつぎと闇に消えていった。
「礼儀正しいなあ」マサルが言った。
「ヒガシの連中はみんなそうだよ」ススムが胸を張った。
「あ~あ、明日朝レン(朝の部活動)思いっきり早く行かねえか?」ハヤトが言った。
「いいな。んじゃ六時集合な」
「マサルは?」
「そんなに早く行けないよ。楽器だって持ってきてないし」
「俺らは持って帰ってきたからな。体育館の横で課題曲やろうぜ」
「いいねえ」
「絶対県大会な」
「金賞な」
「よしっ」
おわり
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