病院広報(はとはあと)評価支援情報

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コミュニケーションとは、伝わらないことか?

2018-07-04 16:00:29 | はとはあと最新情報
コミュニケーションとは、伝わらないことか?

いつも喩えに上がる言葉に、人とは「人の間」というのがある。決してひとりで生きているのではなく、人と人の関係こそが大事であり、意味があるというわけである。京都の金融機関が、市民に向けてそのこと強調して「ON YOUR SIDE」というメッセージを、地下鉄の車内広告でうたっていた。通じ合いというか、響き合いというか、そこに人としての喜びを伝えことは、多くの人が認識しているところだろう。いいかえれば、その行為はコミュニケーションということができる。明確な外形は描けないが、その理想形として、関係者への期待を込めたやりとりである。

この理想の外形とは、伝わることを前提に考えること。つまり「伝わったらいいなあ」というアウトラインを構成する期待値で始まるが、往々にして期待値で終わりかねない難しさがある。伝える意味・内容の質がある。伝え方や伝える力量がある。また、伝わりの環境条件の良し悪しタイミング、さらには使用する言語もあるし、相手の理解力、受容力もある。その相手の立地する社会の価値観もあるだろう。100伝えたいとしても、さまざまな障害によって、かなりの食い違いが生じてしまい、シンドイのがコミュニケーションという行為である。論理だけの思考が困るのはこの時である。

いっそうコミュニケーションとは「伝わらないこと」とした方がいいのではないか、と思うくらいである。事実そんなタイトルの書籍もあったように思う。しかし、そのように伝わらない環境の中で、私たちは、いったいどうのように「コト」を伝えているのか、いえ、伝わらなかった結果をどのように処理しているのだろうか。それを確と確かめて手を打つのが、プロのコミュニケータではないのか。いえいえ、そんなスキルを身につけても、ピタッとした理解には結びつかないのではない。ではでは、どうして・・・? ここらは、直感!による仮説の緒でしかないが。

実は私は、長年デザイナーという職業をやってきた。当然クライアントとの話し合いから、その企業や病院なりの解決すべき課題ヒアアリングを何度もおこなうのだが、相手はいわゆる“顧客”であり、問題点をクリアに説明できる能力の持ち主ではない。いっそうコミュニケーションには、危険度が高いのが当然であり、その後のプロセスや条件を考えると、絶望的になることもある。はじめは解釈も多層化し、企画進行が困難なことが多い。どうしようもなくなることもシバシバである。伝わらない不幸は、当面の間、固定化するが、不思議にある時点をもって急速に瓦解することもある。 mitameya


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