April 26, 2015
4月23日(木)
『英和辞典』点訳の例会に出かける。西武線の「練馬駅」を降りてから10分ほど歩く場所だが、途中が大きな公園になっていて、はなみずきやつつじが真っ盛りだった。例会を終えて駅までの道、皆でお花見をしながら帰った。お天気が定まらなかった4月、やっと遅い春の訪れである。この頃運動不足を痛感するので、出かけたときは出来るだけ寄り道をして帰りたい。夜、中部地方に住む、高校生のころからの友人から電話をもらった。心置きなく話し合える友との会話は、楽しかった。そのおりストレスのことが話題になった。若い頃には気付かなかったことでも、ストレスが原因だったことがある。いま私は眼の調子が悪くて、これがかなりの負担になっているが、あまりそのことばかりに心を向けないようにしたい。ストレスを乗り越える力も、加齢とともに弱くなてきている。
4月24日(金)
先ごろ読み終えた本、辺見庸『反逆する風景』の中で、これは核兵器に関してのことだが、「地球の命を代償に」という言葉が使われていた。なし崩しに進んで行くように思える、現政権の安全保障体制、国民のためにというが、国民の命を代償に戦われたあの戦争の悲劇を忘れてはならないと思う。なぜ突然こういうことを書いているのかというと、10万人もの命が失われたという東京大空襲のテレビ番組を見て、改めて思ったことだ。知らなかったことだが、戦争末期のあの時期、勝利のためには命を犠牲にしても戦えという条例のようなものが次々と出されていて、火の海の中を逃れずに、火消しあたtって命を落としたという人も大勢いたという。疎開先から戻らないと配給も停止するといったものもあったそうだ。いつかは失われる命であっても、無為な代償にされる命であってはならない。
4月26日(日)
新聞の読書欄に何か面白い本を取り上げていたらと思って今日までブログをペンディンクしておいたが、読みたい本はなかった。そのかわり、次の次の読書会のレポーターになっているので、予定していた本、林芙美子『浮雲』と山崎豊子『暖簾』を、アマゾンに注文した。中古本はやめて、活字が大きくなっている新しい本にした。2冊で千円余、まあいいでしょう。こんな古い本と思いつつも、最近の女流作家の本はつまらなすぎる、どちらも再読になるが、たぶん文章のすばらしさだけでも堪能できるのではないだろうか。゛
画像は、練馬区の公園の花々。東京も、都心を離れると、空気もきれいな感じです。