20180916
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>愛を描く(2)シェイプオブウォーター
2017年公開の『シェイプオブウォーター』ギレルモ・デル・トロ監督作品。
「幸せの絵具」でモード・ルイスを演じたサリー・ホーキンスが主演。
第90回アカデミー賞の作品賞、監督賞、作曲賞 美術賞を受賞。サリーは、主演女優賞にノミネートされましたが、受賞はスリービルボードのフランシス・マクドーマンド。
シェイプオブウオーターで描かれるのは、幼児期に虐待(のどを切られた傷跡が残る)を受け、耳は聞こえるのに声がでなくなった女性イライザと、奥地の大河で土地の人からは神のように思われてきた「異形の生物」との愛です。
東京国際映画祭では無編集版をR18で上映。私が見た一般館(飯田橋ギンレイ)ではR15+指定での上映でした。以下ネタバレを含む紹介です。
東西冷戦下の1960年代。アメリカとソ連は、宇宙での覇権を争っていました。ライカ犬をロケットに宇宙ロケットに乗せて成功したソ連。遅れをとったアメリカは、ある生物をロケットに乗せる研究を始めようとしていました。
イライザは、宇宙研究所の清掃人です。
町の映画館の上階アパート一室に、わびしく暮らすイライザ。研究所清掃員仲間デリラとは手話で話し合うし、アパート隣人のジャイルズには、食事を差し入れるなどして、決して独りぼっちではありません。
しかし、イライザは美人でもなく、手話がわからない人とは話せないため、恋人を持ったことはありません。性的には成熟しているけれど、男性とつきあったことはないのです。
映画冒頭で、イライザの浴室での自慰シーンがあります。
イライザは、自分の意思ははっきり伝える強さも持ち、自分自身の性的な欲望も自覚している自立した女性です。
イライザ同僚の黒人女性デリラ(オクタヴィア・スペンサー)は、夫から無視され愛されていないと感じ、夫への愚痴をイライザにぶつけることで、心の平静を保ってています。
彼女は、母が「聖書の中にある名だから」とつけた「デリラ」という名の女性がどういう人だったか知りませんでした。彼女に「デリラは、夫を裏切る女だ」と告げるのは、研究所警備責任者のストリックランド(マイケル・シャノン)。
デリラは、「夫に黙って従うばかりの妻でなく、夫と対立する妻もいる」ということを知ります。
イライザは、隣人のジャイルズ(リチャード・ジェンキンス) の部屋のソファで寝ることもあり親しくしています。ジャイルズは、広告用の商業イラストを描いてかつかつの生活を立てているけれど、仕事ではまったく評価されていません。
ジャイルズは、障害をもつ隣人イライザを一人前の女性と認め交流しているけれど、性的には女性を愛することのない男性です。
ある日、秘密の研究対象「異形人」が研究室に運ばれてきました。
研究所の警備責任者は、上に弱く下に強く出る粗暴で権力的なタイプです。軍から研究所警備責任者として派遣されていますが、上司のホイト元帥には逆らいません。
プールの中につながれている異形人を虐待し、逆襲されて指2本食いちぎられます。
床に流れた血を洗い流さなければならなくなり、イライザは掃除を命じられます。
掃除をしているとき、イライザは異形の人と出会います。
ストリックランドは、支配欲権勢欲の強いサディスティックな男です。美人妻と子供と大きな家を持つ「アメリカ社会では理想的な生活」を手に入れているのに、けっして幸福ではなく、満たされていない。妻に対しても暴力的で一方的な性行為をするのみで、妻や子は彼を嫌っているように見えます。いくら社会的に成功した人生を送っているように見えても、真に愛し合う家庭を築けない男は、虚勢の人生をおくるしかないんだなあと思えます。
ストリックランドは、イライザを手に入れれば、口がきけない分、いっそう強く女性を支配できるのではないかと思い、暴力的に彼女に迫ります。しかし、イライザは言いなりにはならず、強い意志でストリックランドを拒絶します。
イライザは、異形人に心惹かれ、しだいに打ち解けるようになります。姿は異形でも、やさしさと知性ある目を持つことをイライザは理解し、手話を教えます。イライザがゆで卵を与えて手話で「たまご」と教えると、彼はそれを覚えます。異形人は、肉食なのです。
異形人が生体解剖されることを知り、イライザは彼をプールから連れ出し、自宅の風呂場にかくまいます。つながれていた首の鎖の鍵を、ホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)が貸してくれました。ソ連のスパイとして研究所に潜り込んでいる博士は、貴重な異形人を殺せというソ連側の命令に逆らったのです。
ジャイルズは、自分が受けた傷に異形人がさわると治癒することに気づきます。彼を神とあがめていた地元民は、それを知っていたのでしょう。
ゴーシュのセロだって、ネズミの親子にとっては、神様のような癒しの道具でした。チェロの振動が動物の治癒に役立ったのですから、異形人の手にはなんらかの治癒の力があったと信じます。
ジャイルズは、自宅の猫が異形人に食われても「それは彼の本能だからしかたない」と理解を示します。この受容力はすごい。
イライザは、追手が迫っていることを知り、デリラとジャイルズの力も借りて、大雨の日に運河から逃がそうとするのですが、、、、
デリラの夫から情報を引き出したストリックランドがイライザと異形人を追い詰めます。
自分の夫は自身の保身のために妻の親友を売り渡すような人だということを知り、デリラはイライザを助けるべく運河へ向かうのですが、、、、、
映画の画面は美しく、異形の半魚人の造形も、イライザが愛する対象ですから、決して嫌な感じの怪物には仕上げていません。
イライザは、自宅浴室にかくした異形人と愛をかわします。浴室のドアをタオルでふさぎ浴室を水で満たしたために、階下の映画館は天井から水漏れしてしまいます。タオルをドアに詰めたくらいだと、水は溜まらないんじゃないかと思いますが、そこはファンタジー。
シェイプオブウォーター。水の形。雨の日にイライザが乗るバスの窓の水滴も、ふたつの水滴がくっついてひとつになったり、繊細な水の表現が美しい。
水の中で抱き合うふたりの姿。私はいいと思いました。
「欲求不満解消なら、人間とやれ」と思った「もてない男」もいたみたいですが、ピンクレディも「地球の、オトコに、飽きたところよっ」と歌っていたじゃありませんか。イライザは、言い寄ってくる暴力男ストリッドランドを拒絶し、心やさしい異形人のほうと愛し合ったのです。自分の意思で。
デリダに異形人の性器について聞かれると、イライザは、彼の体の一部が割れて中から出てくることをジェスチャーで教えます。そうそう、人間の男みたいに、のべつぶら下げておくのは機能的じゃありませんわね。
ギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro 1964~)は、メキシコ出身。私は『パンズラビリンス2006』は好きでしたが、ホビットの冒険シリーズはあまりノレませんでした。
デル・トロは本作について、映画『大アマゾンの半魚人』1954を下敷きにした、と述べています。
元話では、半魚人モンスターギルマン(鱗怪人)が悪役で、人間女性ケイをさらおうとします。人間側は、悪役の鱗怪人を襲撃します。
デル・トロは、「ほんとうの怪物とは、人の心の中にある」と語っています。「シェイプオブウォーター」でいうと、異形人を虐待するストリックランドや、祖国のためには部下に非情な命令も下すソ連のスパイたち。
自分とは異なる人々を抑圧しようとしている現在のアメリカ精神こそ、怪物だ、と感じさせる脚本でした。
60年代の白人至上主義、マッチョ主義の時代、障害を持つ人、黒人、同性愛者は差別され、つらい人生を送らざるをえませんでした。公民権運動の前、マイノリティは、生きづらさをかかえていました。ゲイは必至に性的少数者であることを隠したし、マイノリティであることを隠せない黒人は、バスの座席も制限されるなど、不平等な扱いを受けてきました。
現在であっても、「生きるに値する命か、値しない命か」を、本人ではない人々が選別し、値しないと判断したら尊厳死へ、という考え方は根強く残されています。トランプ大統領自身が、ツイッターで勝手なこと言っています。ときにその発言には本音が含まれ、人権無視が露骨に口にされています)。
パラリンピックなどで活躍できる人や、IT業界などで働ける人にとっては、「障害を持っていても生きていける」社会であっても、職を得ることのできない人には、厳しい社会です。「ある人間が、社会にとってどれだけ有益なのか、どれだけ稼ぎ、納税する可能性があるのか」という価値判断は、今もアメリカ社会を覆っています。日本も。
むろん、デル・トロがこの映画によってアメリカアカデミーから監督賞を受けても、出身地メキシコとの間に壁を作るといってきたトランプが「壁はやめた」となるわけではありません。
トランプを選んだのはアメリカ国民の意思です。(選挙にロシアの干渉があったのかは別として)
自分自身とはことなる生き物(クリーチャー)を理解し、共に生きようとすること。むずかしいことでしょうけれど、イライザが異形人を愛したように、できるはず。
<つづく>