孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

胡散臭い、コンサルタントたち

2016年03月25日 | 外国ネタ
大嘘つき、ホラッチョ川上に関するyoutube動画を見ていて、そのいかさまぶりの面白さに大笑いしてしまった。

嘘を指摘されたときの言い訳が、慌てず騒がず「・・それはダメですね。」

今後、この言い方をパクる嘘つきが出てきそうである。

経営する会社とは、実は家賃が月3万円のレンタルオフィスだったそうだが、これには私もいろいろ思い出がある。

シンガポールに赴任するまで、このレンタルオフィスとか、サービスオフィスというものがあるということすら私は知らなかった。

特にシンガポールはこの手のオフィスがいろいろ手を変え品を変え、たくさんあって選ぶのに困ってしまうほどだった。

最初私が赴任したところもレンタルオフィスの一室で、二人用の狭苦しいスペースだった。
机を二つ配置すれば、もう一杯になる畳3畳ほどの小部屋で、そこに電話2台、と小さなキャビネットがあるだけ。

たいてい、ビルのワンフロアを改装して、エントランスにいくつかの小部屋と共同の会議室、ティールームなどを併設している造りだった。

家賃さえ払えば、机や電話は備え付けなので、その日から入居できるし、会社設立の際の住所として登録も可能なのである。不在時の電話応対や郵便物の受取や送付などの簡単な秘書代わりもオプションとして頼める。



来客時には、打ち合わせが出来る部屋もあり、その時はお茶やコーヒーなども来客に接待してくれるので、至れりつくせりのサービスが提供されるのだった。

ホラッチョ川上の借りていたレンタルオフィスはその家賃の安さから見て、そういう付帯サービスなどないただの部屋代だけ払うスタイルだと思う。シンガポールで家賃3万円というと、田舎の駅から離れた不便なところにある汚い雑居ビルの一室ということになる。



オフィス街の高層ビルにあるレンタルオフィスとなると、一番狭いスペースでも家賃は安くても月10万円前後は払わなければならない。二人以上のスペースとなるとその倍は必要だろう。



会社を設立する前の事務所開設程度なら、机一つ分だけのスペースをレンタルすることも可能なところもあった。机と電話とインターネットが接続できるだけで、外回りから帰ってきて、本国とメール送受信をしたりする程度で、本格的な仕事をする場所ではない。



シンガポールに赴任したばかりの頃は、こういう事情に疎かったので、県人会やセミナーなどで一緒になった日本人と名刺交換して、その住所が一等地の有名な高層ビルだったりすると、びっくりしたものだが、たいていそういう名もない会社の若者は、肩書きが「コンサルタント」であった。

どういう関係のコンサルティングをしているのか尋ねると、「IT関連です。」と応えるのが一般的だった。

シンガポールに長く住む方がそっと教えてくれたのだが、「名刺の住所に驚いちゃダメですよ。あれはみんなレンタルオフィスの住所ですから。従業員なんかいないでしょ、きっと。最近、多いんですよ。日本で携帯電話詐欺で荒稼ぎしたのはいいけど、ヤバくなって、シンガポールに逃げてくる若者が・・。」

実際は、日本の中小企業で海外進出を考えている経営者などに、偉そうに会社設立のセミナーなど開いたり、アドバイスをして手数料を稼いだりしているようだが、特に資格が必要なわけでもないので、だれでも「コンサルタント」にはなれるようだった。

今思うと、シンガポールにもホラッチョ川上風の野郎が結構いたような気がする。

質のいい良識を求める人へ

2016年03月25日 | 書籍関連
勤め先に、一目で新入社員と分かる集団がいて、朝のラジオ体操に参加していた。

一日の仕事を終えて、私はいつも一番先に帰宅することにしているのだが、昨日その新入社員たちの一団と帰りがけに出くわし、次から次に大きな声で「お疲れさまです!」という挨拶をされ、まるで尾瀬湿原の木道を散策しているような気分になった。

恐らくまだ配属先も決っておらず、様々な研修をしていることだと思うが、1年もすると新入社員の何割かは辞めていくことになるのだろう。

最早、日本独特の終身雇用と年功序列はズタズタになり、転職は珍しくなくなった。

「転石、苔を生ぜず」A rolling stone gathers no moss. といい、元は西洋の古い諺だったようだが、苔「moss」を、望ましいものか、そうでないものか、どちらに取るかで解釈の仕方が変わってくる。

苔を望ましいものと考えれば、『頻繁に転職や転居をする者は金も溜らないし、何事も成就できない』という教えになるだろうし、苔を望ましくないものと捉えれば、『いつも積極的に行動している者は、沈滞することがなく清新でいられるという解釈になる。

小中高、あるいはその先に進学するたびに知り合う人が増えていき、その後の人生に影響を受けることがあるだろう。就職もその延長にある。

人だけでなく、興味や関心ごとがこういう岐路でいろいろ変化していくのは、自分の過去を振り返ってみてもなかなか楽しいものである。

社会人になりたての方々は、今や日本中の大人たちから期待される存在で、この国の未来を担う大切な宝物だと言える。

それだけに、就職という岐路に立って、良識を備えた大人になるための投資を惜しまないで欲しい。しかも、質のいい良識を求めて欲しいものだ。

残念ながら、テレビを始めとするこの国のマスコミは質が良くない。テレビの黎明期に評論家が、あんなもの見続けると、一億総白痴化すると喝破した通りで、今や白痴化はかなり進展したようだ。

幸い、テレビなどなくても必要な情報を手に入れることにはまったく困らない時代になった。しかし、私は社会人になりたての方々に、読書を勧めたい。

小説や古典を読むのには、少し抵抗があるようなら、コラムがいい。

名コラムニストの文章は、起承転結がはっきりしていて、切れがあって、学校ではなかなか教えない、興味深い知識を植えつけてくれる。

私は三人の名コラムニストをお勧めする。山本夏彦氏、徳岡孝夫氏、そして高山正之氏である。

この方達のコラムは、文庫本や新書でも入手できるので、アマゾンで検索すればよい。

 山本夏彦氏

もう10年以上前に他界されたが、この方のコラムはすばらしい。以前、週刊新潮に「夏彦の写真コラム」というコラムを載せていて、毎週立ち読みするのが楽しみだった。今、このコラムをまとめた文庫本もあるから、時代ごとの世相を振り返るのにもいい参考書になる。

何よりも、この人のコラムはタイトルが見事で、見ただけで言わんとすることがすぐ理解できるから助かる。『何用あって月世界へ』とか、『世はいかさま』、『茶の間の正義』など、トイレの棚に置いて、用を足す間にサラッと読み終えることが出来る程度の長さで、余計な文章を削り取った珠玉のコラム集である。

漢語を多用する方だったので、日本語の勉強にもなる名著揃いだ。

 徳岡孝夫氏

もう廃刊となった月刊誌に『諸君』というオピニオン誌があった。いわゆる保守系の雑誌で、私がフィリピンの田舎街に海外赴任をしていたときに、休暇で一時帰国する同僚にこの雑誌を買ってきてくれるよう頼んだら、「ええっ?諸君?・・・右翼が読む本でしょ?」と言われて驚いたことがあった。

脳味噌が左側に寄った人から見れば、右翼の雑誌に見えるのだろうが、中身はいたって中道だった。この巻頭に「紳士と淑女」というタイトルのコラムが5~6ページあって、作者は不明だったがすこぶる面白いコラムだった。

一度、「紳士と淑女」宛てにメールで「毎月本が店頭に並ぶのが楽しみで、真っ先に読むのが『紳士と淑女』です。・・・」と送ったら、何とお礼のはがきが送られてきたことがあった。しかも、万年筆で書かれた達筆で、コラムの作者からだった。

今でも宝物として本に挟んであるが、それが徳岡孝夫氏であることは少しして分かった。徳岡氏のはがきが挟んである本は、そのコラムをまとめた『完本、紳士と淑女』という本だ。

 高山正之氏

高山氏は元産経新聞の記者で、今は週刊新潮の一番後ろに「変見自在」という名物コラムを載せていて、それを定期的に本にして、もう文庫本になったものも何冊かある。この方のコラムを読むと、眼からウロコが音を立てて落ちることが多い。教科書に書かれていない歴史的な事実や、背景をたくさん紹介してくれるし、偏った歴史観を矯正する教則本として、是非お勧めする。

勝手ながら、私はこのお三方を師匠と仰いでいる。どれも、行間からまともな見識や歴史観が滲んできていて、知らず知らずのうちにマスゴミに捻じ曲げられた感覚を直して、質のいい良識を醸成してくれる。

だまされたと思って読んで欲しい、お三方の本である。