孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

見習いたい、本田の心意気

2015年02月28日 | 日記
私が大学に入学した頃だったと思う。地元が産んだ本田宗一郎が相棒の副社長藤沢武夫と共に社長の座を退き共に経営から身を引いたのだった。

それは、突然のことで、今でも語り継がれる、見事な引き際だった。本田に関しては、様々なエピソードがあるが、私はこの引き際の良さはいつまでも語り継がれるべきだと思う、一番好きなエピソードである。

それから、10年以上経って他界するのだが、「自動車会社の創業者の葬式で渋滞を起こすようなことがあってはならない」と、社葬を行わないことを遺言に残し84歳で他界した。

また、三重県の鈴鹿市に進出した際に、鈴鹿市側から、市の名前を本田市に変えようかという提案があった際、本田は「個人名を伝統ある市の名前に変えるなんてとんでもない」と提案を断ったというが、ライバルのトヨタが愛知県の挙母(ころも)市に工場を建てた際、豊田市と市名を変更したのとは対照的な本田らしいエピソードだ。

以前、私が自動車部品メーカーに勤務していたとき、聞いた話で、ますます本田宗一郎が好きになったエピソードに、「作業着のポケット」がある。本田の工員の作業着は白いつなぎで、その日本田はそのつなぎを着て工場を歩いていると、作業中の若い工員が「おい、おっさん!ポケットに手を突っ込んでおるいてんじゃねえ。転んだら危ねーだろ!」と怒鳴られたそうだ。

以来、本田の指示で従業員たちの作業着のポケットは使えないように縫い付けられ、その内ポケット自体白いつなぎから無くなったそうである。

話は飛ぶようだが、昨今のスポーツ界を見ていて、よく本田宗一郎を思い出すのは、特に野球選手だった方が引退してからも解説者だ、評論家だ、名誉ナントカだと言っては業界に顔を利かせている現状である。

あるいは、すでにピークは過ぎているんじゃないかと思うのだが、いつまでも現役にこだわる選手が多いような気がして、しかもそれをチヤホヤ褒めちぎるようなスポーツマスコミが、どうも見ていてうんざりするのだ。

現役の間、我々とは比較にならないほどの報酬を得ていたはずなのに、まさか収入の問題ではなかろう。色々問題を抱えたかつての名選手もいるようだが、子供達に夢を与えたいのなら、世間を唸らせるような第二の人生を送って欲しいものだ。
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お酌はしません

2015年02月28日 | 日記
私はあまりアルコールに強くなく、顔がすぐに真っ赤になります。我慢して飲み続けると、その内気分が悪くなります。雰囲気は嫌いではないので、誘われれば、居酒屋にも行きますが、チューハイを2杯も飲めば出来上がってしまいます。

さらに、私はお酌して廻るというのが成人になってからずっと苦手で、ビール瓶を片手にお酌して廻ることはしません。それが、批判されたり、注意されたりしたことは何度もあります。何度もありますが、直す気は毛頭ありません。こんな理由で、私は日本酒だとかビールはほとんど飲まず、お酌されなくて良いチューハイとかジントニックのような蒸留酒を好んで注文します。

今日は亡き父の三回忌でしたが、食事のときは一切お酌して廻ることはしませんでした。自動車を運転するためか、ほとんどの方がアルコールは口にしなかったので、テーブルにはウーロン茶とジュースしかありませんでしたので、最初だけコップについで、後は個人個人に任せたのです。

その分、初めと終りの挨拶は、少しお時間をいただいて長めに話しましたが、飲みたい方は物足りなかったことでしょう。みなさん、大人しくてビールをお望みの方は?と聞いても、返事をする方はいませんし、それ以上しつこく勧めるのも嫌なものだと、遠慮しました。

どうも私は親戚中で浮いた存在だと今日は実感してしまいました。
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マニラで見たクロースアップマジックとは・・

2015年02月28日 | 日記
例によって、マニラにいた時の話です。フィリピンの通過はペソですが、当時は大体1万円を両替すると3000ペソくらいだったと思います。しかし、マニラにはいわゆる両替所がいくつもあり、わずかですが交換レートに差がありますので、駐在員の間でもあそこの両替所はレートが良いとか、私はいつもどこそこで両替するとかいったことを話題にしていました。

歓楽街近くには、そういった両替所が軒を連ねていて、店の前には客j引きがいたりします。小さな紙切れにP3200とか鉛筆で書かれていて、日本人らしき通行人に見せて、両替所につれてくるのです。

その日、私は両替するつもりで通りを歩いていると、その類の男が近づいてきて、紙切れを目の前にかざしました。私は男とは目を合わせず、歩き去ろうとしましたが、日本語で1万円3500ペソとか言ったように聞こえたので、それはウソだろ、と言うとウソじゃない、本当だと言うので、少しからかい半分の気持ちで、本当なら両替するよと言って近くの両替所に行きました。

昼間だったし、人通りも少なくなかったので、警戒しながらですが男について行くと、6畳くらいの広さのこぎれいな両替所でした。男は、奥に行くとお札を握り締めて戻ってきました。ペソは1000ペソ札、500ペソ札、100ペソ札とありますが、一番よく使うのが100ペソ札で、これは日本円で300円くらいになります。男が用意したのもすべて100ペソ札で、これはさほど珍しいことではありませんでした。

彼らの札の数え方は、日本人のそれと少し異なっていて、アメリカ人のするように、左手に握った札束から右手に1枚ずつ移しながらサッサッと数えていきます。その男も同じように、ワンツースリーと言いながら、手際よく私の目の前で、私によく見えるように数え出し、35枚目を右手に握りました。それを私に差し出して、さあ1万円ください、と言いました。

確かに、35枚でしたし、改めて偽札のチェックをするまでもないだろうと思いましたが、念のため、あくまでも、念のために、自分で数を確認させtもらえないか、と言うと、良いともと言って私に札束を渡してくれました。私は、おぼつかない手つきで、イチ、ニー、サン、と声を出して数えて行きました。すると、どうでしょう。32枚しかありません。ゆっくり数えましたから間違うはずもありませんので、男に文句を言うと、彼はそんなバカなと言いながら、もう一度手際よく数えました。

結果は、32枚で、彼は困ったような顔をして、本当だ・・・32枚でした。申し訳ない。そう彼は謝罪すると、ポケットから100ペソ札を3枚取り出し、私に見せてから握った札束の上に重ねたのです。改めてそれを私に渡しながら、これで間違いないだろう3500ペソだから。さあ、あなたが私に1万円よこす番だ、と言います。

私は、ポケットから財布を取り出しかけましたが、どうも素直すぎるなあと思い、「申し訳ないが、もう一度私に数えさせてくれないか?」と頼みました。これには、さすがに彼も驚いて、さっき数えて少なかったから、その分を足したじゃないか、と早口でまくし立てます。

私は、その挙動の不自然さにますます猜疑心が募り、「じゃあ、やっぱり、ここで替えるのはやめて、他へ行くことにするよ。」と言って、出口の方に歩きかけました。「わかった、わかった。もう一回数えてみてくれよ。さあ。」彼はそう言うと、握っていた札束を私に差し出しました。

それを受け取って、私はさっきと同じように、イチ、ニー、サン、とゆっくり数えていきました。サンジュウ、サンジュウイチ、サンジュウニ・・・。なんと!32枚しかありません!私は自分の目が信じられなくなって、少しうろたえました。すぐに気を取り戻した私は、「信じられない!でも、私は自分の数えた方を信じるよ。どうもすばらしい手品を見せてくれてありがとう。」と言って、足早にその店を出ました。

男が後を追ってこないか振り向きながら、私は早足でその店を離れましたが、彼の手さばきの映像を頭の中で再生しながら、狐にだまされそうになった自分を反省しました。それにしても、いまだにあのトリックは理解d来ません。
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自分の書込みがコピペされ・・・

2015年02月28日 | 日記
インターネットのお陰で、老後も退屈どころか、ますます様々なことが楽しめそうで、早々老け込むわけにはいかないなと思っています。昨夜も後輩たちと食事したとき、私のことを、「還暦を迎えたと聞いてびっくりしました。まだ、5年くらい先のことかと思ってましたよ。」と評してくれて、お世辞かもしれないでしょうが、非常に嬉しくなりました。同席した私の1年先輩と見比べてのことだったのでしょう。(彼は歳相応に見えるようです)

インターネットと言えば、最近「へぇ~」と少し驚いたことがありました。それは、日本政府がカジノを誘致する、しないと検討していることで、シンガポールの例を参考にすべきだ、という意見を目にした際のことです。改めて、シンガポールの情報をいろいろ検索していたところ、検索結果のふと目にしたサイトの出だしの数行が、どうもどこかで以前みたような内容だったのです。

そのサイトにアクセスして、その気になった文章を読んでみて、驚きました。それは何と私が確か去年の夏頃、どこかの掲示板に書いたものだったのです。その、いわゆる「コピペ」だったのです。内容は、シンガポールで見聞き体験したことを、ウソ偽りなく書いた文章なのですが、内容が意外と衝撃的だったのか、調べてみるとその他のサイトやブログなどにも、「コピペ」されていました。

ああ、インターネットの世界では、情報がこうやって拡散していくんだなあ、と実感させられました。情報の真偽を見極める目を持って、インターネットを活用しないと間違った方向に持っていかれることになりかねないと痛感しました。
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「100均で癒される」の巻き

2015年02月26日 | 日記
日曜日に近くの100円ショップでマスクを買おうと出かけた。これまで花粉症とは縁がなく、マスクなど買ったことはなかったので、店内をウロウロ探していると、4歳くらいの女の子とその子のお祖母ちゃんらしき二人組みが店内に入ってきた。女の子は元気な声で話すので、その声は店内に響き渡っていた。

声がだんだん私の方に近づいてきたので、どんな子か見ると、小さなダウンベストを着て背中にプーさんの小さなぬいぐるみのバッグを背負った可愛い子だった。100円ショップはカラフルな小物が色々あり、彼女の好奇心は一気に膨れ上がったようだった。

「あぁっ!これ何だろう・・。」と、独り言にしては随分元気な声で言うと、後ろからお祖母ちゃんが、「それは洗濯バサミだよ。」と答えた。すると、「ふ~~ん・・・。」と言って、今度は後ろのトイレ用のたわしを見つけ、「あぁっ!これ何だろう・・。」と同じように元気な声で言う。すると、お祖母ちゃんが、「それは、たわし。」またまた、別の棚に行き、何かを見つけたらしく、「あぁっ!これ何だろう・・。」という声がした。

少し遅れて、お祖母ちゃんの声で、「それは、、何だろうねぇ・・・。ろうそくかなぁ。」そのあとも女の子の「あぁっ!これ何だろう・・。」と言う声は続いていたが、私はマスクだけ買って店を出た。私だけでなく、店内のほかのお客さんたちもみんな微笑んだような表情をしていたと思ったが、気のせいだったろうか。

あまり好きな言葉ではなく使いたくなかったが、あの日ばかりは、「いやぁ、癒されたなぁ!」と呟きたくなったものだった。
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無口な住職は迷惑

2015年02月25日 | 日記
今週土曜日は、親父の三回忌の法事である。家でお経を唱えて、墓参りをして、その後食事をしてもらうという段取りだが、前回初盆の法事のとき、予定が大幅に狂ってしまった。お経の時間、墓参りの時間、その後お寺でお茶をいただきながら、30分ほど住職の講話を拝聴するという計算で、行きつけの仕出屋にお昼の段取りをするように言いつけておいた。

何が狂ったかと言うと、住職がお茶とお菓子を勧めてくれたのだが、その後一切話をしてくれないのだ。何か虫の居所が悪いのか、体調がよくなかったのか、一切口を開こうとはしない。こちらが、下手に出て話題を振ってみたが、生返事だけでほとんど相手にされなかった。早くお茶を飲んで帰れよ、と言わんばかりの態度であった。

姉が、携帯電話で仕出屋に連絡すると、今来れられても料理の準備は整っていないとのこと。しかし、沈黙が続いて場が持たないため、全員仕出屋に向った。事情を説明したら、仕出屋の女将が気を利かしてくれて、飲み物とお通しだけを準備してくれた。献杯の前の挨拶を私は少し長めにして、何とか食事につなぐことができた。

親戚の法事に出たことが何度かあるが、無口な坊主など一度も見たことはなかった。むしろ、ベラベラ知ったかぶったことを喋る坊主ばかりだったと思う。中には手帳を出して、今年は当たり年だから、休む暇がない。法事の予約は早めに頼む、などと罰当たりのことをシャアシャアと笑いながら言ってた糞坊主もいた。

菩提寺の住職は6年前くらい他界して、その息子はもっと前に先立っていたため、今の坊主はいわば雇われ住職で、歳もまだ40代後半くらいだと思う。土地を造成して、墓地の販売やペットの葬儀などのアルバイトにも熱心なビジネスマン坊主は、近所の評判が当然ながら今ひとつである。
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テレビ時代の終焉間近

2015年02月24日 | 日記
テレビを見ていると、みんな白痴になると言った評論家が昔いたそうだが、するどい先見性のある方だったと思う。確か、「一億総白痴化」と言った。恐らく、ワイドショーを一月も見続ければ、立派な白痴になるでしょう。

最近のテレビは、報道の自由が滑った転んだと言うくせに、視聴者が知りたいことを報道するとは限らず、自分たちに不都合となることは、故意で一切報道しないということがバレてきた。それは、民放だけでなく、NHKとて同じことで、懇意にしている国の不利益になることは絶対に放送しなかったり、その逆などはもう日常茶飯事だと知らない人以外、みんな知っている。

自然と、テレビを見なくなり、パソコンに向う時間が増えてきた。youtube のような動画サイトでは、ジャンルを問わず実に様々な動画を、タイムリーに観る事ができ、古い映画なども長い時間鑑賞できるようになった。テレビでは何も報道しないので、すっかり忘れ去った事件も、真相はこうだったという論説を披露する動画を見ると、目から音を立てて鱗が落ちることがある。

情報の真偽を調べたいので、更にインターネットで情報収集し始めると、その量は膨大になる。そこから取捨選択する目を養っていかなければならないことを痛感するのだ。

9.11同時多発テロがいろいろ不自然なことだらkで、どうも陰謀が隠れているということは、テレビでは一切報道しない。従って、世間話の話題にもならない。しかし、考えてみれば、セスナ機の飛行をちょっと習ったくらいで、旅客機を操縦して、狙いのビルに突っ込むことなど、できるわけがないではないか。しかも、当日そのビルに働く特定の国の人がほとんど休暇をとっていて、被害を免れたとは、偶然にしてはできすぎた話だ。しかも、10人や20人ではない。数千人規模だ。

国内でも、沖縄の今を偽りなく伝えるテレビ局は皆無である。しかし、インターネットを介して、沖縄の現状を動画で観る事が可能で、状況は極めて悲惨だ。このままでは大変なことになりそうだ。

視聴者は、こちらが報道することだけ見ていればよい、という傲慢な姿勢では、その存在は益々危ういものになっていくだろう。
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新聞、購読止めようかな・・・。

2015年02月23日 | 日記
ウチでは、新聞はローカル紙を購読しています。朝夕刊セットで購読していますが、夕刊はほとんど読みません。誰も読みません。もっとも、読みたくなるような記事もありません。新聞を作る側も、読ませようなんて恐らく考えていないんじゃないかと思います。

昔は、新聞のテレビ欄はみんなが見たものですが、今テレビのリモコンの「番組表」というボタンを押せば、全部のチャンネルの番組を確認できるので、新聞のテレビ欄なども見ることもありません。カミさんも、愚息たちも、新聞を読んでいる姿を目にした事はありません。せいぜい私だけがすべてのページに目を通しますが、読むことはまずありません。

トイレに持ち込んで、用を足しながら見るのは、将棋欄だけです。必要な情報はインターネットからすべて得られます。たまに海外のニュースなどを読みますが、ローカル新聞は、通信社から記事を買っているので、地方紙の主張や論説が表に出てこないような気がします。

ローカルニュースだけが独自性をもつので、どこどこの高校で吹奏楽の演奏会があったとか、どこそこの神社が消火訓練をやったとか・・。新聞らしい論説を読みたくなったら、今ではインターネットで全国紙を閲覧できるのです。失礼を承知で言うと、新聞の一面に載るコラムも、ローカル紙は毎日毎日小学生の作文のような駄文ばかりで、読む気がしません。

じゃあ、なぜそんな新聞を購読するかと言うと、それは折込チラシが見たいからなのです。近くのスーパーの特売情報が見たいからなのです。しかし、考えてみると、それだけのために、毎月数千円費やすのはバカらしいじゃないですか。最近は、真剣に購読を止めようかと考えています。
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いらつく、スーパーのポイントカード

2015年02月23日 | 日記
学生時代から合計すると、私は10年間くらい自炊の経験がある。従って、スーパーに買い物に行くことなど、何の抵抗もない。むしろ、社会人になって、世の中には、自炊した経験がない人、スーパーに食料品の買い物に行った経験のない人がいると知って、驚いたことがあった。

学生時代は、新聞の折込チラシをチェックして、どこのスーパーの何が特売なのか友人同士で話題にし、連れ添って買い物に行ったりすることもあった。貧乏学生だったので、冷蔵庫はなかったので、まとめ買いをしたくてもそれができず、一回の買い物の量は高が知れていた。

今でも、よく買い物にスーパーに行くが、男性が買い物籠を片手に、鮮魚売り場で青魚などを吟味していると、その姿が不自然なのか、どこかの奥さんにジロジロ見られることがある。昨日も行ってきたが、大好きな「ホッケ」が300円もしてたので、買うのをためらったが、エイヤッと買い物籠に入れた。

出かけた時間は、1時頃だったのは、その時間ならレジが混んでいないからだと考えたからだった。しかし、私の予想は大はずれで、5つあったレジはどれも数人が並ぶ列ができていた。魚のほかに、4本98円のバナナと、1斤84円の食パン(賞味期限は残り1日なので、4割引のシールが貼られていた)を買い物籠に入れて、レジに向ったが、相変わらずどのレジにも列ができていた。

前の人の買い物籠にどんな食品が入っているかを眺めるのは、なかなか面白いもので、その家庭の嗜好が分かって、エンゲル係数の高低などを勝手に想像して時間を潰すのも、私の趣味だ。

よく行くスーパーは、どのレジ係りは仕事が手際よくて、どの人はモタモタして時間がかかる。あるいはどの顔のレジ係りが愛想がよくて良い気分になり、どのレジ係りは慇懃無礼で気分悪くなるといった、詳細な情報が自然とインプットされてくるものだ。

いつの頃からか、どこの店でも、顧客の囲い込みのため、ポイントカードを持つことを勧めてくるが、財布がふくらんでしまうので、カードは遠慮することにしている。それに、あんなものがあるために、レジで待つ時間が長くなるということを、店側には考慮してほしいと、私は常々思っている。レジで待たされる時間は短いに越したことはないと思う。

経営側には、管理上大きなメリットのあるポイントカードなのだろうが、支払いのときモタモタ財布をほじくり返して1円玉を探すのに時間がかかる老婆と共に、いつもレジで私をイラつかせてくれる大迷惑な現象なのです。
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野球とサッカーだけじゃない

2015年02月22日 | 日記
ちょっといい加減にしたらどうだと言いたくなる親バカぶりを、休日の河川敷運動場で見る事ができる。運動場というか、サッカー専用だから、サッカー場というべきか。2面あって、人工芝が貼られた見事なものだ。すぐ近くに駐車場のように自動車が数十台停められていて、これらはサッカー少年たちの父兄の自家用車であろう。

サッカー少年たちは、小学生だろうから、父兄は御歳40歳前後だろうか。暖かそうなコートに身を包み、白い息を吐きながら我が子の雄姿を追いながら、時には大声を張り上げて応援したりしている。コーチらしき人が、ひときわ大きい声で失敗した少年をののしることがあるが、時として聞くに堪えない罵詈雑言になっている。

私の愚息たちが、小学生になった頃、Jリーグが誕生してサッカーブームは始った。当時私は海外勤務だったので、よく知らなかったが家内はかなり嵌っていて、年子の長男次男を少年サッカーチームに加入させた。ユニフォームやサッカーシューズ、ボールなどを揃えて、費用は数万円になったそうだ。

地元では、男の子は、サッカーか野球、どちらかのスポーツ少年団に所属するのが慣わしのようになっていて、それを聞いたとき、天邪鬼の私は、愚息たちには何か別のことをさせたい、と反射的に思ったのだが、何せ海外勤務で家にいなかったので、そういう権限はなかった。

しかし、半年も経った頃、家内から愚息たちはサッカーを止めたと聞いた。私は、内心嬉しかったが、それは表に出さず、理由を聞いてみると、長男が練習中、いわゆる自殺点をいれたそうで、仲間やコーチから散々非難されたそうだった。実は、長男はサッカーのルールをよく知らなかったようで、とにかく蹴ってゴールすれば良いものだと思っていたらしい。

その一件から、長男は急にやる気をなくし、止めると言い出し、お兄ちゃんが止めるなら僕も止めたと言って、次男も止めたそうだ。私は休暇で帰国してたとき何度か練習のために、河川敷まで送って行ったことがあり、そのとき見た父兄たちのサッカー談義に辟易していたので、愚息たちが止めてくれたのが嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。

スポーツ自体、私は反対ではないが、あの野球かサッカーか二者択一を迫られるという暗黙のムードが嫌だった。その後愚息たちは、隣町の水泳教室に通うようになって、その後も合計8年間続いた。団体競技より個人競技向きなのは、父親に似たのかもしれないと思って、苦笑いしたものだ。
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騒々しいのがお好きな人たち

2015年02月22日 | 日記
どうもシンガポールや中国の話題が多くなりがちで、少し反省すべきだが、中国人というといろいろ思い出すことが多い。春節、中国人とくれば、すぐ爆竹が連想される。そして、爆竹、花火とくると、私はマニラの年末を思い出すのだ。

年末年始の休みは飛行機が混むので、私がフィリピンに赴任していたときは1ずらして休暇をとって帰国したものだ。従って、マニラで年末年始を過ごしたことが何度かあった。特に大晦日のマニラ市内は恐ろしいほどの爆竹が鳴り響く。こういう習慣はフィリピン人独自のものではなく、恐らく中華系の人がもたらしたものだと思う。

正月の新聞の一面は、爆竹で手首を吹き飛ばされたとか、火事で何軒が全焼したとかいう記事で埋まるのが毎年のことであった。一度、どんな様子かと興味が湧き、泊まっていたホテルから通りに出たことがあったが、そのマシンガンのような騒音と10m先が見えないほどの煙幕にひるんでしまって、部屋に駆け戻った。

中国人は、騒音を嫌がらない。むしろ大きな音を歓迎して喜ぶという文化があるようだ。これを初めて感じたのは、私がシンガポールにいた時だった。商談で訪れた取引先の小さな会社は、社長はインド系の方だったが、彼の右腕となって大きな権限を持っていた専務とその部下数名は、みな中華系の女性だった。

狭い会議室で待たされているとき、一緒に行った私の同僚が、なぜかテーブルの隅っこに置かれていた直径40cmほどのオードブルでも載せるステンレス製のお盆のような食器を床に落としてしまった。すると、落ち方の所為か、ガワンという音を立ててから、皿回しの皿のように床の上で回転しながら、ユワン、ユワン、ユワンと7~8秒間大きな音が鳴り響いた。

すると、隣の事務室から突然歓声が沸き、拍手とキャーキャー喜ぶ声が聞こえてきた。最初私たちは何が起きたのかと面食らったが、すぐに食器の音の所為だと理解した。言われてみれば、中国のドラなども凄い音を立てるし、一度みたことのある中国の獅子舞も流れている音楽は実に騒々しいものだった。

更に、住んでいたアパートのい1階から、ジャンジャン、ガンガン鳴り響く楽器の音楽とは呼べないような雑音が聞こえてきたので、何事かと聞いたら、それはアパートの住人のお葬式である、といわれたことがあった。

一見同じような顔をした蒙古系のアジア人だが、文化はこうも違うものなのかと、痛感したものだった。それは、異文化を理解するとか許容するとかいう以前に、ただただ驚く体験だった。
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爆買い、結構なことで・・・

2015年02月22日 | 日記
テレビのニュースでは、盛んに中国人観光客の「爆買い」を報道している。今や訪日外国人観光客数は年間1300万人になるそうだが、その内約半数が中華系の人だという。テレビで中国人自身が言ってたが、中国人はブームに弱いそうだ。そして今中国は日本の健康食品やサプリメント、電化製品や紙おむつなどがブームになっているそうだ。

そう言えば、以前フィリピンに赴任していた時、包装資材を仕入れている中国人の会社の社長に、私が日本に休暇で帰る際、「救心」と「新ビオフェルミン」を買って来てくれと懇願されたことがあった。そのときは、一回聞いただけでは何のことか理解できず、何度も聞き直したのを覚えている。

なんで、「救心」なの?なんで、「新ビオフェルミン」なの?さっぱり理解できなくて困ったものだった。当時、私は「救心」はどういう効果があるかは知らないが、漢方薬の一つだ、くらいしか知識がなく、「新ビオフェルミン」は下痢止めの薬としか認識がなかった。なぜ中国人の彼がそれを名指しで言ってるのか、そこが知りたかった。

彼が強い中国訛りの英語で説明してくれたところでは、中国人は太った人が多く、その所為か心臓を患って急死する人がいるので、みんないい薬を探している。「救心」は効果があるというウワサだ。そして、中国人は夜食をとるので、寝る前に「新ビオフェルミン」を飲むと、翌朝胃の調子がいい、というウワサがあるそうだ。

今から、20年以上も前のエピソードだが、もし彼が今日本に来たら、おそらくケース単位で買っていくことだろう。電気屋さんやドラッグストアは、この時期売り上げが倍増してホクホクだろうが、彼らが訪れる観光地は、大変なことになっていることだろうと想像できる。

私も何度か経験したことがあるが、中国人はとにかく話し声がでかい。聞いていると、喧嘩をしているようだ。一説によると、自分の主張を周りの人にも聞こえるように話すからだそうだが、本当かどうだかわからない。

彼らに遭遇した日本人観光客は、自分の運の悪さを恨み、眉をひそめて彼らを眺めるだけである。
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プチ整形、恐ろし。

2015年02月22日 | 日記
身体髪膚(しんたいはっぷ)、これを父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始め也

身体は両手・両足から毛髪・皮膚に至るまで、すべて父母から戴いたものだ。それを傷つけないようにすることが、孝行の始めなのだ。

有名な孔子の言葉だが、儒教の国だと思っていた韓国でプチ整形が盛んだというのはどうも矛盾するのでは、と以前から疑問だった。実情はプチどころか、目も鼻もあごも・・・もはや原型を留めないほど形を変えてしまう美容整形が流行っているようだ。

飛び降り自殺をした元大統領は、男の癖にまぶたを二重に手術して現れ、私は当時ニュースで見て、食べていたご飯を噴出しそうなくらい大笑いしてしまった。

韓国の人は、この現象を恥ずかしげもなく、孔子は「礼」を重んじている。人と会うのにきれいな形で会うことは、「礼」を尊ぶことになるから、儒教の精神から外れているとは言えない、と説明するらしい。

私の姪はこのプチ整形を7年ほど前に施した。彼女が20代初めの頃で、両目を二重まぶたに整形して現れたと、彼女の母が半ば諦めたように呟いたそうだ。妻は私に姪の様子を見に行こうと誘い、二人で用もないのに出かけた。現れた姪を見て、思わず息を呑み、妻はしばし言葉が出なかったくらい驚愕したようだった。

姪の母親、つまり私の義理の姉は、かみそりでスッと切ったような、見事な切れ長の目が特徴であった。その娘は母と瓜二つで、まるで親子でありながら、双子のようだった。その姪の両目が、今や少女漫画のようなパッチリとした大きな目に変わって、まるで別人のように見えたのだ。母と並んでも、まさか親子と思う人はいないだろうと言えるほどの大変化だった。

帰りの車の中でも妻はショックが消えていなかったようで、何度も姪のことを話題にしていた。しかし、次の妻の一言は、私の後頭部を一撃するくらいのショックを与えたのだった。「私も、二重にしようかしら。」妻はそう呟いたのだ。ハンドルを握っていた私は、危うく電信柱にぶつかりそうになった。

韓国では、大学入試の合格祝いに親が美容整形の資金援助をするそうだし、美人コンテストではどの顔も同じように見えて、審査に困ってしまうそうだ。更に、今韓国の出入国審査官を悩ませているのが、パスポートの顔写真と目の前にいる本人との顔が違いすぎることで、手術先の病院にその確認をしてようやく出国の許可を与えるという始末だそうだ。

姪は美顔になって、すぐに彼氏ができるだろうね、と妻が呟いたとき、生返事をした私だったが、両親の顔を一目見ればすぐその異常さに気が付くだろうと、内心思った。二重まぶたのパッチリ目の奥さんが産んだ子が、見事な細眼だったら、父親はさぞかし落胆するだろうなあ、と心配するのは大きなお世話だろうか。

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還暦を迎えて、感慨なし

2015年02月22日 | 日記
なっちゃいました。とうとう還暦を迎えちゃいました。何か特別な感慨があるかと思ってましたが、何も感じません。

私は元来、誕生日と言うものは大人が祝ったり祝われたりするものではないという考えで、ここまで生きてきましたから、還暦なんてただの通過点だと思ってました。誕生日を祝うのは小学校入学前までで良いんじゃないでしょうかね?大の大人たちがハッピーバースデーなんて歌まで歌って騒ぐのは、西洋人の猿真似だと、私は昔から小ばかにしてきました。

寿命が短い昔だったら、よくぞ60歳まで生きていられましたと言って、お祝いするのも良いかもしれませんが、今は健康寿命が70歳くらいでしょ?男でも70歳くらいまでは、介護無しで暮らしていける時代です。還暦のお祝いも、72歳くらいに改めるべきじゃないでしょうかね?

家族はそういう私のことをよく承知しているので、何も言いませんでした。ただ、次男の嫁だけはそれを知ってか知らずか、誕生日のプレゼントだといって、財布をくれました。今使っている財布は、4年前インドネシアで300円でかったものでしたので、もうボロボロ。丁度買い換えようと思っていたので、良いタイミングでした。

死んだ明治生まれの祖父は、よく正月になると、誰それは数えでいくつになったという話をしていましたが、私はその影響か、正月にみんなひとつ歳をとるものだとという感覚を持つようになったのかもしれません。
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何度でも言う。幼児に英語教育は、反対。

2015年02月21日 | 日記
次男が、家が完成したから見に来てくれというので、新築祝いの花と孫娘へ絵本のお土産を持って、行ってきました。30歳前で家を建てるんだから、親ばかといわれるかもしれないですが、たいしたもんだと思います。これからが大変だと思います。

食事をしながら4歳の孫娘の話題になり、そろそろ何か習い事をと考えている、ということを知りました。孫の教育に口を出すつもりは毛頭ないが、と十分前置きをしてから、私は自論の「英語の幼児教育」ブームについて、絶対に賛成はできないと言ったら、お嫁さんが驚いたように、「どうしてですか?」と聞いてきました。

どうも、幼児向け英会話教室に出そうかと考えている様子でした。口論はするつもりはないので、さらりと子供のうちは母国語をしっかりと覚えさせる方が、後々外国語を学習するにしても役に立つものだ。英語が外国人並みに話せるようになったとしても、英語で何をどう言うかが大切であって、母国の文化も歴史も何にも知らない、どこの国の人間なのか分からないような大人にすることになりかねない。今はそんなのが世の中に溢れている。それよりも漢字を覚えて、自分の興味のある本を自分で読めるようにした方が良いと思う・・・という内容のことを言いましたが、果たして真意は通じたかどうか。

ママ友といって、幼稚園の同級生の母たちと話をしては、同じような行動をするのが普通の母親みたいですから、これ以上とやかく言わないつもりです。
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