孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

火葬場にいる、理科の先生

2017年12月31日 | 社会観察
年末の義母の葬儀に参列して、葬儀業者の仕切る様子や僧侶たちの所作、あるいは火葬場の担当者の作業などなど、人間観察好きにとっては、飽く事のない非常に興味深いじかんであった。

一番可笑しかったのは、葬儀社の女性担当者が、何度も何度も「さあ、もっと近くに寄って、故人との別れを惜しめ」と勧めることであった。

家が街の住宅地なので、ご遺体はまず実家に寝かされるが、通夜は少し離れたところにある、葬儀社の「セレモニーホール」に移動される。そこは、大きな駐車場のある近代的な施設だが、テーブルや椅子などは良く見ると、徹底的にコストダウンをして作られていた。

葬儀社ほど利益率の高い職業は無いといわれる。原価が数百円の中国製骨壷を数万円としたり、「舞台装置」の祭壇も目を凝らしてみれば、子供の工作のようなシロモノ。

7~8回使えば原価は軽く償却できてしまって、それ以降は原価ゼロとなるわけだ。不透明な部分が多いが、一般的に葬儀社の原価率は20%未満だと言われている。

今のご時世、葬式には約200万円かかり、その内訳は葬儀社と坊主に6:4の割合で支払われる。

話が横道にそれたが、セレモニーホールでの通夜の為に、自宅から会場にご遺体を移動する。自宅で寝ていたご遺体を簡単に言えば真白な専用のシーツで包んで、病院で使うようなストレッチャーに載せてセレモニーホールまで移動する。

シーツでご遺体を包む時、係りの女性はそこにいた私を含む近親者たちに、「もっと近づいて、別れを惜しめ。顔を良く見てやれ」と言った。そして、遠巻きに見ていた近親者たちは近づいて、ご遺体の顔をシゲシゲと見た。

通夜の際はご遺体は棺桶に入り、極楽への旅装束をまとうことになる。みんなで棺桶にご遺体を移し、係りの女性から渡される、足袋や脚半や手甲、杖などの小道具をご遺体に着けていく。

すべてが終わると、係りの女性は、これで後はフタをするだけだ。「さあ、みなさん、もっと近寄って、最後のお別れをしてあげてください。」と告げるのだった。

通夜は、坊主の念仏、列席者の焼香、施主の挨拶と続いて終了する。

その後、ご遺体は棺桶にはいったまま、再び実家に戻る事になる。なぜか。

それは、翌日の出棺を自宅から始めたいからであった。出棺時に近所の人たちが道の両脇に並ぶ。そして、家の玄関以外から棺桶を運び出し、霊柩車に載せる。近所の人たちはそれを見ながら、最後の別れを惜しみ、施主は集まった人たちに挨拶をする。

時間通りに火葬場に着いたご遺体は運搬用の台車に載せられ、係りの男性がテキパキと炉の前に移動させて炉に入る。

「最後のお別れとなりますので、どうかもっと近づいてお顔を良く見てやってください。」と言われた遺族たちは、代わる代わる顔を覗き込んで、中には涙ぐむ親族もいた。

係りの男性は、時計を見ながら「それではこれより点火となります。お時間は1時間半ほど掛かりますので、お時間が参りましたら放送にてお知らせします。」と早口で事務的に告げて、炉の扉を閉めた。

言ったとおり、1時間半経った頃、放送があった。

炉の前に行くと、すでにお骨が1.5m四方くらいのステンレスの台に何かの基準で分別されて置かれていた。係りの男性は、遺族を回りに集めて、お骨に関して講釈し始めた。

このグループは腰から下です。ここは、腕の骨と上半身、そして、ここが頭です。

男性は骨の一つを手にとって、これはちょうどこの部分の骨です、などと言って自分の腰あたりに当てて見せた。遺族の中には、興味深げに聞き入っている人もいたが、私はまったく興醒めで、まるで理科の授業みたいな講釈に腹を立てていた。

表には出さなかったが、あの時私の血圧は300位に跳ね上がっていたと思う。

遺族は炉に入る遺体をほんの1時間半前に見ている。それがお骨になって炉から出てくる。その変り様を目にして、感極まってしまい、私はその場面こそ葬儀のクライマックスであると思っている。確かにショックは大きいが、それが人間の最後なのだ。

それを、まるで小学校の理科教師みたいな馬鹿者が、見事に台無しにしてくれた。
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年の瀬の葬儀と墓掃除に想う

2017年12月30日 | 社会観察
カミさんの母が亡くなった。

意識はしっかりしているのだが、密かに中高年女性の間に流行している「肺マック症」に感染して重症化して、あっ気なく息を引き取った。

26日の朝のことだった。入院していた病院の主治医から、もう治療する目処が立たないから、退院して他の施設に移るなり、家に戻るなりして欲しいと告げられて、来年早々他の施設に移る予定だった。

26日当日、病院側の話では、年末は混みあってるようだから、通夜・葬儀は年越しになるかもしれないとのことだったが、意外にも通夜29日、葬儀30日で滑り込みセーフとなった。

満90歳の大往生で、それほど苦しむことなく、自然と息を引き取ったそうだ。生前は、「私の葬式はにぎやかにやって欲しい。」と常々言っていたそうで、義兄たちもその言葉が気になって、葬儀も標準より派手な感じがした。

私は、義母が言った、「にぎやかに」という意味は、「派手に」という意味ではないと想うのだが、義兄たちはそうとはとらず、香典返しや食事など、すべてランクアップして「分不相応の」派手な葬式だった気がする。

あらためて、私は葬式とは後に残った者のためにあるもので、生前にいくら質素に簡素に戸言っておいても、「世間体」を考えてしまって、残された親族は自分のメンツだけをきにするものなのだ。

他界してから二日間間が空いたので、私は昨日わが家の墓掃除に行ってきた。墓地の周りは杉林なので、杉の枯れ葉が墓石の周りを覆っていた。その掃き掃除だけで汗まみれになってしまったが、今回は墓石の苔も磨いてきれいにした。

前日に近くの【道の駅】で菊の花を4束買ってきておいたが(計1000円)、29日(二重苦)なので縁起が悪いということで、お花は供えず、今朝葬儀に出る前にお墓に出向いて菊の花を供え、紙パックの日本酒をふたつ供えてきた。

私は日本酒は飲まないが、墓に眠る私の祖父も父も揃って大の日本酒党であった。

墓に行く時、カミさんが、「お母さんがお墓用のしめ飾りをよこしたから、お墓に飾っておいてよ。」と渡された。無意識に私は受け取ったが、墓に行く途中の車の中で、私は「はた・・」と考えた。

お墓はお寺の裏にある。しめ飾りは神道のアイテムだろう。仏教・神道がチャンポンになってないか?? おかしいだろっ!

しかし、今朝周りのお墓を見渡すと8割くらいのお墓にしめ飾りが供えてあった。中には橙や小さな鏡餅が備えられているお墓もあった。









確かに我家も、仏壇のある部屋に神棚がある。特に気にしないで、周りと同じことをしておけばいいのだろうが、私個人としては、どちらかと言えば仏教よりも神道的な感覚により強い共感を抱く。

その所為で、墓にしめ飾りを供えるのには、違和感が強すぎてどうしても同調できなかった。母から渡されたお墓用のしめ飾りは、いまだに私の車の中にある。


注連縄(しめ縄)の起源は、雷雲と稲妻と雨というのが一番納得できるので、私はそう信じているのだが、一般的に俗世界と神聖な域との境界を表わす物だと言われている。

天照大神が天の岩戸から出てきたとき、扉を縄で括って、中に戻れないようにしたという神話に基く説もあるようだが、私は米の豊作と雷の連関に由来する説を信じている。



来年、寺の住職と会う機会があるので、この辺りを問いただしたいと思う。

キリシタンでもないのに、クリスマスの馬鹿騒ぎの後、神社へ初詣でに行ったり、お寺に初詣に行っておみくじをひいたり、お年玉を渡したり、もらったり・・・

キリスト教、仏教、神道、儒教(おとし玉)などが、もうグチャグチャである。日本は昔からこんなものよ、と割り切ってしまえばそれでいいのかもしれないが、どうも私は喉に小骨が引っ掛かったように気になるのである。

そういえば、今日の葬儀でも、火葬場から戻ってセレモニー会場に入る際に、係りの人が玄関に待っていて、塩で手を洗えという。「お清め」なのだそうだ。

穢れを塩で清める、というのは神道の概念ではないか。相撲取りが塩を撒くのも同じである。寺の坊主が取り仕切る葬式にも、神道のしきたりが入り込んでいるのは奇妙ではないか。

葬儀社の女性はあれやこれや、薀蓄(うんちく)を披露して、参列者の耳目を集めていたが、この辺りの節操の無い葬儀の流れを、どう説明するのか。少し突っ込んで見たい気もしたが、面倒なのでやめておいた。



葬儀で使用した菊の花が大量に余ったので、帰宅してからもう一度お墓にその鼻を供えに行ってきた。神仏ゴチャ混ぜのお墓は、今朝より増えていた。
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踏切は子連れで人だかり

2017年12月17日 | 社会観察
近くの踏切が小さな子供連れ家族で人だかりだった。

何事だろうと見ていると、SLの汽笛が聞こえてきた。

 トーマス・サンタ

大井川沿線を走る大井川鉄道のきかんしゃトーマスは、今年も人気絶頂であったようだ。そのトーマスが赤い帽子をかぶってサンタクロースに変身して、昨日からまた特別運行しているという。


ネットの記事から・・


【静岡県島田市の大井川鉄道では、16日から、「きかんしゃトーマス」のクリスマス特別運行が始まりました。
 今回はトーマス号とジェームス号に、それぞれサンタの帽子やクリスマスの飾りがあしらわれていて、新金谷駅のホームでは特別な列車を写真に収めようとファンが必死にシャッターを切っていました。

 この特別運行は、今月7日間実施される予定です。】

 クリスマス運行


我家の長男も、恐らく機関士として、乗っていたのだろうが、客車の乗客たちのニコニコした表情を見るたびに、息子はいい仕事をしているなあ、と感心する父であった。
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高橋尚子の意義ある話

2017年12月16日 | 英語関連
今朝、つけっぱなしのテレビの声を背中に聴きながら、パソコンのメールをチェックしていたら、阿川佐和子の声とマラソンの高橋尚子さんの声がしてきた。

その番組はこれまで観た事はなかったのだが、どうも高橋選手がオリンピックで金メダルを取った時のエピソードを話しているようで、気になってテレビの前に移動した。

 高橋尚子の走るポイント



女子マラソンというと、このブログでも何度かネタにした事がある、増田明美のウザイ解説を私はすぐに連想してしまう。

goo ブログにはリアルタイム検索というツールがあって、今現在自分がアップしたどのブログが読まれているか、何人くらいがアクセスしたか見る事が出来る。

特に土日の休みにこの検索を見たとき、去年の夏にアップした、増田明美のウザイマラソン解説のブログへのアクセスが異常に多い事がよくある。多いときは、短時間で60~70人のアクセスがあったりする。

もしやと思ってテレビをつけると、決ってどこかで女子マラソンとか女子駅伝などを中継していて、解説者が増田明美なのだ。

このブログにも書いたのだが、増田明美には悲しいかな、現役のとき大した成果をあげていない。それどころか、私の記憶では、彼女はどちらかというと、勝負を諦めてしまう性格でいつも期待を裏切っていた。

そのせいか、彼女の解説は勝負の機微とか、走者の表情や目線などから予想できるレース展開などはそっちのけで、選手の家族のこととか、最近凝っている趣味とか、選手の好物とか、およそレースとは無関係のどうでもいいことをベラベラしゃべるだけなのだ。


  阿川佐和子さん

阿川佐和子のインタビューは面白く、高橋尚子さんは、金メダルを取ったレース展開を上手に解説していた。特にあの印象に残るサングラスを投げてから、一気にスパートして並走していたルーマニアのシモンを引き離す場面は非常に興味深かった。

当時の監督はこいで監督で、彼らは勝負どころとなる30kmあたりに宿を決め、毎日のようにその道をジョギングして、レースのイメージ作りをしたそうだ。当日は、恋で監督は、10kmと30km地点で、高橋選手を応援する予定だった。

しかし、当日はこいで監督は10km地点ですでに高橋の勝利を確信して、その後ビールを飲んで帰ってしまったそうだ。

高橋はそうとは知らず、30km地点でこいで監督を沿道に捜した。しかし見当たらない。代わりに高橋は自分のお父さんがいるのが分かったので、お気に入りの2万円もしたサングラスをその方向に向かって投げたのだった。

決して投げ捨てたのではなく、お父さんに拾って欲しかったという。

しかも、並走していたシモン選手の走行妨害にならないように、少しスピードを上げて前に出てサングラスを投げたのだった。

しかし、そのサングラスはテレビ中継車に当たって、道路中央に跳ね返ったのだった。高橋はそれを見て、「えぇーっ!」と思ったそうだが、同時にそのときいつもピッタリ追いついて着ていたシモンが追いついてこないことに気がついた。

この間ほんの数秒間。高橋は本能的に「今だっ!!」と感じて、思い切りスパートしたのだった。

シモンは足が上がらず、高橋との差はみるみるおおきくなっていった。

競技場に入ってからは、シモンの驚異的な追い上げがあり、差はぐんぐん縮まっていったが、高橋は見事に1位でテープを切ったのだった。

なかなか臨場感溢れるトークで、私はテレビに見入ってしまった。

東京五輪での女子マラソンは、ぜひとも 高橋にお願いしたい。

出来れば、高橋、有森コンビで中身の濃い解説をお願いしたいものだ。
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タッキナルディ?外国の人??

2017年12月16日 | 芸能関連
やはり溜まりかけたストレスを吹っ飛ばすには、笑う事が一番で、健康の秘訣は「笑い」にあるんじゃないかと確信を持ちつつある。

今の私のお気に入りは、相変わらずサンドウィッチマンである。実に良く練られたネタを元に軽妙なボケとツッコミが、同じネタを何度聴いても飽きさせない。

中でも一番好きなネタが哀川 翔のモノマネを基調としたものだ。

コントは、銭湯で哀川 翔ではなく、哀川 頂がCM撮影を終えたところから始る。

腰にバスタオルを巻いただけの伊達演ずる哀川が出てきてマネージャーに着替えを持ってくるよう指示する。

すると富澤演ずるマネージャーが、片手にビデオカメラを携えて登場する。

事務所の社長の知り合いが結婚式を挙げるので、お祝いメッセージの映像を撮らせて欲しいと依頼する。

渋々了解した哀川は、伊達の三脚の使い方をダメ出しするのだった。

 三脚の使い方が・・

お祝いする新郎新婦の名前を確認するところから、マネージャーの富澤がボケまくり、伊達は次第にイライラしてくるのだが、案外言い成りになるところが、最高に面白い。

伊達「新郎の名前は?」
富澤「何だっけなあ・・。あっ、そうだ。タッキナルディです。」
伊達「タキナルディ?外国の人?」
富澤「ハーフみたいです。新婦は美智子さんという日本の方です。」

伊達「タッキナルディ、美智子さん。結婚おめでとうよ。」

お祝いのビデオ撮影はナントカ終わるのだが、その後のオチがまた最高に可笑しい。

 切れる伊達




私は、アロワナという魚を知らなかったが、このアロワナもコントの中で登場するので、画像だけでも貼り付けておこう。

 アロワナ


騙されたと思って、実際の動画を Youtube で鑑賞して下さい。

『サンドウィッチマンコント 哀川 頂』と検索すれば簡単にヒットします。
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シール効果に期待!

2017年12月16日 | 社会観察
毎日40分ほどかけて、自家用車で通勤している。

勤め先で、社員が遭遇した交通事故のメールが送られてくるたびに、安全運転の意識が蘇ってくる。輸送機器のメーカーだけに、社員の交通事故には特別気をかけているらしいが、社員数も多いが、社員が関わる事故も結構頻発している。

加害者になるのはもちろんだが、被害者になるのも面倒で、事故は御免被りたい。

通勤は、信号のほとんど無いバイパスを利用するので、渋滞が発生しない限りそれほど神経は使わないのだが、一つだけ悩んできたことがあった。

それは、安全な車間距離の維持に関することで、スピードと制動距離を考えて、私は出来る限り多目の車間距離を保つことを意識している。

しかし、そうすると脇からスッと割り込まれてしまう事がよくある。

さらに、スピードを落として車間距離を広げようとすると、後続車が迫ってきて後続車との車間距離がグッと狭まってしまうのだ。

後続車が車間距離を充分とってくれる運転者ならいいのだが、世の中そういう人ばかりではない。特に大型の貨物トラックは悪質なのが多い。

ルームミラー一杯に写るほど、ピタッと付けてくる事がある。私がアクセルを緩めれば、間違いなく追突されてしまうほどで、その恐怖感には身が縮んでしまうほどだ。

いわゆる悪質な「あおり運転」で、私は走っているスピードを維持することしか出来ない。
道路が2車線以上なら追い越してくれることもあるのだが、「あおり運転」を楽しんでいるような場合も多々あって、そんなときは生きた心地がしない。

そんなある日、私は前を走っている軽自動車に気になる「シール」を見た。

ドライブレコーダーという文字とカメラの絵のシールで、一目で後続車の映像を撮影中ですよ、訴えていた。

私は、「これだ!」と思って、早速アマゾンで検索すると、何種類も様々なデザインのシールがあることがわかった。すぐ注文して、届いたシールを私のボロ車に貼り付けた。何となく効果があるような気がしている。

 効果に期待

私は、高齢者ドライバーのステッカーが貼ってある自動車の後ろは避けるように意識しているが、「ドライブレコーダー作動中」のシールを見て、あおり運転をやめるトラック運転手もいるんじゃないか。

そう期待しながら毎日通勤している。

 厄払いシール

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死んじまった十字軍兵士

2017年12月10日 | 芸能関連

今月2日、はしだのりひこさんが病死、という訃報をテレビのニュースで知った。

はしだのりひことシューベルツというフォークグループの、「風」という歌のメロディーは、いまでも口ずさむ事ができる。

あれはいつのことだったのだろうと、ネットで検索してみたら、1968年。私が中学に入学した年だった。ラジオでよく聴いた曲だと思っていたが、当時の私はラジオなどないばかりか、自分の部屋すら無かったはずだ。

納屋の2階の屋根裏の3畳ほどの物置みたいな場所に机を運んで、自分の部屋としたのは確か中学2年の終わり頃だったと思う。

しかし、あの決して上手ではない歌い方の、「風」は不思議とよく覚えている。

彼の訃報を伝えるニュースでは、彼の経歴で「フォーク・クルセダーズ」のことを伝えていた。Crusader (クルセダーズ)とは、十字軍兵士のことで、グループ名は(フォークソングの十字軍兵士)という意味になる。

そして、デビュー曲が「帰ってきたヨッパライ」というコミカルな歌で、変な声で、変な歌詞の歌を、変なデコボコトリオが歌っていたのだった。毎日のように耳にしていたようで、リズミカルなメロディーは、妙に調子が良くて、何度も聴きたくなった。

日本国民はみんなそう感じたようで、レコードも283万枚売れたそうだ。

 50年前のことだった

はしだのりひこさん。享年72歳。病名は、パーキンソン病。

彼の記事はコンビ二で立ち読みした週刊誌にも出ていたが、その中にも当然フォーククルセダーズの紹介が書かれていた。ヨッパライの歌は、北山修の作詞、加藤和彦の作曲だったそうで、北山氏は存命だが、加藤和彦氏はすでに8年前に亡くなっていたのだった。

記事には、ただ「自裁」と書かれていた。

加藤氏がすでに亡くなっていたことは知らなかったが、自裁とは何のことかも分らず気になって、ネットで調べると何と「自殺」のことだった。

  当時の新聞記事

借金や鬱病で相当悩んでいたようで、軽井沢のホテルで首をつった状態で発見されたようで、署名入りの遺書もあったという。

「ヨッパライ・・」の歌以降の彼の活動は、ほとんど知らなかったが、ただ「あの素晴しい愛をもう一度」という歌を歌う加藤氏の声は良く覚えている。

彼らの後にフォークソングブームがやってきて、今ではBS局の番組では、たまに当時活躍したフォークソング歌手たちが、見事に老化した姿で登場しては、その老醜を晒しているが、ああいうのを目にするたびに、歳はとりたくないものだと痛感する。

人間誰しも、いつかはみんな死ぬ存在だが、フォークの十字軍兵士の三名を見ても、そこに行き着く過程には様々な道筋があるものだなあとしみじみ考えさせられた。
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感じるデジャブ。日本人被爆者と朝鮮人慰安婦

2017年12月09日 | 外国ネタ
似たようなことを、このブログでもう何度も書き綴ってきたと思うが、こういうニュースを目にしてしまうと、同じ事をまた書きたくなる。


こういうニュースとは、ノーベル平和賞のことであり、それに関わる被爆地広島・長崎のことである。

 この方被爆者代表?

ノーベル賞で、理化学部門の日本人受賞者が立て続けに出たことは、さほど驚くことでもなく、彼らの背後にはもっともっと多くの候補者がいたであろうことは、容易に想像できることだった。

ただ、受賞者自らが、これからはこんなに受賞者が出ることはなくなっていくのでは・・と危惧していたのには、何となく、言わんとしていることが理解できた。

一方。ノーベル賞の平和賞や文学賞などは、私はまったく関心がなく、あんなもの廃止すべきであるとすら思い続けている。文学など趣味の範疇なのだから、その価値など人それぞれで、大上段から賞を与えるべきものではないと思っている。

その意味では、私は国内の文学賞も、あれは業界の消費刺激策の一つに過ぎない、お祭り騒ぎだと、今でも思っていて、ニュースを見てもまったく関心が湧かない。



平和賞などは、「ケッ!」と思うだけで、まったく政治的なプロパガンダの小道具でしかないと感じてきたが、その関連ニュースをうやうやしく日本の反日テレビ局が丁寧に報じていたので、もう苦笑いするしかなかった。

ノーベル平和賞、核兵器、平和から真っ先に連想するのは、アメリカ大統領がプラハで演説したことに対して与えられた賞であろう。オバマは唯一核兵器を使用して大量殺戮を実行した国の大統領として、核兵器を廃絶して平和な世界を追及したいと演説した。

その後、核兵器の配備数を減らす目標を発表したようだが、どうもそれに反して実情は増えているようである。オバマがチャッカリノーベル平和賞を受賞したのは、2009年。8年も前のことであった。

その平和探求者のオバマが広島に来て、例の茶番劇を演じたのは去年のことだった。

 何しに来たの?


 みんな、感動しろよ!

去年オバマが広島にノコノコやってきたとき、私はこのブログでネタにした記憶がある。

確か、「あの碑文の意味を岸田外務大臣は、オバマに説明したのか?」と書いたと思う。下らない、意味不明の内容を英語でオバマに教えてやる絶好のチャンスであったのに、それをやったという報道は一切なかった。

石碑に刻まれた文とは、『安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから』という馬鹿馬鹿しい一文である。

 なんと意味不明で的外れか!

謝罪せよ、補償せよ、などと叫べば朝鮮人と同類になってしまうし、そんなことを言ってもオバマが相手にするわけがないだろうが、せめて目の前にある石碑にはこう刻まれているんですよ、とオバマに英語で説明するくらい、するべきではなかったか。

そうしただけで、どれほど日本の常識が非常識なのか、世界中に知れ渡っただろう。


さて、今年ノーベル平和賞を受賞したのは、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)だそうで、ノーベル委員会はこれにあわせて、日本の被爆者や広島・長崎の市長らに、授賞式への招待状をメールで送ってきたそうだ。

 お花畑・平和ボケ市長


オスロへ出発する前に、【松井市長は、「核兵器のない世界が平和な世界であるということが認められた。核抑止力を前提に物事が考えられている国際情勢に一石を投じる絶好の機会になる」と述べました。】と報道されていた。

北朝鮮からミサイルが飛んできているこのピリピリした状況で、こういうお花畑的な市長の発言を聞くのは噴飯物だが、彼らの脳味噌はこういう思想で藍染みたいに染まってしまっているのだろう。

さらに、ICANという国際NGOには、あの悪名高きピースボートが運営委員として一枚噛んでいると知れば、「アレ?どこかで見たような光景だぞ?」と思わずにはいられない。

ピースボートとは、あの数々の震災の影でやった悪事の黒幕らしい「疑惑のデパート」、辻元清美らが始めた反日プロパガンダ機関で、現在の代表・川崎哲が、今回のノーベル平和賞ではしゃいでいるようだ。

この、私がピッと感じた既視感とは、反日・朝日新聞の犯罪的な嘘報道のお陰で、世界中に拡散している朝鮮人慰安婦の騒動とあまりにも似た構造を連想したことだった。

どう考えても年齢がずれているのだが、自分は戦争中従軍慰安婦だったと言い張る老女を連れまわして、世界中に嘘八百の日本軍の悪口を触れ回り、慰安婦像を建てたりしているあの活動家たち(支那・朝鮮人連合)。

この前は夕食会で、トランプ大統領にあの老女をけしかけて、突然抱きつかせていた。


片や、被爆者をオンボロ船で連れまわし、「日本が悪いことをやったから、原爆を落とされた」と世界中に触れ回っている、親北朝鮮・反日左翼機関の活動家たち。

そして、この状況を嬉々として報道支援し、世論誘導に専念する反日テレビ局。

日本人は、「国連」、「ユネスコ」、「ミシュラン」、「ノーベル賞」、「アカデミー賞」、「IOC」、などの肩書きに滅法弱く、こういう言葉を耳にするだけで、反射的にひれ伏してしまう性質(たち)であることは、何度も繰り返すが、何度でも言う。


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朝鮮人今昔物語

2017年12月05日 | 外国ネタ
北朝鮮からの不信な漁船だか、工作船だか得体の分らない木造船が日本海沿岸に漂着しているのは、本来ならもう少し大騒ぎになるべき事件なのだろう。

しかし、この手の事件は日本のマスコミはなるべく報道すまいと、足並みを揃えて無視しようとするのが常だ。

ところが、北海道の無人島・松前小島に上陸した朝鮮人船員がいたとなっては、マスコミも無視するわけにはいかなかったようだ。

 工作船?漁船?

しかも、一人や二人ではなく、数日間島に居座ったようだから驚いた。

さらに、島にある漁業者用の小屋の玄関は壊され、島内で使うバイク、小屋にあったテレビや冷蔵庫などの電化製品、ドアノブまでも無くなっていて、残っていたのはドアの蝶番だけだったという。

灯台用の太陽光発電パネルもはずされていたが、重かったのかはずされたまま放置されていたそうだ。

 伝染病が怖い!

日本の巡視船が近づくと、船上の北朝鮮人はバイクなど盗んだ物を海に投げ込んだそうだ。

昨日、このニュースを見たとき、反射的に私は「朝鮮通信使」のことを連想して、噴出してしまった。

まさしく、朝鮮人そのものの行動で、何百年経っても、朝鮮人はやはり朝鮮人である。

室町以降、支那や朝鮮の先進的な文化をもたらした文化交流使節団だとか、よく偉そうなことを今の朝鮮人や日本の朝鮮人シンパが吹聴しているが、あれは真っ赤な嘘で、アレは、単なる朝貢目的の窃盗集団でしかなかったというのが事実らしい。

 朝鮮人窃盗団

木を曲げるという技術すら朝鮮半島には無くて、彼らは川に大きな水車が廻っているのを目にするたびに、作り方を教えろとうるさかったそうだ。しかも、毎回来るたびに聞いてきたそうで、学ぶことすら出来なかったのは、それなりの理由があった。

当時の朝鮮の支配階級、両班(やんばん)は、奴隷たちから略奪するのみで、ものづくり職人などは軽蔑する対象でしかなかったのだ。

木製車輪が作れないので、物を運ぶ大八車もなく、木を輪切りにして車輪代わりに使っていた。

せっかく、何度も日本に貢物を献上に来て、そのたびに水車の作り方をしつこく聞いて帰ったのに、朝鮮ではその後もずっと水車など現れなかったそうだ。

今、日本のあちこちの自治体では、在日朝鮮人たちの工作活動で、この朝鮮人朝貢集団のことを、あたかも有益な文化交流使節団であったかのようにふれ回って、記念行事化する動きがあるが、歴史捏造の片棒を担ぐのはいかがなものだろか。

九州から江戸までの長旅の途中、彼らは宿に泊まるたびに、食器から調度品、布団に至るまで、ありとあらゆる物を盗むのが常だった。

そして、朝になると、それが当時の彼らの習慣だったのか、宿の前の街道にズラーっと並んで、一斉に用を足したそうで、周りの町人たちは大迷惑だったという。

田舎では、庭先で鶏を飼っていた。彼らはそれが好物なのか、盗み取っては首を絞めて、その生肉をかじるのだった。そういう光景を絵にした資料が今でも存在している。

有名な、鶏を盗んで追われる朝鮮人の絵・・

 鶏泥棒

馬上で脇に盗んだ鶏を抱えて、その生肉をかじる朝鮮人・・

 鶏を食う


道中では、日本人とのいざこざが多く、当時から彼らは日本に迷惑をかけ続けていることに、まったく変わりが無い。

木造不審船は、北朝鮮の送り込んだ工作員たちとみるのが、まともな見方だろう。日本海沿岸で暮らす人たちは、海だけでなく家の周辺も監視を怠らない方がいい状況になっている。
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北朝鮮、生物兵器の恐怖

2017年12月03日 | 英語関連
私と同世代の方は、左の二の腕に、二箇所のペケ印の傷跡があるでしょう。1cm四方くらいの傷跡で、それは種痘の跡です。

その後しばらくして、スタンプ式という針でチョンと刺す方式に変ったようで、傷跡らしい跡は残らないようです。以前、病院で看護婦さんが私の種痘の跡を見つけて、不思議そうに見ていた事がありましたが、その後1976年を境に、種痘は廃止されたそうです。

私の世代は教科書にジェンナーが種痘をする挿絵があるのを見た事があると思います。そのとき以来、天然痘という伝染病の名前と、種痘の意味が書いてあったか、先生が教えてくれたのか、それは覚えていませんが、私の記憶には鮮明に残っています。

 英国人・ジェンナーの種痘図

もはや、天然痘ウイルスは地球上から無くなったといいますが、この伝染病は世界史の中で一体何人の命を奪ったのか、誰か試算した人はいるのでしょうか。

よく知られているのは、コロンブスが新大陸を侵略した後、このウイルスも偶然か故意か分りませんが、新大陸に入り込んで来た為に、アメリカのインディアンの命が相当奪われたということです。

インディアンには家畜を飼うという習慣がなかったので、このウイルスに対する抵抗力は皆無だったようです。同様に、スペイン人が中南米に侵略した時も、インカ、アステカ文明は彼らが持ち込んだウイルスで全滅させられたと言っても過言ではないでしょう。

天然痘は、感染力が非常に強く、咳やくしゃみ程でなくとも、普通に会話した際の唾液の飛沫が空気中の塵に付着して、フワフワと漂って感染していくそうです。致死率は20~50%。

感染すると体中に膿庖ができて、これが治っても跡が残り、それが「あばた」と呼ばれます。「あばたもエクボ」の「あばた」です。今はあばたのある人はあまり見ませんが、私の好きなエッセイスト、山本夏彦さんのエッセイを読むと、よくあばたのある人のことが、書かれていました。

1970年代に地球上から、絶滅した天然痘ウイルスですが、今から10数年前、アメリカのCIAが、北朝鮮が天然痘菌を保有していると報告した事がありました。

今では、北朝鮮が肥料工場に化学者や設備を集めて、天然痘、ペスト、コレラなどの病原菌を培養しているらしいことは、国連の専門官の間では、知られたことだそうです。

核兵器による攻撃は、それを運搬する手段として長距離ミサイルが必要となりますが、生物兵器は、他にも運搬手段はいくらでもあります。

手っ取り早く、ウイルスに感染した人間を侵入させればいいわけで、例えば米軍基地周辺や、重要施設周辺で、身を挺して菌をばら撒くことで、重大な被害を与える事が可能なのです。

このところ、立て続けに日本海沿岸に北朝鮮の漁船らしき不審船が漂着し、中には乗組員が行方不明になっていることもあったそうです。

 木造工作船?

報道では、専門家が、この時期は以前からよくあったことで、日本近海での密漁が活発になって、天候が影響したりするとこういう結果になるもの、と説明していました。

しかし、日本の能登半島の漁業関係者は、能登半島近くではすでに100隻ほどの沈没船が確認されている、とも証言していて、実態は不透明です。

 ほぼ沈没状態

日本海沿岸に住んでいる人は、拉致以上に不安な気分にさせられる現状ですが、タイミング良く、この状態を先月末の参議院予算委員会で問題提起したのが、自民党の青山繁晴氏だった。常に国益と日本国民のことを重視する議員である。

 青山繁晴氏

青山氏は、安全保障が専門だけあって、北朝鮮不審船の天然痘テロの可能性を指摘、その危険性を政府に進言していたが、不思議とNHKをはじめとする日本のマスコミは、彼の予算委員会での質疑は一切報道しない。今回だけでなく無視し続けている。

Youtube などのネット上では、簡単に見る事ができるのだが、情報弱者と呼ばれる多くの国民は、NHKをはじめとするテレビで報道しないことは、この世で起きていないことだと理解する。

野党がモリだのカケだのと、どうでもいいことを騒ぎ立てるのは、この状況を一体誰が一番喜ぶか、得をするかと考えれば自ずから、「ハハァ~ン・・」となるではないか。
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『品格』を考える。

2017年12月02日 | 社会観察
横綱は品格を求められる位なのだそうだが、それは至極当然のことであろう。

なぜなら、横綱だけが体に注連縄を巻く事が出来るからだ。神社の境内やご神木、正月には各家庭の玄関に飾るアレである。

 横綱大鵬土俵入り

先月の初めには、近所のスーパーの入口に売り出されていたので驚いたが、私の家では、明治生まれの祖父が存命中は、家中に飾る注連縄を、一人で作っていたものだ。

注連縄と一緒になる、裏白というシダ植物の葉を採りにいくのは子供の私が任されていた。

我々日本人は、小さな子供の頃から、注連縄を見れば、すぐに厳(おごそ)かな雰囲気を感じ取り、いたずらの対象などには決してすることはなかった。

今はほとんど目にしなくなったが、ちょっと前までは、自家用車にも正月になるとそれ様の注連飾りをつけて走る人が多かった。

きっと横綱になった相撲取りも本物の出来立ての綱を締めた途端、その見えざる威厳に圧倒されて、大変なことになったと気を引き締めたに違いない。ちょうど、私たちが誰に教わるまでもなく、その厳かな雰囲気を感じ取るようになれたように。

ただ、それは『育った文化と環境』が大きく影響する。日本以外の外国で成長した人にこれを求めても、それは難しいのではないか。日本の両親をもつ人でも、海外で生まれてその土地の文化と環境下で成長すれば、同じことだ。

それほど、文化と環境、あるいは風土というものは、人間の精神構造に大きく影響する。

今「モンゴル人力士たちの集団リンチ」が騒ぎとなっているが、渦中の横綱が優勝を決めた表彰式の際のインタビューで、「その前にこの場を借りて、場所中に水を差すようになって、全国のファンに力士代表としておわびしたい」と切り出たそうだ。

続けて、「いまこの土俵の横で誓います。場所後に真実をすべて話し、ウミを出し切って日馬富士関、貴ノ岩関の2人を再びこの土俵に上げたい」こう言ってから、自ら音頭をとって場内に万歳三唱を促したという。

 呆れた行為・・

私は、今回のリンチ事件で初めて知ったのだが、今年の初場所で、被害者の貴ノ岩は14日目に横綱白鵬と対戦し、寄りきりで勝っていたのだ。そしてこの結果で、稀勢の里の初優勝が決まり、彼は横綱に推挙された。

見た印象では、負けた白鵬は明らかに意表を突かれたような、ほぼ一方的な負け方だったそうではないか。『お約束どおり』だと思っていたら、相手がガチンコで向かってきた、という見方もあるが真相は分からない。

いずれにせよ、同郷人の集まりを仕切る立場であった張本人が、「ウミを出し切って日馬富士関、貴ノ岩関の2人を再びこの土俵に上げたい・・」などとまるで他人事のような言い方をしたり、暢気に万歳を催促したり、というのは、日本人には理解できない。

それでは、日本人で横綱になった人は、全員相応の品格を備えている人物なのだろうか?これも甚だ疑問で、先日の相撲協会の理事会に並んだ、理事長や殴った横綱の師匠や、同席した大乃国など、貴乃花を含めて、皆元横綱であった。

品格とは一体何よ?と外国人に問われたら、彼を納得させるだけの上手い説明が出来るわけではないが、私なりに思っているのは、オバマ大統領が陛下に謁見した時見せた90度に腰を折ってのお辞。

そして、支那の習近平が衝立の向こうで、カメラに写ってないと思って出たんだろうが、しっかりと陛下に向かって礼をしていたのを見たとき感じた、「陛下の品格が成せる業」なのだろうということだ。

日本人は、先だっての選挙のときなど、野党の政治家たちの品格の微塵も感じさせない付和雷同ぶりを、節操のなさ過ぎる言動を見てきて、品格どころかその下品ぶりに辟易させられている。

日本人横綱のように品格を持て、などと軽々しく言えた義理ではないだろう。

なぜなら、ああいう国会議員を選んだのは他ならぬ地元の有権者たちなのだから。

誰が始めたのかは知らないが、弟子が集まらないからと、外国人に門戸を開放した時点でこういう問題が起こるであろうことは、東京五輪後の柔道を見れば分ること。

そして、相撲やスポーツの世界だけではない。労働者が足りないからと、安易に移民や留学生、出稼ぎ外国人労働者を頼りにしていけば、今では想像できないようなややこしい問題は次々に起こってくることになるのは、容易に想像できる。

我々に、その覚悟は出来ているのだろうか。
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平戸市長に続け!

2017年12月02日 | 政治ネタ
今日の産経新聞の朝刊一面の左下に掲載されている「産経抄」を読み始めてすぐ、「ほぉl~~っ」という声が自然に出てしまった。

抜粋する。

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【産経抄】
  長崎県平戸市の黒田成彦市長が11月28日付の自身のツイッターで、「市長室では朝日新聞の購読をやめた」と表明したことが話題を呼んでいる。

理由は「誤報を垂れ流す広報媒体を排除する」というのだから、手厳しい。森友・加計学園問題に対する朝日の報道姿勢が念頭にあったようだ。

購読中止宣言後、黒田氏のツイッターにはたくさんの賛同メッセージが届き、わずか2日間でフォロワーが一気に千人近く増えた。市長室によると、市のホームページ上の「市長へのご意見箱」に寄せられたメールにも、否定的な意見はなかった。(以下、略)

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平戸市長 黒田氏 (FACE BOOKより)




朝日新聞は、その系列にテレビや週刊誌、雑誌などもあり、従軍慰安婦に関しては、出鱈目な本に基いた、ありもしない大嘘を1982年から32年間にわたって報道し続けてきたのだ。

その間、この嘘を嘘と知りつつ南朝鮮や支那人たちは上手に利用して、世界中に拡散し流布することに専念し、何とかして日本を貶めようとし、これは今でも現在進行形で行われているのだ。

おぞましい慰安婦像設置を承認したアメリカのサンフランシスコと姉妹都市であった大阪市はその縁を断ち切ったのはついこの間であった。

現地で暮らす日本人や日系人たちは、身を縮めて生活することになるわけだが、これは朝日新聞が発端であった。

「誤報を垂れ流す広報媒体」は、同系列のテレビ朝日や週刊朝日なども含まれるべきで、しかも同じ範疇に入れるべきは、TBSや毎日系列のサンデーモーニングなどもある。

こういう現実を分かっている人はたくさんいるだろうが、分っていない情報弱者の数はそれよりもずっと多いだろう。

平戸市長の英断が、もっともっと、日本中に拡散されればいいと思う。

がんばれ!平戸市長!!

他の自治体も、黒田市長を見習って、後に続け!

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