孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

言葉は文化の礎。

2018年11月16日 | 社会観察
職場の同じグループに一人の女子事務員がいて、彼女がリーダーとなって月に2度、英語の勉強会が企画される。勉強会といっても、英英辞典から、適当に単語を選んで、そこに書かれている意味を読み上げる。

それを聞いて、その単語が何か当てるゲームである。例えば、「構造を表す言葉で、この構造は蜂が作る、六角形をしたもの。」答えは、ハニカム(Honeycomb)。こんな具合である。

初めて私が参加した時、その彼女の英語の発音を聞いて、私はすぐに彼女は帰国子女じゃないか、と直感した。

かなり後になって、知ったのだが、やはり彼女は父親の仕事の関係で、米国で生まれ育ったのだが、中高生時代は日本で過ごし、大学は再び米国に渡って、短大を卒業したそうだ。

彼女曰く、母親が、ずっと米国で暮らすと、日本人らしさが無くなると考え、敢えて帰国させたという。

それは私もまったく同感で、私が滞米中に知り合った日系人は、1,2世くらいまでは日本語を話すが、3世以降になると、家庭の教育方針にもよるが、大半が日本語がカタコトになり、見た目は日本人でも、所作や考え方はまるでアメリカ人である人が多かったようだ。

両親が純粋な日本人でも、暮らしが外国で、家を離れれば回りは外国人だらけ、という環境で育てば、否が応でも徐々に日本人らしさは薄まっていくものなのだろう。そして、その大きな要因となるのが、「言葉」であると思うのだ。

母親が日本人のプロテニス選手が、「日本人初のグランドスラム・シングルス優勝者」になったと、マスコミは手放しで伝えていたが、ろくに日本語を話せない彼女を、「日本人」、「日本人」と大喜びしていたのに、どうも違和感を覚えたのは私だけか。

  国籍は日本でしょう

じゃあ、流暢に日本語を話せば、その人はそれだけで日本人らしい人間性を身に付ける事が出来るのか、と言われれば、きっとそうでもないのだろうが、そのあたりを考え始めると何がなんだか分からなくなってしまう。

2020年から、いよいよ小学校で英語が成績のつく「科目になる。その子供たちは一体どのような日本人に育っていくのだろうか。

大変興味深い実験である。
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近頃の土人衆ファッション

2018年11月10日 | 社会観察
一昨日は、近所の老婆が他界して、その葬儀手伝いのために、一日勤め先を休んだ。

その前日夕は、通夜のため、近所は(いわゆる土人衆)同じように、お手伝いに借り出される風習がある。しかし、通夜の方はカミさんに頼んで、カミさんはそのため勤め先を早退したのだった。

享年97歳という老婆の所為か、弔問客は親族と孫の勤め先から、パラパラとあって、総勢おそらく数十名、プラス隣近所の十数名だったようで、カミさんもその少なさに拍子抜けしたと笑っていた。

 通夜の夜の玄関

私は子供心に覚えているが、私の祖父が他界した時の通夜は近所の人たちが、深夜まで語り明かしていて、確かみんな帰宅した時は日付が変わっていた。

もちろん、タダ酒を楽しんでいたからで、呑ん兵衛にとっては、こういう時ほど嬉しいことは他に無いそうだ。

ちょっと前までは、同じ組の14軒はほとんど全部が農業に従事していた田舎であったが、今では専業農家は無くなってしまった。時代は変わって、地方の田舎は、ほとんどコミュニティの絆は崩壊していると言ってもよいだろう。

私の家など、私が高校生の頃までは、夜以外に、家の玄関に鍵を掛けるなどということはなかった。

その頃は、葬式の際は、近所のお手伝いである、土人衆は一家で二人出て、通夜・葬式をてつだったものだ。次第に、農協や冠婚葬祭の互助会なる民間業者が葬式を仕切るようになり、今では自宅で葬式を執り行うことなど、まず見かけなくなった。


今回も、同様に民間の葬儀社に依頼したためか、土人衆のやることは、通夜訪問客の香典を預かり、金額に応じた香典返しを渡す、帳場担当が3~4名。残りの十数名は弔問客を臨時駐車場まで誘導することだったそうだ。

ただ、その数たるや、ほんの数台だったというから、ピカピカ光る懐中電灯を持って道路に突っ立っていただけだったようだ。しかも、4~5mおきに立っていたようだ。

さらに、可笑しい事に、いつの間にか私の班では、いわゆる長老の一言で、土人衆は全員正式な喪服を着てくることと決まったそうで、男女とも立派な喪服に身を包んだ土人衆が喪主の家に参集する。「今、どこも土人衆は喪服だ。」と長老は強調したそうだ。

葬儀の日の日程は、出棺午前9時半、葬儀午後1時開始だとカミさんが教えてくれた。土人衆の半分は、火葬場に出向き、火葬中の遺族・親族にお茶や飲み物を取り持つことを担当する。

私も、以前数回その担当を仰せ付かった事があったが、ほとんどが葬儀社から派遣された2名の女性が段取りをしてくれたので、特にすることといったら、すべて終わった時のテーブル・座布団の後片付けくらいだった。

 弔問客の駐車場が問題


出棺は午前9時半なのだが、土人衆は朝8時集合だといわれて、私は1時間半何をして過ごすのだろうと疑問に感じたが、8時5分前くらいに喪主の家の庭に出向いた。

土人衆の皆さんは、全員正式な喪服を着ていたので、黒いポロシャツに黒いブルゾンを着て出向いた私を見て、みなさん少々驚いた様子であった。

土人衆とは、お手伝いをする近所の人たちの別称である。お手伝いをするのなら、それなりに適した格好があると思うし、正式な喪服がそれに当たるとは私は思わない。

これが私の自論で、特に通夜に出向く際に、近所が喪服でゾロゾロというのは、死ぬのを待っていたようで、見ていて妙な光景だ。『驚いて、馳せ参じました』という意味で、地味ならば、普段着で充分ではないか。

その朝も、葬儀社の方が、庭先で立ち話していた土人衆を、親族か弔問客と勘違いして声をかけていた。「そら、見ろ」と私は笑を噛み殺した。

葬儀社の方が、見るに見かねて、「ご近所のお手伝いの皆さん、立っていてお疲れでしょうから、こちらのパイプ椅子に腰掛けてください。」と椅子を何台か組み立ててくれた。しかし、それに座ったのは、私だけだった。

9時半丁度に、親族に運ばれて棺桶が庭に運ばれてきた。悲しい音色のクラクションがなったと同時に霊柩車は静かにタイヤを転がして道路に出て、火葬場に向かった。

さて、残された土人衆は、告別式の行われる近くのホールで帳場に立たなければならない。葬式は午後1時からなので、多分1時間前にホールに出向けばいいだろうと思い、私は、それまで家に戻って勤め先の宿題をしようと家に向かった。

すると、同じ土人衆の若手のひとりが、「あのー、他の人たちはもうホールに向かうというので、僕が車を用意したのですが、一緒にどうですか?」と、声をかけてきた。

私は、そんなに早くホールに行って、何かすることはあるのかい?」と聞いた。
彼は、「火葬場から親族が戻ってくるのは多分11時半頃でしょうから、それまではないですよ。でも長老が言うもんだからねえ・・・」と言う。

私は、「自分は、自家用車で12時までに行くから、先に行っててください。」と言って家に向かった。

葬式が定刻に始ると、「列席者があまりにも少ないから、ご近所の皆様もどうか列席してください。」と帳場に突っ立っていた我々に葬儀社の責任者が話しかけてきた。

「でも、帳場の方が・・・」と土人衆のひとりが言うと、彼は、「いや、もうこれ以上こないですよ。帳場は私が見ますから大丈夫です。」と言う。

結局、帳場担当の6名の土人衆は告別に列席して、坊主の念仏に耳を傾けたのであった。

精進落としの料理の席に着くよう、土人衆の我々にもお声がかかった。テーブルにはビールなどの飲み物と、茶碗蒸し、折り詰め料理などが並べられていた。

土人衆の長老の一番のお楽しみは、ここで飲めるビールのようであった。


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軽くてかさばる家庭ごみ

2018年11月04日 | 社会観察
「多すぎるコンビニ、速すぎるアマゾン」というタイトルで、以前ブログにアップした事があったが、それ以来わが街のコンビニ数は減るどころか増えたようだ。そして、アマゾンは相変わらず恐ろしいほど速く届く。

よく見ると、最近のコンビニには以前と比べて大きく変ったところがある。

ゴミ箱が店内に設置されるようになったことだ。すべての店ではないが、ほとんどのコンビニはゴミ箱を外から店内に移動している。

   Before


   After


多分、こうすることで、来店者の持ち込む家庭ゴミを減らし、店員のゴミ処理に費やす作業工数を大幅に減らせるという思惑があるのだろう。

私は、自宅の前にゴミの集荷場があるので、家庭ごみをコンビニに持ち込むことはなかったが、自家用車内で出たゴミやペットボトルは、よくコンビニに立ち寄った際に、外のゴミ箱を利用していた。

黎明期のコンビニは、店内のトイレを使ってください、ゴミ箱を利用してください、雑誌の立ち読みもOKです、とアピールして、「その代わり、何か買っていってくださいね」という営業姿勢だった気がする。

しかし、コンビニが社会に定着してきて、さらに昨今の人手不足が重なると、ゴミ処理などにかける手間など、煩わしいものでしかない。ただ、ゴミでしかないプラスチック包装無くして、コンビニ流通は成り立たないため、痛し痒しの状況なのだろう。

便利だが、何という無駄な代物かと、いつも感ずるのがコンビニ弁当やお惣菜に使われる、固めのプラスチック包装である。

  コンビニ弁当


バラエティに富んだコンビニ弁当は、便利だが決して安いものだとは感じない。そして、あの固めの包装には一体どのくらいのコストを占めているのか、興味深い。

便利に違いないのだから、もう後戻りは不可能だろうが、それにしても毎週2回の燃えるゴミ回収に出す家庭ごみは、重さこそ大したことは無いのだが、その量たるや、年々膨大に増え続けている。

  家庭ごみ(約3日分)

私が子供の頃は、主婦が買い物籠を片手に、ほぼ毎日商店街に必要なものを買いに出かけていた。小さな買い物籠に収まる分だけ買ってきて、そこから出るゴミなどは、せいぜい包装に使われた新聞紙くらいなものだった気がする。

レジ袋が環境に悪影響を与えるので、有料化して追放しようという動きが起きているが、真面目にその気があるのなら、袋1枚30円くらいに法律で設定してみたらどうかと思うのだ。そのくらいやらないと、政府の意気込みに疑問を抱いてしまう。

まず、コンビニが先頭に立って、自らお手本を見せて欲しいものだ。
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「自動運転」は「運転支援」に・・・

2018年11月03日 | 社会観察
「自動車」という言葉は、読んで字の如し、「自分で動く車」のことである。英語の、Automobile という単語が、auto (自分で)mobile (動くもの)という語源なので、ここから、自分で動く車、つまり「自動車」に行き着いたようである。

この自動車を造り続けてきた自動車メーカーが、7~8年前から『自動ブレーキ』という名前で、新しい機能を売り出し、この売上げがよかった。

  手放しの喜び


各地の営業マンたちは、「ブレーキは踏まなくても、自動車が自分で判断して止まりますから、衝突しません。」という言葉をセールスポイントに売り込んだそうだ。

ところが、この性能は完璧ではなく、天候や歩行者の身長などで、センサーが働かないで衝突してしまう事故が起きていたようだ。

宣伝広告費を何百億円と費やす自動車メーカーは、不祥事の報道をもみ消すことなど容易いことで、自社に不利益となる事故は報道させない。

先日、トヨタの社長とソフトバンクが、作り笑いを浮かべて壇上で握手し、業務提携を発表していた。

「自動車業界は、100年に一度の大変革を迎える。交通事故原因の9割以上がヒューマンエラー、つまり運転者の所為で起きている。それを人工知能(AI)に任せれば、自動車事故をゼロにする、というメーカーの大目標が達成可能になる。」

運転はAIに任せる時代はすぐにやってくるのだ、という豊田社長のうろたえぶり、というか焦りっぷりは、見ていて面白かったが、そのために必要なデータ収集がソフトバンクとの提携に繋がったのだ、と力説していた。

運転手のいらない、自動運転多目的車を自慢げに紹介する豊田社長であったが、ここに来て、ちょっとその言葉にブレーキがかかったようだ。

  見よ、トヨタの自動運転車を


ドイツをはじめとする海外の自動車業界でも、自動運転がキーワードで宣伝合戦を繰り広げているようだが、日本の場合は、少し自重した方が良いのではと、見直しする動きが活発になっている。

自動車メーカー各社や国交省、専門家などが近々、公表するそうだが、どうも『自動運転機能』という言葉は、『運転支援機能』あたりに落ち着くみたいだ。

豊田社長あまり自動、自動と大騒ぎしないでちょうだい、というところだろうか。



大問題となったエアバッグ。あれが機能すれば、追突してもドライバーを守ってくれるというイメージがあるが、あれは実は単なるシートベルトの補助装置である、という定義づけがされているのをご存知だろうか。

  SRS ??

  SRS AIRBAG の意味は?

SRSとは、Supplemental (補助的な)、 Restraint (拘束)、System (装置)という意味で、拘束装置、つまりシートベルトを補助するためのもので、エアバッグ単独では効果は期待できません、という意味なのです。

アメリカでは、自動運転の電気自動車実現に向けて、激しい開発競争が進行中だが、その実験中に、悲惨な事故が発生しているようだ。

  AIが悪い?



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何用あって中東へ?

2018年10月28日 | 社会観察
3年4ヶ月の間、武装勢力に拘束されていた、自称ジャーナリストの安田某さんが、解放されて元気に帰国したようだ。

何でも拘束されるのは初めてのことではなかったようで、どうも性懲りのない御方のような印象はぬぐえない。

映像で見た限りでは、随分肌のつやが良くて、きれいに髭を剃っていたら、何年も拘束されていたようには見えなかったのではなかったかと感じた。

それにしても、まず「日本政府はじめ、皆さんには大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでた。お陰で無事日本に帰国できそうです。」とでも言うのだろうと思っていたのだが、この自称ジャーナリストは、そんな気持ちはなかったようです。

  この方、日本人?


それどころか、「日本政府によって解放されたようで、ああいう形の解放のされ方は望んでいなかった・・・」と、不満気であったようだ。

これで思い出すのは、冬山登山で遭難する登山愛好家が、下山しようと思えば出来ないことではないのに、安易に救助要請をして、まるでタクシーを呼ぶようにヘリコプターで下山し、大した礼も言わずに帰って行くことが結構ある、という以前読んだ記事である。

ひどいのになると、「サンキュー! また来年も頼むからなっ!」と捨てセリフを吐いて帰る輩もいたそうだ。

おっとり話す、戦場カメラマン渡部陽一さんの言を借りなくとも、帰国した自称ジャーナリストは、どう転んでも「英雄」とは呼べない代物だと思うが、「当然英雄でしょ」というテレビ局に飼われているコメンテーターもいたそうだ。


 

この次は、見事に首をチョン切られて、男子の本懐を遂げてくださいな。
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たとい、這ってでも・・・

2018年10月27日 | 社会観察
21日の全日本実業団対抗女子駅伝予選会(福岡県)で、倒れて走れなくなり、四つんばいになってたすきを渡した岩谷産業の2区・飯田怜(19)選手の映像はおぞましかった。

私は、この日の解説が増田明美だと知って、テレビ中継は見なかったのでニュース映像で観たのだが、惨い映像でとても正視できなかった。(因みに、こういう場面は、子供には見せるべきではないと思うのだが。)

  襷を片手に四つんばい

以前、ロス五輪の女子マラソンで、駅伝とマラソンの違いはあれ、似たようなケースがあったのを思い出した。当時の実況アナウンサーは、かなり興奮して、「This is Olympic!!
This is Olympic!!(これがオリンピックなんだ!!)」と絶叫していたっけ。

確か、アンデルセンという名前のスイスの代表だった。


  フラフラでゴール




岩谷産業の広瀬監督は、「やめてくれ」と棄権を申し出たが、コース上の審判員は本人の続行意思を聞いてストップを躊躇したようだ。


監督は、この日「これは、美談ではない。審判長が止めるとか、医者が止めるとか(基準が)大会によって、ではなく、誰が止める権限を持つのかはっきりしてもらいたい。 統一のルールを決めないとダメだと思う」と言ったそうだ。

確かに、この場面で続行を指示する様な監督などいないだろうが、『何としても次走者にたすきを渡すのだ』というフレーズは、駅伝実況司会者とか解説者の常套句であり、その結果が飯田選手のような「責任感の強い」選手を造り上げているのが実情だろう。

「たとい、這ってでもたすきを渡すんだ」というのは、気合を表す言い方なんだよ。そこまで説明する丁寧さが、今の監督・コーチには必要なのだろうか?

統一のルールを決めるのなら、【駅伝では、膝や手をついてはならない】という条項を加えれば良いのでは?
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朝三暮四?いや、それ以下でしょ。

2018年10月20日 | 社会観察
最近会社帰りに、ほとんど毎日スーパーに寄って、晩酌のつまみにお惣菜を買っている。店内をブラブラ歩いていると、商品の価格変動が何となく分かって、今が買い時かそうでないかを考えさせられる。

大抵、私が立ち寄る頃は、お惣菜に値引きシールが貼られていて、それを目当てにして来ている主婦の顔ぶれを、嫌でも覚えてしまった。

大型台風が近づいている夜などは、店側も売れ残りを嫌ってか、早めの時間に、大判振る舞いで値引きシールを貼ったためか、惣菜コーナーには売り物がなかった。

最近特に気になるのは、見慣れた商品が、何となく小ぶりになっているような感覚を覚えることだ。カミさんによると、中身の量を減らして値段を据え置いているからだそうだ。



「猿だよ、猿」と言うので、何のことかと聞くと、「朝三暮四」という故事にある猿のことを言ってたようだ。

勝っている猿に、木の実を朝三つ、暮れに四つやると言うと、猿たちが怒ったので、じゃあ、朝四つ、暮れに三つやると言ったら、猿が喜んだ、という話だ。

ネットで調べてみると、原料の値上がりからこういうごまかしは、長いことやられてきた経緯があるようだ。

それをまとめたサイトもあった。

  6Pチーズ


しかし、猿の場合は木の実の合計数が変らなかったではないか。

「ステルス値上げ」は消費者にメリットなど、欠けらもない。

  ウインナー

メーカーも素直に値上げすればいいのに、一体そうすることで売れなくなると思っているのだろうか?過去にそういう経験をした結果の対応なのかもしれないし、他に定価を変更することで、管理上のデメリットがメーカー側にあるのかもしれない。

とかくこの世はイカサマだらけ・・と言ったのは、私の好きな山本夏彦翁だったが、相次ぐ製造メーカーの不正に加えて、こんなイカサマもあるんだと、私は嘆息するのだった。


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免震、制震、揺らぐ信頼

2018年10月20日 | 社会観察
KYB(旧カヤバ工業)のデータ改ざんは、大問題にも拘らず、国民はさほど同様しているようには見えない。多分、東京のスカイツリーは、今日も入場者で溢れることだろう。

 倒壊することはなかろう・・か。

地震、地震といっても、所詮地震予知など今の科学技術をもってしても不可能なことは、専門家が認めているではないか。寺田寅彦じゃないが、天災は忘れた頃に来るものだ。

特に今回のKYBの報道を気にして見ているわけではないが、どこかのニュースで、お役所だかどこかの人が、KYBの免震装置を使っていても、震度6~7程度の地震なら、何ら問題にはならない・・・というようなことを言っていた。

他にも、どこかの大学の教授らしき人が、「問題にするほどのことではない・・」とコメントしている映像を流していたが、違和感を感じたのは私だけか?

最近、熊本や北海道などで頻発している感のある地震だが、どれも震度6~7のレベルではなかったのか?

 人気製品だったようだ

KYB製品の対象となる製品は、全国で約1000件になるというから、事の重大さが分かる。会見に登場したKYB専務などは、とてもすぐに対応できる状態ではないと、ひたすら謝罪しているばかりだった。

 見飽きた謝罪会見
(記者の質問が聞き取れないのがいつも難点の記者会見)


ネットで調べたところ、今回の不正はどうも内部告発ではないようだ。

つまり、今は今回のような免震・油圧機器を製造するのは、子会社のカヤバシステムマシナリーであって、そこの従業員がデータを改ざんするよう指示を受けて、問題提起をした事が発端だったようだ。彼はそれを外部に告発したわけではないらしい。

問題は、上司からそのまた上司へと上がっていき、すったもんだの末、親会社が自ら公表するという決断に至ったようだ。当該従業員は「元従業員」とあったので、もう退職しているのだろう。

製造業に限らず、会社組織で仕事していると、事の大小はあれ、このような場面に遭遇することはまったく珍しいことではないように思う。

注文が殺到、納期に間に合いそうもない時、出荷検査で不良が発見されたりしたら、、

組み立てラインで納入部品を待ち構えていたら、納入業者から納期遅延の連絡が・・・

生産管理の担当者の体中の血液が逆流する瞬間である。


今や生産現場では、在庫を持つことは許されない。必要なものを、必要なときに、必要なだけ、というジャストインタイムが標準化されている。いわゆるトヨタ生産管理の根幹である。

以前、トヨタは倉庫を持たない代わりに、高速道路の駐車場を倉庫代わりにしている、などと批判された。つまり、遅れることなく、決まった納入時間に届けなければならない運送会社の何台ものトラックが、時間調整のため広い駐車場に待機しているのだ。

 一体役にたつのか?


KYBの元従業員は、上司に問題提起してみても、納得するような説明は得られなかったそうだが、そこは大事故に繋がりかねないことなので、ひるまなかったらしい。上司とのやりとりを録音しておき、それが分かって会社側も、もみ消し不可能と判断した。

これ以上、日本人のモラル低下を防ぐには、どこかの庁舎が地震で倒壊するくらいの犠牲が必要ではないか。

「お天道様はお見通し」だろうが、ここは天ではなく、地下のナマズに無理をお願いして、「お仕置きの一揺れ」を局所的にお願いしたい気分だ。


揺れに揺れているKYBの信頼。

どういう魔法でその揺れを治めるのか、経過を興味深く見守りたい。
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不正は不正を呼ぶ

2018年10月19日 | 社会観察
走っている車から見ていて気がつくのは、ポイ捨てのゴミが多い場所は、そこがポイ捨てしやすいからだ、ということだ。

近くを通る国道バイパスの、ある入り口など、ポイ捨て禁止の看板が立っていながら、その近辺には、空き缶やペットボトルが散らばって捨てられている。

捨てる側の心理は、「ごみが捨ててあるから、一つくらいいいだろ・・・」ということだ。

工場管理でも、ちょっとした汚れや、曲がった置き方を絶対に許さないことは、監督者の基本中の基本である。それを放っておくと、すぐに酷さが拡大していき、あっという間に整理整頓に時間をかけなければ、元通りにならない状態になってしまう。


品質には定評のあった日本の製造業だが、このところそれは当てはまらない、過去の栄光でしか過ぎなくなったようだ。製造業だけではない。日本人の良さが、音を立てて崩れていく感じすらして、空恐ろしくなるほどだ。

三菱自動車に始った燃費不正派、相変わらず続いていた。こうなると、もう、どのメーカーも同じことをしているんだろうと思いたくなる。

  前にも頭を垂れてたな

そして、公平であるべき大学入試で、学校側が勝手に点数操作をしていて、まったく悪いことをやってきたという認識が無かった事を、平然と述べていた、あの記者会見。

  私大だから許される?

KYBの悪事は、もう信じられない。自宅近くの浜岡原発にも使われているようで、他人事ではない。出荷した7割が対象だというから、規格も検査基準もクソ食らえの世界だったようだ。KYBとは、空気読めない馬鹿の略かい?

 迷惑な会社だ

日本精神はもはや崩壊してしまったのだろうか???

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シレっと、したたかに、臆面もなく・・・

2018年10月18日 | 社会観察
2020 東京五輪のボランティア募集がスタートして、現在どの程度応募者があったのだろうか?

自分が、もし現在学生だとしたら、果たして応募するだろうか?あるいは、すでにリタイヤした高齢者で、毎日趣味に生きる身分だとしたら、どうだろう?

報酬が一日1,000円のプリペイドカードだけで、10日間となると、まず、二の足を踏んでしまうであろう事は間違いない。

それでもいいから、あの熱気を肌で感じたいとか、世紀のイベントに参加してみたい、などという意欲がまったく湧いてこないのが単純な理由で、こういうイベントには、人間の邪な欲や、思惑が、ドロドロと混じっているのが端から見て取れるからだ。

それに、都知事や組織委員会のイメージが酷すぎる。私ならずとも、こんな連中の顔を立てるようなことなら、ゴメン被りたいのではないでしょうか。

 大根役者たち


さて、こういう状況では、現代の奴隷商人のような派遣会社は、虎視眈々と儲け話しはないかと、経緯を見守っているのだろうなと思ったら、案の定チャッカリと五輪委員会とパートナーシップの契約を締結していた派遣会社があった。

あの悪名高き「PASONA」であった。

『鬼の平蔵』といえば、鬼平犯科帳の長谷川平蔵のことだが、いつの間にかパソナの会長になっていた竹中平蔵は、「こざかしい」という言葉はこの人のためにあるような、小ざかしくて、抜け目なくて、したたかな政商である。

五輪委員会とのパートナーシップ契約の金額は公表されていないが、公表すればきっと世間の批判を浴びる金額に間違いないだろう。

  日本の事より金儲け


Youtube の動画から得た情報では、ここにきて日本在住の支那人グループが大量にボランティアに応募しようと画策しているそうだ。

「日本人社会で、在日支那人としての意欲や熱意を示したい」というのが、その理由だそうだが、これを額面通り受け取っていいものか、大きな疑問である。彼らの国民性とその言葉には、聴いて白けてしまうほどの乖離があるからだ。

本国の共産党が支持すれば、在留支那人はたちまちテロリストに変身して、破壊工作をするようになる、「国防動員法」は今でもしっかり生きている法律なのである。


長野冬季五輪のことを思い出すがいい。一体、彼らはどういう行動を取った?

あっと言う間に長野に集結した留学生や実習生などの在日支那人たちは、凶暴な暴徒と化し、国旗を武器にして狂ったように暴れまわったではないか。

当時の首相(確か、福田とかいったな)が、「彼らには手を出すな」と公安に指示していたらしく、警察はただ彼らのやりたい放題の暴力を見ているだけだった。

  長野五輪の狂気

予定通り集まらない応募者に悩む募集側が、渡りに舟とばかりに、支那人たちを大量採用した結果、それが新たな問題のタネになって、後々まで面倒なことになることは充分考えられる。

私には、いくら贔屓目に見ても、凡そ支那人とボランティア精神を結びつける事ができないのだ。
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うろたえるトヨタ

2018年10月14日 | 社会観察
小学生の頃、アメリカの戦争ドラマで「コンバット」は、絶大な人気があった。

学校の休み時間や掃除の時間などは、よく箒(ほうき)をマシンガンのように持って、ダ・ダ・ダ・ダ・ダァ-と撃つと、ドイツ兵の撃たれ方を上手にマネる友人が、身をのけぞらして倒れた。

サンダース軍曹になりきった私は、「よし!リトルジョン、援護しろ!」と言ってから、身をかがめて敵に向かう。

なぜか、ドイツ兵たちはわざと撃たれるように向かってくるので、アメリカ兵になった私たちは、彼らを皆殺しにするのだった。

今なら、こんな遊びをしたら、大問題になるだろうが、コンバットという番組では、ドイツ軍は徹底的に悪者であって、子供の私は当時そのことで完璧に洗脳されていたと思う。

仕事でドイツ人との会議通訳を頼まれた時も、正直言って、私の洗脳は解かれてないなあ、と感じて思わず苦笑してしまったことがある。

ドイツといえば、自動車産業が国家を牽引していると言っても過言ではないだろうが、そのドイツのフォルクス・ワーゲン(VW)の排ガス不正が発覚した時は、そのやり方の悪質さに、ドイツの本性を見た気がした。

  あのドイツ兵のイメージが・・

口では、やれ環境がすべった、温暖化が転んだとか声高に叫んだところで、彼らがやることはこんなもんだ、と呆れてしまった。

その悪質なだまし方というのは、VWの車に不正ソフトを搭載して、排ガス検査の時は、排ガス処理装置をフル稼働して、排ガスを基準値内に収め、それが終わって通常の走行になると、排ガス処理装置は稼動せず、基準値を無視した排ガスを垂れ流すのだ。

室内検査の走行パターンは、キチッと決められていて、不正ソフトはそれを判断して、排ガス処理装置を起動していたのだった。

なぜなら、排ガス処理装置が起動すると、ディーゼルエンジンはパワーが落ちて燃費が著しく悪くなるからだった。

VWはこの手口をアメリカやアジアだけで通していたのかと思ったら、とんでもない、自自国を含むEU内で販売した車にも適用していたというから、ワルにも程がある。

2年後の2017年に、ベンツも同様の不正ソフトを使って検査逃れをやっていたとバレて、ドイツ車のブランド価値は一気に傷ついたのだった。

 ベンツよ、お前もか

因みに、このVWの不正発覚に大きく貢献したのは、日本の堀場製作所製の簡易排ガス測定装置だった。なんと、基準値の35倍の測定値が一般走行パターンで測定された値であったという。

こういう恥さらしをしたダイムラー(ベンツ)が、ワイワイ騒いだ「クリーンデイーゼル」はすっきり忘れて、何事も無かったように、これからは「自動運転」だ、「電気自動車」だと主張し始めた。どの口が言うのだ?とツッコミたくなる。

キーワードの頭文字から、CASE(ケース)という造語を広めようとしている。

 よう言うわ、こいつら

C: CONNECTED (コネクティッド) 外部とインターネットで繋がる車
A: AUTOMONOUS (オートモナス)  自主的な=自動運転のこと
S: SHARED (シェアァド)    共有した
E: ELECTRIC (エレクトリック) 電気の=電気自動車

今や自動車業界で働く者で、この造語CASEを知らない人はいないだろう。

トヨタなどは、この造語に因んで、こんなん造りましたでぇ、と社長自らプレゼンしていた。それは、運転手など要らない、電気自動車で、多数のセンサーがインターネットで外部と繋がっている。

  お得意ポーズで

天井の高いワゴンタイプで、車内はテーブルや椅子をを備えた会議スペースだっり、移動図書館に改造したり、移動八百屋魚屋に改造したり、もちろん乗合タクシーにもなる、何でもタイプの車輌であった。

トヨタのホームページにその構想が出ていたが、わざわざその画像をここに貼るほどのものでもないだろう。

あともう少しすると、世の中は運転手がいない電気自動車がスイスイ行きかい、スマホでチャチャッと呼べば、無人のタクシーがスーッと依頼した時間にやってきて、行先を告げれば、最短距離を安全運転で運んでくれる。

無人の宅配便の車や郵便配達新聞配達の車が高速道路を整然と走っていて、貨物自動車は数台が連結されているように大都市間を24時間移動する。

そういう時代になるんです。あと数年で時代は大きく変るんです。もう車から排気ガスなど出ないんです。

ダイムラーの主張は、こんな感じだが、ちょっと前あんたがたはどういうことやってたのか、もうすっかり忘れてるみたいだね。

漫才なら、ツッコミ役が、手の甲で相方の胸を軽く小突いて。「もうええわっ」と言って終わりにするところじゃないですか?

日本一の自動車メーカーのトップが、ドイツ人の放言に慌てふためいているようで、私は、非常に不安になるのだが、残りわずかな人生。

心配するだけ、損だと思うようにしている。

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これって、フェアですか?

2018年10月13日 | 社会観察
今日、来年の箱根駅伝の選考会をやったようだ。

マラソンも男子日本記録が2時間5分台に入って、やがて2時間を切ることになるのだろう。賞金が1億円出るとなれば、中高生、大学生は、賞金目当てにさぞ練習にも力が入るに違いない。

今はまったく乗らなくなった自転車だが、ロードレーサータイプの自転車を購入して、休みのたびに走りまくっていた時、家から約20kmくらいのところにある大井川河口まで往復した時、大体2時間15分位かかっていた。

ちょっと待て。マラソン選手は、42kmを2時間10分前後で走るんだろ?

そう考えた時、どんだけ速いんだよ!と、腰を抜かしそうになったものだ。


気温が下がってくると、マラソン大会も佳境を迎える。テレビの中継も週末ごとに楽しめることになるのだろうが、特に女子の大会は、増田明美の解説で無い限り、今から興味深い。

今日の、箱根駅伝選考会を見ていて思ったのだが、日本の大学限定のはずなのに、黒人のランナーが目立っていた。アフリカからの留学生なのだろうか?

 

恐らくほとんどが私立大学で、宣伝効果を期待して、有望選手を積極的に引っ張ってくるのだろうが、彼らは一体何を期待して日本に来るのだろうか?

 先頭集団を見よ

学費や生活費は学校側で負担するとなると、予算的にそうする事が厳しい大学にとっては、やりたくてもできない芸当である。地方の公立大学など、まず無理だろう。

大会で優勝でもすれば、マスゴミはたちまち選手をヒーロー扱いし、監督はテレビ番組に引っ張りだこになって、株はあがることになる。

こういう現象は、高校にも起きているようだ。

  スポーツで売名

ちょうど高校野球の代表校が、もはや私立大学系列校や、私立宗教関連高校に収斂されているように、いずれ駅伝強豪校も同じ轍を踏むことになるに違いない。




当事者の言い訳は、国際交流が滑ったとか、グローバル化が転んだとか、多様性がケツまづいたなどと言うに決まっている。

身体能力に大きな差のある人種を引っ張ってきて、自校の利益に利用するのは、どうみてもフェアでない気がするのだが、そこに勝ちたいというのが、それができない学校の励みになっていると言うなら、私は口をつむぐ。
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両手を広げりゃいいってモンじゃないよ。

2018年10月09日 | 社会観察
西洋人は、ちょっと納得がいかないときや、「仕方ないなあ・・」という不満を表す時など、よく肩をすくめる動作をする。我々日本人はやらない仕草だ。

日本人は、「おいで、おいで」をするとき、手首や指4本を自分の方に繰り返し折り曲げるが、あれを西洋人に向かってやると、彼らは奇妙な顔になることがある。

彼らは、自分に対して、「あっちに行け!」と言われているのだと感ずるそうだ。

ちょっとした仕草でも、文化の違いがあって、時にはそれが問題となったりするから侮れない。

数日前、トヨタの社長が何か熱心に訴えている場面をテレビで垣間見た。以前にも同じような光景を観た記憶があり、その時も、「何となく、馴染まない動きだな・・・」と感じたのを覚えている。

  この仕草は日本人離れしてるんじゃない?

いわゆるプレゼンの重要性は、いつ頃から注目されたんだろうか?

会社のトップが自ら自社製品のアピールをすることで、世界中の注目を集めたのは、多分アップル社のスティーブ・ジョブズのiPhone の、すばらしいプレゼンだった。

今でもYoutube でその様子が観られるので、私は機会あるごとに周りに一度観るように勧めている。これは、またすばらしい英語学習の教材にもなるのである。

平易な英語でも説得力あり

簡単で小気味良い映像と、ウィットの利いた説得力のあるプレゼンは、スマホに大した関心が無い私でも、すぐに買いたくなりそうになったものだった。

これに味をしめた企業家たちは、我もわれもと、マネするようになり、中にはスティーブ・ジョブズの著書までちゃっかりパクってしまう者まで現れた。

    


いいプレゼンの重要な要素はなんと言っても、アピールしたい点をいかにうまく論理立てて、説得力を持たせ聞き手に伝えるか、ということだろう。

単純に身振り手振りを真似したところで、似たような効果が得られるかというと、そういうものではない。逆に、その不自然さが滑稽に見えて、何かモノマネでもやってるのか?と気が散ってしまい、プレゼンの中身への興味が薄まってしまう。

 無理してるんじゃない?

今や、自動車業界は大きな変化の過程にあるそうだ。大企業の社長とて、その渦中にあって、相当にうろたえているようだ。

それだけに、肩に力が入って身振りも大きくなるのだろうが、なんか変じゃない、アレは・・・。
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明治の顔だ、本庶氏。

2018年10月06日 | 社会観察
私は世界遺産とか、ミシュランとか、カンヌ映画祭とか、西洋人が日本人に、あるいは日本の何かに賞を与えてくれたという類のニュースでは、あまりはしゃぐことの無いように、自分を律しているつもりだ。勝手に、自分でそう心掛けている。

ノーベル賞は、自然科学分野は別だが、(過去に日本人の功績が西洋人にいくつも盗み取られている経緯はあるが)、平和賞だとか文学賞などは、何となくまやかしがあるなあ、という気がする。

文学など、翻訳の仕方が大きく影響するだろうし、平和賞などでは、多分に政治的な臭いがしてきて、逆に白けてしまうこともあった。

今年の日本人受賞者のことを、今朝の報道番組で伝えていたが、そのお顔を拝見しながらお話を聞いていて、本庶氏のお人柄に感銘した。一本筋がピ~ンと通っていて、こういう方の教えを受けた若者は、大きな影響を受けることだろう。



別に、賞金の5千万円を後進の方のためにと、大学基金に使うように言っていたから褒めるのではない。そもそも、こういう方は金には執着しないのだろうと推察する。

今回の賞の対象になった功績についても、番組で映像を交えて紹介していたが、癌細胞を攻撃している免疫細胞の動画にはテレビの前に棒立ちになって、見入ってしまった。



「科学雑誌に出ているからと言っても、自分の目で確かめるまで、信じない。」

とかく、この世はイカサマだらけである、と感じているのは私と共通しているなあ、と嬉しくなってしまった。

ちょっと前に、青色発光ダイオードの発明と実用化で、他の2名の日本人の方と一緒にノーベル賞を受賞した、中村修二という方がいた。徳島大学の出身で、地元の日亜化学工業という会社に就職して、実用化に成功したが、金銭的な不満から会社を提訴。

日本からアメリカの大学教授になってしまったのだった。日本を捨てて・・・。

 受賞時は米国籍

今、プロテニス界では日本生れ、日本国籍の黒人女性が大活躍である。カタコトの野本後でのインタビューを見ても、日本人だと呼ぶにはちょっと・・・と私は思ってしまうのだが、日本人の快挙だ、とマスゴミは大騒ぎである。

中村修二氏は、ノーベル賞受賞時、すでに日本国籍を捨てていたのだが、マスゴミは「日本人が受賞した!」と大騒ぎしていたのには、何とも調子が良すぎないか?

こういう方と本庶氏を比較するつもりもないし、そんなことをしたら本庶氏に失礼になるだろう。

目つきや話しっぷりが、まるで明治生まれの私の祖父が彷彿と心に浮かんだ。



もちろん、私の祖父と本庶氏を比べるつもりなど毛頭無いのは言うまでもないだろう。
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スマートフォン 電気無ければ ただの板

2018年10月02日 | 社会観察
一昨日の台風はすごかった。

丁度日付が変わる頃だったろう。強風で家の屋根が吹っ飛ばされるのではないかと心配で、よく眠れなかった。

台風一過、通勤途中の車窓からも、台風の被害は大小あちこちで窺い知れた。

中でも、空港に繋がる結構広い道路との交差点の信号機が、停電で機能していなかったのには驚いた。行く道、交差する道はどちらも自動車が走っていて、最初私はこれらの自動車は一体何を基準に交差点を通行しているのか分らず、軽いパニックになってしまった。

当然、狭い道路側が交差点で一旦停止して、左右の確認をしてから交差点内を通行しているのだが、見ていて実にハラハラする光景であった。

夕方帰宅する際も、まだ復旧していなくて、真っ暗な交差点を慎重に通過して家路に着いたのだった。途中立ち寄ったコンビニの食品棚には、売り物となるパン、弁当、おにぎり・・一切無かったので、何も買わずに店を出たのだった。

中部電力では、目下全力で復旧作業を行っているのだが、静岡県下の停電が前面復旧するのは、明日以降になるようだ。

今日の夕方のローカルニュースでは、各市町の庁舎では、スマホの充電サービスを提供していることを伝えていた。

  スマホ充電光景

私は目下、遅ればせながらガラケーからスマホへの乗換えを検討中である。スマホの大きさと重さがどうも今ひとつ好きではないので、これまでずっとガラケーで通してきた。(大きさは今のガラケーでも大きいと少々不満なのだが・・・)

行列に並んでも充電しようとするほどスマホに依存しているわけではないので、先の北海道地震や、日曜日の台風を目の当たりにして、スマホはもう少し様子を見てからにしようかと思い始めている。
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