孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

年男もあとわずか・・・

2015年12月31日 | 日記
このブログを始めて1年が経過しました。

思いつくまま、好きなことを綴ってきましたが、我ながらよく続いたものだと思います。



お陰様で、家族一同健康を害するでもなく、無事に未年を終えることが出来そうです。新年は、早々に台湾旅行の予定です。三度目の台北ですが、総統選挙真っ只中ですので、街の雰囲気などを観察することに重点を置き、あまり窮屈な日程は立ててありません。

出来れば、来年はベトナムかパラオに行くことが出来たらと、考えていますがどうなることやら・・。

このブログをのぞいてくれるみなさん、良いお年をお迎え下さい。

1年間、どうもありがとうございました。



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「ご大層な言葉」を好む人々。

2015年12月30日 | 日記
毎年師走に入ると、私はそこかしこで、「師走になると、『ああ、今年も忠臣蔵の時期になったなあ』って思うんだよね。」と言うと、たいてい「ええっ!年の瀬を感じるのはジングルベルじゃないの、普通は。」などと反論される。

しかし、実際私はクリスマスなどまったくどうでもいい事で、まったく楽しい気分にもならないのである。今年もそうだった。

勤め先のオフィスには、高さが1.3mほどのクリスマスツリーが置かれたが、「厳しいコストダウンを強いられて、シャープペンの芯すら満足に買えない状況なのに、オメデタイ連中だな・・・」とまったく白けた気分にしかならなかった。

世間のオメデタイ連中は、それだけでは足りずに、最近ではハロウィンという西洋のお祭り騒ぎを真似ようと、必死な取り組みをしているようで、腹立たしさすら覚えてしまう。

そんなモヤモヤした気分が晴れずにいるところ、今朝の新聞にあった曽野綾子氏の「透明な歳月の光」という定期コラムを読んで、私のモヤモヤは少し和らいだ。

曽野氏のコラムはいつも楽しみに読むが、その冷静に社会を見つめる感覚と、軽妙洒脱な筆致はとても勉強になり、お手本にしている。

今朝の彼女は、今年一年を振り返って穏やかな年だったと思うが、『心理的にはどこか疲れている。』とコラムを始めていた。

それは、『年齢のせいだとも思えるが、日本人の精神が変わってきているように感じているからでもある。』そうだ。



『相変わらずテレビは食べ物の話と、ひな壇に人を並べて「うわぁ」とか「へぇー」とかいう声を聞かせる番組でことは済むと思っているようだし、ハロウィーンとかクリスマスとか、キリスト教徒でなければ関係ない祭日を、単なる遊びの機会として捉えている軽薄な日本人もめだつようになった。』

  

曽野氏も私がカミさんに言われるように、『たわいないことだから、いいじゃないの』と言われるようだが、『私は良くないと思っている。』ときっぱり。

それは、『こうした心の問題に、慎重に行動することが、その人の思想となり、責任ある振る舞いだいえる。』からだそうだ。

まったく同感で、私も随分前から「節操のない大人たち」がジワジワ増え続けているのを感じていた。

曽野氏は続けて、私の言いたくても言い表せなかったことを見事に代弁してくれる。

『愛とか、平和とか、人権とかいうことを口にしたい時も、昔はどれだけそうしたものを命にかけて守れるだろうか、と思うと忸怩たるものがあって、あまり軽々には口に出来なかった。』

それは、『平和は、スローガンやデモやチャリティーイベントでは守れない・・』からで、『・・生涯をかけて、命か、全財産を差し出すくらいの決意を持った人だけが、そのために働いているということができる。』

『平成27年には、言葉だけが洪水のようにあふれて、私はそれに溺れそうになってしまったのだ。』

以前、マニラに赴任しているとき、コンビニなどで買い物をして外に出ると、幼い子供たちが、ワッと手を差し出して駆け寄って来て、小銭をせびることがあった。概して日本人はこういうのに弱く、つり銭をすべて子供たちに与えるのだが、私は敢えて無視した。

私には、マニラ中のこの手の子供たちを助けることは、できないと分かっていたからだった。

だから、曽野氏の言わんとすることは、非常によく理解できる。

曽野氏は続ける。『昔の日本人の行動や表現には、羞恥や含みなどという微妙な要素があったから、平和などという「ご大層な言葉」はめったに使わなかったのだ。』

羞恥心を忘れた日本人が増えているということだろう。
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富士山は銭の山じゃ。

2015年12月29日 | 日記
富士山がユネスコの文化遺産に登録されたのは2013年のことだった。富士山という山が自然遺産として世界遺産に登録されたのではなく、『富士山―信仰の対象と芸術の源泉』というタイトルで、その文化的価値を認められた格好となる。

その文化的価値を構成する構成資産は全部で25ある。

25の中には、山中湖や河口湖などの富士五湖の他、白糸の滝や三保松原などの景勝地と共に、浅間神社や富士講遺跡があり、「富士山域」として4本の登山道がある。

富士山本体は、富士山の価値にとって特に重要な地域(標高約1,500m以上)を資産範囲としている。その理由は有名な絵画に描かれた範囲が重なり合う部分にあたり、信仰の上では神聖性の境界のひとつであった「馬返」以上にあたるから、と説明する。



しかし、実は1,500m から下の方にはスキー場などの娯楽施設があったり、自衛隊の演習場があったりして、世界遺産にふさわしくないことと、あちこちにゴミが大量に廃棄されたところがあって、とても『芸術の源泉・・・』らしくない光景が存在するからであった。

2013年の6月に世界文化遺産に登録が決ったが、ユネスコの諮問機関「イコモス」から環境保全のための6つの宿題を期限付きで課せられていた。つまり、条件付の登録だったわけだ。

その期限は2016年2月1日で、中でも増え続ける登山者数をどのように管理するかという点であった。



特に盆休みの時期に集中する登山者をどう制限するのかという課題は、特に商売最優先の山梨側の観光業者の間では、登山客は増えるに越したことはないと考えるため、「イコモス」の言い成りになる必要はない、議論すればいい、と主張する観光業界の実力者がいたりして、意見はまとまらなかった。

結局来年の報告書では、登山者について3年間、GPSを使った動態調査や混雑度の調査、登山者アンケートを実施し、2018年夏までに、両県に四つある登山道ごとに「1日あたりの望ましい登山者数」を設定、その上で規制などを検討する、と期限内の回答は出来ない結果となった。

初めから、静岡・山梨両県の話し合いではまとまるはずはないと思っていたが、その通りの結果になったわけだ。

富士山の環境保全など二の次な訳だから、今回の文化遺産登録の構成資産から、「富士山域」をはずせばいいことだ。そうすればイコモスが何というか知らないが、信仰の対象と芸術の源泉に焦点を当てるだけで十分であろう。

環境保全に重点を置くならば、思い切って登山者を制限すればすむことであろう。

登山者の安全に重点を置くならば、登山ガイドをつけることを必須にすれば住むことではないか。

何もかも満たそうとして、しかも登山者は一人たりとも減らしたくないなどとはわがままにもほどがある。




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最終的・不可逆的な解決???

2015年12月29日 | 日記
岸田外務大臣は、今回で二度目となるドジを踏んだことになる。

外務省の役人どもにドジを踏まされたというべきかもしれないが、7月の軍艦島の世界遺産のときの「強制労働(forced labor)」の英語表現(= be forced to work)のときが最初のドジだった。

このブログでも7月7日の『たかりの種』というタイトルで取り上げて指摘した。

そして、今回の「慰安婦」日韓合意でも、まったく不本意な結果になったと言わざるを得ない。訪韓前の最低限の意気込みはほとんど反故にされた。



ソウルの日本大使館前の異様な慰安婦像は、明らかなウィーン条約という国際法違反な状況であるにもかかわらず、韓国政府は何もしないでいる。外交に関するウィーン条約という国際条約の中の第22条の2とは以下の内容だ。

ウィーン条約第二十二条
ARTICLE 22

2 接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する。2. THE RECEIVING STATE IS UNDER A SPECIAL DUTY TO TAKE ALL APPROPRIATE STEPS TO PROTECT THE PREMISES OF THE MISSION AGAINST ANY INTRUSION OR DAMAGE AND TO PREVENT ANY DISTURBANCE OF THE PEACE OF THE MISSION OR IMPAIRMENT OF ITS DIGNITY.



今回の合意では、韓国側は、「解決されるよう努力する」と言うだけだった。結果、「努力したけどダメでした。」と言うに決っている。

さらに、合意は文書化されたわけでもなく、お互いの認識のズレを理由にすればどうにでもなりそうで、とても「不可逆的な解決」とは呼べないだろう。

「子や孫やその先の世代に、謝罪し続ける宿命を負わせるわけにはいかない」と意気込んだところで、今回の「合意」というゴールポストでは、これまでと同じように動かすことなどお茶の子サイサイではないか。



新聞が指摘するように、両国の同盟国である米国の動きもかなり影響があったと考えられる。安倍首相もそれを一番気にかけていたのだろう。

もとより、欧米は日本の名誉や汚名などまったく気にしていないどころか、先の大戦中にありもしない残虐な行為をでっち上げて、日本を悪者にし犯罪者扱いしたのは連合国(今の国連)であった。

米国の街に慰安婦像が建てられて、捏造された歴史認識で書かれた社会科の教科書を使って日本人を悪者扱いする教育をしても、アメリカ人たちは無関心を装うのみである。

それは、自分達が過去に行ってきた、奴隷制度だとか先住民族の大虐殺だとか、二度にわたる原爆投下などの数々の後ろめたい非倫理的な行為が良心の呵責となっているためであろう。

欧米の歴史は、あるいはキリスト教の歴史は、殺し合いの歴史であると言っても良い。2670年以上を経る日本の歴史とは倫理的に比較にならないものなのである。

国力の弱い民族は外交上手、と言うそうだが、チンピラとは付き合わないに越したことはないのではと、あらためて思うのだ。それが一番の解決法だと痛感する。
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なっちゃん、英語に興味?

2015年12月28日 | 孫ネタ
神社の掃除と新年を迎える準備に出かけて帰ってくると、玄関にかわいいスニーカーがそろえてあったので、初孫なっちゃんたちが来ているのがわかった。

なんでもケーキを家で作ってきたので、みんなで食べるのだそうだ。



先日、体験学習でひらがな学習の塾に行ってきたら、ほとんどひらがなは読み書きできるので、先生が「これじゃ教えることがないわ・・」とこぼしていたと、お母さんが笑いながら話してくれた。

同年代の子は、せいぜい自分の名前を書けるくらいなのだそうだが、なっちゃんはひらがなはほぼマスターして、今はカタカナに興味が移り、電卓を叩きながら数字を読むのを楽しんでいる。

まだ10の位と1の位の意味が分からず、14を41を混同している様子だ。

居間にある小さな本棚に並んでいる本にも興味があるようで、国語辞典や英和辞典を暇つぶしにパラパラ見ていることがある。

妹のカナちゃんは、ポケット時刻表がお気に入りで、ページをめくっては列車の時刻を調べ、まるで旅行の計画を練っているようで、おばあちゃんはよく「カナちゃん、こんどはどこに旅行に行くの?」とからかわれているのが面白い。

その本棚の端っこに、なぜか英語の絵本が並んでいるのをなっちゃんが見つけた。



『Slanguage』というタイトルのページ数わずか90ページ足らずの絵本だ。
文字通り、Slang と language をくっつけた造語で、面白い慣用句をかわいい絵と短い文でで解説している。

表紙の絵は、「Cart before the horse 」という慣用句で、「馬の前の荷車」、つまり「本末転倒」「前後あべこべ」という意味を表す言い方を絵で説明している。

他にも犬や猫が天からたくさん降っている絵があって、それは「rain cats and dogs」つまり、「ドシャ降りの雨」という意味の慣用句を表している。

表紙の裏側に、「Something to "tickle your funnybone", Always Kathy Tracy」
Merry Christmas 1979 と手書きされている。

Kathy Tracy 先生は、私が滞米中に受けた英語クラスの先生で、メモの意味は「これはあなたの笑いのツボをコチョッとくすぐる本です。」といった意味で、1979年のクリスマスプレゼントに先生から戴いたものだった。

当時は英語クラスといってもあまりにも内容が基礎的で、私は退屈で仕方なかったので、米国のテレビのCMを真似したりして授業の邪魔をしたものだった。

たまにその絵本を手にすると、たちまち35年前にタイムスリップできる。

なっちゃんは、絵本の絵がかわいいので気に入ったらしく、本を持ってきては「おじいちゃん、ここになんて書いてある?」と聞いてくる。



猫が内ポケットに挟んだ舌を見せて、にっと笑った絵が気に入ったらしい。

Cat got your tongue ? という表現は、寡黙な人に対して「どうしたの?猫に舌を取られたの?」と言ってからかう時の常套句である。

なっちゃんにこれを説明するのは難しいので、そこは適当に誤魔化すのだが、なっちゃんは納得するまで次々に質問してきて私を困らせる。

好奇心旺盛な5歳のなっちゃんである。
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昔ヨンさま、今ユヅル君。

2015年12月28日 | 日記
もうちょっとすると、福袋を奪い合うオバさんたちの映像がニュースで流されるのがここ数年の元旦のお決まりになった。

高速道路のサービスエリアのトイレ休憩では、オバさんたちは平気で男子トイレに割り込んでくる。「こっち、空いてるわよぉ!」などと大声で仲間に知らせているオバさんを見たことがある。

今はすっかり下火になったが、一時の韓流ブームの頃は、レンタルビデオ店の韓流コーナーにはいくつものDVDを入れた籠を抱えたオバさんたちがひしめき合っていた。

ヨン様、ヨン様とはしゃぐオバさんたちは、今でもヨン様に夢中なのだろうか?



今朝の報道番組では、北海道のスケート場にはるばるやってきた関東や関西のオバさんたちにインタビューしていた。もちろん「ユヅル君」の応援をするためである。



今やオバさんたちは、あのスケートをする少年を「神」と呼んでいるそうだ。

醸し出す雰囲気としては、ヨン様もユヅル君も共通点があるようで、もしかしたら以前ヨン様の追っかけをしていたオバさん達が、男らしさをほとんど感じさせない、ナヨっとする雰囲気をもったスケート少年に乗り換えたのかもしれない。

 

そうではないとしたら、追っかけオバさんたちが、こうも似通っているのはどうしてなのだろうか。
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結果、ゆすり、たかりが続く。

2015年12月28日 | 日記
昼のニュースでは、外務大臣が韓国入りして、10億円規模の基金創設で決着する意欲だと伝えていたが、それが事実なら失望で声が出ない。

ありもしないことを騒ぎ立てて脅し、ゆすればいくらでも金を出すお人よし連中だということを、またもや露呈するつもりらしい。



外務省に入省して間もなく、ハニートラップまがいの接待攻勢で言い成りにならざるを得ない状態にさせられたお役人達が暗躍して、年の瀬の外務大臣のカモねぎ外交につなげたわけで、このままではまた来年以降も、海外に住む邦人たちは肩身の狭い思いをして暮らすことになるだろう。



ヤクザは金づるだと見込んだら徹底的にしゃぶり尽くす。

安倍総理は十分承知しているものと信じて疑わないが、今回の外務大臣への指示に関しては大きな疑問を感じてしまう。

清らかな気分で新年を迎えたいものだが。
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注連(しめ)飾りに紙垂(しで)を挟んで・・

2015年12月28日 | 日記
来年は6年に一度巡ってくる、秋のお祭りを仕切る順番が、我家が属する15軒の班にやってくる。

農村の丘にある楠木の大木を御神木とする小さな神社の秋祭りで、いつの頃からかお神輿を造って区内を引き回したり、境内に舞台を作ってカラオケや舞踊などを楽しむようになった。

私が子供の頃は、地区の恐らく8割以上の家が農業に従事していたので、稲刈り後の秋祭りはそれなりに、収穫を祝う秋祭りという大義名分が子供なりに何となく分かっていたが、今は地域社会も大きく変化して、専業農家は地区でも数軒だけになり、兼業農家も含めて、農業に従事する年代は多分60代後半~70代だと思われる。

ほとんどの家庭は、近隣の工場や商業施設に勤める会社員やパート従業員として得る給与が生活の糧となり、その仕事の時間帯も三交代あり、遅番・早番あり、残業ありで、週末だからといって休める家庭ばかりではない。

必然的に、地域社会は昔と比べて近所づきあいが希薄になっていき、ちょっと家を離れるときなど玄関に鍵など掛けたことはなかったのに、今ではそんなわけにはいかない。

見かけたこともない「よそ者」がウロウロしていることもあり、実際日本語もたどたどしい色黒の男が家の前の納屋を覗き込んで、要らない自転車やバイクなどないか尋ねてきたこともあった。

昨日は、新年を迎えるために秋祭りの当番班が神社の清掃と注連飾りの付け替えをおこなった。



今年収穫した稲わらで作ったしめ飾りを神殿や神木、手水舎などに飾り、境内に落ちた枯れ葉を竹箒で掃き清めた。



神木は樹齢200年以上といわれる楠木で、まさに神木と呼ぶにふさわしい風格がある。しかし、数年前神社のすぐ裏を第二東名が通って以来、地下水の流れが変わったということで枝が枯れ始め、長老達が心配していた。



雷雲と雨と稲妻をわらと和紙でつくり、その神聖な領域であることを表すしめ飾りは、その由来を知ればより神妙な気分になるから、不思議なものだ。
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輔車唇歯どころかチンピラヤクザ以下

2015年12月27日 | 日記
「輔車」(ほしゃ)とは、頬骨と下顎の骨のことで、利害関係が密接で互いに助け合う関係のこと。

「唇歯」(しんし)とは、文字通り「唇と歯」ということで、これも利害関係が密接なことの例えだ。

あわせて「輔車唇歯」または「唇歯輔車」というと、一方がだめになると他方もだめになるなるような密接な関係のことで、互いに助け合っていることの例えを表す四文字熟語である。

出典は支那の「春秋左伝」という書物だそうで、有名な福沢諭吉が書いたといわれる『脱亜論』の中に使われている。いわく・・・

『「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うことを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けにもならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人から同一視されかねない危険性をも持っている。

すなわちシナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑われ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。』 (中略)

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。

この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。(明治18年3月16日)』

くだけた言い方をすれば、福沢諭吉は「必死に助言してもまったく聞く耳を持たないシナとか朝鮮などとは、期待など捨てて放っておくのが一番だ」と言い放っているわけだ。

明治18年といえば、西暦1885年。今から130年前のことだ。

明治の偉人の炯眼(けいがん)にはあらためて敬服する。

ノコノコ韓国に出かけていった外務大臣だが、見ているがいい。また今度も一杯食わされるのがオチであろう。



金づると見れば、それを手放すわけがない。1億円でも出そうものなら、それがどんな名目だろうと、チンピラたちは「そら見ろ、日本は後ろめたいと思っているから、金を出したではないか!」と大騒ぎしてこれまで以上に騒ぎ立てること間違いない。

売春婦の像が日本大使館の前にあってもいいではないか。野蛮人どもの愚行の象徴として、そのままにしておけばいい。

むしろその愚行を世界中に拡散してやればいいのだ。前からそういう情報発信に外務省は努力すればよかったのだ。

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スケート、若手選手の台頭

2015年12月27日 | 日記
この2~3日、カミさんがテレビの前の炬燵に陣取って、大好きなスケートに夢中になっていた。

全日本選手権とやらで、昨日今日と女子選手の演技を付き合って見た。

ショートプログラムで散々な結果だった浅田真央選手に比べて、まだ中学生や高校生達の演技がすばらしくて、「真央ちゃんも、いよいよ引退だな・・・。」と私が呟くと、カミさんは、「イヤイヤ、いくらひどくても3位には入るでしょ。」と言い張った。

カミさんの「読み」は、『日本スケート連盟が、浅田真央を世界選手権に出したがっているから・・・。』というものだった。

今夜の演技を見ていた私は、その出来を見てとても3位に食い込めるとは思えなかった。10代の選手達のハツラツとした演技に比べて、眉をひそめて悲しそうな表情を作るのに専念する浅田真央としか、私には見えなかった。

晩年の女子選手は、多くが「表現力」に頼ってくるような気がするが、浅田真央も例外ではないと感じていた。

今夜も出だしのジャンプが失敗して、3位はとても無理じゃないかと思ったが、カミさんの評価も、純粋に演技だけ見れば、「良くても4位止まり」と言っていた。

「ただし、絶対そうはならないよ。技術点は低くても、演技力を高く付けるから。」と自信満々で、結果はその通りだった。

何だかアンフェアな気がして少し白けたが、選手本人が一番よく分かっていることだろう。



私は、特に彼女のことを好きでも嫌いでもないが、この二日間見ていて、中学生や高校生の選手達の試合後のインタビューの話しっぷりが、実にしっかりしていて感心したのに比べて、日本の第一人者の25歳になる選手が、インタビューへの応対がフニャフニャしていてまともではなかったのが気に入らない。



だいたい、スケートを続けるかどうかを問われたとき、「ハーフ、ハーフだ」と答えていたときから、「何だ、その返事は・・・。」と、少し「イラッ!」とした私だった。
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安全無視の安物買い

2015年12月21日 | 日記
インドネシアは安物買いが好きな国のようだ。

結局、高いものについてしまうことを学習すべきだ。

昨日の事故でも、大切なパイロット2名を失ったではないか。

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インドネシア・ジャワ島の空軍基地で20日、航空ショーに参加していた軍用機が墜落した。AP通信によると乗っていたパイロットら2人が死亡したが、地上でのケガ人はいなかった。

 墜落した軍用機は韓国が製造して、去年、インドネシア空軍が購入したものだったということで原因の調査が行われている。

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墜落炎上したT-50という練習機は韓国製で、「いわく付き」のシロモノだったという。じゃあ、事故が起きても驚かない・・・と感じたのは私だけではないだろう。

以前、離陸直前に滑走路から外れて草むらに突っ込む事故を起こしている。韓国製とはいえ、エンジンや電子装備などの中心技術はアメリカ製だそうだ。

今回の事故も、原因調査が行われているようだが、どうせ「操縦のミス」ということになり、機体そのものに事故原因があったということにはならないに決っている。

インドネシアは高速鉄道を中国製に決めたが、事故が起きれば車両ごと地面に埋めようとするような国によく決めたものだと思う。

安物買いの銭失い、を地で突き進む哀れな国である。
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哀れ!北京住民たち・・

2015年12月20日 | 日記
かれこれ20年前のことになるが、マニラに赴任している頃、本のちょっと市内を歩いて帰宅して、鼻を丸めたティッシュで掃除すると、ティッシュが真っ黒になってマニラ市内の大気汚染の酷さに驚いたものだった。



ディーゼルエンジンを積んだ名物のジープニーが市民の足で、汚染の元凶だったと思う。渋滞もしょっちゅうで、移動の時間がまったく読めなくて、約束の時間に間に合わせることは至難の業だった。

恐らくこの状況は今でも変わらないどころか、もっと悪化しているのかもしれない。

しかし、昨今の北京市内の大気汚染の報道をテレビで見ると、当時のマニラ市内などとはとても比較にならないほどの惨状である。よく、あのような状態の街に暮らす気になると思うほどだ。



特に、仕事で赴任している日本人やその家族達には心から同情する。

春先に杉花粉で悩まされる人など、北京の住民から見れば、蚊に刺されるようなものだと感ずるだろう。



今月7日、支那の新華社がさらりと報じた記事が凄まじいものだった。曰く・・・

『中国の都市部に勤務する交通係の警察官の平均寿命が、劣悪な職場環境や公害などにより、43歳と短命であることが分かった。』

『空気汚染が一番の問題だが、ストレスや交通騒音、太陽の下で長時間立ったままでいることも寿命を縮める要因になっている。』

『8都市で実施された調査の結果として、勤続20年以上の交通担当の警察官が最も高いリスクにさらされていると指摘。』

また、チャイナ・デーリーが広州の病院関係者の話として報じたところによると、経済発展の著しい同地では、病院で検査を行った2746人の交通担当の警察官のうち90%以上が、汚れた空気が原因による鼻やのどの感染症を抱えていたことが分かったそうだ。

PM2.5 が一般的に報道されるようになったのは最近だが、大気汚染は今に始ったことではないはずだ。



交通警官だけではなく、調べれば他の職種の北京住民とて似たような結果が出るのではないか。

軍事パレードのときの青空は、如何に人為的なものであったかがよくわかり、改めて支那の不気味さに鳥肌が立つ。
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呆れた朝日。どの口が言う!?

2015年12月19日 | 日記
今日の産経新聞では、加藤元ソウル支局長の無罪判決についての様々な反響について、かなりの紙面を割いていた。

そんな中で、国内の新聞各紙の報じ方についての記事が面白かった。

概ね、各紙は判決を、「当然」のことと評価していたようだ。中には加藤氏のコラム自体に、「裏づけが足りない」とか、「取材不十分」とか疑問を呈した意見もあったようだが、朝日新聞も、社説で取り上げていたそうだ。

曰く、加藤前支局長のコラムで取り上げた「うわさ」の真偽についての認識をめぐり、
『報道機関としての責任をまっとうしたとは言えまい。』と記してあったという。

「はぁ??」

思わず聞き返したくなるような、セリフではないか。

大声で、「お前が言うな!!」と言いたくなった。



吉田清冶という、天下の大嘘つきの言うことを何の裏づけも取らず、ダラダラ垂れ流して、日本国内だけでなく海外にまで喧伝して、喜んでいた新聞のくせに、いったいどの口がいう!



渋々嘘を認めておきながら、未だに海外には英語版で嘘八百の記事を垂れ流し続けているそうだ。

お陰で、海外に暮らす日系人や日本人達は、今でもその誤報のお陰で辛い思いをさせられているそうだ。子供たちは、学校で唾をかけられたり、いじめられたりしているというではないか。

すべて、朝日新聞の所為である。

「朝日新聞、嘘」と検索すれば、何十万件というサイトがヒットする。

朝日の記者が自分でサンゴ礁を削って落書きをしておいて、「一体誰がこんなことを」という記事に仕立てたこともあった。



とてもまともな報道機関とは呼べない、便所紙にもならないクズ新聞である。

「報道機関の責任」が滑った転んだ言う前に、これまでの自社の虚報・誤報を総括してみるがいい。それも出来ずに他紙の論評などして欲しくないものだ。
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東へ西へ、大移動。

2015年12月19日 | 日記
フランスの港町カレー。

人口7万ほどの港町だが、今この町に世界の耳目が集中している。

カレーというと、美術の教科書に出ていたロダンの彫刻「カレーの市民」が有名だが、子供の頃は、「カレーライスの発祥の地」かしらん?程度の関心しかなく、元気なく立っている6人がどういう人達なのかはまったく知らず、教えてくれる先生もいなかった。



14世紀の半ばにイギリスとフランスが戦争ばかりしていた頃のエピソードに基いた彫刻で、イギリス軍がカレーを取り囲んで、カレー市民の代表6人が城の門の鍵をもって出頭すれば、カレー市民は助けてやると言ってきた時、6人が首に縄を巻き、ほとんど裸で処刑覚悟の出頭をするシーンだそうだ。

そのカレーに、今難民・移民が殺到して、あの手この手で英仏海峡トンネル経由で対岸のイギリスに渡ろうとしているそうだ。



それを阻止しようとする当局は、催涙ガスまで使ったという報道もあった。海峡鉄道を歩いて渡ろうとする難民が、列車に撥ねられてすでに数十人死亡したらしい。

中には、貨物トラックの屋根を切り裂いて、もぐりこもうとする難民もいるという。



1000年前は、十字軍が遠路異教徒弾圧の目的で、中東に大遠征をして、神の名の下に、殺戮の限りを尽くした。



当時の随行者の記録には次のような記録が残っている。


「マアッラ(地中海に近い今日のシリア領)で、我らが同志たちは、大人の異教徒を鍋に入れて煮たうえで、子どもたちを串焼きにしてむさぼりくった。」(フランク王国(のちのフランス)の年代記者、ラウール)



「聖地エルサレムの大通りや広場には、アラブ人の頭や腕や足が高く積み上げられていた。まさに血の海だ。しかし当然の報いだ。長いあいだ冒涜をほしいままにしていたアラブの人間たちが汚したこの聖地を、彼らの血で染めることを許したもう“神の裁き”は正しく、賞賛すべきである。」(フランスの従軍聖職者)



十字軍の遠征は、合計8回、200年続いた。宗教に起因する戦争はどこにもあっただろうが、キリスト教ほど争いを続けている宗教は他にあるだろうか。



1000年前に東へ向かって十字軍が遠征したように、今やユーラシア大陸の西の果てに向って、難民や移民が大移動しているようである。

フランスやイギリスは迷惑がっているようだが、切っ掛けを作ったのは自分達であることは忘れて欲しくないものだ。
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何かしでかすか、支那共産党。

2015年12月19日 | 日記
毎日新聞WEB版に、台湾の総統選挙の記事があった。



【台北・鈴木玲子】来月16日に投開票される台湾総統選は18日に告示され、選挙戦が本格化した。世論調査の支持率では最大野党・民進党候補の蔡英文(さい・えいぶん)主席(59)が首位を独走しており、8年ぶりの政権交代と初の女性総統誕生の可能性が高まっている。

 大手テレビ局TVBSが14日に公表した世論調査の支持率は蔡氏が45%。与党・国民党の朱立倫(しゅ・りつりん)主席(54)が22%、野党・親民党の宋楚瑜(そう・そゆ)主席(73)が10%で追う展開が続く。

***

そう言えば、youtube で、国民党を後押ししたい支那共産党が、朱立倫(しゅ・りつりん)主席(54)の暗殺を目論んでいる・・・と不安視している動画があった。選挙はどうも国民党に分が悪すぎるため、混乱を起こし戒厳令を発令して、選挙そのものが出来ないようにすればいい、という策略なのだそうだ。

なりふり構わぬ支那共産党なら可能性がゼロではないだろう。

ここは、世界の耳目を台湾に集めて選挙の関心を高める必要があろう。
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