孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

甘んじて受ける・・・

2018年05月27日 | 社会観察
危険なスポーツの最中に、ルール違反のタックルを故意にして、対戦相手の中心選手を負傷させた首謀者たちの会見は、何とも見っとも無いものだった。

「私の責任です。弁解は言いません。」ともっともらしいことを口にしていたくせに、ああでもない、こうでもないと見苦しい弁解に終始していたチームの親分は、もはや立場が無くなって、同じ大学の付属病院に逃げ込んでいるという。

 親分、子分の揃い踏み

誰がどう観ても、20歳の宮川選手の方がこの親分・子分の会見と比べると、正々堂々としていて、真実を語っているようにうつった。

この程度の監督が、大学のナンバー2でもあるというのだから、後は推して知るべしの、最高学府、日本一のマンモス校「日本大学」である。

その学長も会見していたが、予想通りのらりくらり会見であったようだ。

  日本大学・学チョー様

関西学院大学は、3度目の記者会見で「多くの矛盾があって到底真実とは認定できない」という日大の文書での回答に対する反論を述べていた。

日大広報部は、この反論に対して報道各社にファックスでコメントを発表したそうだ。


曰く・・・

『関西学院大学から示された厳しいご批判は甘んじてお受けいたします。』


【甘んじて受ける】とは適切な表現なのだろうか?

その意味は、「納得がいかないけど、仕方がなく受け入れる」という風に聞こえる表現で、「あなた方の批判には納得がいきません」という心持が背景にあることを表明している。

この大学の広報部は、それを承知の上でこの表現をしたのか、そんなことは考えずに使用したのか分からないが、承知の上であったのなら、ほとんど問題解明の意志は無いということ。

そうではない、というなら、広報部としては恥ずかしい間違いを犯しているということになる。

体育会系の風土を語る際に、「昔はこうだった、ああだった・・」という方がいるが、私は昔も今も、こういう雰囲気がどうも馴染まないで学生時代を過ごしてきた。

どちらかと言えば、「大嫌いな」方だった。
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YMCA の思い出

2018年05月20日 | 芸能関連
自分と同じ世代の人が他界すると、病死であれ事故死であれ、かなり気になるものである。

先日亡くなった歌手の西城英樹もそれで、彼とは同じ年齢である。さらに病歴も似通ったところがあって、内心穏やかではない。

テレビでは何度も何度も西城英樹の全盛期の映像を流していたので、私も当時のことを思い出さずにはいられなかった。

1979年といえば、彼がヤングマン(YMCA)という曲をリリースした年で、その曲は振り付けと共に日本で大ヒットしたそうだ。「・・・そうだ」というのは、その頃私は米国にいたからである。

 振り付けと共に大ヒット

誰から聞いたのか良く覚えていないが、当時日本では西城英樹がYMCAという曲を歌って大ヒットしていると知った。そして、なんでまたあの歌を西城英樹が・・・?? しかも大ヒット・・・??

当時私は不思議でならなかったことを覚えている。

その元歌はアメリカのビレッジ・ピープルというグループが歌っていて、アメリカのテレビやラジオでもよく流れていたディスコ音楽だった。しかも、そのビレッジ・ピープルというグループは、ゲイの音楽グループで知られていた。

YMCAという歌も、歌詞を見れば分るが、YMCAに泊まると面白いぜ、いいことあるぜと繰り返している。なぜかというと、当時YMCAという若者対象の宿泊施設は、そっち系の男性が気軽に集まってくる宿泊施設として知られていたからだった。

  ゲイのグループでした

実は私は、そうとは知らずに、休暇をもらってカリフォルニアに行った時、サンフランシスコのYMCAに一泊した事があった。何となくここは普通の安ホテルと派違うな、とすぐに感じたのは、そこのトイレに行った時のことだった。

もちろん男子トイレで、用を足しながら目の前の壁を見ると、一面落書きだらけであった。しかし、その内容は、名前と部屋番号や電話番号らしき数字が書かれていて、それは異様な落書きだと、一目瞭然であった。

しかも、廊下ですれ違う他の宿泊客が、みなすれ違い様に愛想よくほほ笑みながら私の目を見つめてきて、中には軽くウインクしてくる大男もいた。鈍感の私も、ここまで来ると、そうかここはサンフランシスコだった、とようやく納得したのだった。

その夜は外出もせず、部屋のドアの鍵をかけて寝たのだった。(チェーンの他に2ヶ所も追加のスライドの鍵があった)

ゲイとホモの違いは良く分らなかったが、やたらと男性同士なかよく並んで通りをあるいている光景が、サンフランシスコの特徴だった。

日本で西城英樹が歌っていた頃、当時のファンはこの歌の元歌の意味を理解していたのだろうか?

この疑問に答えてくれるテレビ局は、この数日間気にして観ていたが、どこにも無かったのが残念だった。

63歳で人生を終えるのは、少し早すぎただろうが、彼は正に一世を風靡した大スターだったから、その功績は歌として永遠に消えないだろう。

合掌
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スポーツをメシの種にする人たち

2018年05月19日 | 社会観察
『このことで、皆さんに、アメリカンフットボールというスポーツが、危険なものだと思われないか、心配だ。』

テレビでアメラグ関係者がこう言ってたのを聞いて、私は思わず、テレビに向かってこうツッコミを入れたのだった。

『初めから、危険なスポーツだと思ってたよ。ヘルメットかぶってぶつかり合う競技じゃないか。』

  監督から脳筋??


世の中、プロアマ問わず、「スポーツ関係者」の劣化が著しくなってきているのは間違いないだろう。そしてそれは、運動選手たちを「アスリート」などと呼ぶようになり始めたじきと共通するんじゃないかと思う。

もはや野球は「反社会的スポーツ」に成り下がった、と以前このブログでも書いた記憶があるが、問題を起こした選手たちを、育てた両親を含む周りの関係者たちにも、責任の一端はあるはずだ。

そうでなければ、似たような問題が繰り返し起きるわけが無い。

  これと本質はまったく変らないでしょ

ヒラマサの冬季五輪のアルペン選手が図らずも本音を語ったことに、「メダルが取れたことは、今後の僕の収入を考える上でも、良かったと思います。」というのがあった。


スポーツ業界は、動く金が莫大である。

『感動を与えたい』 『子供たちに夢を与えたい』、それがナントカの一つ覚えのように繰り返す運動選手たちは、自分のより良い生活を第一優先に考えていることは、言うまでもないだろうが、それにしても語彙が貧弱ではないか。

ロスアンジェルス五輪のあたりから、五輪は金になるイベントだという流れになっているが、今回の女子卓球の朝鮮合同チームなどは、すでに常軌を逸していて、空いた口が塞がらなかった。マスコミも世界世論もかなり麻痺している状況だろう。

  『異常』ではないですか?

ある競技の金儲けシステムが出来上がってしまうと、それを変革しようとするには相当な反発が生じるものであるようだ。

理屈では、変革の必要性が分っていても、関係する受益者たちにとってはそれが死活問題になり、その前には「スポーツマンシップ」だとか「社会通念」などは二の次で、どうでもいいことになるものだろう。

  組織が腐ってしまった例

その競技が好きで好きでたまらなくて、絶対に辞めたくないと言うのは勝手だが、研究者になりたいのなら、一線を一度退いた上で、自分の実体験を踏まえた上で研究対象にすればいいものを、その場しのぎで、自らのわがままさを吐露しちゃった老選手。

自分でもわがままを叫んでいることは分っているだけに、現役バリバリの若手が挨拶に来ても、恥ずかしくて堂々と応対は出来なかったのは、彼の子供じみた対応でよく分った。

  歳をとると我がままになるもの

競技を問わず、スポーツ界に蔓延している『異常さ』は、まだ当分続くことだろうが、そろそろ目を醒まさないと、子供たちの運動離れが今以上にけんちょになるだろう。

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西洋を見習うな

2018年05月13日 | 政治ネタ
先週、5月10日の昼休みに、Yahoo ニュースを見たところ、マレーシアの選挙結果によると、マハティールが新首相に就任したとあって、思わず「ホンマかいな・・」と呟いた。

産経ニュースから抜粋すると;

『【クアラルンプール=吉村英輝】9日に投開票されたマレーシア下院選(定数222、任期5年)で、野党連合「希望連盟」を率いたマハティール元首相(92)は10日、議席の過半数の獲得を決め、新首相に就任した。

1957年に英国から独立後、マレーシア初の政権交代を実現。かつて22年間にわたり政権を担ったマハティール氏が、首相に返り咲いた。中国への過度な依存からの脱却を図ることになりそうだ。』 

中略。

『 マハティール氏はかつての長期政権で、日本の勤勉さに学ぶ「ルックイースト政策」を掲げ、東南アジアでいち早く経済発展を成し遂げる一方、米国と距離を置く政策を取った。
ロイター通信によると、同氏は選挙で選ばれた指導者で世界最高齢になる。』

 首相復帰に笑顔

背景には、現首相のナジブ氏の資金流用疑惑があるようで、記事は以下のように締めくくっていた。

『 マハティール氏は2016年、かつて「師弟関係」にあったナジブ氏の資金流用疑惑を批判し、最大与党の統一マレー国民組織(UMNO)を離党、首相候補として野党連合を率いた。』

マハティール首相といえば、日本を評価して、個人の利益より集団の利益を尊重する姿勢、さらにそれを支える日本人の勤労倫理を見習おうという「ルック・イースト政策」を掲げてきた政治家としてよく知られている。

当時、私はマレーシアも位置的には日本と同じ「東」にいちしているのに、なぜルック・イーストなのかと少し疑問を感じたのを覚えている。

マハティール氏が最初首相に就任した30数年前、私は一度出張でマレーシアを訪れているのだが、当時はそういう政治的な背景や、東南アジアの被植民地時代の歴史などは、まったく関心がないノンポリであった。

しかしその後、何かのきっかけで、日本の幕末から明治維新のいきさつや、当時の東南アジアの状況に関心を抱き始めて、関連本などを読むようになっていったようだ。

「ルック・イースト」とは、西洋に対する東洋、すなわち「イースト」を意味していた。長いこと英国の植民地であったマレーシアは、ゴム園や錫鉱山で、支配者の英国人に奴隷のようにこき使われていた。

英国の植民地統治は、インドで行われたような、「分割統治(divide and rule)」が常套手段であった。つまり、被支配者たちを宗教、言語、人種などによって分割して争わせ、被支配者同士が団結して、統治者に矛先を向けることを避ける統治法である。

共通言語などはあえて作らず、教育も無視する愚民化政策をとり、むしろ種族間や宗教による争いを助長して統治するわけだ。

南朝鮮が日本に併合された時代を、「植民地時代」などと言うのは、この点だけ観ても
まったくの的外れだと分る。台湾でも南朝鮮でも、日本は西洋列強がやってきたこととは真逆のことをして、自腹を切ってインフラを整え、教育を推進したのだった。

  Without Japan...

マハティール首相といえば、「日本なかりせば」という演説で、あまりにも有名である。

これは、マレーシアの首相になって10年ほどしたとき、欧州、東アジア経済フォーラムでおこなった、『繁栄の未来に向かって(Towards a prosperous future)』という演説の中に出てくる一節で、「日本のそんざいしない世界を想像してみるがいい・・」

「もし、日本なかりせば、ヨーロッパとアメリカが世界の工業国を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか作れない製品を買うために、世界の国はその価値を押し付けられていただろう・・(以下、略)」

今、その演説を読み返すと少し恥ずかしくなるほど、日本のアジアにおける功績を礼賛しているのだが、彼の歴史観は極めて真っ当であり、素直な歴史観であると思う。

それだけ期待されている日本は、現在、果たして期待されるほどの現実を伴っているだろうか?

今後、マハティールの言動は注目すべきで、我々日本人は、彼の期待を裏切らないようにしなければならない。

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無知で無恥な支那人娘・・・

2018年05月12日 | 政治ネタ
台湾は、チャイニーズタイペイではない。台湾は台湾だ、という動きは、前回の総統選挙で台湾の本家「民進党」の蔡英文が総統に代わってから、徐々に活発になってきて、日本でも独自にこれを応援する署名活動や、街頭宣伝が活発化してジワジワ日本でも広がっている。

     
     

実は、私もこの活動を知ったときに早速インターネット経由で情報を入手して、署名を送付したのだった。

きっかけとなったのは、Youtube の「台湾チャンネル」という動画サイトだった。

 台湾CH(台湾チャンネル)


 永山英樹さん、謝 恵芝さん

キャスターの永山英樹さんは、日本の台湾・中国問題研究家で、台湾研究フォーラム会長である。この番組では、台湾に関する様々な情報を、日本語や謝さんの通訳で台湾語で視聴者に提供していて、私のような台湾好きには大変興味深い。

5月の連休はじめに、東京上野駅前で、永山さんたちが台湾正名運動の署名活動や街頭演説を行っていたところ、支那人観光客らしき男女カップルが近づいてきて、「私にもひとこと言わせてほしい・・」と言ったそうだ。

『私にも話させて。言論の自由を認めて下さい。』と言ったそうだ。

永山さんは、「どうぞ」とマイクを彼女に渡したところ、案の定、彼女は行き交う歩行者たちに向かって英語を交えた支那語でワーワー発狂し始めた。

 声の大きさはさすがだ

大きな声で、『台湾は永久に中国の一部です。今でも、そしてこれからも。Forever!
私は私の国を愛しています。中国を愛しています!』

途中、イギリス人通行人が、『この女はファシストだ。台湾は中国の一部じゃないよ』と声を投げかけたりしたが、支那娘はめげずに発狂し続けた。



彼女が同じ事を何度か繰り返して、『ご清聴ありがとう』と発狂演説を終えたとき、永山さんは、すかさず彼女に台湾語で質問した。『お嬢さん、ちょっとお尋ねします。どうして台湾は中国の一部なのですか?どういう根拠がありますか?』

 その根拠は??

後で永山さんも解説していたが、この支那娘はこの質問を聞いて、ハタと気付いたようだった。何を気付いたかというと、根拠は「学校でそう習ったから・・・」レベルでしかなかったということに気付いたのだった。


支那娘 『あなたは歴史を勉強されたことはありますか?』
永山さん『どんな歴史があるのですか?どうぞ、話してください。』
支那娘 『・・もしお望みなら、歴史の資料か本をお送りしますから連絡先を教えて
     下さい。』

支那娘は盛んに本か資料を送るから歴史を勉強しろ。中国の歴史は5千年と長いから、5分やそこいらでは話せない。本を送るから連絡先を教えろ、と主張する。

永山さんは、『私たちは台湾の歴史研究グループですから、要りません』と軽くいなしてから、『台湾が中国の一部になったのはいつからですか?』と具体的に質問する。

 知らないので答えられない

永山さん『なぜ、台湾は中国の一部なのか、今ここで言えないのですか?』

  支那娘。。。(汗



  支離滅裂な質問ww

 こうとしか言えない

  更に具体的な質問を・・

支那娘は、永山さんの更なる具体的な質問を受け、『この人何て言ってるの?』と支那男に聞く。言葉の問題もあるだろうが、人間はどうして答えていいか解からなくなると、聴こえない理解できないフリをするものだ。

  支那男「ずっとそうだと言え」

永山さんの初歩的な質問にまったく答えられないので、形勢不利と判断した支那娘たちは、捨て台詞を吐いて、その場をそそくさと立ち去ろうとした。

  無恥と無知のかたまり

立ち去る二人に向かって、永山さんは『逃げないで・・』というと、支那娘は、『逃げてはいないわ。私たちは観光したいだけ。』と強がるのだった。

  逃げないで!

  呆れる永山さん

  這這の体で立ち去る二人


支那共産党は、インターネットの力を初めから警戒していて、かの国では言論の自由が無いばかりか、ネットで知りたいことを調べる事が出来ない。

「天安門」という言葉を検索しても、何も表われないそうだ。

日本では「台湾の歴史」という言葉で検索すれば、実にさまざまな情報を得る事が出来る。この違いが、この支那娘のような、可哀想な若者を量産させることになっているのだ。

彼女は、勢い込んでマイクを握ったものの、自分の知識の無さに愕然としたに違いない。しかし、母国に帰って真実を調べようとしても、その手段は閉ざされていることに改めて失望するに違いない。





Youtube で「台湾チャンネル H30/5/10 」と検索すれば、この動画を観ることができます。面白いですよ!
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白人の商売の常識ですか?

2018年05月06日 | 外国ネタ
今朝の朝刊でアマゾンの悪事に関する記事が出ていた。

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アマゾンに立ち入り検査 公取委、独禁法違反の疑い

2018/3/15

 インターネット通販大手のアマゾンジャパン(東京・目黒)が、同社の通販サイトに出品する事業者に値引き販売した額の一部を補填させていた疑いがあるとして、公正取引委員会は15日、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)容疑で同社を立ち入り検査した。

 関係者によると、アマゾンジャパンは2017年ごろから、商品の納入業者に値引き分の一部を負担するよう求めたほか、販売システムの更新や利便性向上のためとの名目で、取引先に販売額の数%から数十%の負担を求めたとされる。公取委はネット通販で大きなシェアを持つアマゾンによる要請は事実上、取引先が拒否できなかった可能性があるとみて、詳しい経緯を調べる方針。

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要するに、アマゾン側で出品価格を勝手に他の通販サイトより安い価格に設定して販売し、差額を出品者に請求していた、という信じがたい悪事なのだ。

 ブラック企業ですが?

すでに、アマゾンという企業は、「ブラック企業」という評判は世界的にも常識化しているようだが、改めて新聞記事を読むとそのやり口に、開いた口が塞がらない。

「顧客第一」がモットーの企業であると、胸を張っても、裏でこういう出品者の弱みに付け込んだ悪事を行っていたわけである。

思うに、この手の急成長するグローバル企業の経営陣は、この程度のことは大したことだとは感じていないのではないだろうか。


20世紀初頭、当時世界の鉄道王国であったアメリカでは、自動車の大量生産が始っていた。

 鉄道での通勤風景

移動手段として、ライバル関係になる鉄道会社は、自動車メーカーにとっては目障りで仕方なかった。そこでロビイスト(依頼者に代わって政党、政治家、官僚などに働きかける個人・集団)を使って、道路を舗装するのは国家の仕事だと主張し続けた。

また、州法などで鉄道整備に使われる税金は、道路整備に向けるべきだと、法律を改正させるよう要求し続け、可決させたりした。

さらには、自動車会社は子会社などを使って、鉄道会社を買収し、その直後一気に敗戦にするような荒業を見せ付けたのである。

西欧の白人たちは、こういう戦略を立てるのが非情にうまい。そういう悪知恵は、アジアの植民地化の際も、遺憾なく発揮していた。

弱みに付け込まれて、言いたい事が言えなかった側も少し情けない面があるのだが、このままアマゾンの悪行を見過ごすわけにはいくまい。

ヤマト運輸が運賃の値上げを要求したように、言うべきことは正々堂々と主張してもらいたいものだ。アマゾンの利用者として、私はこれまでこんな不正を続けてきた企業の顧客の一人であったことを、忸怩としたい。

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都市伝説、物の名前とその語源

2018年05月05日 | 外国ネタ
今回初めて訪れた、台湾の北部にある「紅毛城」に関しては、すでに述べたのだが、繰り返す。

ガイドブックやネットの事前下調べで、すでに「紅毛城」とは、16世紀ころ海洋進出してアジアまで植民地を力ずくで得ようとした、スペインやらオランダやらが使った遺跡だということだったので、私はそれ以上あまり興味をいだかなかったのだった。

なんだかんだ言っても、要するに毛等どもの、欲望丸出しの侵略の歴史の遺物だと思うと、もうそれだけでどうでもよいと、後回し後回しとなっていたのだった。

実際に城内の展示資料は、15世紀当時のアジアの地図はこうだったとか、城を作ったレンガの遺跡は・・とか、城の所有者の変遷だとか・・私の興味を刺激する展示は、ほとんど無かった。

強いていえば、当時の台湾は、「フォルモサ」と呼ばれていたようで、その知識は前からあった。展示の中に、「Ilha Formosa]という記述があって、当時はそういう呼称が一般的であったと書かれていた。

一体、何語でどういう意味の単語なのだろうか・・・その疑問は湧いたので、私はすぐさま持っていた手帳にこの言葉をメモし、後でネットで調べることにした。

帰宅してから、早速調べると、「Ilha Formosa]はポルトガル語で、(Ilha = イーリャ)とは、「島」という意味の単語。そして、「Formosa」は、(フォルモーサ。

Ilha Formosa とは「美しい島」という意味。最初台湾を見たポルトガル人が、「きれいな島だ。」と呟いて、その「フォルモサ」が台湾の呼称に落ち着いたそうだ。


  Ilha Formosa

いい話ですか?  私は、これを知ってかなりガッカリしました。




こういう西欧の侵略者どもに由来する似たような逸話は、他にもいくつかあって、例えば、オーストラリアにまつわる話。

例の英国人キャプテン・クックこと、ジェームズ・クックがオーストラリア大陸に上陸して、先住民のアボリジニと接触した。

野原を飛び回る動物を見て、「あれは何だ?」と聞いたそうだ。アボリジニは、多分あれは何かと聞いているのだろうと思ったが、「カンガルー」と答えた。それは彼らの言葉で、「知らない」という意味だったというオチだ。

これは、どうも作り話で、実際はその時のアボリジニの言葉、グーグ・イミディル語で「gangurru」(ガングルル)と答えたようだ。意味は「飛ぶもの」だそうだが、どちらが真実なのかは分らない。


これと似た話で、私は多分本当の話だと思っているのだが、スペイン人たちが先住民インディオたちを殺しまくりながら、南米大陸を侵略していく際に、アンデスで見かけたラクダ科の動物のことを、インディオに聞いた。

「あれは何と呼ぶんだ?」スペイン語でそう聞くと、インディオは、「呼ぶ?」と聞き返した。スペイン人は、それがその動物の呼び方だと勘違して覚えたそうだ。

スペイン語で「呼ぶ」は、LLAMA (リャーマ)という。動物の名は「リャマ」で定着したのだった。


まだあります。これも本当かどうかは知りませんが。多分事実じゃないかと思います。

話はインドでのこと。やはり、アジアに植民地獲得で侵略してきた英国人が、食事中のインド人たちを見て、その食べ物に興味を抱き、「それは何ですか?」と聞いた。

食事中のインド人は、「これは、おかずだよ。」とシンプルに答えた。インド人は現地語で、「カリ」(= 食事とかおかずというタミール語やカンナダ語)と答えたのだった。

黄色の香辛料ターメリックを使用した「カレー」は英国経由で日本に伝わったようだ。


こう見てくると、いい加減な西欧人の早合点や早とちりが語源になっているようで、それはそれで、面白いものだ。



話は、台湾に戻るが、台湾の正式国名は「中華民国」(Republic of China) ということになっている。国旗は、いわゆる青天白日旗と呼ばれる赤と青と白い太陽のデザインだ。

  青天白日旗

支那共産党は、台湾は中国の一部だと世界中に言いふらして、台湾を孤立させようとあの手この手で意地汚く画策しているが、土地と人民と主権が明確な台湾が国家でないこと自体がもはや論理的ではない。

中華民国は共産党との戦いに負けて、1949年に台湾に逃げてきた歴史がある。その時の国民党の国旗が晴天白日旗なのであり、本来の台湾が招き入れたわけではない。国名にも「中華」英語でChina などとあるのは、本来おかしいのである。


これまでの一人旅でもそうだったが、自分のお土産として私はよくキーホルダーを購入して、バッグやナップサックにぶら下げている。

台湾でも、もうすでに4~5個は購入しているのだが、いつも土産屋でキーホルダーを見てガッカリするのは、そのデザインがいわゆる「青天白日旗」のものばかりであることだ。国名は「台湾」がすっかり定着してきているが、国旗はまだまだだ。

緑の台湾国旗をデザインしたキーホルダーとかTシャツを是非作って販売して欲しいものだと、私は切に願うのである。

 台湾の国旗でいいじゃない?
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お笑い茶番劇 - 三題

2018年05月05日 | 社会観察
ゴールデンウィークも残りわずかとなった。

台湾滞在中は、ホテルのテレビを付けても言葉が分からず、軽い情報飢餓状態になってくる気がしたものだが、その反動か、帰宅して部屋のテレビを付けて音を聞いているだけでも、何とも下らない情報が、まるで怒涛のように襲い掛かってくるようだ。

朝鮮半島情勢を伝える日本のマスコミのお調子者ぶりに、半分呆れながら台湾に飛び立って、帰ってからは気になる世界卓球団体戦で、対戦相手が急遽戦わずに合同チームを結成して、それが認められてしまったとのこと。統一『チョン』チームだとか・・・

一体全体どうなってるんだ?と、問題視するのが当然だと思うのだが、どうやら私の脳味噌は時差ぼけ中らしい・・・。

いずれにせよ、日本女子チームはよくやってくれた! (アッパレ!あげてください。)

それにしても、この一両日、新茶の時期だけあって、臍が茶を沸かしてしまいそうなニュースが続いた。 中でも以下の三題は、笑わせてくれた。

その一) 
 もはや老害の域

世界最強のゴロヒッターとなったイチロー選手。空気読めないのかなあ・・

地元の新聞、シアトル・タイムズの担当記者も、イチローに対する尊敬の念を強調しつつ、球団は彼をリリース(解除、解放、免除)すべきだ、と報じていた。当然の意見だろう。

その新聞社のアンケート(約4000人)結果は、以下の通りだった。
1.イチロー自らが引退すべき   60.5 %
2.球団は引退させるべき     19. 0 %
3.選手名簿に残すべき      21.0 %

シアトル市民の約8割は、もう引退したら? と感じているんですね。


その二)
 隠れキリシタン

「隠れ」だろうが、「潜伏」だろうが、どっちでもええ! 観光客が増えて、土産物が売れるようになるなら、そんなことどっちでもええ!!

要するに、地元の観光業者はあの国連のユネスコが認めた世界遺産に登録していただいて、その結果観光客が急増してくれて、銭がもうかりゃ、それでいいってことでしょ。

隠れキリシタンだろうと、潜伏キリシタンだろうと、その時期に西欧の侵略者の先兵として、布教を名目に頼みもしないのに侵入して来て、多くの日本人女性を奴隷として輸出するのに、加担していた連中がいたという事実。これも忘れないで欲しい。


その三)
 コントですか?

アル中の中年アイドルが、女子高校生に猥褻行為をして、騒ぎになって、金で解決したんだから、もう許してやってください、という内容の出来の悪いコントでしょ?

何で、喪服? なんで重役でもないのに「辞表」???

私の臍は、茶を沸かしすぎて沸騰しています。

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引き際の悪さは超一流!

2018年05月04日 | 外国ネタ
ワシントン州シアトルの本拠地で、野球選手のイチローが記者会見を開いて今後の選手生活について何か語ったそうだ。

日本の報道は、どうしてもバイアスが掛かった報道しかしないので、ネットで現地の記者会見の動画を直接見てみた。

 まだ通訳が必要??

イチロー今季中は試合でプレーできない。来季以降については未定。今後はチームに同行し、同僚や首脳陣らのサポートを行うのだそうだ。


何年アメリカ暮らしを続けてきたのか知らないが、極めて簡単な質問しかされない記者会見でも、イチローは右側に通訳を座らせていたのには、まったく呆れて物も言えない。

こんな男が、大リーグの同僚や首脳陣のサポートなど、一体できるのだろうか?マリナーズの首脳陣が心からそうであることを期待しているとは、どう贔屓目に見ても有り得ないことだと思う。

これは、日本の野球ファンを繋ぎ止めるための打算の結果でしかないだろう。


 英語も話せないの?

マリナーズのディポト・ゼネラルマネジャー(GM)は記者会見でイチローの今後について「2019年以降に選手として戻る可能性はある。どんな形でもマリナーズに残ってほしいと思っていた」と語ったそうだ。

お世辞にも程がある。

本心は、「サッサと自分で引退宣言をして、日本に帰国したらどうだ・・・。頼むよ、イチロー・・・。」といったところだろう。

イチローも彼らの本音が読み取れないようでは、ボケが始っているのではないかと疑いたくなる。

一時代を築いたプロ野球選手なのだから、意固地になって晩節を汚すようなことにならなければいいのだが、と心配していたが、その心配は的中したようだ。

こういう引き際をわきまえない、野球しか能のないお方は、あの「ミスター」だけで充分じゃないのか?

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七度目の台湾一人旅 part 4

2018年05月04日 | 趣味の世界
言葉を生業としている身にとって、目や耳から入ってくる言葉には、常に敏感でありたいと思っている。

今回の台湾旅行でも、飛行機の機内で、ホテルのエレベーター内で、英語・朝鮮語・支那語などが中心であったが、様々な外国語が飛び込んできて、心地よい刺激となった。

今年の2月からお世話になっている、今の自動車部品メーカーでも、日本人以外にフィリピン人・インド人・フランス人などが研修生として仕事をしているので、見かけはグローバル企業の様相である。

しかし、日本人正社員の中で、彼らと不自由なく会話できるのは、ほんの数人であり、各部署ごとに英語が使える派遣社員を抱えていて、文書やEメールの翻訳や、簡単な通訳などを担当しているのが現状である。

私の配属された部署は、世界中にある関連会社や子会社との業務協業体制を再構築するところで、英語によるEメールや文書翻訳、Web会議の遂次通訳の依頼に対応している。

しかし、これまでお世話になってきた会社同様、ここの社員たちも英語アレルギーの方がほとんどで、自ら積極的に英語を学んでいこうという人は皆無のようである。

私が特に困るのは、話すにしろ書くにしろ、彼らの日本語があまりにも稚拙すぎることである。特に日本語特有の、主語を省くことが常習化していて、これは翻訳者には大きなストレスになるのである。

 たかが翻訳?

前職では、あまりにも酷かったので、関連する社員たち全員に、具体例をたくさん挙げて注意を喚起したのだった。

それは、例えばこういう悪文なのです、と極めて具体的に説明した。

例1) 黒い目のきれいな女の子を見た。
    ・黒い目がきれいだったのか、目のきれいな黒人の女の子だったのか?

例2) 太郎と花子は中学からの同級生です。
    ・太郎と花子の関係を言いたいのか、私も含めた三人が同級生だったのか?

例3) すべての外国人は親日派だとは言えない。
    ・外国人はすべて日本が嫌いだと言いたいのか、日本嫌いな外国人もいると
     言いたいのか?


こんな和文は英訳し難いですというメールを、一斉送信したら、すぐに返信してきた方がいた。その内容は、「じゃあ、どう書くべきなんですか?」という問い合わせであった。いかりや長介のコントじゃないが、「ダメだ、こりゃ・・・」と私は失望した。

今回の台湾旅行で、ドミニカ共和国が台湾と断行というテレビニュースが気になって、買った台湾の英字新聞を眺めていたら、読者の投稿欄に、『Translating ideas, not just words』という見出しの記事が目に入った。

『言葉ではなく、イメージを翻訳』といった意味だろうか。

投稿者は、長いこと主に英語(アメリカ英語)で、コミュニケーションを教えてきた年配者であった。その彼がまだ学生だった頃、先生から次の文章を中国語に翻訳してみなさい、という問題を出されたそうだ。

【 Because Linda's mother is French she speaks French very well. 】

リンダのお母さんは、フランス人なので、フランス語をとても上手に話す。

しかし、投稿者はこの時先生に対して英文は意味が曖昧だと指摘したのだが、その時先生は何が曖昧なのか良く理解できなかったそうだ。

つまり、最初の英文では、リンダのお母さんがフランス人なので、フランス語が上手なのか、リンダはフランス人のお母さんにフランス語を習ったので、フランス語を上手に話すのか、これは明確ではないという指摘だったのだ。


異国の地で、こういう記事を読むと、これまで以上に言葉というものに対する興味が膨らんでくる。

AIが滑った、人工知能が転んだと世間は大騒ぎだが、翻訳・通訳の分野はまだまだ機械には任せられないのが実情だと感じた瞬間でもあった。



part 4 完
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七度目の台湾一人旅 part 3

2018年05月04日 | 趣味の世界
まだ社会人になって間もなくの頃、初めての海外出張の最後に立ち寄ったのが台湾だった。

まず、フィリピンのマニラで輸入品の海産物の現地視察、その次にタイのバンコクに飛んで、エビの輸出業者と商談、日本の取引先の出向者との顔合わせ、工場見学。

次にマレーシアのクアラルンプールで、日本の水産加工業者の工場長と落ち合い、一緒にタイとの国境近くの港町にて桜海老の代品となりそうな小エビの現品確認。その後、その工場長を台湾に送り届けてから、私は当時の台湾取引先事務所への挨拶という、旅程だった。

その際、台北のホテルにチェックインした時のことは、強烈に覚えている。
二つ星クラスのホテルだったが、ロビーもフロントも異様に大きかった。

私は、普通に英語で名前を言って、予約してあると思うが・・・と言いかけたときだった。

応対してくれた、多分40歳中ごろの中年女性が、不機嫌そうな表情をして、「あなた、日本人でしょ?日本人なら、日本語を話しなさいよ!」と、上手な日本語でまくし立てた。

私は、意表を突かれて、「ハイ!」と応えてから、同じことを日本語で伝えたのだった。

当時の私は、日本と台湾の関係や、台湾そのものの歴史も文化も、何も関心も知識も無く、なぜフロントの女性が日本語に固執したかも、まったく理解できなかった。

あれから30年以上経ってから、私は徐々に台湾のことに興味を抱くようになり、似たような境遇の南朝鮮が、あれほど日本を、日本人を嫌うのに対して、なぜ台湾には親日家が多いのか、それが不思議で、ますます興味を駆り立てたのだった。

漢字の国なので、街へ出れば看板は漢字だらけである。最初は見るのも嫌だったが、見ていると何となく意味が理解できて、これが面白くて病み付きになってくるのだ。

今回も、最後の日に恒例の龍山寺参拝をした。その帰りに壁一杯のバカでかい看板を見かけた。

 失智症の看板

失智症の専用電話番号のようで、イラストから想像すると、どうも「老人の認知症(呆け症状)」のことらしい。


 ⑤が面白い

失智症とは、何ぞや?と10項目ほど書かれていて、その下に具体例が説明されていたが。⑤番目がすぐ理解できて思わず笑ってしまった。

『誤認鏡子裡面的自己是別人』と書かれている。「裡」とは裏の意味だ。つまり、「鏡に映った自分の顔を誰か別の人だと誤認すること」といった意味だろう。

こういう広告から、ははあん、台湾も高齢者が増えてきて、認知症(アルツハイマー)を患う人が問題となりつつあるのだろう、と察する事ができる。

支那人のように、漢字をどんどん簡略化してしまうことを拒否し続ける台湾には、強い共感を覚えるのだが、それにしても複雑な漢字が多いもので、驚かされる。



part3 完
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七度目の台湾一人旅 part2

2018年05月04日 | 趣味の世界
どういうきっかけで「SPOT台北之家」を知ったのか、今となっては思い出せないのだが、元アメリカ大使館だった建物を改造して、カフェやバーのある憩いの場にして、その一部をミニシアターとした所に、ここまで嵌ってしまったのには、自分でも驚いている。

すぐにインターネットで検索して、お気に入りに追加し、今どんな映画が上映中なのかをチェックするようになっていた。

いわゆる名画座で、世界中の映画祭で評価されたり評判になった作品を選りすぐって上映している。日本のシネマコンプレックスではおそらく絶対に上映されないだろうが、まずどの作品も当たり外れは無いと思ってよい。

 台湾の名画・非情城市

それもそのはず、ここをプロデュ-スしているのは、台湾の映画監督、侯考賢さんだからである。あの「非情城市」の監督である。

 侯考賢監督

映画「非情城市」の舞台は、九份(キュウフン)である。ここは19世紀後半にゴールドラッシュで栄えた街で、その後人口も減って次第に寂れていったが、この映画の大ヒットで、再び観光地として復活したのだった。



日本の台湾ツアーにはこの九份(キュウフン)がほとんど間違いなく組み込まれているが、これはまったく別の頓珍漢な理由からだ。

つまり、この街の情景が、漫画「千と千尋の神隠し」に出てくる場面のモチーフになったとか、ならなかったとか・・・まったく適当な理由から、漫画世代の若者が訪れ始めたのだった。

高齢者のツアー客などわけも分らず、ただ行くだけ行って、「石段が多い、、ホラ、何て言ったっけ??あの、ホラ・・あの・・」などとやっているから嘆かわしい。

侯考賢監督は、これ以外にも名作を何本も手掛けているそうだが、SPOTで上映されている小品を観ても、そのセンスの良さは十分納得できる。

ただ、どの映画にも外国映画には中国語の字幕が付くのだが、字幕が読めない人には内容は理解できないという欠点はある。従って字幕が英語の外国映画もしくは、セリフが英語か日本語の映画しか、私は観る事ができないのである。

毎週、4~5本の映画を交互に上映している。そのスケジュールも事前にネットでチェックできるので、細かな旅程も立て易いのである。

同じコンセプトの名画座ミニシアターは、台北之家から少し離れた所にある「華山1914」というオシャレな地区にもあって、こちらにはミニシアターが2館ある。次週上映予定の「楢山節考」のポスターが眼をひいていた。

 崋山1914


今回は、ここ崋山1914の方で、邦画を2本と外国映画1本を観た。

邦画は、竹中直人監督の「東京日和」という映画で、もう20年ほど前の作品だった。それほど期待せずに観たのだが、これが意外にも心がホッコリするいい映画だった。主演の中山美穂の演技が際立っていた。

もう一本は、「羊の木」という映画で、今年封切られたばかりのサスペンスものだった。こちらも事前情報はまったく無しで観たのだが、出来栄えは90点。もう一度観たい名作だったと思う。

登場人物の一人に、巨乳の美人がいたのだが、どことなく優香に似ているなあと思いながら観終わって、エンドロールで確認したら、やっぱり優香だった。

若いころのピチピチさは消え去って、どことなくふっくらした感じだったが、なかなかの名演技ぶりで、充分俳優としてやっていけそうである。

レンタルショップに並んだら、絶対にもう一度観たくなる映画で、まだ観てない方にはお勧めの佳作です。




part2 完

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七度目の台湾一人旅 part 1

2018年05月04日 | 趣味の世界
先月中ごろだったろうか、ゴールデンウィークをどう過ごそうかとボンヤリと考えながら、近くの静岡空港~台北便の混み具合をネットで見ていたら、何と4月29日出発便が残り1席いつもの価格で出ていた。

もう迷うことなく、その場で確保して、その後すぐに台北の格安宿も予約したのだった。

まさか、ゴールデンウィーク中に4日間も日本を離れられるなんて、その晩は興奮してなかなか眠れなかったほどだった。

翌日から、早速旅程の検討に取り掛かった。

私は、旅の楽しみはこの旅程を考えるところが半分以上を占めていると、常々思っていてインターネットを駆使して、情報をたくさん集めては、ジグソーパズルを解くようにああでもない、こうでもないと考えることほど楽しいものはない。

4月29日の深夜に宿にチェックインして、5月3日の10時ころチェックアウトするまでの丸々三日間は、台北市内だけなら充分過ぎる時間である。

天気予報や、これまでにまだ行ってなかったところなどを考慮して、出来上がった今回の「やることリスト」は、ざっと以下のようなものだった。


・ 台北アイで京劇鑑賞 演目:三打白骨精 (三蔵法師一行と孫悟空もの)
・ 淡水、紅毛城観光
・ 野柳、ジオパーク
・ 華山名画座ミニシアターでの名画鑑賞 (東京日和、羊の木、Jupiter's Moon)
・ 炒飯、食べ比べ
・ マンゴーカキ氷、食べ比べ
・ 龍山寺、お礼参り 


 タイペイアイ

1月に行った時は、満席であったため観る事が出来なかった。今回でもう6度目になるが、年々観客が増えている気がする。今回も館内約7割ほど観客で埋まっていた。

そのうち7~8割は、日本人観光客で残りは南朝鮮人観光客、それに西欧人らしき人もパラパラといた。

演技は時々ミスることがあって、その点はご愛嬌だが、閉幕した後すぐに俳優たちが出口に勢ぞろいして、手を振りながら観客との記念撮影に応じるところを観るのは、いつも楽しいものだ。

私は日本の歌舞伎もこのくらい庶民的な芸能であって欲しいのだが、観劇料は高く、俳優たちもみんなお高く留まっている様で、どうも敷居が高過ぎやしないかと不満である。一度歌舞伎を観たいと思っているのだが、高い敷居をまたぐ気がしないのだ。


  紅毛城

台北駅から淡水線の終点「淡水」で下車すると、淡水川に沿って色々な店が並んでいて、絶好の散歩コース、デートコースとして、有名な観光スポットである。私はここを訪れると、必ず烏賊焼きを買って食べることにしている。これはおいしい。

その淡水駅から、徒歩で25分ほど歩けば、「紅毛城」に着くのは以前から知っていた。ここも、団体旅行の観光客には定番の観光スポットらしいが、私はこれまでどうも行く気はしなかった。

その理由の一つは、淡水駅からの距離が歩いていくには遠いし、タクシーで行くほどの距離でもないし、路線バスを利用してもいいのだが、バス停を見つけるのが面倒だったこと。

そして、もう一つの理由は、ガイドブック等でその城の説明を読むと、そもそもアジアにノコノコ侵略の目的でやってきたスペインやオランダやイギリスなどが、その時のパワーバランスで所有してきた古城であり、台湾人が建てたわけではなかったからだ。

要するに、16~17世紀の西欧列強の台湾支配のシンボルでしかない建築物であるというだけで、それを餌に観光客から入場料を徴収しようとする性根が気に入らなかったからであった。

しかし、今回は日程にも余裕があったので、「ちょっと見てやるか・・」程度の感覚で訪れた。歩こうかと思ったが、日差しが強くてタクシーを利用した。

ガイドブック「地球の歩き方 2018版」には、入場料・無料と書かれていたが、何と80元(約300円)徴収された。この手のガイドブックには、よくこういう嘘情報が記載されているので、気をつけた方が良い。

城内の展示資料は、量の多さに比べて、内容は相当貧弱で期待はずれもいいとこであった。16~17世紀当時のアジアの地図はこうだった、ああだったとグダグダ説明されているだけで、「へえ~、だからどうなの?」と問いかけたくなるレベルだった。

ただ、一つだけ「ほぉお~~!」と感心した記述があった。それは、スペインが1628年に城を立てようとした際に、その近辺に暮らしていた先住民たち(アボリジニ)が、城を襲って焼き討ちにしたというくだりであった。

要するに、昔から台湾に住んでいた先住民たちが、余所者たちが勝手に城などを建てようとするのを見て、黙っていられず戦ったわけである。

恐らく当時の毛唐たちは鉄砲や大砲を所有していたため、勝敗は目に見えていただろうが、黙ってオメオメと傍観していなかった先住民たちのその心意気に、私は拍手喝さいで応じたかった。

城の横には、イギリスが領事館に利用した建物もあったが、もう私はこいつらの趣味に鼻持ちなら無くて、展示など観る気にもならず、サッサと後にして、淡水駅にバスで戻ったのだった。


part 1 完
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