猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

権威ある本とは読まなければならないが読まれない本――加藤隆

2020-10-12 22:39:38 | 宗教


2010年出版の加藤隆の『歴史の中の「新約聖書」』(ちくま新書)は、それまでの彼の著書のコンパクトな要約になっている。おととい たまたま 図書館の書架にその本があるのに気づいた。コンパクトなので、聖書の理解について、いろいろな点で、彼と意見を異とするのがよくわかった。それについては、おいおいと取り上げたい。

ここでは、彼に同意できる点をとりあげたい。それは本書の最後に取り上げているエピソードである。

旧制高校に入学すると、先輩が、岩波文庫のカントの『純粋理性批判』を目の前にバーンとおき、「読んだことがあるか、高等学校に はいったのだから、これくらいの本を読め」と言うそうだ。そのうち、先輩も読んでいないことがわかり、読まないまま卒業するが、耳学問で、「読まなければならないが読んでない本」の話題に ついていけるようになるという。(加藤は私より10歳下であるから作り話であろう。)

聖書もそのような「読まなければならないが読まれない本」の1つであるという。そして、大学の先生もその程度だという。

私も、学生時代、読んだことのない本を読んだフリをして、学生集会で論争したことがある。そのとき、反論がなかったので、誰も読んだことがなかったのであろう。したがって、そのことで人を批判する権利がないが、ユングとかニーチェについて知ったかぶりで議論する思春期の背伸びしている子どもたちを見ていると、つい口をはさみたくなる。彼らが読字障害(ディスレクシア)で数ページ以上本を読めないことを知っているからだ。

読まないで読んだフリで話すとは、その本に「権威」があるからだ。中身でなく、本の名前に権威があるのだ。加藤隆は、聖書の「権威」はそういう「権威」であるという。

私は、退職してから本を読みだした。「聖書」やカントの著作は決して「読まなければならない本」ではないと思っている。古い著作はそれだけ読む価値はない。どんな著作も時代の限界から自由にならないからだ。

したがって、昔の人はどんなことを考えていたのだろうか、という好奇心で私は読むのであって、批判的な精神なしに、「読まなければならない本」として読むのは馬鹿げている。読んで批判するのは意味があると思う。

さらに加藤隆は、原著で読まないと翻訳の誤りからくる誤解に陥るという。私もその通りだと思う。

加藤隆が例として挙げているのは、新約聖書の『マタイ福音書』の5章3節の「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである」(新共同訳)である。この「心の貧しい人びと」は、“οἱ πτωχοὶ τῶ πνεύματι”の訳である。“πνεύματι”は「霊」であるから、本当はこれは「霊において貧しい人々」でなければならない。同様な指摘を田川建三や山浦玄嗣がしている。

「霊」とは人の「心」に作用する「なにものか」である。悪い「霊」なら人の気を狂わすかもしれない。加藤は、ここで「霊」を「聖霊」と理解し、神から聖霊を受けなくとも、すなわち、「神と直接つながらなくても、それでいいのだ」とし、『マタイ福音書』は神と直接つながっているのはイエスだけだと言っているのだと言う。

“πνεύματι”を「霊」としても、さらにその解釈がわかれる。たとえば、マタイ派は、金持ちから寄付金をもらっていたから、『ルカ福音書』のように「貧しい人々」と言えず、「霊において」を挿入して、意味がわからないようにしたという説もある。田川建三はこの説に近い。

また、バート・D.アーマンは『捏造された聖書(Misquoting Jesus)』(柏書房)で、ユダヤ教、キリスト教が「書物指向(bookish)」と考えるのは間違いだと言う。その当時の人々のほとんどは字が読めず、書けもしなかった。イエスや使徒たちもそうだった。アーマンは、プロテスタントの説教師や牧師の教え「聖書は神の霊感で書かれ、誤りがない」を否定する。聖書は写本の段階で間違いが発生するし、もともと人間が書いたものだから、思い込みや思わくが秘められているかもしれない。イエスが本当に何を語ったか、わかりえないと言う。

[蛇足]
もっとも、これは、聖書や哲学書だけでない。安倍政権になってから、政府がいろいろな法案を官僚に指示し、矢継ぎ早に出してくる。法案はやたらに長く、複雑な文章になっている。どうしても、疑いの目で見ざるをえない。しかし、自分で読む元気が出てこない。新聞の解説を信じるしかなくなる。

私は、長い法案や複雑な文章の法案は、それだけで、否決すべきだと思う。そうしないと、政府や官僚の「権威」に騙される。理解できないモノに賛成してはならない。政治に効率はいらない。


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