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猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

大阪湾に放射能汚染水を放出、松井一郎市長は正気?

2019-09-19 01:00:46 | 原発を考える


9月17日、維新代表で大阪市長の松井一郎が、大阪湾に福島第1原発の放射能汚染水を放出するかのような発言を記者会見でした。この部分だけが、テレビで流れたので、彼が、なぜ、このような発言をしたのか、私はびっくりした。

瀬戸内海は大阪だけのものではないから、大阪の市長といえども、そんなことを言うのは不謹慎である。

新聞記事を読むと、小泉進次郎環境相の腰が引けている、という批判から、言葉のはずみで飛び出したようである。
松井は、「将来、総理を期待されている人が『所管外だ』とか、そういうことで難しい問題から批判をそらすようなのは非常に残念だ。真正面から受け止めてもらいたい」と述べたという。

では、「真正面から受け止める」とはどういうことなのか。「安全ならば大阪湾に汚染水を流す」ということは、「安全か否かを環境省が調査研究しろ」ということなら、正論と言える。原発推進をおこなっている官庁が、安全性を言うのはおかしい。しかし、松井が、福島第1原発の汚染水の実態を把握しないで、小泉進次郎に「海洋放出」推進の汚れ役をやれというなら、全く無責任である。

経済産業省と東京電力が一緒に行っている、福島第1原発の汚染水問題は不可解な点が多い。

第1に、汚染水がなぜ増えるかという点である。原子炉がメルトダウンしてデブリが原子炉の下に落ちている。デブリを冷やすための水が汚染水となるのか、それとも、相変わらず、そこに地下水が流れ込んでいるからなのか。

地下水がデブリの場所に流れ込んでいるのなら、原子炉建屋を囲んで地下を凍らすという作戦や、地下水の上流で水をくみ上げ海に放水するという作戦が、失敗していることになる。

地下水の流れ込みが遮断できているなら、デブリを冷やすための注水に問題があることになる。熱交換器を途中に置いた循環型の水冷却装置を使えばよい。冷却水の循環で放射線濃度が非常に高くなった時点で、冷却水の入れ替えを行えばよい。ろ過装置を使わずとも、放射性物質を濃縮でき、排出される汚染水の量が減る。

どうも、いまだに、地下水の流入が抑えられていないのではないか。

また、放射線物質トリチウムの量が増え続けるメカニズムがわからない。トリチウムが増え続けるには、中性子線の発生が必要だから、いまだに、デブリが核分裂反応を起こしているのではないか。もし そうなら、デブリを石棺に閉じ込め、水との接触を断つしかない。

民間や大学などの中立的機関の、汚染水の発生量を減らす研究に、環境省が予算をつけていいのではないか。

第2に、放射性物質ろ過装置がどれだけ有効なのか、という分析が明らかにされるべきである。デブリを冷却した水が、ろ過装置で処理した結果、海洋に放出できるほど安全な水ができたのか、という点である。ろ過しても安全基準を超えるから「薄める」という話が、海洋放出の前提になっているのは、おかしい。

福島第1原発敷地内のタンクに保管されているのは、ろ過装置で取り除かれた高濃度汚染水と、ろ過装置から出てきた処理済みの汚染水の両方がある。その総和は、ろ過前の汚染水の量と同じである。ろ過処理済みの汚染水が安全基準を超えているなら、東芝のALPSが無用の長物ということになる。

しかも、昨年、河北新報などから指摘があったように、放射性物質トリチウムだけでなく、他の放射性物質も取りのぞけていなかった。ひとつひとつの核種がだす放射線が基準値を超えていないだけでなく、すべての核種がだす放射線の総量が安全であることの確認も必要ではないか。環境省が公正な機関に委託して、ALPSが機能しているのかどうか検査すべきである。松井一郎には、このことを言ってほしかった。

東芝がこれまで国民をだましてきたことが明るみにでるとまずいから、トリチウムなどが取りのぞけないまま、薄めて海に放出しようとしているのではないか。

第3に、海洋放出以外の方法はないのか、の検討がどれほど真剣に議論されているのかである。安全性の議論を抜きに、コストだけの面から、海洋放出が経済産業省内で決定していて、松井一郎がそれを擁護しているならゲンコツものである。

経済産業省と東電側が提案した汚染水の処理方法は、(1)海洋放出 (2)地中への圧入 (3)大気への拡散 (4)地下埋設である。ライターの牧田寛はさらに(5)大型の恒久タンクを提案している。
(1)と(3)とは「薄める」ことを前提としているから、安全性の面から問題外であろう。

牧田は(2)が地震を誘発し、(4)は受け入れ先がないから非現実的だという。

じつは、アメリカなどで地震を誘発したのは、岩盤に含まれる石油を取り出すために、加圧して「岩盤破壊」を行っているからである。加圧方式でなく、地下深く1000メートルぐらいで、水を貯えることのできる地層がないか、調べ、そこに、汚染水を送りこめばよい。汚染水はその地層で拡散をおこし、いずれ海洋に流れ込むだろうが、十分時間がかかって海洋に達するなら、その間に、放射性物質も減っているだろう。福島第1原発の地下の地層をしらべ、その安全性を研究する価値があると思う。

また、次善の策として、大型の恒久タンクの技術的課題も検討すべきである。地震で壊れない大型タンクが簡単に作れるとも思えないからである。

福島第1原発の放射能汚染水処理の検証は、利害当事者の経済産業省でなく、予算をつけて環境省で進めるのが適切だと思う。

科学技術のビジョンのない「地政学」「地経学」は無用の長物

2019-06-29 21:39:03 | 原発を考える



2014年度は原子力発電はゼロであった。現在でも、日本で5基動いているだけだ。電源事情からすれば、原子力発電は不要のはずである。
なぜ、地震国、火山国、津波災害国の日本で、政府は、原子力発電所を無理やり再稼働するのか。

昨年の7月3日に閣議決定された『エネルギー基本計画』に「地政学」「地経学」という言葉があふれている。

これらは、戦前の大日本帝国の時代に、国策を練るときに使う言葉である。大日本帝国は石油資源が乏しいから南方に出て抑えなければいけないとか、鉄資源を抑えるために、北朝鮮、満州の守りを固くしないといけないとか、言って、他国の侵略、植民地経営を議論する時に使った言葉である。

この伝統が、民主主義の日本国で、経済産業省に生きており、エネルギーの自給のために、何が何でも、原子力発電をしなければならないのである。

なぜ、原子力なのか、が非合理的なところである。水力発電でも、太陽光発電でも、風力発電でもよいはずだ。

ここに、もう一つの、経済産業省の弱点がある。日本には、国立研究開発法人の産業技術総合研究所がありながら、国の産業政策に発言がないのである。経済産業省の役人は科学技術の専門家でないから、国の産業政策決定にあたっては、経済産業省は国内の大企業にヒアリングを行い、それをもとに、「地政学」「地経学」的観点から課長が基本方針案をまとめ、事務次官の了承のもと、審議会を開催し、基本方針案に権威を与える。審議員は、役所が選ぶのであるから、審議結果は、結局、基本方針案に沿ったものとなる。

太陽光発電や風力発電は確立した技術であり、しかも燃料など不要であるから、積極的に使えば使うほど、発電コストや建設コストは下がっていく。

問題は、『エネルギー基本計画』にあるように太陽光発電や風力発電は天候による変動があるから、電源系統の管理技術がいる。すなわち、常時、発電量と需要とのバランスを保たなければならない。ヨーロッパには電源系統管理技術があるが、日本の電源会社は、自分のところの電源(発電所の出力)を縄張りの工場やビルや住宅に分配すれば良いだけであったから、この技術をもつ必要がなかった。

大企業にヒアリングすれば、ない技術についての提案は出てこず、海外に売れない日本の原発産業を助けてくれという話に落ち着いてしまう。

科学技術のビジョンのない「地政学」「地経学」の産業政策は、言葉が過激でも、現状維持になってしまう。そればかりか、国民を危険に合わせてしまう。

考えてみれば、原子力平和利用は生まれたときから、いびつであった。

ドワイト・アイゼンハワー大統領は、原子爆弾製造産業が肥大し、軍産複合体が巨大化することを恐れた。その解決策として、原子力の平和利用を推し進め、兵器産業から、原子力の利用を引き離そうとした。

日本の原子力産業は、アメリカから技術を買ってくることで始まった。じつは、日本でも、自分たちで技術を作りたいという、技術者や科学者がいたが、それを押し切った形で進められた。日本の会社は、若い技術者をアメリカの会社に送り、研修させ、日本の原子力発電は始まった。東芝や日立は、原子炉建設の下請けで始まったのである。そして、そのときの技術者が、日本の原子力学会の重鎮におさまった。

だからこそ、日本の原子炉は海から冷却水がくみ上げられる低い位置に建設され、非常電源はアメリカでの設計の位置にあって、津波をもろに被ってしまったのである。

科学技術のビジョンがないから、日立や東芝やパナソニックのように、韓国や中国に技術の遅れをとる。社内闘争に勝つものが経営者になるのではなく、日本も、科学技術にビジョンをもつものが、会社の経営にあたらないといけない。

コソコソと原発を推進する政府と官僚に怒る、高村薫

2019-06-28 23:56:39 | 原発を考える

けさ(6月28日)の朝日新聞で、作家、高村薫が、安全性も確立されていないのに、なし崩し的に政府が原発再稼働を推し進めている、と怒っていた。寄稿『原発と人間の限界』である。

私も、この日本政府の無責任さと役人の陰湿さに怒らなければならないと思う。

昨年7月3日に第5次エネルギー基本計画が閣議決定された。しかし、その105ページにわたる『エネルギー基本計画』のどこにも、具体的な原子力エネルギーの比率が設定されていない。にもかかわらず、同じ日の経済産業省資源エネルギー庁の『エネルギー基本計画』についての解説、『新しくなった「エネルギー基本計画」、2050年に向けたエネルギー政策とは?』では、2030年の原子力発電の電源構成比率を20~22%としている。

すなわち、105ページにわたる基本計画の前に、原子力発電の電源構成比率が決まっていたのである。閣議決定された『エネルギー基本計画』に先立って、資源エネルギー庁は、同年3月26日の『2030年エネルギーミックス 実現へ向けた 対応について~全体整理』で、原子力発電の電源構成比率を20~22%と書いている。

では、閣議決定された「エネルギー基本計画」では、どう書かれているか。

「2013年度の(CO2)ゼロエミッション比率は再生可能エネルギー11%と原子力1%を合わせて12%程度であり、2030年度には再生可能エネルギーの導入促進や、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた原子力発電所の再稼働を通じて、44%程度とすること」

「2013年度のエネルギー自給率は東日本大震災後大きく低下し6%となったが、2030年度には再生可能エネルギーの導入促進や、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた原子力発電所の再稼働を通じて、24%とすること」

これらと合わせて、再生可能エネルギーの比率を上げないという暗黙の了解のもとに、資源エネルギー庁は、原発の比率20~22%が閣議決定されたとするのである。これは、ペテンでないか。

高村薫は、「原発の新規制基準に伴うコスト増や、40年を超えた原発の延命の困難などを考えると、原子力の比率の20%超という数字はおよそ現実味がない」と批判する。

いっぽう、エネルギー基本計画には、「年1%ポイント程度の上昇」で可能だと言っている。すなわち、年に2台程度の再稼働、または新規稼働を進めれば、可能だと、資源エネルギー庁は考えているのだ。経済産業省の役人は陰湿だ。毎年、少しづつ再稼働すれば、国民は気づかないとバカにしているのだ。

エネルギー基本計画の冒頭に、「第一に、東京電力福島第一原子力発電所事故の経験、反省と教訓を肝に銘じて取り組むことが原点であるという姿勢は一貫して変わらない」と書くが、「世界で最も厳しい水準の規制基準」と同じく、真実がない。「確率論的リスク評価(PRA)等の客観的・定量的なリスク評価手法を高度化し、リスク情報を活用した意思決定(RIDM)」などと、とんでもないことを書いている。

原子炉重大事故という頻度が少ないことに、正確な確率なんて推定できっこない。原発のリスクなんて気のせいで、国民への安全の広報に力を入れれば良いという考えが、エネルギー基本計画に貫いている。

高村薫のいうように、地震、火山、津波が頻繁に起きる日本では、使用済み核燃料の放射性物質の処分に妙案がなく、ひとたび事故が起きた際の想像を絶する放射能被害が起きる。

エネルギー基本計画では、相変わらず、使用済み核燃料の再処理、核燃料サイクルを唱えている。これらの、技術的に まったく見込みのない技術にお金をそそぐより、確立した技術の太陽光発電、風力発電を電源網に接続できるように、エネルギー基本計画の言う通り「欧州の事例も参考にしながら、『日本版コネクト&マネージ』の具体化を早期に実現する」を最優先化すべきである。

日本国の政策は、客観的な科学技術の見通しよりも、戦前と同じく、「地政学」「地経学」的な観点と大企業の利害で決まっているようだ。

世界には、原発なしで、うまく経済を回している国が多数ある。また、ドイツのように、2022年に原発をすべて運転終了すると宣言している国もある。

高村薫の結論「(原子力発電も)核兵器の拡散も地球温暖化も、そういう人間の不条理な本態と、度し難い欲望の写し絵」に私は同意する。

朝日新聞の原発事故現状告発を支持する

2019-05-21 22:23:25 | 原発を考える


きょう5月21日の朝日新聞3面の記事、「福島の復興 見栄え優先」「首相、防護服着ず廃炉視察」「統計から外される避難者」は、政府が事実を偽り、原発事故の問題が解決したかのような印象を与えようとしていることを告発したものである。

安倍晋三首相が、4月14日に、防護服とマスクを着けず、スーツ姿で車から福島第一原発に降り立った姿を、テレビが流した。この視察用高台の放射線量は、毎時100マイクロシーベルト超であるという。

この高台に1年間いれば、8,760ミリシーベルの放射線を浴びてしまう。原発事故のときの住民避難の目安は、年間20ミリシーベルトであった。また、緊急時特例として、作業員に課した限度は、年間100ミリシーベルである。この特例の87.6倍の放射線を浴びてしまうわけだ。

だから、安倍首相は6分ほどしか、この高台にいなかった。この高台には、誰も住むことができないし、作業は短時間で済ますしかないのに、安倍首相は防護服もマスクもいらない、と主張した。印象操作にすぎない。

原発1号機から3号機の周辺では、この高台がもっとも放射線量が少なく、他はもっと多い。いまなお、原子炉はメルトダウンしたままの状態である。

2013年に東京オリンピックの招致のために、安倍首相は「汚染水は管理下にある」と言ったが、汚染水タンクは増え続けている。そして、汚染水を海に放出するしかない、と東電の担当者は言いつづけている。汚染水が増えない根本策をいまだに取られていない。

さらに、避難者の数を減らすため、安全基準を緩め、避難解除をおこなっている。そして、避難民が、避難先で自宅を買うと、避難民からはずしている。

事実を偽って、福島が安全になったと印象操作をするのは、何のためか。疑うに、原発の全国的再稼働、福島の食品の販売、補償の打ち切り、などが考えられる。印象操作で事実を偽って、これらの政治的決定をなすのは、道義に反するのではないか。事実を明らかにして、国民の判断を仰ぐべきではないか。

福島第一原発事故を風化させることは、原発事故の被害者の見殺しであり、また、原発事故の教訓を生かさないことになる。

日本からの水産物を韓国が禁輸、日本のWTO提訴

2019-04-14 22:12:30 | 原発を考える


これは、放射能汚染を恐れて日本からの水産物輸入を禁止する韓国政府を、原発事故を起こした日本政府が、世界貿易機関(WTO)に提訴し、解除させることができるか、という問題である。

韓国政府は、東京電力福島第一原発からの放射能汚染水が流出しつづけているとして、2013年9月に、青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉の8県の水産物の輸入を禁止した。

これに対して、2015年3月に日本政府は、WTOに、日本の出荷基準や日本食品の放射性物質の観測データをもとに、「恣意的または不当な差別」とし、提訴した。

2018年2月の第一審で、日本政府の主張を認めたが、ことしの4月11日の第二審で上級委員会が、「食品の放射性物質をできる限り低くするため」という韓国の主張への考慮が不十分だとし、第一審を破棄した。この第二審がWTOの確定判決になる。

13日の朝日新聞は、2面に、これを「玉虫色の判断」、「日韓双方に良い顔をするずるい判決」とする評価をのせている。

私は「妥当な判決」だと思う。

放射性物質の量とそれによる病気の発生は、確率的である。どこに基準をおこうとも、病気にならない人も、病気になる人もいる。したがって、放射性物質汚染を出した側は、これくらいなら科学的に安全だと言い、食する側は、食べたくないと言う。これは、当たり前のことだ。「科学的に安全」は、これくらいなら我慢しなさい、と言っているにすぎない。

各国独自の安全基準を設ける権利がある、と私は思う。
実際、33年前のチェルノブイリ原発事故のとき、日本政府も、日本独自の基準をもうけ、イタリアからのスパゲティや生ハムの輸入を禁止した。

また、禁止される地域が、福島県だけでなく、8県にわたっているのは、魚は移動するから仕方がない。また、放射性物質も海流で拡散する。

8県の水産業は、日本政府や東電に損害賠償請求すべきである。福島第一原発の汚染水を実際コントロールできていない。

コントロールできない理由は、経済産業省が自分たちのメンツと原子力産業の育成にこだわっているからである。

汚染水をろ過するところから間違っている。あれは、単に東芝に仕事を与え続けるためだ。さらに悪いことに、私の中学校のときの同級生が、汚染水タンク製造をてがけ、田舎で成金になっている。

福島第一原発で、起きている問題は、メルトダウンした原子炉を今後何十年も冷やし続けなければならなく、原子炉の底が壊れているから、その水が地下室にたまることだ。

しなければならないことは、放射性物質のろ過でなく、循環型の冷却装置をとりつけ、新しい水の注入を避ける。周りの作業員に危険を及ぼさないように、一定以上の濃度に達したときは、敷地内の地下深い場所(地下2、3kmぐらい?)に地層処分する。また、施設の地下室の水圧を一定に保ち、周りからの地下水の流入を防ぐことだ。

経済産業省が、過去の誤った施策に固守せず、合理的な判断をくだすことである。科学的な思考ができない、経団連や自民党幹部のいいなりになることはない。