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ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

「マダム・バタフライ」68歳の別所キミヱ 3大会連続8強入り!

2016年09月12日 02時18分37秒 | 障害者の自立

 卓球女子シングルス(車いす5)で、日本選手団最年長68歳の別所キミヱ(兵庫県立障害者スポーツ交流館)が1次リーグ2試合を戦い、1勝1敗で3大会連続の準々決勝進出を決めた。視覚障がい者による柔道では女子57キロ級の広瀬順子(25=伊藤忠丸紅鉄鋼)が銅メダルを獲得。04年アテネ大会から採用された柔道女子で日本初のメダルとなった。

 茶髪の編み込みには38個の蝶々の飾り。車いすにはカラフルな蝶々のシール。試合後、審判に年齢を聞かれ「シックスティーエイト」と答えると「アンビリーバブル」とあぜんとされたという。「マダム・バタフライ」の愛称で親しまれる68歳のド派手おばあちゃんが堂々のベスト8入りだ。

 初戦でロンドン大会金メダルの中国選手にストレート負けを喫したが、続く香港選手との一戦では気持ちを切り替えて、バックのラリーで相手にプレッシャーをかけた。フットワークがきかない車いすで、強烈なスライスを駆使して相手が届かないコースに球を落とす「嫌らしい卓球」が持ち味だが、この日は封印。「ラリーで勝っている時は変なことはしない」と正攻法で2ゲームをあっさり連取した。第3ゲームは10―8から3連続失点するピンチだったが、最後は相手のミスを誘って12―11で、ストレート勝ちし「よく集中できてましたね」と自賛した。

 42歳の時に腰の骨に腫瘍(仙骨巨細胞腫)ができて2度手術。下半身にはまひが残り、車いすでの生活が始まった。新聞記事でその存在を知り、リハビリのために45歳で始めたのが車いす卓球。パラリンピックは今回が4度目出場になる。

 もともと用具提供を受けた卓球用品メーカー「バタフライ」の宣伝を手伝うためにつけた蝶々の髪飾り。「球がひらひらと舞って相手コートに落ちるように」との思いも込める。今回38個にした理由は「うそのサンパチ。うそでいいから入ってくれってね。次は39個。勝たせてくれてサンキューです」と笑顔を見せた。

 どこまでも元気で明るい68歳。「この年でパラリンピックの試合をできるなんて、こんな幸せなことはない」。ばっちりメークの表情に充実感を漂わせた。

 ◆別所 キミヱ(べっしょ・きみえ)1947年(昭22)12月8日、広島県生まれの68歳。加計高卒。兵庫県明石市在住。04年アテネ大会から4大会連続出場。08年北京、12年ロンドンはいずれも5位。40歳の時、夫を病で亡くす。子供は2人、孫は3人。1メートル60、52キロ。

 2016年9月11日    スポーツニッポン

 


発達障害と診断の高畑裕太 一般の職業人も苦労するもの

2016年09月12日 02時12分52秒 | 障害者の自立

 米国政府の最新調査によれば、子供の11%は発達障害の一種、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の素因を持っているという。確かに、落ち着きがなく衝動的に行動する子供は教室を見渡せば必ずいた。高畑裕太容疑者もまた、幼い頃に発達障害と診断されたという。成人後も彼らは、家族は、みな人知れず苦悩している。彼らの社会での生きづらさとは…。

 黒のロングワンピースにお団子頭。目はうつろで、自宅玄関までの一歩一歩が重い。

 9月4日の夜9時、舞台の稽古を終えて帰宅した高畑淳子(61才)は、女性セブン記者に気づくと、気だるそうに立ち止まる。「息子さんのことで…」――そう話しかけた記者に対し、黙ったまま深くお辞儀をすると、自宅に入っていった。

 8月23日に長男の裕太(22才)が強姦致傷の疑いで逮捕され、同26日には高畑が63分間立ちっぱなしの謝罪会見を開くも、母子へのバッシングはやまなかった。息子の裕太は結局、不起訴となり9月9日に釈放され報道陣に30秒間、深々と頭を下げた。

「会見はセリフ覚えるほど見ましたけど、ほんまに過保護が服着てしゃべってる感じやね。芝居がかってる。上手に泣いてましたわ。仕事の関係者に謝罪している会見でね。被害者が見えない」

“西の女帝”こと上沼恵美子(61才)がぶった斬ったのをはじめ、芸能界のご意見番からも辛辣な声が噴出した。

「(逮捕10日前に裕太と共演した際)人の話は聞かない、挨拶はできない。50年仕事してきてるけど、初めて怒鳴ったね。“おまえ仕事なくなるよ、近々”って」(中尾彬)

「一度怒ってるから、おれ。どこからが天然で、どこからがキャラ作りなのか、見えないんだよね。悪い子じゃないけど、ガチで怒った」(坂上忍)

 袋叩きに遭う母子だが、強姦致傷という犯罪を鑑みれば、少なくとも息子の擁護などできるはずがない。

「ただ、キャラやテレビ受けではなく、“本質的な部分”で人と違った点があったことは犯罪とは別の問題だと思うんです」

 と話すのは、裕太を知る芸能関係者である。

「言動に脈絡がなく、いきなり違う話をしたり、突発的に女性について行ったり…。“天然”という枠では収まらない何かがあった」(芸能関係者)

 本誌前号で報じたが、高畑は過去のインタビューで、裕太が幼少期に「発達障害」と診断されたことを打ち明けている。1秒もじっとしていることができず、教室の机はゴミだらけ。かばんを忘れて学校に行くことも日常茶飯事。

「目を離したら何をするかわからない」という恐怖から、高畑はがんじがらめの子育てをしてきた。

「幼少期から“あれをやれ、これをやれ”と全てを手取り足取り指示し、日常生活を丸ごと管理してきたそうです」(別の芸能関係者)

 10人に1人の子供が発達障害とされている現代において言葉だけが広く浸透し、少しの成長遅れでも「もしかしてうちの子も…」と心配する母たちが増えた。一方で「大人の発達障害」についての無理解が指摘されている。児童心理司の山脇由貴子氏が語る。

「発達障害は生まれつきのもので、本人の努力で改善するものでも、大人になったら自然と消えるものでもありません。物忘れが激しい、衝動的に動いてしまう、空気が読めない、他者を傷つけることに鈍感など、成人後もさまざまな面で向き合っていかなければならないのです」

◆俳優という職業が鬼門だった

 発達障害には「衝動性」「不注意」「多動性」を特徴とするADHD、コミュニケーション障害と共感性の欠落を特徴とするアスペルガー症候群、学習能力に障害があるLD等が挙げられる。

 複合的に発症する場合もあり、山脇氏の言うように、先天性の上、成長と共に解消されるものではない。自身もADHDと診断された元メーカー社員のAさん(41才男性)が話す。

「いつまでにこれをやるといったスケジュール管理ができず、エクセルでプレゼン資料を作っていても、別のことが頭をよぎるともう気を取られて集中できない。机の整理も全くダメ。昔からこうだったのですが、あまりにも上司に怒られることが多く、見かねた同僚がすすめてくれたんです。“一度医者に診てもらった方がいい”って。結果はADHD。ショックでした。診断結果を上に伝えた直後に異動を命じられたこともあり、おれはもうダメなんだと自分を追い詰めてしまって…。結局退社しました」

 Aさんは以後、派遣社員として働くも、うっかりミスの多さは変わらず、どこに行ってもなじめないまま、入退社をくり返しているという。同様の声はネット上にも多数あり、一様に生きづらさが吐露されている。

《書類をもっと端的にまとめて、と上司に言われても、“端的とはなんだろうか”と延々考え続けてしまい、何も書くことができない》

《場の空気を読めないといわれても、“空気”という概念事態が分かりません》

 前出・山脇氏が語る。

「本来、適材適所な仕事があるはずなんです。ADHDであればデザインや企画職などクリエーティブな仕事を、アスペルガーの場合は一つの事に没頭する研究職などが向いています。病気ではなく、その人の特性なので、周囲の人間は彼らの個性を長所にするために何ができるのかを考えなければいけないのです」

 例えばエジソンやアインシュタイン、ジョン・F・ケネディも発達障害だったと伝えられており、水泳選手のマイケル・フェルプス(31才)も幼少期にADHDと診断された過去を明かしている。

 日本人でも、黒柳徹子(83才)、勝間和代(47才)、栗原類(21才)などが発達障害であることを告白。『いま、会いにゆきます』の著者である作家・市川拓司(53才)は、自身が発達障害であることを明かした上で、過去本誌にこう話している。

《発達障害には、自分の好きなことに対しては一点突破で得意なものを持てる人が多い。発達障害につきものの特性は、自分にとって“宝”なんです》

《理解のある母親だったので、子供の頃から“もっとやれ”という感じで、無理やり矯正されたり、叱られたりすることがなかったことが大きかった》

 大切なのは、がんじがらめの管理的教育ではなく、見守ること。

「子供の特性を把握し、どこに気をつけ、どんな分野なら“自立”して生きていけるのか。その方向を見極め、伸ばしてあげることが親には求められます。発達障害の子を持つ親は、えてして過干渉になってしまいがちですが、それは逆効果なのです」(山脇氏)

 厳しく叱り、躾けようとした高畑は、息子の特性を正しく理解していたといえるだろうか。結局のところ、裕太にとって、多数のスタッフや共演者と息を合わせて作品を創る「俳優」という職業は鬼門だったのかもしれない。

 短大でバンド活動を始めた彼が俳優業にも興味を示すと、母は誰よりも応援した。

「全ての撮影現場に裕太さんを連れて行き、挨拶回りをしていましたからね。彼がオーディションを受けるたびに高畑さんが周囲に猛営業して回っていました」(前出・別の芸能関係者)

 裕太の出演番組があればブログで必ず告知・宣伝し、ドラマに出れば演技を褒めまくる。《親バカです》という言葉がブログに躍ったのは数知れず。その間、母の知らぬ所で彼は共演者に多大な顰蹙を買い続けていた。

「いろんなかたに、かわいがっていただけているのだと思っていました」 謝罪会見で高畑はそう話し、号泣した。

※女性セブン2016年9月22日号


柔道・正木が銅、車いすバスケ男子は3連敗 パラリンピック

2016年09月12日 02時03分23秒 | 障害者の自立

 リオデジャネイロ・パラリンピック第4日(10日)柔道は男子100キロ超級で前回の2012年ロンドン大会覇者の正木健人(エイベックス)が3位決定戦でイラン選手に一本勝ちし、銅メダルを獲得した。柔道の日本勢は銀1、銅3で競技を終え、日本選手団のメダルは競泳の銅1を加えた計5個となった。

 車いすテニスは女子シングルス1回戦で上地結衣(エイベックス)がブラジル選手に6―0、6―0で完勝した。

 ボッチャが始まり、チーム(脳性まひ)で日本はオランダ、英国に連勝した。車いすバスケットボール男子はオランダに59―67で敗れ、1次リーグ3連敗となった。

 陸上の女子走り幅跳び(切断などT42)では日本新の3メートル68をマークした前川楓(チームKAITEKI)が4位で、大西瞳(ヘルスエンジェルス)は6位だった。競泳は男子100メートル平泳ぎ(運動機能障害SB7)の中村智太郎(日阪製作所)が7位だった。

 卓球は日本勢最年長の68歳、別所キミヱ(兵庫県障害者スポーツ交流館)が女子シングルス(車いす5)準々決勝で敗れ、男子シングルス(知的障害)の竹守彪(TOMAX)は1次リーグで敗退。自転車の男子1000メートルタイムトライアル(運動機能障害1~3)は藤田征樹(日立建機)が11位、川本翔大(大和産業)が13位。

車いすバスケ男子予選オランダ戦で攻め込む香西

2016/9/11    日本経済新聞


福祉施設など対象 防犯対策で研修会

2016年09月12日 01時58分58秒 | 障害者の自立

◆相模原事件受け高崎市

 今年七月に相模原市の障害者施設で多数の入所者が殺傷された事件を受け、高崎市は市総合保健センターで市内の社会福祉施設などを対象に防犯研修会を開いた。

 対象は、市内の障害者施設や高齢者施設など。入所者などの安全確保を図り、防犯対策や意識を高めるのが狙い。五日は施設長ら約二百五十人が参加した。

 高崎署の署員二人が講師役を務め、防犯の心構えや不審者の見分け方などを解説。出入り口の鍵や防犯カメラなどの定期的な点検の重要性を訴え、「『まさか自分のところでは起きないだろう』ではなく、『もし起きたらどう対応するか』という心構えで準備することが大事」と強調した。防犯機材の紹介では、不審者に対応する刺股(さすまた)の使い方なども実演した。 

2016年9月11日   東京新聞


パラ柔道・北薗選手、妻子に誓ったメダルあと一歩

2016年09月12日 01時51分53秒 | 障害者の自立

 妻子に誓ったメダル獲得は、かなわなかった。リオデジャネイロ・パラリンピック柔道男子73キロ級(視覚障害)に出場した北薗新光(きたぞのあらみつ)選手(25)=アルケア、神戸市中央区在住=は、前回ロンドン大会の100キロ級から大幅に減量し飛躍を期したが、3位決定戦で敗北。自宅で結果を待った妻の理紗さん(37)は「残念だったけれど前を向いてほしい」と夫をねぎらった。

 北薗選手は神戸市北区で生まれ育ち、三田学園中(兵庫県三田市)、育英高(神戸市長田区)に進み、兵庫県高校総体で8強入りした。京都産業大入学前の精密検査で両目の網膜色素変性症が判明。互いに組んだ状態から競技する視覚障害者柔道の道に転向し、視力は0・05以下という。

 大学時代に初めて臨んだ前回ロンドン大会は100キロ級で出場し7位。「小柄なので海外選手に力負けしてしまう」と痛感し、自身の身長169センチに対し、より適した73キロ級を目指して体重減に挑んだ。

 大幅減量を支えたのが、昨春に結婚したばかりの理紗さんだった。ブログでアスリートの妻たちが紹介する料理を参考に、食べ応えがある低カロリーの食事を日々研究。体重を減らしつつ筋力の維持を図った。

 北薗選手が「過酷だった」という減量生活を乗り越えられたのは、今月17日に1歳を迎える長女紗輝(さき)ちゃんの存在もあったから。「メダルを持って帰ってくるな」。まな娘にそう伝え、神戸からリオに向かった。

 理紗さんは10日早朝、インターネットの速報で結果を知った。「これ以上ほかにできることがあるのか、というくらい取り組んでいた」と夫の努力をたたえる。そして「落ち着いたらまた、一緒に進んでいこう」。夫婦の脳裏には4年後の東京がある。

柔道男子73キロ級3位決定戦で、ドイツの選手(左)と対戦する北薗新光選手

2016/9/10    神戸新聞