豪雨や水害など自然災害の多い季節。8月末に東北や北海道を中心に被害をもたらした台風10号では、岩手県岩泉町の高齢者施設で入所者9人が亡くなり、避難の難しさがあらためて浮かび上がった。地震なども含め、災害時に「弱者」となりうる高齢者や障害者の安全をどうやって守るのか。対応が急がれる中、県内の関係者らも頭を悩ませている。 (中川耕平)
宇都宮市南西部にある「グループホームおおぞら」には、七十~九十代の男女九人が暮らす。いずれも認知症を抱え、食事や入浴など日常生活のケアを受けている。
災害に備え、施設では火災や地震を想定した独自の避難マニュアルを整備してある。入所者がそれぞれの部屋から廊下を通り、職員の誘導で正面玄関か裏口から外へ逃げる避難訓練も年二回、実施している。
だが、県認知症高齢者グループホーム協会長も務める、おおぞら代表の小島博さん(62)は「訓練を繰り返しても、(入所者は)避難経路や避難場所を忘れてしまう」と明かす。
施設は高台にあり、マニュアルに水害への対応は盛り込んでいない。「災害は年々、身近になっている。マニュアルや職員の意識をあらためて見直す必要がある」。昨年九月の関東・東北水害などを受け、小島さんは危機感を強める。
県によると、今月一日現在で、県内には百七十三の高齢者グループホームがある。大半が定員九人か十八人の規模で、入所者三人ごとに一人の職員がつく。多くの施設では、夜間から早朝は宿直体制となり、おおぞらの場合、午後七時半から翌日の午前七時までは、職員が一人の状況だ。
小島さんは、災害が予測できる場合は宿直の職員を増やすなどの対策が考えられる一方、施設だけでは限界があるとも話す。「自力で避難できない高齢者はおぶったり、担いだりして避難させるしかない。命を守るためには、地域住民など周囲の協力が欠かせない」
災害時は、障害者への配慮も欠かせない。障害者支援をする鹿沼市のNPO法人「CCV」の職員、中尾貞人さん(38)は「発達障害や精神障害がある人は環境の変化に弱く、パニックを起こしやすい」と話す。
障害者の中には集団生活が苦手なため、避難所で周囲から隔離された空間をつくるなど、特別な対応が必要な場合もある。
中尾さんは「どうやって避難させるのかと合わせ、被災後に健常者と一緒に生活するための方法も、社会全体で考えていくべき大きな課題」と指摘する。
関東・東北水害では、栃木市の障害者支援施設が土砂災害に見舞われ、施設の一部が埋まったものの、毎月の訓練が生き、三十二人の入所者全員が無事だった事例もある。
防災マネジメントに詳しい宇都宮大地域デザイン科学部の近藤伸也准教授は、「平時から、どこにどのように避難させるのか、滞りなくできるように準備しておく必要がある」と語る。
岩泉町での被害を受け、原因や今後の対策を振り返る必要があるとも強調する。その結果を全国の施設で共有することが、災害時の備えに結び付くという。
日々、現場で高齢者や障害者と向き合う人々は「行政や地域と一体となり、解決策を探ることが重要」と考えている。それは災害から「弱者」だけでなく、社会全体の暮らしを守ることにもつながるはずだ。
避難時に使うグループホームの裏口を示す小島さん。「避難には周囲の協力が欠かせない」と強調する
2016年9月11日 東京新聞