「統合失調症」の歴史は精神医学、精神科の歴史と言ってもよいほど古く、19世紀にさかのぼります。実はそれまで、心の病気(特に精神病と言われていたもの)はバラバラに記載され、きちんとまとめようという考えがありませんでした。それを19世紀の終わりに、クレペリンというドイツの精神科医が二つに分類しました。「早発性痴呆(ちほう)(現在は認知症といいます)」と「躁(そう)うつ病」です。
前者は慢性的に自発性が低下し、対人関係が維持できなくなり、社会適応が困難になる傾向を特徴としています。典型的には思春期以降に発症するもので、「早期に痴呆(認知症)状態が発症する病気」と考え、「早発性痴呆」と命名されました。その後20世紀初頭に、スイスの精神科医ブロイラーが、クレペリンの提唱した「早発性痴呆」の最も重要な特徴は認知症状態ではなく、「さまざまな精神機能間の連絡が分断されること」として、ギリシャ語の精神(Phrenie)が分裂(Schizo)した病気、つまり“Schizophrenie”という造語を提唱しました。わが国では長崎大学の石田昇氏によって「精神分裂病」と直訳され、それ以来ほぼ1世紀にわたり、この病名が用いられてきました。
さて「精神分裂病」という病名を聞いて、皆さんはどんな病気をイメージするでしょうか。「精神」が「分裂」してしまい、行動もめちゃくちゃになって、「怖そう」な病気と感じてしまうかもしれません。そのような病気では決してないのに、「精神が分裂する」というあまりに人格否定的な言葉により、多くの誤解と偏見(スティグマ)、それによる不当な差別が生じてしまいました。
実際には、言葉の連想が分断するだけです。本人にも告げにくい病名なんて、本来あってはいけないのです。そしてついに、全国精神障害者家族連合会が、日本精神神経学会に病名変更を要望しました。1993年のことです。これが契機となり、同学会を中心として特別委員会が組織され、2002年に「統合失調症」という病名が誕生したのです。
では、どうして「統合失調症」なのでしょうか。ヒトはかなりのエネルギーを割いて、外界からのさまざまな不必要な刺激を遮断し、思考や行動を一つの方向に「統合」しています。そのことで生きていくために必要なことをこなしています。しかし、何かの拍子に「統合」の機能が不調になると、余分な刺激にさらされた神経に対し、例えば「幻覚」のようなものが起こり、それに対して疲労困憊(こんぱい)した思考は批判的になれなくなり、現実感覚を失うと「妄想」が出現することになります。これが「統合失調症」です。
近年、精神疾患の治療目標は単に症状を治すことだけでなく、“ノーマライゼーション”(一般社会の中で、障害者が障害を持たない人とともに普通に生活できること)であるとされています。この病名が、真のノーマライゼーションの一助になることを信じています。
岐阜大学精神科医 塩入俊樹氏