1972年の沖縄返還のとき、日本政府がアメリカに対し、巨額の財政負担を約束した、いわゆる「沖縄密約」の公開を求めた裁判で、元外務省のアメリカ局長であった吉野文六氏(91歳)が、東京地裁での口頭弁論で、密約があったことを認め、その密約文書に署名したことを証言した。
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沖縄は敗戦後27年間にわたり、アメリカの占領下におかれた。
アメリカは太平洋戦争の当初から、台湾とともに沖縄をアジアの軍事的拠点として占領する候補にあげていた。候補の一つである台湾は、風の具合が爆撃機の離着陸に不適当であったために、アメリカは戦争の進捗とともに沖縄をターゲットにするようになった。
日本国内で、沖縄が真っ先に攻撃されたのは、そんな理由からである。
したがって、米軍にとっての沖縄は、東アジアの共産化にそなえての重要拠点であり、基地の存続に強く固執することになる。
アジア太平洋戦争後の大きな戦争である、朝鮮戦争とベトナム戦争では、沖縄の米軍基地が非常に重要な役割を担った。
ソ連の崩壊とともに東西冷戦が終結したあとも、アメリカは中東や東南アジアの紛争に介入し続ける。そのための軍事基地として、沖縄は現在でもアメリカにとって重要な軍事拠点なのだ。
つまり、憲法で軍事力を持たないことになっている、日本の安全を保障するために駐留する米軍という大義名分は、名実共に崩壊しているのである。
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米軍占領時代に義務教育を受けた日本人の多くは、当時の沖縄を「米軍による信託統治領」と教わったと思う。しかしそれは誤りであって、「信託統治」とは、国連からの委託で先進国が発展途上国を管理するものであるが、アメリカの沖縄占領は独断であって、明らかに戦勝国としての圧力によるもので、国際法違反であった。
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国際情勢と日米関係の変化にともない、日本側はアメリカに対して領土の返還を要求。アメリカもそれに応ぜざるを得なくなった。しかし、日米安全保障条約という軍事同盟を盾に、アメリカからは基地は残したままなら返還に応じても良いという提案が出された。それに対し、沖縄住民は当時の屋良朝苗主席を先頭に、核抜き・基地抜きの完全返還を強く求めた。
それに対し、自身の在任期間中に沖縄返還という大きな実績を残したかった佐藤栄作首相は、基地付でも核付きでも、とにかく返還という事実を作りたいがために、様々な裏工作を外務省に命じたのだ。
基地、核、戦闘行動など、沖縄が抱える様々な問題を、アメリカと、日本の国民全体、そして沖縄住民のすべてを丸め込むために交わされたのが、沖縄密約である。
返還後の沖縄に核は持ち込まないことになっているにもかかわらず、実際には現在でも沖縄の米軍基地には核弾頭が保管されていることが疑われている。つまり、日本の国内向けには、非核三原則(作らず、使わず、持ち込ませず)を唱えながら、実は、アメリカに対しては秘密裏に持ち込みを許可していたのである。
佐藤栄作は、この非核三原則でノーベル平和賞を受賞し、史上例のないブラックユーモアといわれた。
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そして今回、吉野文六元外務省局長が証言したのは、返還時にかかわる日本側の負担金の問題である。
沖縄返還に際し、日本側は3億2000万ドルの負担金を了承した。元々この金額も、根拠があってのものではなく「つかみ金だ」(吉野氏)という。
3億2000万ドルのうちの、施設の返還にかかわる原状回復費用400万ドルが、密約の対象である。本来原状回復にかかわる費用は、アメリカが負担するべきものであった。しかし、アメリカの議会から、400万ドルの負担は承知できないという意見が出る。アメリカの議会を通過しなければ予算は組めない。日本がそれにこだわり続ければ、返還は大幅に遅れることになる。
すでに述べたように、早期返還を望む佐藤政権は、最初、3億1600万ドルであった負担金に400万ドルを加算し、総額の中に埋没させた。そのうちから400万ドルをアメリカの銀行に基金として一旦入金し、そこからあたかもアメリカが負担したように見せかけて、沖縄にバックするというものである。
しかし、その基金が全額沖縄には渡っていないという話も聞く。
負担金全体からすれば400万ドルはほんのわずかに過ぎないが、問題はその金額ではなく、国民を欺いて税金が使われたことである。
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今から37年前、毎日新聞の西山太吉記者(78歳)は、当時交際中であった外務省女性事務官の蓮見喜久子さんから、上記の内容に関する機密文書を入手し、それを元に告発記事を書いた。しかし文書の存在は、情報元保護の原則から記事にしていなかった。
しかし、この問題をなんとか国会で取り上げられないだろうかと考えた西山氏は、「十分慎重に取り扱って欲しい」と念押しして、若手の社会党議員に手渡してしまった。
功を焦った議員は、西山氏の意に反し、議場で秘密文書を振りかざしてしまうことになる。
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西山氏は、女性事務官を「そそのかし」て機密文書を漏洩させたとして、密約問題そのものは裁判の俎上に乗らず、マスコミは新聞記者の女性問題として騒ぎ立てた。
実際は特ダネに困っていた西山氏に、恋人の蓮見さんが情報を提供しようという好意から文書を見せたものであって、「そそのかし」ではなかったというのが、現在でのおおかたの判断である。
毎日新聞は「そんな、卑劣な取材をしているのか」と批判され、多数の読者を失うことになった。
西山氏と蓮見事務官は国家公務員法違反(機密文書漏洩)で有罪となる。吉野文六氏はこの時の裁判で検察側の証人として出廷し、機密文書の存在を否定した。
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吉野氏は、「(政府は)もう認めるべきだ」「歴史を歪曲することは、国民のためにならない」と語り、今回の裁判の証人として出廷した。
2時間にわたる吉野氏の証言のあと、傍聴席にいた西山氏は、退廷する吉野氏と言葉を交わし、軽く握手をしたという。
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まもなく2012年を迎えようとしている。地球が滅亡することはないだろうが、世界は大きな変化を見せようとしている。
アメリカでは黒人の大統領が誕生し、日本では政権交代が成った。政権交代そのものはたいしたことではないが、それも変化の一つととらえることはできるだろう。
なお、機密文書漏洩事件は、通称「西山事件」と称され、それを題材にした山崎豊子氏の『運命の人』(集英社)は、第63回毎日出版文化賞特別賞を受賞した。
また、澤地久枝氏の『密約』(岩波現代文庫)はかなり正確に調査された労作である。
西山太吉氏本人の著作としては、『沖縄密約』(岩波新書)がある。
リンク→
澤地久枝『密約 外務省機密漏洩事件』
西山事件~『運命の人』読了
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