ひまわり博士のウンチク

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『坂の上の雲』とはどういう作品か

2009年12月19日 | 本と雑誌
 NHKの連続ドラマ、司馬遼太郎の『坂の上の雲』が始まって、高視聴率を上げているようだ。
 しかし、司馬遼太郎は生前、この小説の映像化をずっと拒否し続けて来たと言う。
 実際、この小説に対する批判は多い。
 何が問題なのか、司馬はなぜ映像化を拒否したのか、そしてなぜ、今テレビドラマなのか。
 
 「見てはいけないドラマ」、『坂の上の雲』問題の全貌を解説した多くの本のうち、よく書けていると思われる2冊を紹介する。
 
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 『坂の上の雲』は旧松山藩士の子である秋山好古(あきやま よしふる)・真之(さねゆき)兄弟と、その友人である正岡子規が主人公である。
 時代は日本が列強の仲間入りを目指して軍備を強化し、日清・日露の二つの戦争に突き進んで行く過程を描く。
 物語の最初は希望に溢れる青春時代が描かれているが、正岡子規の死後は、戦術を戦略を主体にした戦争物語へと、様相が変化する。
 『坂の上の雲』は、日清・日露戦争は朝鮮及び中国に対する侵略ではなく、日本の防衛のためであり、朝鮮の独立を目的としたものであるという歴史観のもとに描かれている。
 この考えは、後の韓国併合、満州国設立の事実からしてまったく矛盾し、豊臣秀吉の朝鮮征伐の野望を引き継いだ侵略戦争以外のなにものでもない。
 
 「自由主義史観研究会」の藤岡信勝は、『坂の上の雲』を近現代史のバイブルのように扱い、侵略戦争を正当化している。
 
 晩年の司馬遼太郎は、太平洋戦争については侵略戦争であることをはっきりの述べている。そのため、日清・日露戦争を侵略戦争が「防衛のため」の戦争であるとした『坂の上の雲』の歴史観とは矛盾することになり、作者の内部に揺らぎが生まれた。それが、軍国主義・帝国主義を美化する表現のこの小説の映像化を拒否したと考えられる。
 
 「これはちょっと余談になりますけれども、この作品はなるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品でもあります。うかつの翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりする恐れがありますからね」(『司馬遼太郎『坂の上の雲』なぜ映像化を拒んだか』)
 
 しかし、司馬の死後、なぜ今NHKがドラマとして描くのか。
 
 「司馬遼太郎『坂の上の雲』なぜ映像化を拒んだか」(牧 俊太郎 著/近代文藝社 刊)では、いかに明治という時代背景を考慮したとしても、それゆえに侵略を否定し、軍国主義を美化することは誤りであると原作を批判し、作者自身もこの作品を取り扱う上で慎重であったことを解説している。
 
 この本の最も重要な部分は、「終章 NHKはなぜあえてドラマ化にふみきったのか」で、この作品が企画される時点で、当時の自民党政権とNHK上層部との間で、かなりの癒着があっtことを、関係者の発言から分析している点だ。
 以前、安倍晋三、中川昭一の両氏による、従軍慰安婦問題を扱った特集への介入があったことは、おおかたの知るところだが、その影響をNHK幹部は現在もひきずっていると言う。
 
 『坂の上の雲』問題の基礎を知る上ではたいへんわかりやすくまとめられてあり、ドラマを批判的に見るための手引きとなるだろう。
 ただし、著者は『坂の上の雲』のみに焦点を合わせて本書を書いており、他の司馬作品や、司馬遼太郎そのものを批判するものではない。
 
 「『坂の上の雲』と司馬史観」(中村政則 著/岩波書店 刊)は、直接NHKのテレビドラマについて触れている本ではない。司馬遼太郎の歴史観を、歴史学の観点で照らし出したものだ。
 基本的な歴史観は、牧俊太郎氏の著作と異にするものではなく、むしろ時代背景や二つの戦争の分析をより深く掘り下げている。
 
 主人公の二人の兄弟の実像が描かれている一文などもあっておもしろい。
 兄は国家試験をごまかして受験したこと、弟は手のつけられない餓鬼大将であったことなど。また、正岡子規の闘病生活など、本書の主題からはいささか外れているといえなくもないが、興味深い。
 
 ドラマについては触れていないと書いたが、後書きに数行、皮肉とも取れる記述がある。
 
 今回の『坂の上の雲』のテレビ放映化も、国民の歴史意識のあり方に大きな影響を与える可能性がある。テレビ放映は今年11月29日(日)から足掛け3年間、13回にわたると言う。私は3年ももつのかという気がするが、おそらく数百万に達するであろう司馬ファンは、鶴首して待っているに違いない。これを機会に、私もテレビと歴史認識の関係について考えを深めていきたいと思う。
 
 
 何が問題かをとりあえず知るには牧氏の本を、時代背景や作品の成り立ちを追求したい向きには中村氏の本が良いだろう。
 牧氏は各所で中村氏の著作(岩波ブックレット、岩波新書など)を引用しているので、両方読み合わせてみてもいい。牧氏の本は税込1000円と安価なので、中村氏の本(税込1890円)と併せても2890円である。
 
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