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吉野源三郎『君たちはどう生きるか』

2018年01月23日 | 本と雑誌


『漫画 君たちはどう生きるか』が売れているということで、どう編集し漫画化しているのか興味があって購入した。
原作はあまりにも有名なのであえて説明は必要ないと思うが簡単に。

著者の吉野源三郎(1989-1981)は元岩波書店の編集者で児童文学者。『君たちはどう生きるか』は当初、山本有三に執筆を依頼したが健康を害していたためにできず、吉野自らが書くことになった。
初版発行は1937年で、この年は7月に盧溝橋事件が勃発、中国との本格的な戦争が始まった。12月には南京大虐殺が発生する。
内容にマルクスの剰余価値論やプロレタリアートとブルジョアジーの違いを述べている個所があり、(こうした呼び方はしていないが)「この区別を見落とすな」とむすんでいる。
治安維持法があった時代で、4年後の1941年にはさらに改悪されており、このようなリベラルな本は発行がほんの少し遅れていたら、この世に出なかった可能性がある。

本書の読者対象は、中学生が中心である。この古い本が漫画化されたことで再び脚光を浴びることになったのだが、子どもたちに内容が求められたわけではなさそうな気がする。露骨に資本主義を批判せず、共産主義をアピールすることもない、やんわりと「いい世の中作り」が表現されていることから、リベラルな大人たちが求めているのではなかろうか。
ずっと必読図書の1冊にされてはいたが、そもそも必読図書とは大人が子どもに読ませたい本であって、必ずしも子どもが読みたい本ではない。漫画にしたからといって飛びつくはずもない。漫画というだけなら『ジョジョの奇妙な冒険』や『ワンピース』などの方を積極的に読みたがる。「この本を読みなさい」と言われて「はい、わかりました、お父様、お母様」などという子どもは、今ではドラマの世界にしかいない。
親が読んで子どもに伝えることができれば、親子で共有できていちばんよいかもしれない。
もっとも読んで欲しい大人は、トランプ米大統領と安倍首相か……

とはいうものの、活字離れが著しい昨今、漫画にすることが効果的なのは否定できない。
それにしても、100万部超とは、なぜこれほど売れたのか、さっぱりわからない。マスコミの影響としかいいようがない。

この本の重要な部分は、各項目ごとに出てくる「おじさんのNOTE」にある。そのほかは物語のつなぎであって、著者が伝えたいことの大半は、この「NOTE」に集約されている。漫画化されているのはつなぎの部分、しかも抜粋であって、「NOTE」はまったく漫画化されておらず、ほぼ原文のままである。修身など教育方針や時代背景にギャップがあり、編集者としてはここをどう漫画化するかで悩むところなのであろうが、漫画家はこれを完全に放棄してしまったようだ。これでは漫画の部分だけ読まれて、肝心の「NOTO」は飛ばされてしまう可能性が大きい。

過去には大ベストセラーになったのに完読されていない本が少なからずあった。エーコの『薔薇の名前』、ゴルデルの『ソフィーの世界』などが業界では有名で、購入した人の多くが途中で挫折している。これらはいずれも大冊で、読むこと自体大変なエネルギーが必要だが、最近の中学生の多くは、本書のような「真面目な」内容の本はたった300ページ程度でも途中で放り出しかねない。
ほんとうに読んでもらうためには、読書会や感想文コンテストなどをやるとよいのではないかと思うが、しかし、学校で担任の教師が課題を出したりすれば、保守的なPTAが赤教師だの偏向教育だのと怒鳴り込んできかねない。何ともやりにくい時代である。



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