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偶然の音楽/ポール・オースター(柴田元幸訳)/p11 感想その8「壁へのステップ」

2018-02-10 20:36:07 | 本の要約や感想
前回では、この小説は途中からリアリティが薄くなるような気がする。と書いた。

どこからか? というと、ジム・ナッシュが「世界の街」を初めて見たあたりから、そして、その直後のディナーの場面でとくにストレンジな雰囲気が食堂に漂う。

時系列を少し前から説明をすると、ジムとジャックはニューヨークから車に乗ってペンシルバニアにある二人の富豪の住む屋敷へ苦労して辿り着いた。

フラワーとストーンと呼ばれる男二人が出迎え、飲み物をジムとジャックに振る舞い、自分たちがどうして金持ちになったかを語った。

その後、屋敷の部屋や調度品の紹介と案内と自慢話のツアーが始まり、最後にフラワーとストーンのそれぞれのプライベートな部屋に通された。

フラワーの部屋には奇妙な骨董品ばかりが蒐集陳列され、ストーンの部屋では「世界の街」というミニチュアの街並が広がっていた。

「世界の街」はストーンが部屋の中でライフワークとして取り組んでいる手作りの街で、広い台の上のその架空の街にはその街に住む人々の人形たちに混じってストーンやフラワーのミニチュア人形も置かれていた。

そしてストレンジ感のある問題のディナーが始まり、その後にポーカーのルールを決めてゲームが始まった。

静かに始まった勝負は中盤からジャック・ポッツィにツキが回ってくるとジャックは勝ち続け、ジャックの後ろで観ていたジム・ナッシュはこれで勝負はついたなと安堵し気を緩めてしまい、1時間ほど外に出て戻ってみると形勢はすっかり逆転していて、ジムはポケットに残っていた金をすべてジャックに託し、さらにボルボをも賭け金に替えて勝負をしたが、ジャックにツキが戻っては来ず、完全に家主たちに負けてしまった。

車がなければ田舎の果てにあるようなこの屋敷から帰れないため、車を取り戻すためのカードゲームを今度はジムがフラワーを相手に行ったが、これにもあっさりと負け、この瞬間ジムとジャックはこの車の勝負の負け分として1万ドルの借金を負ってしまった。

ストーンとフラワーにしてみるとこれはジレンマだった。
二人を帰せば逃げられる。帰さなければ金が返ってこない。
そこでストーンが提案をする。

「壁を作ってもらうという手もある」

フラワーがそれは名案だと叫ぶ。

壁とは何か。

ストーンとフラワーはアイルランドを旅行した時に廃墟になった城に巡り会った。城は崩れてしまっていて、形作っていた石を持ち主に交渉し買い取り、このペンシルバニアの屋敷まで運ばせたのだった。

その1万個の石は敷地の中で今は山のように積み上げてあるが、二人の計画ではこの石を使って長さ600メートル、高さ6メートルの直線の壁を作るつもりだった。

しかし建設にあたって監督役には屋敷の番人カルヴィン・マークスがいるが、実際に力仕事をする人間がいなかった。

そこにジム・ナッシュとジャック・ポッツィが現れて、丁度良く負けたというわけだ。

時給10ドル。1日10時間労働。二人で1日200ドル。
借金は1万ドルだから、50日の労働で片がつく。
この時点で8月の末なので、10月中には借金を払い、ここを出られる。
壁は50日では完成しないだろうが、二人は借金を払った時点で自由を得られる。
生活は敷地内にあるトレーラー、つまりキャンピングカーでする。
食料や生活に必要な物は何でもマークスが届けてくれる。

ギャンブラーで華奢なジャックはその提案を一蹴したが、元消防士のジムは、もしかするとこの壁を建てる作業は自分を見つめ直すいい機会になるのではないかと思った。

ジャックは逃げようと言ったが、ジムは逃げることは出来ないと答えた。
この描写は、悩めるジムにとっては労働から、というよりも、自分の人生からもう逃げたくないということだろう。

ジムはジャックだけを自由にしてやり、独りになっても、そのため日数が倍かかってもこの提案━━ジムにとっては突如現れた機会━━をやり遂げようと思い始めた。

ところが、誰にでも噛み付きそうに苛立っていたジャック・ポッツィは考えた末に自分も残るよとジム・ナッシュに言った。

ジムはジャックが自分を独り残してここを去るだろうと確信していたから、その申し出にジムは自分でも唖然とするくらいに嬉しかった。

負けた二人と金持ちの二人は労働条件に関する契約書を取り交わし、壁の建設は始まった。

ここで私が前回指摘した石の重さの問題が出てくるわけだが、500キロ以上とすると話の前提がまったく変わってしまい、とてもジムとジャックの二人の力だけでは石はぴくとも動かないから、やはりここは素直に1個が30キロ程度として読みすすめたい。

起承転結という型に合わせて考えてみると、ジム・ナッシュが旅に出るまでが起、ジャックに合うところが承、そしてこの壁の建設を提案されるあたりが転ではないかと思う。

とはいっても、この小説は決して話の筋を読むことが大事なのではなく、筋や登場人物の心模様、演出、設定、セリフ、小道具、など、すべてを合計し、そこに自分の想像の火をつけて上がってくる煙の色や形や匂いを感じる取るようなことが重要ではないかと思う。

簡単に言えば、書いてあることを読んで、書いてないことを感じるということだが、まあそれはどの本にでも言えることだった。

つづく。

偶然の音楽/The Music of Chance/1990/柴田元幸訳/新潮文庫
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