しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
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聖日の朝に <マリアの信仰>

2022-02-06 | みことば静想

「マリアは言った。『ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。』すると、御使いは彼女から去って行った。」(ルカ1:38新改訳)

今から二千年ほど前、御使いガブリエルはガリラヤのナザレに住む乙女マリアのところに遣わされ、イエスの誕生を告げた。いわゆる受胎告知である。思えばたいへんな告知であった。結婚していない女性が懐胎し、男子を産む。そしてその子は「いと高き方の子」と呼ばれ、神からダビデの王位を与えられ、永遠にイスラエルを支配する者となる、というのである。▼このようなことを突然言われ、平静でいられる女性がいるであろうか。当時のユダヤでは、結婚していない女性が子を産めば、ただではすまない。まかりまちがえば、生命を失う危険すらあったと思われる時代である。しかしマリアは冒頭の聖句(ルカ1:38)のように落ち着いて答えたのだった。少なくともこの文章から、彼女が慌てふためいたり、取り乱した様子は伝わって来ない。そしてこの返事がマリアの口から出た瞬間、神の御子が人間となって地上に来られるということが決定したのであった。▼人間がその口から、信仰による返事の言葉を出したものとして、これ以上のものはなかったといえよう。イエス・キリストの受肉の御生涯、十字架の死、復活、昇天、聖霊の降臨と教会の誕生、さらに再臨による神の国の開始、永遠の御国の到来といった神による救いの御計画は、じつにマリアの短い返事のことばによってスタートを切ったともいえるのだ。本当に神はふしぎなことをされるお方である。そして人間が信仰の言葉を口から出すことの素晴らしさ、測り知れない神の栄光の発現をもたらす糸口としての重大さを思わずにはいられない。▼そのはるか昔、エデンの園でアダムとエバが罪を犯した時、神は誘惑者となった蛇に言われた。「わたしは敵意を、おまえと女の間に、おまえの子孫と女の子孫の間に置く。彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ」(創世記3:15同)と。蛇の子孫とは直接にはイエスを十字架につけた人々、また背後のサタンを指すのであろう。女の子孫とはマリアから生まれたナザレのイエスである。主イエスは十字架の死によって罪の力とサタンの頭を砕いた。敵は御子を殺したと思ったが、事実は彼らの頭が砕かれ、罪が打ち破られたのだ。すなわち、マリアの受胎はエデンの園の続きにほかならないのだ。たったひとこと、「あなたのおことばどおり、この身になりますように」とのマリアの信仰の返事は、母エバを陥れた敵に対する永遠の復讐になっているわけである。彼女は夢にも思わなかったであろうが・・。▼神が御口から出された宣言は、何千年経とうと問題ではなく、時が来た時に実行に移される。しかも誰もが想像すらしなかった人間と方法が用いられて、である。その目的は神の限りない御知恵、御計画、すぐれにすぐれた慈愛が天地に燦然と輝き渡るためである。私たちもまた、この偉大な御方の御手に組み入れられて、永遠の完成のために用いられつつあることは、動かせない事実だ。何という感謝であろう。だからことあるごとに、自分自身を完全に明け渡し、「主よ、おことばどおり、この身になりますように」と心から申し上げつつ、一日一日を歩ませていただこうではないか。