?洪臣氏医案 脾腎陽虚案
(中国当代名医医案医話選より)
患者:?某、46歳 男性 工人
初診年月日:1970年7月2日
主訴:両側下肢浮腫3年
病歴:3年前から両側の下肢の浮腫が始まった。某市中医院で慢性腎炎と確定診断され、久しく治療したが効果は見えなかった。ここ半年来、全身の浮腫、特に下肢が酷く、小便量が少なく、色黄腰痛、食欲減退、軟便、息切れ、四肢の無力感あり。
初診時所見:尿蛋白(3+)RBC(5~10)顆粒円柱(1~2)。血圧149/90mmHg、顔面浮腫色白、舌体胖大、舌質淡白滑潤、下肢には指で押すと陥没する浮腫があり、手足不温、脈緩無力。
診断:水腫(慢性腎炎)、脾腎陽虚型
治法:健脾補腎。行水利湿
処方:附子10g 白朮15g 茯苓30g 白芍15g 党参25g 澤瀉15g 坤草(益母草の別名)20g 白茅根25g 6剤 1日1剤 水煎服用。
9月9日二診:
服薬後、息切れや倦怠は好転、腰痛軽減、水腫は大半消退。
化検:尿蛋白(2+)RBC(1~2)顆粒円柱(1~2)舌淡苔白、脈沈細乏力、これらは脾腎虚がやや回復の兆しがあることを意味し、前方を守り、さらに6剤。日に1剤水煎服用。
9月16日三診:
服薬後、水腫は基本的に消退、腰痛は酷くない、食欲改善、諸症改善したが、腹部の張る感じがまだ残存。化検:尿蛋白(+)RBC(-)顆粒円柱(-)。苔白、質淡紅、脈沈緩。前法と同じ治療法を行う。夏枯草100g 党参25g 茯苓30g 澤瀉15g 大腹皮20g 10剤。日に1剤 水煎服用。
9月26日四診:
上方を服用し、腹張は既に癒えた。化検:尿蛋白(プラスマイナス)余項正常。
処方:坤草(益母草)100gを水煎日に2回服用するように話した。その後2年間再発はない。
評析
本案患者の証は脾腎陽虚に属し、水腫の主要な原因である。腎陽が衰微し、腎臓機能が低下すると、三焦の気化不利、蒸化無権(水湿の蒸化が出来ないの意)、ダムの開閉の官吏が居ないのと同じで、水気は妄行、気は水壅によりて気閉し、即ち水湿が蓄積下泄されず、清濁が分けられず、濁気が上攻し、水毒が内塞、中焦の陽気が不運で、このとき若し、治療しないか、治療を誤ると腎臓機能は日増しに衰退し、最終的に尿毒症の発生に到る。故に、治療は、真武湯加味温腎助陽、健脾利水を用い以って水湿を運転し、尿蛋白が消えないものには原方に黄耆を加えることも可能で、治療後期には主に坤草を使用し、回復に利し、治療効果を強化する。
ドクター康仁の印象
最初の処方
附子10g 白朮15g 茯苓30g 白芍15g 党参25g 澤瀉15g 坤草(益母草の別名)20g 白茅根25g
以上は真武湯去る生姜、加 党参 澤瀉 坤草 白茅根の構成ですので無理のない処方といえます。
三診からの方薬
夏枯草100g 党参25g 茯苓30g 澤瀉15g 大腹皮20g
の組み合わせには、違和感を覚えます
夏枯草の大量100gは上記の方薬の君薬であることを意味します。
辛苦寒の性味を持ちますから、全体では偏寒の方剤になります。
脾腎陽虚は中下焦の虚寒の病態ですので、偏温の方剤が適します。
私が生薬の色分けに拘る理由は寒熱弁証が中医学での基本中の基本だからです。
夏枯草は清肝瀉火薬として、龍胆草 黄芩 山梔子 決明子 青葙子などと同系列の薬剤です。中国での使用量は1日10gから多目なら30g以上の場合もありますが、私の医院では6.5g~10gを1日量としています。本案のような100gというのは異例なことです。中国では肝内科でよく使用されています。清肝火作用(肝臓の炎症を抑える作用)と明目作用(眼球結膜の充血を除く作用)があります。中国では古来より眼球(目珠 ムージュー)の要薬とされ、眼痛や片頭痛に使用されてきました。今後重要視されるであろうと推測するのが、化痰散結作用であり、腫瘍が肝経にある場合、卵巣腫瘍、甲状腺腫、頚部のリンパ節腫瘍などに特に効果があるとされます。
?洪臣氏は乾坤一擲、夏枯草をもって慢性腎炎を治療してやると決意したのでしょう。久病挟痰、さらに臓腑熱の概念に、「腎は常に虚証となる」が伝統論ですが、中医学ではそれまでに無かった腎熱?という弁病論を抱いていたのでしょうか?
臓腑熱、夏枯草(かごそう ウツボグサ)については過去の記事をご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20121120
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20061002
http://kojindou.no-blog.jp/happykanpo/cat6879751/
最後の処方 坤草(益母草)100g
涼血祛瘀剤単味大量100gの処方です。
久病挟瘀、腎血流量を維持増加させる(結果としてGFRを維持増加させる)には活血祛瘀剤が宜しく、腎炎は弁病的には炎症であるから涼血薬を用いるのが宜しいと?洪臣氏は考えたのでしょう。益母草には利尿消腫の効能もあります。
要薬 益母草については過去の記事をご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20121105
乾坤一擲の大博打のつもりではなかったでしょう。
坤草を目にすると思い出すのが「乾坤」です。
2013年3月14日 記