血虚頭痛が疑われたが、養血方剤なしで治療が奏功した症例
血虚に用いる方剤としては四物湯(しもつとう)(熟地黄 当帰 白芍 川芎)が基本方剤です。今回は四物湯を用いないで治療した、血虚頭痛の疑われた経行頭痛の症例です。
35歳女性 主訴は眩暈、頭痛
すでに2児の母親である。生理が終わって1日目に、表現のしようが無いような「精神的な落ち込み」を感じるという。生理時期には前額部と後頭部に「じわーんとした頭痛」が必ず生じ、体が宙に浮いているような「ふわふわした眩暈」を感じる。頭痛はバッファリンがまったく効かないとのこと。生理直後の精神的な落ち込みは、ひどいときには「何もしたくなくなるような自己閉塞感」だという。逆に、生理前はイライラが昂じて怒りっぽくなって子供に当り散らすという。生理前の乳房の張りと痛みがかなりあるという。ただし、生理前には頭痛はない。食欲不振なし。睡眠障害なし。生理周期は30日で、生理痛はない。普段から、肩こりがひどく、下肢の冷えが強い。婦人科、内科的には特に異常を指摘されていない。
迷いに迷った治療方法
普通は、経行頭痛には生理不順や生理痛を伴うものであるのに、症例の生理周期は30日で規則正しいし、生理痛もない。生理前はよくあるタイプのいらいらタイプであり、肝気郁結(がんきうっけつ)あるいは肝火上炎が疑われるが、慢性化すると、生理が早めに来たり、過多月経になるようなものだがそれは無い。治療には柴胡剤のような寒涼薬を用いるが、冷え症があるので生薬の組み合わせが面倒である。
生理期の頭痛はおそらく血虚頭痛であろうが、氷のように冷たい足先と頭痛に何らかの関係があるはずである。寒邪が厥陰経脈を上逆すると厥陰頭痛が起こると漢方医書にある。それには吴茱萸(ごしゅゆ)人参 大棗 生姜を組成とする吴茱萸湯(ごしゅゆとう)が効くはずである。寒邪が長く体内に停滞すれば、寒凝血淤といい、生理痛の原因にもなるはずであろうが、生理痛、生理の血塊もない。これは不思議だ。教科書に合わないのだ。
手足の冷えが、陽気が巡ることの出来ない四肢厥冷であるのなら、四逆散(しぎゃくさん)が効くはずである。四逆散中の柴胡は肝気郁結に対する要薬である。四逆散は肝気の流れを改善し、四肢に陽気をめぐらす働きがある。桂枝は通陽作用で陽気をめぐらす働きがあるから桂枝もいい。附子(ぶし)や細辛(さいしん)は体を温める温里散寒の代表薬であるから加えるのもいい。芍薬と当帰は肝陰血を補い肝郁化火を防止する。生理前の怒りっぽい症状の改善に、側面からの手助けになる。精神的不安定さに対しては牡蠣(ぼれい)や竜骨(りゅうこつ)などの重鎮安神剤が効くはずである。
「何もしたくなくなるような自己閉塞感」とは何であろうか?肝気郁結による抑鬱が強くなったものか?それとも背景にある気虚症状の一種か?いろいろ迷ったが、「肝は陰を蔵し、疎泄(そせつ:気=陽)を司る」の中医学の文言から、ともかく肝陰を補い、疎肝解郁(そがんかいうつ)により「気の流れを改善」することを中心に考えた。
使用した生薬
柴胡 桂枝 附子 細辛 生姜 蒼朮 吴茱萸 白芷 当帰 白芍 枳実 炙甘草 竜骨 牡蠣 大棗
赤は温薬で青は寒涼薬、グリーンは平薬である。全体的に温の性質を持たせるように温薬を多めに配合した。
柴胡 枳実 白芍 甘草は四逆散である。
桂枝は痛陽に、附子 細辛は温里散寒に、当帰 白芍は補肝陰血に働く。
白芷は陽明経の前額部の頭痛に奏効する。
牡蠣は平肝潜陽といい、滋陰養陰作用により、肝陰不足からくる肝陽の高まりをおさえる。
蒼朮と附子は相まって寒湿を除く働きがある。
治療結果
せんじ薬服用開始7週間後、その間に生理が2回あったが、生理直後のふわふわした眩暈が消失、「何もしたくなくなるような自己閉塞感」も消失、頭痛はまったくなくなり、全身状態がひどくよくなったと大喜びであった。まだ生理前のいらいらは少しあるが改善傾向にあるという。下肢のだるさが残存している。
教訓
三十年以上前に医師になった時に、指導医から「女性を見たら妊娠と思いなさい」との訓示を受けた。その教えは今でも守っている。
中国留学時代に老師から「女性は肝を以って後天と為す」の教えを頂いた。まさに、その教えが役に立った症例である。
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