かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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馬場あき子の外国詠316(トルコ)

2016年05月31日 | 短歌一首鑑賞

   馬場あき子旅の歌43(11年9月)【コンヤにて】『飛種』(1996年刊)P143
        参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:曽我 亮子
        司会とまとめ:鹿取 未放


316 神は偉大なりといひて瞑想に入りしとぞアナトリア大平原の寂寞 

     (レポート)
 アナトリア平原の過酷なありようも全て偉大なるアッラーの神の思し召しと考え、「よろしゅうございます。何事も神の思し召しのままに……」と静かに黙って受け入れたアナトリア大平原とそこに住むイスラムの人々の宗教観の強じんさと哀しみが詠われている。(曽我)


      (当日意見)
★「神は偉大なり」というのは、イスラムの言い回し。(曽我)
★一読、自然であるアナトリア大平原が「神は偉大なり」と唱えて瞑想に入ったようで面白いが、
 そこに寂しく住まう人々と大平原はある意味一体となっているのであろう。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠315(トルコ)

2016年05月30日 | 短歌一首鑑賞

   馬場あき子旅の歌43(11年9月)【コンヤにて】『飛種』(1996年刊)P143
        参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:曽我 亮子
        司会とまとめ:鹿取 未放


315 荒地の木の命の脂濃きことをトルコのオリーブ嚙みて黙せり

     (レポート)
 荒れ地に生きる木には生命力の塊のような濃厚さがあるということをトルコのオリーブを食して納得。この地の自然の過酷さに私は言葉を無くしてしまったのだった……
 夏のアナトリア南東部の平原は非常に暑く土はすっかり干上がって粒子となり、一陣の風にも舞い上がるその過酷さは例えようもない。作者は自然の厳しさとともに、この地に根を下ろす人々の苦しみと忍耐に思いを致され、詠まれているのだ。(曽我)


     (当日意見)
★脂に注目。ひまわりもそうだった。(崎尾)
★「荒地の木」の一つの例として「トルコのオリーブ」がある。崎尾さんの発言どおり、中国やサ
 ハラやスペインなど訪れた地の脂濃き様々な木が想いの中にあるのだろう。結句の「黙せり」に、
 レポーターの書いているような思いがよく表現されている。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠314(トルコ)

2016年05月29日 | 短歌一首鑑賞

   馬場あき子旅の歌43(11年9月)【コンヤにて】『飛種』(1996年刊)P142
        参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:曽我 亮子
        司会とまとめ:鹿取 未放


314 アナトリアの大地ゆつたりと盛り上がり肉体感のごとき耀(て)りみゆ

      (レポート)
 アナトリアの大地はおおらかにふくらんでなめらかな人肌のように光り輝いて見える。広大なアナトリアの中部高地は、紀元前より様々な民族が自らの主権の為に戦い、11世紀中央アジアのセルジュークトルコ人によって建国されたトルコの中核をなす土地である。小麦畑の広がる起伏に富んだ大草原や、エルジュス山の大噴火によって生まれた奇岩のカッパドキア等、壮観で現実離れした風景が広がっている。また南部のアンタルヤ近郊にはローマ時代の遺跡も多く残り、トルコの長い歴史を物語る。作者はあらゆる対象―山容や山肌までも「生あるもの」として対しておられることが理解される。私見だがカッパドキアを見ての作品ではないかと思われる。(曽我)


     (当日意見)
★カッパドキアに限定しなくても良いのではないか。(藤本)
★「ゆつたりと盛り上がり」というのだから、「小麦畑の広がる起伏に富んだ大草原」などの方が
 この歌の情景に合致しているように思います。これはバスからの風景なのでしょうかね。下の句
 がうまく雄大さを引き出していると思います。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠294(トルコ) 追加版

2016年05月28日 | 短歌一首鑑賞

    馬場あき子旅の歌39(11年5月) 【遊光】『飛種』(1996年刊)P130
         参加者:K・I、崎尾廣子、佐々木実之、曽我亮子、H・T、鹿取未放
         レポーター:崎尾 廣子
          司会とまとめ:鹿取 未放

       ◆末尾の部分を追加しました。(2016年5月)

294 地下都市はずんずん深し産屋(うぶや)あり死の部屋あり クオ・ヴァディス・ドミネ

      (まとめ)
 「ずんずん深し」に勢いがある。大きい都市は地下八層まであったというが、産屋も死の部屋も備えたまったき生活空間であった、その様に圧倒されているのであろう。そして有名な「クオ・ヴァディス・ドミネ」の語句を反芻している。
 迫害が激しくなったローマから立ち去ろうとしたペテロが、十字架に架かって処刑されたはずのキリストに出会い、驚いて発する言葉が「クオ・ヴァディス・ドミネ」(主よ、いずこにいらっしゃるのですか)である。キリストは「再び十字架に掛けられるために」ローマに戻るのだと答える。それを聞いてペテロは逃げ出すことをやめ、ローマに引き返す。しかし、やがてペテロも捕らえられて十字架に掛けられたという。その出会いが言い伝えられた場所は、アッピア街道に近いローマ近郊の小さな村であるが、その地に後世ドミネ・クオヴァディス教会が建てられた。現在の建物は17世紀の再建という。
 この歌では地下都市の景に、クオ・ヴァディス・ドミネの言葉を添えることで、293番の歌「転向の心はいかなる時に湧くや地下都市低く暗く下りゆく」を補強し、不自由と苦難を強いる地下都市で信仰を保ち続けることの難しさを思いやっている。転向のこころが兆しても何ら不思議ではない。自分ならどうするか、この地下都市を見た者に突き付けられる鋭い問いであろう。(鹿取)
 

        (レポート)
 292では「くだりて」と、293では「下りゆく」と詠い深まっていったであろう信仰心を表現していると思うが、この一首は具体が鮮明である。この地で日常生活を営んだ人々の日々の姿が映像を見るように浮かんでくる。特に「産屋」という言葉の持つ力が人々の動きまでも想い描かせてくれる。そこでクオ・ヴァディス・ドミネ(ラテン語。主よどこへ行かれるのですか。インターネットより)と詠う。終末はまだ来ていないがと問いかけているのであろうか。「磔刑」にあったキリストは常にこの人々と共にあったのだと感じたのかもしれない。この地下都市に暮らした人々にとってゆるぎない信仰心を持ちつづけることはむしろ自然であったのであろうと想像は深まる。また「ずんずん」という言葉が一首の中でいきいきとしている。地下都市の不思議さが、修道士らの信仰心の深さが伝わってくる。(崎尾)
×××
 カッパドキアの地下都市は100を超えるという。現在見学できるのはデリンクユ、カイマックル、オズコナックである。デリンクユは変形した8層で、内部空間もかなり広く、中には祭室、台所、ワイン醸造所、トイレなどがあり、そこで長期の修道生活も可能であったであろう。異教徒からの迫害を恐れたキリスト教徒が一万から二万人、生活していたといわれているが、実際可能なのは千人単位ではなかったろうか。
        (大村幸弘『カッパドキア トルコ洞窟修道院と地下都市』集英社)


     ◆清見糺氏の評論「旅行詠の方法について」(「かりん」1997年4月号月)に掲出の歌が採り
      上げられているので一部を引用させていただく。

 ……地底深く垂直に掘られた井戸を中心に広がる街には、都市としての機能を十分に果たすための施設が数多く造られているのだが、馬場あき子はそれらの中から「産屋」と「死の部屋」とを切り取る。迫害され追い詰められた人々の「生」と「死」は下に向かって垂直に掘られているのである。(略)作者は、四句まで垂直に下へ下へと向けた視線を結句でふっと上方に解き放つ。人間の遺伝子系と神経系は、よりよく生きるために合目的々にはたらく。論理的機能的に構築された地下都市という閉ざされた空間に生きることを余儀なくされた人々の不安や閉塞感、そしてたましいの癒しとしての信仰が地の底から立ち上がってくるようである。(清見糺)
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渡辺松男の一首鑑賞 310 追加版

2016年05月27日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究37(16年4月)
      【垂直の金】『寒気氾濫』(1997年)127頁
       参加者:石井彩子、泉真帆、M・S、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:泉 真帆
        司会と記録:鹿取 未放

    ◆(後日意見)部分を追加しました。

310 銀杏 病気をしたことのないふりをして人仰がせる垂直の金
      (レポート)
(解釈)銀杏の木がある。病気なんかしたことがいなように、垂直に突っ立って、金色に葉を染めている。
(鑑賞)銀杏は東京都の木。霞ヶ関を思う。自分たちには何の病もない風を装い、人を仰がせている。「金」は金権にからむ政界を揶揄しているのか。(真帆)


      (当日発言)
★銀杏で権威を象徴されているのですね。銀杏が病気するとかしないとか、そういう表現が凄いなと思います。病気をするしない
 にかかわらず人は銀杏を見上げますよね。病気をしたことのないふりをするってどういうことなのかなあと、この鑑賞ではまだ
 ちょっと分からないのですが。(石井)
★銀杏は権威だと思いました。それで、自分たちには一点の非の打ち所もないとかそういう感じかと。ほんとうは悪いところを隠
 していて。(真帆)
★銀杏は単純に丈夫です。葉っぱもしっかりしている。木の性格として病気しないような。銀杏の葉っぱって何か薬草にもなりま
 すよね。そんな丈夫な木が秋になって垂直に立っている。(鈴木)
★「垂直の金」というのが一連の題になっているので、この歌は大事な歌なのでしょう。松男さんが木を歌うときは木そのものを
 歌っているので、私は何かの象徴とか取らない方がよいと思います。もちろん病気をしたことのないふりをするとか擬人化され
 ているので、いろいろ考えられる余地はあるのですが、少なくともお金とか権力には結びつけない方が豊かな歌になるように思
 います。たまには病むことのある銀杏の木も、秋になって垂直の優美な肢体を保ち金色に輝いている、その銀杏の讃歌。もう少
 し先に「一本のけやきを根から梢まであおぎて足る日あおぎもせぬ日」という歌があって、こちらは自分の心が木に吸い寄せら
 れて見上げながら満足する日とこころが木を忘れてしまっている日があるというのですが、主客は違うけど木のすばらしさを讃
 えていますよね。(鹿取)
★前の章のような政治のことが多く歌われていると、この歌を金権とかに結びつけてもよいと思いますが、ここは病気の話で始ま
 っているので。歌集の構成の中で読まないと。(鈴木)
★ああ、作者は銀杏に寄り添っているんですね。(石井)


     (後日意見)(2016年5月)
 イチョウ科の樹木は中生代(約2億5千万年前~約6千6百万年前)に最も盛えていたという。恐竜と同時代を生きていた木である。しかしその多くが氷河期に絶滅してしまい、現代に見られる銀杏はその中のたった一種の生き残りで「生きている化石」と呼ばれている。松男さんは木をよく知る人だから、上に書いたようなことがらは知識であるなどと意識もしないで彼の内にあるのだろう。この歌がそんな作者の内面をくぐって紡ぎ出されたことを考えると、銀杏が「病気をしたことのないふりをして」いるとか、「垂直の金」であるという表現も更に深く味わえるだろう。(鹿取)

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渡辺松男の一首鑑賞 153 追加版

2016年05月26日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究18(2014年8月)【夢解き師】『寒気氾濫』(1997年)67頁
       参加者:泉真帆、鈴木良明(紙上参加)、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:渡部 慧子
       司会と記録:鹿取 未放

    ◆大井学氏の評論の一部引用を追加しました。(2016年5月)

153 われの目をふかぶかと覗きこみてきし夢解き師の目潤みていたり

       (レポート)
 夢をよくみる作者は「夢解き」をたのむことが多くあったのだろう。「覗きこみてきし」の「きし」を距離の移動ではなく、経験を含んだ時間経過と解した。夢解きの為に大切な心の窓なる目はふかぶかと覗きこまれてきたのだ。その見る側の夢解き師の目が潤んでいるという、なぜなのか。私達の夢も目覚めている時もそれは全て生の連続であって夢解き師などと名乗って生の一部分である夢を解くことのおこがましさをこの場で思い至ったのか。残念ながらこの先をつづれない。(慧子)


       (事前の意見)
 「夢解き師」(夢の吉凶を判じ解く人)は、夢占いよりも信頼できそうであるが、われの目を覗き「見る人」は、同時にわれに「見られる人」であり、その目が潤んでいた、とわれに見破られてしまったところが、可笑しい。(鈴木)


          (当日発言)     
★慧子さん、つづれないのは何故ですか?(鹿取)
★わからないからです。(慧子)
★手相見とか占い師というのは街角でよく見かけますが、夢解き師というのはリアルに存在するも
 のですか?フロイトの夢判断を高校時代夢中で読みましたけど、夢解き師というのが現実世界で
 は浮かばないのでこの歌は何か幻想的な感じがします。(鹿取)
★夢解き師は〈われ〉であるか、もう一人の〈われ〉であるか、あるいは神のようなものなのか、
 現実の世界で自分を起こしてくれた奥さんとか娘さんとかも考えられる。フロイトなのかとも思
 ったのですけれど。ユーモアよりも奥深いものを感じました。潤んでいたというのは、お互いの
 心の行き来を感じます。(真帆)
★夢解き師は依頼したのだと思う。その夢解き師の目が潤んでいたということは、夢解き師として
 の資格がないと思う。(曽我)
★私は目が潤んでいたというところにエロチックなものを感じます。男同士のエロスのような。フ
 ロイトの夢判断だと全てエロスに行き着くんですけど。真帆さんがいうような対象と自分が入れ
 替わるような、主格がわからなくなるような訳のわからなさも感じるのですが。(鹿取)
★こう考えると実も蓋もないけど、夢を見ている自分を起こして夢を解放してくれた人、自分を起
 こしてくれた奥さんの目がエロチックに潤んでいたとか。(真帆)
★いやー、まあ、それは違うでしょうね。(鹿取)


     (まとめ)
 会の場では思いつかなかったが、夢解き師は作者が掛かっている精神科の医師ではないか。こんな不思議な夢を見たと訴えていると医師は「われの目をふかぶかと覗きこみてき」たのだ。潤んでいたのは夢を解き明かそうとして懸命になっているからか。または性的な興味を抱いたからか。(鹿取) 


     ◆大井学氏の評論「新しい歌の『主体』のために」【「かりん」二十五周年記念特集号(2003年5月)】
      に掲出の歌が採り上げられているので引用させていただく。

一般的に解釈すれば、「夢解き師」とは占い師や精神分析医を指すと考えられる。しかしここで着目したいのは、夢解き師の目が潤んでいるということを他ならぬ「私」が見ているということである。夢という意識の閾線上にあるものを覗き込む「夢解き師」が「私」を見つめる目を、逆に見つめているという構図である。ここにおいて「私」の意識は夢解き師の存在によって反射され、自身の深部を覗き込むことになる。夢解き師とは他者の姿を借りた自分自身であり、無意識の現実と有意識の現実とを往還する思考の実在性である。あたかも中空に浮かんだ白い診察室の風景を連想させるようなこの歌には、安堵とも恐怖ともつかぬ不思議な雰囲気がある。「見る」ことの安心と「見られる」ことの不安との間にあって、歌は湿り気を帯びながら呼吸している。(大井学)

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馬場あき子の外国詠313(トルコ)

2016年05月25日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子旅の歌42(11年8月)【キャラバンサライにて】『飛種』(1996年刊)P141
    参加者:N・I、崎尾廣子、T・S、曽我亮子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部慧子
    司会とまとめ:鹿取 未放

313 アナトリアの大地に砂の鳴る夜は冬近い駱駝の瘤も緊りて   

     (まとめ)
 冬近い沙漠は嵐がひどくなるのであろうか。そんな厳しい砂嵐に備えるように駱駝の瘤は緊っていると歌う。そのような説明を受けたのかもしれないが、アナトリアという雄大な名がゆったりとして歌柄を大きくしている。(鹿取)


     (レポート)
 「アナトリア」とは小アジアの別名。太陽が昇ることを意味し、ビザンチン帝国以来使われている。さて一首中「冬近い」にまず注目したい。これが「アナトリアの大地に砂の鳴る夜は」と「駱駝の瘤も緊りて」の前後に掛かっており、その結果、「大地」「砂」「夜」「駱駝の瘤」すべての名詞が一つに繋がっている。また「アナトリアの大地」の自然現象から「駱駝の瘤」への小さなものへの絞り込みも見逃せない。同時にそれを大きなものに翻弄されてしまわない作者の強さとして
「瘤も緊りて」と読みたい。思えば砂に舞い上がり、風に涼され、ある時は鳴る砂も生きていて、そこのところを「アナトリアの大地に砂の鳴る夜は」と詠い起こす様は、作者はまるで砂と共に暮らす人のように言葉がしっくりしている。(慧子)

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馬場あき子の外国詠312(トルコ)

2016年05月24日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子旅の歌42(11年8月)【キャラバンサライにて】『飛種』(1996年刊)P141
    参加者:N・I、崎尾廣子、T・S、曽我亮子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部慧子
    司会とまとめ:鹿取 未放

312 うら若き駱駝は夢をみるといふキャラバンサライの胡桃の木下

     (まとめ)
 311番歌「キャラバンサライの廃墟に胡桃の木ぞ立てる机を置きて眠る人あり」を見ると、人間だけが涼しい木陰の机の上で眠っている図と読めるが、つづくこの歌では駱駝もその木陰の恩恵を受けているのだろうか。上の句は短歌的独断かもしれないが、「うら若き駱駝」という設定が何とも魅力的である。涼しい胡桃の木下で若い駱駝の見る夢は、きっとやすらかで楽しいものであろう。(鹿取)


      (レポート)
 駱駝は目を閉じているとも眠っているともあきらかにしていない。「うら若き駱駝は夢をみるといふ」の伝聞につづきて「キャラバンサライの胡桃の木下」と場を提示しているので、駱駝はそこに眠っていると読者は確かな想像をする。上の句の伝聞形と下の句の場が双方をよく活かしあっていて、作者のこのような手法・構成を歌らしいと思う。まぶたのふくらみ、大様でゆったりした面様は、ある人格を思わせたかもしれない。人間の若いほどよく夢を見るということへ、駱駝を重ねたのであろう。(慧子)


      (当日意見)
★上の句、ほんとうに誰かに聞いたのか、自分の想像か。(T・H)
★人間からの連想ではないか。(慧子)
★そうすると、人間の若いほどよく夢を見るという科学的な説があるんですか?(鹿取)
★いや、そういうことを巷で聞いたような。(慧子)

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馬場あき子の外国詠311(トルコ)

2016年05月23日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子旅の歌42(11年8月)【キャラバンサライにて】『飛種』(1996年刊)P140
    参加者:N・I、崎尾廣子、T・S、曽我亮子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部慧子
    司会とまとめ:鹿取 未放

311 キャラバンサライの廃墟に胡桃の木ぞ立てる机を置きて眠る人あり

     (まとめ)
 胡桃の木の存在感が係り結びとなって強調されている。レポーターのいう助動詞「り」の文法上の意味は完了である。おそらくその木陰であろう、机を置いて眠っている人があるという下の句の具体がリアリティをもっている。長い長い歴史を負ったキャラバンサライを読者にくっきりと立ち上げて見せている。(鹿取)


     (レポート)
 廃墟となってもキャラバンサライのその後を胡桃の木はながく生きていて、まさしく「胡桃の木ぞ立てる」であり、強調の「ぞ」とそれを受けて助動詞〈り〉の連体形〈る〉である。そこにおそらく縁台のような机をおきて「眠る人あり」なのだ。彫りの深い風貌の西アジアの人が暑さを避けて物憂げに大樹の下にいる写真などを思い浮かべるが、「廃墟」を渡る風にのまれるように眠る人もいるであろう。活発な談論よりいかにも風景にふさわしい感じがする。わずかの眠りの間にキャラバンサライの栄枯盛衰を夢にみるのであろう。(慧子)


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馬場あき子の外国詠310(トルコ)

2016年05月22日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子旅の歌42(11年8月)【キャラバンサライにて】『飛種』(1996年刊)P140
    参加者:N・I、崎尾廣子、T・S、曽我亮子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部慧子
    司会とまとめ:鹿取 未放


310 キャラバンサライに泊まりし六百人と馬駱駝その廃庭の一本胡桃

      (まとめ)
 セルジューク・トルコ(1077~1308)時代に多く整備されたキャラバンサライは、2階が人の宿泊室、1階に取引所などさまざまな商業施設と管理所、馬や駱駝の泊まる場があったという。かつて600人が泊まった大きな宿だが、今は昔のような隊商の為の宿としては機能していない。観光客に解放されている建物には土産物店等が入っているそうだ。そんなキャラバンサライの庭に一本の胡桃の木が立っている。胡桃の木は高いものでは8~20メートルになるそうだが樹齢はどうであろう。中国には樹齢500年の胡桃の木があるそうだが、その辺りが最古木だとするとキャラバンが行き来した最盛期をこの胡桃は見ていないことになる。しかしそんな理屈は措いて、廃庭にある一本の大きな胡桃の木を眺めていると、キャラバンサライがいきいきと機能していた時代を見てきた証人のような懐かしみを感じたのだろう。滅び去った昔を偲ぶのに「廃庭」がよく効いている。(鹿取)


       (レポート)
 ある記録に目を通したのか「キャラバンサライに泊まりし六百人と馬駱駝」というフレーズが生まれる。3句、「馬駱駝」から「その廃庭の一本胡桃」と続くのだが、語順がいきなりだ。だが印象深い。このいきなりは読者の頭の中に、廃庭となるまでの時間を取り入れさせる感がある。そこで例えば次の場合と比較して欲しい。〈六百人と馬駱駝泊まりしキャラバンサライその廃庭の一本胡桃〉これは散文風に陥り時間を内包しないと思う。過去というものがあって廃庭の一本胡桃とは過ぎ去ったおおよそを集約するに足る存在である。そこのところを語順鮮やかに一挙に仕上げている。(慧子)

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