かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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馬場あき子の外国詠200(中国)

2016年07月31日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌26(2010年3月実施)
         【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)167頁
         参加者:N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
          レポーター:T・H
          司会とまとめ:鹿取 未放


200 匂ふといふ色雪にあり烏魯木斉の空に天山は暮れ残りゐつ

     (まとめ)
 夕暮れの天山の被る雪を「匂ふといふ色」と捉えたところがすばらしい。「匂ふ」は美しい色つやを言う語だが、今でも「匂うような黒髪」などの言い回しに意味の名残がある。暮れ残っているのだから夕日が雪を染めているのだろう。(鹿取)


       (レポート)
 「匂ふといふ色」とは、どんな色だろう。今、白雪を被った7千メートルを超す天山山脈の山々は、夕暮れを迎えている。が、まだ暮れていない。我々の知る夕焼けでもない。夕暮れのかすかな光に淡く浮かんだ山々。それが「残りゐつ」(残っていた)の雰囲気だろうか。(T・H)

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馬場あき子の外国詠199(中国)

2016年07月30日 | 短歌一首鑑賞

     馬場あき子の旅の歌26(2010年3月実施)
          【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)166頁
         参加者:N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:T・H
          司会とまとめ:鹿取 未放


199 おお天山その新雪のかがやける静かなる身もて機窓に迫れ

     (まとめ)
 全体に昂揚した詠いぶりである。新雪を被った天山の偉容に圧倒されている作者が見えるようだ。「迫れ」は命令形ではなく、「こそ」という係助詞の省略された已然形だろう。已然形なら「新雪かがやく天山が機窓に迫ってきたことよ」という意味になり、山自体がこちらに向かって迫ってくる迫力を感じる。ネパールでは「夢と思ひしヒマラヤの雄々しきマチャプチャレまなかひに来てわれを閲せり」と詠われているが、この天山の歌よりおよそ5年後のことである。掲出歌についても『飛天の道』あとがきから作者のことばを少し引用する。(鹿取)

   旅では白雪を被いた天山の並はずれた大きな美しさに日々感嘆の声を発していた…… (馬場あき子)


       (レポート)
 今、飛行機の窓外に天山山脈が見えてきた。その山頂は新雪に輝いている。シルクロードは天山南路・天山北路と、その山脈の裾野の南北を東西に走っている。山々の中には7千メートルをこすものもある。当然、雪を被っている。新雪を被って、照り輝いている様子に、今、馬場先生は感激を新たにしておられる。「静かなる身もて機窓に迫れ」「迫ってくる」ではなく、「機窓に迫れ」と呼びかけておられる先生のお気持ちは、どんなものなのか?「迫ってきてくれ」とは?(T・H)


     (当日意見)
★どちらが迫ってくるか錯覚。ネパールの山の歌と歌いぶりが違う。(慧子)



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馬場あき子の外国詠198(中国)

2016年07月29日 | 短歌一首鑑賞

     馬場あき子の旅の歌26(2010年3月)
         【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)166頁
         参加者:N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:T・H
          司会とまとめ:鹿取 未放

198 富士よ富士しだいに小さく日本は沈みゆき濃きスモッグに満つ

      (まとめ)
 三保の松原あたりも過ぎ、日本一高く秀麗な富士の山も小さく小さく遠ざかってゆく。そうして飛行機の彼方には美しい富士は小さくなりスモッグに満ちた日本が小さく沈むように遠ざかってゆく。「スモッグに満つ」に象徴される日本の現状は環境汚染の問題だけではなく、汚染を生み出す政治状況の不透明性までを含んでいるのだろう。「沈みゆき」にそんな祖国日本に対する悲しみと哀惜が滲む。(鹿取)


       (レポート)
 今、馬場先生ご一行は、敦煌に向けての飛行機の中に居られる。先生は今、飛行機の窓から、遠ざかり行く富士山を眺めておられる。その姿が小さくなって遠ざかるのを、日本の現状と考え合わせられて、下界はスモッグに覆われた日本の現状に思いを馳せられて、その現状を嘆いておられる。(T・H)


     (意見)
★T・Hさんは「敦煌に向けての飛行機の中に居られる」とお書きですが、細かいことですみませ
 んが、その窓から富士山が見えるのは変だと思います。現在もあるかどうか知らないのですが、
 2000年以前に、日本から敦煌への直行便ってあったのでしょうか?普通、敦煌に行くには中
 国の都市から国内便の小さな飛行機に乗り換えて行くので、ここは「中国に向けて」でないとお
 かしいと思います。(藤本)


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馬場あき子の外国詠197(中国)

2016年07月28日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌26(2010年3月実施)
         【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)165頁
         参加者:N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
          レポーター:T・H
          司会とまとめ:鹿取 未放


197 風早(かざはや)の三保の松原に飛天ゐて烏魯木斉(うるむち)に帰る羽衣請へり

      (まとめ)
 「三保の松原に飛天がいて烏魯木斉に帰る羽衣を返して欲しいと言った。」の意。「風早の」は風が激しく吹く意味だが古歌では「三保」に掛かる枕詞のようにも使われている。(万葉集に「風早の三穂の浦廻(うらみ)の白つつじ」(四三七)などとある。)しかし「風早の」がこの歌では意味としてよく機能していて、三保の松原から烏魯木斉までの途方もない距離を帰っていく飛天にスピード感や爽やかさを与える役目をしている。
 飛天伝説は日本各地にあるが、近江、丹後、三保の松原のものが特に有名である。謡曲「羽衣」は三保の松原が舞台で、羽衣を見つけた漁師が、天女の舞と交換にこれを返す美しいお話。飛天が帰って行く場が作者らがこれから尋ねようとしている烏魯木斉だという断定がほほえましい。
 歌集『飛天の道』のあとがきに、この歌に関連する部分があるので長いが引用させていただく。(鹿取)

  シルクロードという東西の文物の交流の道は、同時に仏教やイスラム教や、道教などの思想・
宗教の伝来の道でもあり、その激しい葛藤の道であった。しかし、天翔る飛天の表情はどれも
  温雅で、閑雅な楽の音とともにある。それは魂を癒すべき無辺の愛を導き運ぶもののやさしく
  強い意志の力にかがやいていた。その飛天の道の終点が日本であることも感慨深い。日本の天
  女伝説はすでに『風土記』の中にあるが、能「羽衣」によって定着し、一般化した三保松原の
  天女も、このシルクロードから飛行してきた天女の一人だったと思うと特別ななつかしみが 
  湧く。


       (レポート)
 今、馬場先生は「飛天」から、三保の松原の「羽衣」を思い出しておられる。謡曲「羽衣」はよく知られた内容で、天女が隠された羽衣を返してくれるよう、漁師に頼む。その際、漁師は舞を所望する。天女は羽衣を纏い、舞を舞いながら天に帰って行く。馬場先生は今、その天女を烏魯木斉に帰るためにその羽衣を要求したのだと規定される。なぜ烏魯木斉なのだろうか。
 敦煌から、まだ遙か西方である烏魯木斉へ、馬場先生ご一行は、これから向かわれるのであろう。その烏魯木斉は、日本の三保の松原から考えると、それはもう遙かに遠い天空のようなところと思われる。それで「烏魯木斉に帰る~」と言われたのであろう。(T・H)
烏魯木斉:新疆ウイグル自治区の区都。海抜900メートルにあり、町の名はウイグル語で
        「優美な牧場」の意。市街ではポプラ並木が三、四列と連なり、その間を清水が
        流れるオアシス都市特有の光景を持つ。北京より約2700キロ。東京~北京間
        より300キロも遠い。


     (当日意見)
★烏魯木斉の字面のおもしろさを狙っている。(慧子)

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馬場あき子の外国詠196(中国)

2016年07月27日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌26(2010年3月実施)
         【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)164頁
         参加者:N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:T・H
          司会とまとめ:鹿取 未放


196 靡くもの女は愛すうたかたの思ひのはてにひれ振りしより

     (まとめ)
 靡くものを女は愛するようになった。はかない恋の思いの果てに領巾を振ったあの昔から。
 万葉集に載る「ひれ振る」歌を幾首かあげてみる。

 a 松浦県佐用姫(まつらけんさよひめ)の子が領巾(ひれ)振りし山の名のみや聞きつつ居らむ
                     (巻五・八六八) 山上憶良

 b 遠つ人松浦佐用姫夫恋ひに領巾振りしより負ひし山の名  
     (巻五・八七一)   作者不詳、一説に山上憶良とも

 c 海原の沖行く船を帰れとか領巾振らしけむ松浦佐用姫
         (巻五・八七四) 大伴旅人

 これらの歌はいずれも佐賀県唐津市に伝わる佐用姫伝説をもとにして後世の歌人達が詠ったもので、伝説はこうである。537年、百済救援の為、兵を率いて唐津にやってきた大伴狭手彦(さでひこ)は、軍船建立まで滞在した長者の家で、長者の娘佐用姫と恋仲になった。やがて狭手彦は出航し、姫は鏡山に登って領巾を振り続けた。その後、七日七晩泣き続けてとうとう石になってしまった。そこで領巾を振った鏡山を領巾振山(ひれふりやま)と呼ぶようになった。そうして現代も唐津市に鏡山(領巾振山)は残っている。ところで憶良や旅人は7世紀後半から8世紀前半にかけて活躍した歌人だから、領巾振山の伝説からは既に150~200年の時が経過していたことになる。
 ともあれ、馬場のこの歌は万葉集のこれらの歌を背景におきながら、悲恋の姫に想いをよせ、そこから女のはかなげな習性を思っているようだ。(鹿取)


       (レポート)
 このお歌も、莫高窟内に描かれた「飛天」たちの衣を詠われたものと思う。「飛天」は天空を飛んで、仏陀を礼賛・讃美する天人。しばしば散華や奏楽器の姿で表現される。天空を降りてくるのであるから、衣も乗っている雲もたなびいている。「たなびくもの」を女は愛す。そうかな?確かに柔らかな衣・スカーフなどをたなびかせて女は歩く。「うたかたの思ひのはてに」はかない思いの果てに、「ひれ振りしより」布を振って以来。これは万葉集の「~いもがそでふる」を引用されているのかも知れない。
(万葉集20「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」など)(T・H)
   


          (当日意見)
★「袖を振る」と「領巾を振る」は、違う。また、「うたかたの思ひ」とはかつての自分のことだ
 ろうか。(藤本)
★佐用姫伝説の主人公が、せっかく恋仲になった大伴狭手彦と瞬く間に別れがやってきて、領巾を
 振って泣くことになるんだけど、「うたかたの思ひ」ってそのことじゃないですか。(鹿取)


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馬場あき子の外国詠195(中国)

2016年07月26日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌26(2010年3月実施)
         【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)164頁
         参加者:N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
          レポーター:T・H
           司会とまとめ:鹿取 未放

195 蜃気楼の国のやうなる西域の飛天図を見れば夜ふけしづまる

     (まとめ)
 この歌は現地に行って飛天を見ての感慨か、蜃気楼の国のようだと考えていたその西域に正に自分が旅しようとして、あこがれの飛天図を写真か何かで眺めている図か、二通りに考えられる。四首めに富士が出てくる構成から考えると、行く前のあこがれの気分と読んで欲しいという作者のメッセージかもしれない。
 蜃気楼の国のようだというのは、距離の遠さもさることながら何千年という時代的な距離感なのだろう。ぼんやりと見えるがすぐに消えてしまう蜃気楼のように、ほんとうに存在するのかも危ぶまれるような、それゆえ強い憧れをかきたてるそんな西域なのだろう。夜は更けて静かだが、自分はあこがれの飛天図を飽きもせずに見入っているのだ。(鹿取)


     (レポート)
 馬場先生ご一行は、今、中国はシルクロードの旅をしておられる。そして今日は敦煌の莫高窟
を見学して来られたのだと思う。「蜃気楼の国のやうなる」とは、歴史的にも遙か彼方、漢の武帝の時代より(B・C140年頃)注目されていた西域・シルクロードへ、今、足を踏み入れられた。それはまさに日本からも「蜃気楼の国のやう」に遙かに遠い「西域」であり、また今日見てこられた「飛天」の多くは、天上遥かから、音曲を持って、仏の来迎を讃美する姿である。それらを見てこられて、今、夜のしじまの中を寝付こうとしておられる。しかし目は冴え渡って、今日見てこられたさまざまな莫高窟内の図柄が目の前に浮かび、なかなか寝付かれない。周囲は沙漠である。物音一つしない。ますます目は冴え渡ってゆく。あき子先生の思い、お姿が目に浮かぶようである。(T・H)

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馬場あき子の外国詠194(中国)

2016年07月25日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌25(2010年1月実施)
    【向日葵の種子】『雪木』(1987年刊)129頁
     参加者:K・I、N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:N・I
     司会とまとめ:鹿取 未放

194 夏さやと来てゐる土に這ひ出でて若きみみずらつやめきをれり

     (まとめ)
 直前の歌の一切後悔しない若さの一例が若いみみずのつやめきに反映しているのだろうか。「夏さやと」というリズムを小刻みにした気持ちの良い出だしに、つやめくみみずを配するところが馬場流である。(鹿取)


      (レポート)
 初夏の新鮮な土壌からはい出てきたみみずに若々しい官能を?感じられたのではないでしょうか?(N・I)
コメント

馬場あき子の外国詠192(中国)

2016年07月24日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の旅の歌25(2010年1月実施)
    【向日葵の種子】『雪木』(1987年刊)128頁
     参加者:K・I、N・I、Y・I、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:N・I
     司会とまとめ:鹿取 未放

192 大陸を見てきしまなこ遊べよとさやさやとせり木草のみどり

     (まとめ)
 大陸であまりにもたくさんのことを見てきて未だ整理できない心境にある。とりあえず目前の
やさしい「木草のみどり」が、疲れたまなこを遊ばせなさいと呼びかけているようだ。大陸に比べたら何ともささやかな、しかし細やかな情景が目の前には広がっているのだ。良くも悪くもそれが日本という国である。(鹿取)


       (レポート)
 中国を見てきた眼には日本のやさしい草木に心が和まされる。それは眼あそべよと詠んだこと、中国でのあまりよくなかった印象を忘れたいということなのではないでしょうか。(N・I)


     (当日意見)
★作者は充分中国に感動して歌を詠んでいるので、レポートの「中国でのあまりよくなかった印象
 を忘れたい」というのとは少し違うと思います。もちろん、中国の旅でいい印象しかもたなかっ
 たということではないですが。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠191(中国)

2016年07月23日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌25(2010年1月)
         【向日葵の種子】『雪木』(1987年刊)128頁
         参加者:K・I、N・I、Y・I、曽我亮子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
          レポーター:N・I
         司会とまとめ:鹿取 未放


191 貧しからねど豊かならざる表情に水牛は耕し終へて我をみる

     (まとめ)
 動物側から「我をみる」という詠み方は馬場がよくする技法。何度かこの旅の歌シリーズにも例歌を挙げてきた。「貧しからねど豊かならざる表情」とはどういう感じなのだろうか。牛のことではないが、「紺」では「民衆は豊かならねどくつろぎて飲食に就く暗き灯のもと」のように歌われている。この豊かは経済上のそれである。しかし牛には経済上の解釈はできないので(もちろん、その反映として心地よい牛舎や美味しい餌をもらえるということはあろうが。)あくまでも内面の表情である。それも耕すという労働が終わってほっとしたひとときである、貧しくはないけれども豊かではない表情で我をみて、水牛は何を思っているのであろうか。(鹿取)


     (レポート)
 肉牛はビールを飲まされブラシで磨かれ高く売られることに価値があるのですが、水牛は労働のために使われ又ある種の競技にも用いられます。泥に近い畑を耕し終えた水牛の眼にある種の険しさを見たのでしょう。人間にも、また今の世相にも通じる含蓄の深い歌と思いました。(N・I)

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馬場あき子の外国詠190(中国)

2016年07月22日 | 短歌一首鑑賞
 
   馬場あき子の旅の歌25(2010年1月)
       【向日葵の種子】『雪木』(1987年刊)127頁
       参加者:K・I、N・I、Y・I、曽我亮子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:N・I
       司会とまとめ:鹿取 未放
 

190 売られたる鶏は水見てゐたるかな二丁艫(ろ)に漕ぐ蘇州運河に

     (まとめ)
 二丁艫だから艫が2本しかない小さな船、そこに売られた鶏たちが乗せられている。何羽とかは書かれていないが、小さな船だからせいぜい10羽というところだろうか。たぶん脚でも縛って数珠繋ぎにされているのだろう。鶏たちはしょうことなしに運河の水を見ている。水は先の歌にあったように濁っていて水中は見えない。売られた花嫁、ではないが、拘束された鶏たちは直感的に自分の運命を把握しているだろう。自分たちの乗る観光船と擦れ違ったときの属目だろうが、「水見てゐたるかな」のところにそこはかとないあわれが滲む。(鹿取)


     (レポート)
 蘇州は日本人観光客にも人気のある地。買ったのではなく売られてきたと詠み、鶏の眼に注目したのはさすがだと思います。川は人生にも例えられます。その流れが見えているのだろうかと、言い差しで終わっているのが深みを与えていると思いました。(N・I)

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