かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

渡辺松男の一首鑑賞 195

2015年01月31日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)82頁
              参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
               レポーター: 泉 真帆
              司会と記録:鹿取 未放

195 深谷葱の数万本の首に吹き風は平野をかがやかしたり

     (レポート)(2015年1月)
 埼玉県深谷市でつくられる深谷葱。深谷市は葱の生産量で日本一を誇る。一面の葱畑に風が吹き、平野をさっと輝かせるようすが印象的だ。(真帆)


     (紙上意見)(2015年1月)
★北風が一斉に数万本の葱を揺らし、凍てついた平野が、しろく輝いたのであろう。それまで何気ない
 景だったものが、風が吹くことによって、様相が一変した。壮観である。(紙上・石井)
★「深谷葱」は、根深葱なので、白い首の部分が長い。そのような葱の数万本の首を吹く風が、平野を
 かがやかしている。(紙上・石井)


     (意見)(2015年1月)
★前の歌を工場視察ととったので、この歌も首というのは人間の首のようなイメージを持ちました。
 上が風を吹かせればお前等の首は飛んでいくんだぞと。しかし結句が「かがやかしたり」ですか
 ら、この解釈はダメかなと。(真帆)
★「首」がとても生きていますよね。葱坊主だから首なんですね。「首に吹き」って上手いですね。
 この歌は景で読んだ方が魅力的だと思います。セメント工場から生産繋がりですね。また、両方
 地元の親しい風物だと思います。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 194

2015年01月30日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)82頁
            参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
             レポーター: 泉 真帆
            司会と記録:鹿取 未放

194 生産を見にいかんかなふんぜんと真夜のセメント工場の白煙

     (レポート)(2015年1月)
 作者は仕事でこのセメント工場の視察に行ったのだろうか。中国のユニクロの工場の労働時間の問題が報道されていたが、それを思わせる。「憤然」と見にゆくのだ。(真帆)
 

     (紙上意見)(2015年1月)
★バブルの前「モーレツ」ということばが流行った。生産性を高めたら、豊かな暮らしが待っている。
 そう人々は信じてひたすらに働いた、その頃の様子だろうか。基幹産業であるセメント工場は真夜中
 でも稼働していたのであろう。ふんぜんと白煙をあげている様子はいかにも頑張っているようで、涙
 ぐましい。(石井)
★「ふんぜん」は、「憤然」「奮然」「紛然」のいずれだろうか。(鈴木)


      (当日意見)(2015年1月)
★「ふんぜん」は自分の」感情でもあり、白煙の様子でもあると思いました。(真帆)
★今日のセメントは質が悪いです。だから鉄骨が錆びやすいのです。バブルの頃か、それが大問題
 になりました。かつてのセメントは山砂で品質が良かった。粗悪なセメントだから憤然としてい
 るのではないか。(うてな)
★私は「いかんかな」と言っているので自発的に行くのだと思う。真夜の視察というのもあまりな
 いだろうし。セメント工場はいろいろ問題抱えているかもしれないけれど、ここでは物を作ると
 いうことの面白さに興味を持っていると思いましたが。文明批評の歌もたくさんつくっています
 けれど、ここはちょっと違うかな。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 193

2015年01月29日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)82頁
               参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
                レポーター: 泉 真帆
               司会と記録:鹿取 未放

193 茄子紺のひきしまりたる一念を眉間にしゅうちゅうしてみんとせり

     (レポート)(2015年1月)
 畑に実る茄子の、日に照らされる様に、強い集中力を思う作者がいる。「眉間に」「しゅうちゅうしてみんとせり」が魅力的だ。(真帆)


     (紙上意見)(2015年1月)
★魅入られるかのように、引き締まった紫紺の茄子を注視しようと、眉間を意識する様子を描いている。
 一念―ひたすら思うことーという仏教用語を使って、茄子は単に客体ではなく作者の思いに同化して 
 いるのかもしれない。(石井)
★確かに、茄子のつややかな紫紺をじっと見ていると、「ひきしまりたる一念」に引き込まれ、眉間に
 いつのまにか集中している(「してみん」とあるが、すでに集中している)われが居る。(鈴木)


    (当日意見)(2015年1月)
★これは紺色の茄子が目の前にあるのでしょうか?それから「してみん」の「みん」は見るのか試 
 みるのかどちらでしょう?私はもっと抽象的に茄子紺のようなイメージを浮かべて集中してみようと
 している、そういう歌だと思っていましたが。(鹿取)
★そうですね、想念の中ですね。(うてな)
★「しゅうちゅう」がひらがなで何だか面白い味をだしていますよね。いかにも作者らしくて、好きな
 歌です。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞  192

2015年01月28日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)81頁
            参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
             レポーター: 泉 真帆
            司会と記録:鹿取 未放


192 石の上の蜂いっぴきの死へそそぐ四十五億歳の白光

     (レポート)(2015年1月)
 太陽は誕生して四十五億年がたつのだ。その白光に、はかない命の死が照らされている。献花や献香のように献光ということばがあっていいのかもしれない。作者のいつくしみのまなざしを感じる。(真帆)


(紙上意見)(2015年1月)
★宇宙が生れて、93億年目、地球が誕生した。45億年前だった、その時、宇宙のどこからか、光が地
 球に届いていた。同じ光が45億年かけて、一生を終えた蜂に降り注いでいる、瞬きのような一瞬、
 いやそれよりも短い、蜂の生涯だった。もしかしたら、ハタラキ蜂だったのかもしれない。ふと、人
 の一生を重ねてみたくなる。(石井)
★蜂は太陽に挑んだのだろうか、それとも太陽に生かされたのだろうか。ともあれ、蜂は日当たりの良
 いところで死んでいることが多い。太陽は45億年前頃に誕生しているから、蜂の死骸には「四十五
 億歳」の白光が降り注いでいるのである。(鈴木)


(当日意見)(2015年1月)
★真帆さんの文章を好いと思いました。同感です。(うてな)
★「献光」って造語でしょうが、いいですね。(慧子)
★松男さん、こういう歌い方をよくしますね。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 191

2015年01月27日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)81頁
            参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
             レポーター: 泉 真帆
            司会と記録:鹿取 未放

191 赤尾敏と東郷健の政見を聞き漏らさざりし古書店主逝く

     (レポート)(2015年1月)
 赤尾敏は反共主義者。はじめ農民組合運動など無政府主義的活動をし、のちに転向し、大日本愛国党を結成した。東郷健は雑民党の代表。ゲイバーを経営したり、ゲイボーイとして働いたり、エイズ啓蒙活動などをしていた。連作の中で、全体をつなぐ役目か。両氏の政権をしっかりと心に留めた古書店主が浮かぶ。(真帆)


      (紙上意見)(2015年1月)
★昭和の後期、各々右翼、左翼の違いはあるが、赤尾敏も東郷健も、政治思想というよりは毎回、選挙
 に立候補して、落選するので有名であった。この古書店主は、組織が嫌いで、一匹狼的な性格の持ち
 主なのだろう、そのような反骨精神を彼らに重ね、彼らが当選し、政権を握ることを信じていたのか
 もしれない。古書店主の生前の生き様を巧く捉えた一首(石井)
★両名は、何度も選挙に立候補しては落選し続けてきた右翼?と同性愛者?。時世や当落に関係なく主
 張が一貫しているので、それを「聞き漏らさざりし古書店主」も別世界の人であった。(鈴木)


     (当日意見)(2015年1月)
★こういう歌があることが面白いですね。(うてな)
★農業の祖父とか弟の作業着とかに繋がっているので、一連で労働者ということをいいたかったの 
 かなと思いました。(真帆)
★赤尾敏と東郷健、その放送を聞いている店主、またそれを見ている作者というふうに入れ子細工的な
 面白さを感じました。(慧子)
★店主に共感していると思います。変わり者に対して。(うてな)
★思想的にも一般の人からはみ出している古書店主かもしれないけれど、暇に任せて彼等の政見放 
 送を聞いていたのでしょうかね。そのことを知っているということは〈われ〉はこの人と仲がよ
 くて伝聞で知ったか、〈われ〉が通い詰めて、そういう店主を観察していたかですよね。そして
 亡くなったことも知っている。店主に近親感を持っていたか、同類だと嗅ぎ取っていたか。(鹿取)


渡辺松男の一首鑑賞  190

2015年01月26日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)81頁
            参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
             レポーター: 泉 真帆
            司会と記録:鹿取 未放

190 われの手がソープレスソープにまみるるを積乱雲は湧きやまぬなり

     (レポート)(2015年1月)
 ソープレスソープとは合成洗剤、中性洗剤のことだ。屋外で何かの作業を終えた作者なのか、手を洗っている。むくむくと湧く入道雲とソープの泡がひびきあう。(真帆)


     (紙上意見)(2015年1月)
★ホイップクリームに似た石鹸の泡が次々、生れている。それを積乱雲に見立てている。少年のように
 無心な、作者の手の動きを想像すると微笑ましい。(石井)
★石鹸ではなく、泡立ちが良く汚れがよく落ちる合成洗剤「ソープレスソープ」で手を洗いながら、そ
 の泡立ちに積乱雲が湧く様を連想している。(鈴木)


   (当日意見)(2015年1月)
★我の手が汚れていたのはどうしてか?罪があると思っているのか、とかいろいろ後から考えまし
 た。(真帆)
★現代文明批判だと思います。非常に肌荒れも起こすし、海洋汚染にも通じますから。「まみるる」
というのはマイナスイメージで言っていますから。積乱雲の中身だって汚染されていますから。
   (うてな)
★では、積乱雲は怒りに通じているの?(慧子)
★私は一連の続きなのでここも隠微な秘密めいた性的な感じにとりました。ソープとか泡ですから。
 次の東郷健にも繋がります。だから積乱雲も湧いてくる衝動のような。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 189

2015年01月25日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)80頁
            参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
             レポーター: 泉 真帆
            司会と記録:鹿取 未放

189 きっとどこかへ通ずる謎の非常口メレット・オッペンハイムのお臍

     (レポート)(2015年1月)
 メレット・オッペンハイムはスイスの芸術家で、彼女の残したことばに「誰もあなたを自由にはしない、そのことを理解せねばならない」があるという。しかし作者は、きっとどこかに非常口があり、それはメレット・オッペンハイム自身の最も要のヘソにあるだろうと詠っているのではないか。名前のひびきのたのしさ自体に救いがあるように思う。(真帆)


     (紙上意見)(2015年1月)
★メレット・オッペンハイムに親近感をいだいている作者は、彼女の作品を生み出す根源に思いを馳せ
 ている。若い頃、美しかった彼女、その写真か、あるいは想像か、作者は彼女の臍を見詰めている、
 女体の臍は男性である氏にとっては、謎の非常口である。ここから、臍の緒と繋がり、創造物にゆき
 つくのである、やがて時が満ちてくれば、自然と生み落とされるだろう。美とはエロスである。その
 根源を女体の臍にみている。オッペンハイムと、渡辺氏の芸術の手法は似ている。全く違うものを組
 み合わせて、新しいイメージを生じさせ、鑑賞者に衝撃を与える…。162月読ーガスの元栓、オッペ 
 ンハイム-の毛皮で覆われたコーヒーカップなど。ふたりは時代や言語は違うが、ことばやオブジェ
 から受ける衝撃は似ている。(石井)
★メレット・オッペンハイム(1913~1985)は、スイスの女性芸術家。有名なフレーズに「誰
 もあなたを自由にはしない。そのことを理解せねばならない」があるが、臍を含めた裸体画を結構描
 いており、その「臍」に、作者は、自由への「謎の非常口」をみているのだろう。(鈴木)


    (当日意見)(2015年1月)
★真帆さんの名前の響きがいいというのは良い捉え方だと思います。(慧子)
★同感です。(うてな)
★メレット・オッペンハイムは「シュルレアリスムやダダに参加した女性アーティスト」と
    Wikipediaに出ています。石井さんの書いている毛皮で覆われたコーヒーカップは、
 彼女の有名な 写真作品『毛皮の朝食』のことです。横浜美術館の常設の写真コーナーで、
 マン・レイという写 真家(シュルレアリスト、ダダイスト)が撮ったメレット・オッペンハイムのポートレートを
 見たことがあります。題は忘れましたが、大きなハンドル(片手にべったりインクが付いていた ので印刷機のハン
 ドルかもしれません)が全面にある等身大のモノクロヌードです。それにお臍 が写っていました。なめらかな質感
 の美しい写真でした。2度目に行った時はその写真が無くて がっかりしましたが。作者はそういう美しいお臍に女体
 への憧れとか母性的な神秘性とか感じて いるのでしょうか。鈴木さんの臍に「自由への『謎の非常口』をみているの
 だろう」というのに同 感です。非常口の歌は先月やりましたが、ここではエロスのようなところに非常口の可能性を
 感じ取 っているのかなと思います。ナチヌード、エイズ、男波女波ときてお臍ですから性的な流れがあると
 思います。また、真帆さん、鈴木さんが挙げているオッペンハイムの自由についての言葉と、「謎 の非常口」という
 言葉はうまく響あっていますよね。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 188

2015年01月24日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)80頁
          参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放、石井彩子と鈴木良明は紙上参加
           レポーター: 泉 真帆
          司会と記録:鹿取 未放

188 北斎はエイズを知らず絡みあい渦巻き男波女波怒濤す

     (レポート)(2015年1月)
 信州の小布施文化観光協会のサイトに、葛飾北斎の美術館が紹介されている。展示されている二基の祭屋台には北斎自筆の「龍と鳳凰」と、一首に詠まれている「怒濤」がある。「怒濤」は通称、男波女波と呼ばれる。絡みあう男波女波はいかにも奔放で、エイズなど存在しなかった時代の力強さがある。(真帆)


      (紙上意見)(2015年1月)
★『神奈川沖浪裏』という印象派に影響を与えた木版画で、鑑賞者はまず中心にある富士山に視線が向
 き、動と静、遠と近の対比に感銘を受けるが、渡辺氏は波だけに関心を寄せる。波の躍動感、迫力を
 男女が絡みあうエロチシズムに置き換えている。そして現代の文明病であるエイズと、想念は広がっ
 てゆく。(石井)
★北斎が描いた浮世絵の波―高低のある波の中で高い「男波」と低い「女波」が絡み合って渦を巻き怒
 涛しているーに性のうねりのようなものを感じている。それを過去の話にしないため、「エイズ」と
 いう言葉を入れて、現代に引き寄せて詠っている。(鈴木)


(当日意見)(2015年1月)
★この一首はすごく分かりやすい。北斎は春画を描いたからその連想から波、性的なものに発展し
 たんだなあと思う。(うてな)
★エイズを持ってきたことで性的なイメージが全面に押し出されていますよね。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 187

2015年01月23日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)80頁
            参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
             レポーター: 泉 真帆
            司会と記録:鹿取 未放

187 ナチ・ヌード陰毛濃きを白日の野に立たせ種の保存のロマン

     (レポート)(2015年1月)
 富国強兵を目的に〝産めよ増やせよ〟の政策を進めた日本。ナチス政権下では「配偶者選択十か条」が出され、その中にヌードの写真を載せたと聞く。西洋人の濃き陰毛と、白日のもと繰りひろげられる男女のロマン。政策下とは言え「白日の野」に明るさも感じる。(真帆)


      (紙上意見)(2015年1月)
★女性は産む機械のように裸で野に立たせられ、淫靡な視線にさらされている。ナチが信奉する種の保
 存ードイツ民族は唯一優秀な民族という優生学ーを実践するためだ。がそれはナチが考案した狂気の
 ロマンだ。劣性とされたユダヤ人はホロコーストされ、また遺伝性疾患子孫防止法のもとに身体・精
 神障害者が虐殺された。(石井)
★ドイツナチスの政策として、『ドイツ裸体文化』が刊行され、ヌード写真掲載の雑誌なども発刊され
 るようになった。それは、エロやポルノといったものではなく、あくまでも芸術的な視点から肉体美
 が表現されたもので、「白日の野に立たせ」て写っているものもあったのだろう。それは優秀な遺伝
 子を残すための、「種の保存のロマン」でもあった。(鈴木)


(当日意見)(2015年1月)
★この歌は「種の保存」と言いながら残酷なことをしていた。だからこの部分は逆説だと思う。(慧子)
★皮肉ですね。(うてな)
★ナチは「種の保存」をロマンのように言っているけれど、作者は何を馬鹿なと思っている、ここは揶
 揄であり批判なんですよね。(鹿取)
★皮肉というのは文学の発想の一つですよね。本邦雄は短歌で皮肉ばっかり言っているけど。
   (うてな)

渡辺松男の一首鑑賞 186

2015年01月22日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究 23 【眉間】『寒気氾濫』(1997年)79頁
               参加者:泉真帆、かまくらうてな、渡部慧子、鹿取未放
                レポーター: 泉 真帆
               司会と記録:鹿取 未放

    
186 作業着のままだしぬけに「宇宙図をみせろ」といって弟がくる

     (レポート)(2015年1月)
 二〇〇七年から、文部科学省が全国の学校等に配布しているものに「宇宙図」がある。当歌集は一九九七年刊なのでこれとは違うが、兄である作者と、弟と、待ちに待った「宇宙図」が入手できたときの一場面と読んだ。宝島の地図を奪うに似た「だしぬけに」の気配。連作「眉間」の一首と読むと、祖父とともに農作業をしている弟かもしれない。(真帆)


     (紙上意見)(2015年1月)
★弟は地に這うような(例えば日々の株価を気にするといった)現実社会で汲汲とした暮らしをして
  いるのだが、だしぬけに作業着、つまり背広姿で兄のもとにやってきた。兄は宇宙に思念を向けるこ
 とが好きで、宇宙の進化や起源が判る宇宙図を部屋の壁に貼っていて、毎日眺めているのだろう。こ
 の兄のロマンチックな性格は、現実派の弟とは合わないので疎遠だったのかもしれない、弟の「宇宙
 図をみせろ」で兄弟が近づいたのである。その後は兄弟仲良く宇宙図をみているのだろうか。(石井)
★宇宙図―縦軸に宇宙誕生から現在までの時間の流れ、横軸に空間の広がりを表現したもの。地上での
 作業をしていた弟が、だしぬけにこのような「宇宙図を見せろ」と言ってくる、飛躍、意外性が面白
 い。(鈴木)    


     (当日意見)(2015年1月)
★石井さんの作業着が背広だという解釈は意表を突く面白さもありますが、背広と宇宙図の取り合
 わせはギャップがあまりなくて面白くない気がします。この歌集では冒頭2首めから弟の歌が出
 てきて、たとえば4首めは「おみなには吃る弟がトラックの巨きさとなりきりて飛ばすよ」とい
 う歌です。この歌集の弟像は一貫してブルーカラーという設定です。もちろん、現実とは違って
 もかまわないですけれど。だから設定上は現場で働いている弟が、何だか急に宇宙図に興味をも
 って突然やってきた。お兄さんは常に宇宙図を見ていることを知っている弟さんなんですね。そ
 の弟をいいねえと面白がっている場面かなと。宇宙図そのものが無限に開いているので、そうい
 うのびやかさもありますね。(鹿取)
★宇宙図を見せろが脅迫めいた感じだけど、今すぐ見たいという気持ちの表れ。作業着と宇宙図の
 アンバランスは鹿取さんが言ったとおり。(慧子)
★真帆さんのいうように宇宙図を待ちに待って入手したとは思わない。文科省が学校に配布したの
 は最近かもしれないけど、宇宙図そのものは以前からあったわけで、作者は宇宙に大いに興味あ
 る人だから、当然、前から持っていたのでしょう。(鹿取)
★私は渡辺さんの歌集を全く持っていません。一首鑑賞の時でも歌集全体を見渡した鑑賞でないと
 いけないのでしょうか?(うてな)
★難しい問題ですね。一首のみの鑑賞でいいと思います。たまたま私は全部の歌集持っているので
 どうしても全体をみて言いたくなるのですけれど。(鹿取)
★石井さんが「兄のロマンチックな性格は、現実派の弟とは合わない」と書いていらして、全体を見
 るとそうなのかなあと。(うてな)
★いや、石井さんもこの歌集はもっていらっしゃらないので、この1首から判断されたんだと思います。
   (鹿取)
★物語として面白いですね。ユーモラスですし。(うてな)