かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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馬場あき子の外国詠 126(ネパール)

2015年05月31日 | 短歌一首鑑賞
 
馬場あき子の旅の歌【ニルギリ】『ゆふがほの家』(2006年刊)82頁
         参加者:K・I、N・I、T・K、T・S、N・T、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:渡部慧子
         司会とまとめ:鹿取 未放

 ◆ネパールは先月の大地震によって、まだまだ混乱の中にあるようです。ネパールの一日も早い復興
  と人々の平安を願いつつ、ネパールの歌の鑑賞を再掲載します。

      ──── ネパールのアッパームスタンに「こしひかり」を実らせた
            近藤亨翁をたずねてジョムソンに行った。
         (この2行は、「ニルギリ」の章全般に掛かる。)

126 ニルギリは処女(をとめ)なり蒼き爽昧(ひきあけ)の光に染みてひたをとめなり

     (まとめ)(2009年1月)
 「ニルギリは処女なり」というのは、人間に汚されていない崇高な処女峰だからだろう。その山に向かって化粧をしていた〈われ〉は、朝の光に照らされてあけぼの色に染まっていく山の姿に見とれているのだ。あまりの気高さに言葉を失い「ひたをとめなり」と繰り返す。その畳みかけに作者の感嘆の声がある。「爽昧」を「ひきあけ」という和語に読ませているのも処女のやわらかさを出して効果がある。(鹿取)


           (レポート)(2009年1月)
 未踏峰ゆえに「ニルギリは処女(をとめ)なり」とうたったように思ったが、それは124,125番歌に囚われている。掲出歌では未踏峰とはうたっていない。ヒマラヤ連峰のなか、アマグプラムという峰の名は「母の首飾り」、またプモリは「花嫁の峰」とそれぞれの意味である。そんなことにちなんで 「ニルギリは処女なり」と呼んだのであろうか。写真集などで必ず登場するとは限らず、少し控えた感じのニルギリに作者なりの心寄せをし、また一期一会の言葉としてえらんだのかもしれない。だが実際はインドにニルギリという山があり梵語で青い山脈の意味を持つようにネパールのニルギリも同様である。さてヒマラヤの美しい空はヒマラヤンブルーと呼ばれ、深い蒼穹である。そしてことのほか美しいと思われる夜明けの「蒼き爽昧の光」にのぞんでいて、ニルギリが青みを帯びている様子を「蒼き爽昧の光に染みて」と言葉を置いている。ニルギリを讃えながら、蒼から成熟していないものへの連想もあったであろう。「ひたをとめなり」と思いをこめて1首に2度までの措辞である。(慧子)
      ※「アマグプラム」は、「アマ・ダブラム」の間違い。(鹿取)
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馬場あき子の外国詠125 (ネパール)

2015年05月30日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠【ニルギリ】『ゆふがほの家』(2006年刊)81頁
         参加者:K・I、N・I、T・K、T・S、N・T、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:渡部慧子
         司会とまとめ:鹿取 未放

◆ネパールは先月の大地震によって、まだまだ混乱の中にあるようです。ネパールの一日も早い復興 
 と人々の平安を願いつつ、ネパールの歌の鑑賞を再掲載します。


125 水のごと静けき天よ未踏峰ニルギリを抱きほのかほほゑむ

      (まとめ)(2009年1月)
 水のように静かな天が、未踏峰であるニルギリを抱いてほのかにほほえんでいる。天がほほえんで見えたのは朝日がのぼって空が明るい色を含んできたからだろうか。124番歌で崇高なニルギリに向かって化粧していた作者に、夜明けと共に明るさを増す空は、ゆったりとほほえんでいるように見えたのだろう。(鹿取)


           (レポート)(2009年1月)
 ニルギリは未踏峰だという。より高いエベレストが登頂されていながら不思議に思ったが、聖峰と呼ばれ登山許可されていない峰があり、氷壁への挑戦は至難でついに果たせない未踏峰もある。
 さて、山を目指すように短歌に精進してきたが、極まるところを知らない道である。とそんなことが作者の思いのうちにあったかどうか知るところではないが、たえず世界を意識し、また新しい分野に踏み入ってうたってこられた御自身の雄たる気概を「未踏峰ニルギリ」にむかって認識されたかもしれない。いずれにせよ、ここで何の構えもない天を「水のごと静けき」と抑制をきかせてたたえており、
さらに「未踏峰ニルギリ」をあたかも「抱きほのかほほゑむ」とは眼前にこのうえもなき二物の在るを詠嘆している。(慧子)


     (意見)(2009年1月)
★自然界、地球の不思議さ、結句がよい。(崎尾)

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改訂版 馬場あき子の外国詠 124(ネパール)

2015年05月29日 | 短歌一首鑑賞

馬場あき子の外国詠【ニルギリ】『ゆふがほの家』(2006年刊)81頁
        参加者:K・I、N・I、T・K、T・S、N・T、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:渡部慧子
        司会とまとめ:鹿取 未放

 ◆ネパールは先月の大地震によって、まだまだ混乱の中にあるようです。ネパールの一日も早い復興
  と人々の平安を願いつつ、ネパールの歌の鑑賞を再掲載します。

──── ネパールのアッパームスタンに「こしひかり」を実らせた
       近藤亨翁をたずねてジョムソンに行った。
       (この2行は、「ニルギリ」の章全般に掛かる。)

124 未踏峰ニルギリに対かひ化粧(けはひ)する水のごと冷たき朝のひかりに
   
     (まとめ)(2015年5月改訂)
 ネパールは正式国名「ネパール連邦民主共和国」。2008年に王政が廃止され、連邦民主共和制に移行することが決定された。2014年2月、スシル・コイララ・ネパール・コングレス党党首が首相に選出され、コイララ首相率いる第1党ネパール・コングレス党及び第2党共産党UMLによる連立内閣が発足し、新憲法制定に向けた協議が進められている。北海道の約1.8倍の狭い国で、人口は2649万人、識字率は約60%。(以上、「キッズ外務省」参照。人口・識字率の統計は2011年版)
 首都のカトマンズは奄美大島と同じくらいの緯度で亜熱帯に属するが、馬場が訪れたのはアンダームスタンの方で、ジョムソンはその中心地。(冒頭の詞書アッパームスタンの語「こしひかり」を実らせたに掛かっている)。ジョムソンの標高は2700メートル、年間降雨量200㎜の乾燥地帯で、川のほかは瓦礫の大地と隆起した岩山があるばかり、年中強風が吹いている。馬場はカトマンズから飛行機を乗り継いでジョムソンに入ったが、飛行機だとカトマンズから中継地ポカラまでは35分、ポカラからジョムソンまでは20分で着く。土地の人はポカラからジョムソンまで2日かけて歩くそうだ。(2003年当時の話。その後、この区間も車が通れるようになり、バス便もあるらしい。)
 馬場一行(私もそのひとり)が訪れたのは11月初旬だが、統計ではジョムソンの11月の平均気温最高は14.3度、最低は1.2度。東京は16.7度と9.5度。ただし日中は日差しが強いせいか体感ではジョムソンの方がずっと暖かく感じた。しかし夜は冷えた。四つ星のホテルだったがシャワーはぬるいお湯が少量出ただけ、ユタンポが配られた。夜中の戸外はどのくらいの気温だったのか、あるだけのセーターを重ね着した上ダウンジャケットをはおってもまだまだ寒かった。
 そんな地で近藤亨氏は、NPO法人ネパール・ムスタン地域開発協会を設立、ジョムソンで果樹園や魚の養殖場を作り、農業指導に当たっていらっしゃった。「こしひかり」を実らせたアッパームスタンは更に高い所に位置する。標高3600メートルのガミ村にも農場があって、ジョムソンからガミまでは更に馬で2日かかるという。
 この歌は崇高な「未踏峰ニルギリ」と対峙するかのように、あるいはその崇高さの恵みを受けるかのように、化粧する姿を描いている。清冽な水のような朝のひかりの中で化粧する心震える喜びがある。
 ちなみにニルギリ山は標高7061メートル。早朝はセーターを重ねた上にダウンジャケットを羽織りニット帽を被ってもまだ寒かった。水もどんなにか冷たかったに違いない。(鹿取)


         (レポート)(2009年1月)
 「未踏峰ニルギリ」をのぞむ宿の一室に朝のひかりが差し込んでいる。眼前の山は原初のままの未踏峰だと言う。それはおのずからそびえ、他のものを厳粛の底に沈ませている。4句の「水のごと冷たき」とあるように、まるで神聖な液体のような朝。こんな朝人はどのような振る舞いをするのであろう。掲出歌では「化粧(けはひ)する」という。この聖域をおかすごとく「化粧する」のであろうか。あるいは、このおごそかさにさしつらぬかれることもなき王者のように「化粧する」のであろうか。いやいやちがう、その朝も常のごとであろう。「未踏峰ニルギリに対かひ」一人の女性が朝の身支度をしている。(慧子)


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渡辺松男の一首鑑賞 225

2015年05月27日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)93頁
      参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:石井 彩子
       司会と記録:鹿取 未放

        ◆レポーターが添付された《ソロモンの雅歌Ⅳ》の絵は、ブログでは割愛しました。

225 シャガールの馬浮く界の暖色へほんわりと浮遊はじめるからだ

         (レポート)(15年5月)
 マルク・シャガール(1887~1985)は帝政ロシアのユダヤ人居住区に生まれ、パリで学び、両大戦という過酷な時代を生き抜いて、誕生、結婚、死など人間の一生を、生涯のテーマとした。青を基調とする独特の色彩を駆使しながら、のびのびとする人物、花束や恋人たちといった愛に満ちたモティーフの絵は、夢やノスタルジーを呼び起こし、人間に対する限りない悲しみを謳いあげた。
 シャガールの馬が登場する絵はいくつかあるが、この絵は《ソロモンの雅歌IV》1958年、であろう。下の濃い赤は故郷のベラルーシが戦火に包まれる情景であろう。雅歌につつまれた幸福感あふれる優美な世界へ、シャガールに身をゆだね、うっとりと安心しきった表情で「ほんわりと」重力を忘れたように浮遊している「からだ」は、生涯敬愛し続けた亡き妻のベラであり暖色の世界とは、傷つきなくなっていった人々、愛する人をなくしてしまった人々を鎮魂する世界なのだろう。(石井)


          (当日意見)(15年5月)
★レポーターの方は「ほんわりと浮遊はじめるからだ」はベラと書かれていますが、これは作
 者ではないでしょうか?(M・K)
★私も作者が浮遊するのだと思います。(うてな)
★ベラというのもありうる解釈だと思いますが、私は「シャガールの馬浮く界の暖色へ」とい
 うからにはベラもシャガールも一緒に浮いている絵が既に作者の頭の中にあると思うので、
 やはり作者が絵の中に浮遊しはじめるのだろうと思います。(鹿取)
★たとえばこの絵を見ながら浮いていくのは作者よりもベラの方がふくらみがあると思いまし
 た。自分自身だとありきたりで面白くない、シャガールは生涯ベラを慕っていたのベラを中
 心においてやりたい。晩年の絵ですから。(石井)
★シャガールは亡命したりと苦しい生涯を送りましたが、この暖かい絵を眺めていたら〈われ〉
 もその世界に寄り添いたくなったというのではないでしょうか。(鹿取)

    
           (後日レポート補足)(15年5月)
 レポート部分の「浮遊している」は、この歌の語句「浮遊はじめる」に訂正。
 「浮遊はじめるからだ」は、シャガールがベラの「からだ」を包み、これから、さらなる暖色の世界へ馬に乗り、向かおうとしている情況を捉えている。「浮遊しているからだ」であれば、浮遊が継続しており、暖色の世界に漂っている状態を描写したのにすぎない。一方、当日意見にもあるように、「浮遊はじめるからだ」の主体は、作者かもしれないが、やはり作者の視点はベラにあるのではないか、ベラを描写した一首と捉えたい。(石井)
       
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渡辺松男の一首鑑賞 224

2015年05月26日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)93頁
     参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:石井 彩子
      司会と記録:鹿取 未放


224 新樹みなキェルケゴールにほほえめばキェルケゴールはレギーネを恋う

         (レポート)(15年5月)
キェルケゴールはレギーネに求婚をし、彼女は受け入れるのだが、一方的に破棄する、これは謎である。この不可解なキェルケゴールの行為を吉本隆明は普通以下の人だといい、日常の反復を嫌がったのではないかと言っている、あえて苦難に向かう性向は実存主義の始祖らしい。亡くなってもレギーネを相続人にするなど、生涯にわたって、彼女を思慕し続けた。この歌は新樹が初々しく、キェルケゴールに映るのを、レギーネへの想いと重ねたのではないか。(石井)


     (当日意見)(15年5月)
★『悲劇の思想』(河出書房・1966年刊)の解説では、キェルケゴールは性的不能者だっ
 たと翻訳をした高橋健二と秋山英夫が書いています。事実かどうかはわかりませんが。
    (鹿取) 
★「新樹みな」のみなって何ですか?木がしばしば人格のメタファーになっていることが多い
 のですが、なぜ特定の樹ではなく「新樹みな」なんですか?(うてな)
★あまり深く考えないで全部の樹がキェルケゴールにほほえんでいると。(石井)
★季節ではないですか。いろんな樹が萌えだしている、ものみなエネルギーに満ちている、そ
 ういう季節。だから特定の樹でなくみんな。(鹿取)
★出版記念会で小池光さんがこの歌がいいと言われたんだけど、なぜいいとおっしゃったかは
 残念ながら覚えていません。ところで、「かりん」特集号の『寒気氾濫』自選5首にこの歌
 入っていてこんな自注があります。(鹿取)

      キェルケゴールの著書『反復』が頭にありました。まったく不可能な恋、存
      在の限界を新緑の樹木のなかに置いてやりたかったのです。包みたかったのだ
      と思います、たぶん。 「かりん」(2011年11月号)

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渡辺松男の一首鑑賞 223

2015年05月25日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)93頁
     参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:石井 彩子
     司会と記録:鹿取 未放


223 鷹の目の朔太郎行く利根川の彼岸の桜此岸の桜

         (レポート)(15年5月)
日本美の象徴である桜を愛でながら、鷹の目で彼岸を歩く朔太郎は故人であるとともに、実生活のない人という意味にもとれる。此岸を歩くのは作者である。同じ桜をみているのではない、美意識も相反している。自身と偉大なる郷土の先人である朔太郎を並列に並べることによって、作者の青年らしい意気込みと自負が窺われる。
萩原朔太郎の代表作『月に吠える』では、研ぎ澄まされた神経と感覚が織りなす孤独な近代人の内面世界の陰影や流動が描かれている。それらの詩作は芸術至上主義の立場から生まれたもので、事実、朔太郎は己の美的空間のみに生きて、生活を放擲した人であった。萩原葉子によれば、ご飯粒を、膝のまわり一面にこぼしたり、すれ違っても気づかない父であった。その上、現実対応能力もなく、家庭は悲惨を極めたようである。このような実生活の破綻ぶりは、優れた芸術家の宿命と受け入れられ、郷土では礼讃された。
氏は「生を歌う」(注1)という文章の中で庭の花は写実的、あるいは美の象徴として詠むのではなく、そこに亡き妻が好きだったから、その積み重ねた時間があるから詠むのだと述べている。
土がにおい汗ぼうぼうの扇状地農に痩せいし祖父の鳩尾(みずおち)『寒気氾濫』
 汗を鳩尾にしたたらせながら、農に生きる祖父の姿は、朔太郎の美意識にはそぐわないかもしれないが、この歌には、当時では当たり前の営みをした祖父の積み重ねた時間を思い、そんな祖父を誇りに思う健康で健全な青年の気持ちが滲みでている。氏はそんな人間をも相対化する。
ごうまんなにんげんどもは小さくなれ谷川岳をゆくごはんつぶ、『泡宇宙の蛙』
 宇宙から見る、にんげんという生物が積み重ねてきた時間、空間における傲慢さ、矮小さを示した歌である。このような作者の思いは「生を歌う」での、次の作家姿勢を示した一文で明らかだ。以下はまとめである。
歌は時間を大切にする。過去の感情、認識の結果としての小説、音楽、美術は、自己の時間と重ねて鑑賞し、また137億光年の広がりに及ぶ宇宙も、時間と空間と相まって意識せずにはいられない、この地上において、すべての生物が時間の連鎖で生きている、そこに光芒する生命の営みの不思議さをみつめたい。  注1 2012年10月24日 上毛新聞 「生を歌う」


              (参考)(15年5月)(鹿取)
    社会のために私は大したことを何ひとつできないかもしれないが、無理に
   でもそこに身を置いておかなければ嘘のような気がするのだ。家の水道の配
   管ひとつ動かすことも自分ではできない。そんなあたりまえの事実の部分に
   自分を繋ぎとめておかなければ、こころが痩せていくように思うのだ。
         『寒気氾濫』(一九九七年)あとがきより一部抄出


     (当日意見)(15年5月)
★以前「かりん」に「アンチ朔太郎」という評論を書いて、そこで朔太郎と渡辺松男を並べて
 論じて、この歌も引用しています。二人は資質もまったく違いますが、生活態度の違いも大
 切かなと思って、『寒気氾濫』のあとがきから一部抄出して挙げました。私はこの感覚に信
 頼を置いています。根底に詩人として朔太郎とは違うありようでいたいというのがあるので
 はないでしょうか。(鹿取)
★ニーチェの『ツァラツストラ』には最後まで主人公に寄り添う鷹がえがかれていて誇りの象
 徴何ですけど、鷹の目のというのは朔太郎が孤独に耐えながら詩人としての誇りをもって昂
 然と歩いているというのでしょうか。(鹿取)
★写真で見るとまさに鷹の目ですよね。(石井)
★なるほど、容貌ですか。(鹿取)

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渡辺松男の一首鑑賞 222

2015年05月24日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)92頁
     参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:石井 彩子
      司会と記録:鹿取 未放


222 ひんがしへひんがしへ犬(いぬ)の陰嚢(ふぐり)咲きひんがしへ行く良寛の足

         (レポート)(15年5月)
 子供にせがまれれば、日が落ちるまで鞠付きに興じる何事にもとらわれない無欲恬淡な性分の良寛は、69歳の時、島崎村(現長岡市和島村)の木村家邸内に住んでいた、その屋敷で30歳の貞心尼に出会った。「こころさへかはらざりせばはふつたのたえずむかはむ千代も八千代も」『蓮の露』という和歌を詠んでいる。再会を思って、貞心尼の住む福島(現長岡市福島)の閻魔堂に向かう、塩入峠(しおのりとうげ)を越え、信濃川を渡ったというから、犬(いぬ)の陰嚢(ふぐり)は川辺に咲いていたのであろうか。犬の陰嚢の咲く様は、恬淡で飄々とした良寛の足取りのようで、また、貞心尼への恋心をも思わせる、東へ、東へと畳み掛ける表現は、貞心尼へとはやる想いを伝えている。良寛は74歳で亡くなるが貞心尼の手厚い看護をうけ、最期を看取ってもらった。(別紙図参照)◆当ブログでは、「別紙図」は省略しています。


      (当日意見)(15年5月)
★別紙の図を見てください。良寛が住んでいる所は真ん中中央の木村家です。そして右下に
貞心尼の住む村があります。直線距離で18.6キロくらいです。これは塩入峠を越えて信濃川の
  渡しを通って行く道です。6~7時間かかったのではないでしょうか。朝行って夕方着くという感じ
 です。こんなふうにして良寛は貞心尼に逢いに行ったのではないでしょうか。(石井)
★良寛と貞心尼の恋の話というのは知っていましたが、この歌と結びつけては全く考えていませんでし
 た。修行の為に良寛はひんがしへひんがしへ歩いて行って、その足元に犬の陰嚢が咲いてい
 たって単純に考えていたのですが、石井さんの意見のように貞心尼に会いに行く話だと犬 
 の陰嚢が作用してエロチックな歌になりますね。(鹿取)


     (後日投稿意見)(15年5月)
 日がな一日子供と鞠つき遊びをしたような優しい良寛さんが春ののどかな日の中を歩いている。「ひんがしへ」を3度繰り返したことで、てくてくとした足元が見えてくるようだ。そんな良寛さんの足元には可憐な犬の陰嚢が春の日射しをあびて一面に咲いているのだ。(K・M)

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渡辺松男の一首鑑賞 221

2015年05月23日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)92頁
   参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:石井 彩子
   司会と記録:鹿取 未放


221 秋津島にゴータマ・ブッダなけれども非想非非想鳥雲に入る
                        {注1}
      (レポート)(15年5月)
天照大御神(神道)につながる、日本の国、秋津島にゴータマ・ブッダは誕生しなかったが、非想非非想鳥は私たちを導き、煩悩から救ってくれるのだろうか、今、仏の最高の境地である「有頂天」への高みに飛翔して、雲に入ったところだ。  
秋津はトンボの古称である。『古事記』によれば、イザナギ、イザナミの二柱の神は男女の交わりをして、大八島を構成する島々を生み出した。その島の一つ本州が大倭豊秋津島(おほやまととよあきつしま)と記され、転じて日本全体の異名となった。「秋に成ると稲の豊作を象徴するトンボが出(いずる)島」→「秋津嶋」ともいわれている。四季に恵まれ、自然の秩序に順応して、神秘を感じ、畏れを抱いて生きる風土で、人々は自然を崇拝し、多神教的アニミズム信仰を生んだ。一方、仏教が伝来したのは飛鳥時代、552年とされ、当初は「皇族・貴族」のための宗教だったが、鎌倉時代以後、民衆にも受け入れられた。現代信者数は8690万(統計局HP-第六十四回日本統計年鑑){注2}とされている
注1 「鳥雲に入る」 :春の季語。春に北方に帰る渡り鳥が、雲間はるかに見えなくなること。
            『歳時記』
注2 この数は現実を反映していない。国民の多くは宗教儀礼には参加するが、宗教を問われて、
   無宗教と答える。


      (参考)(15年5月)(鹿取)
   なお細想なきに非(あら)ざるを以て「非非想」、または「非無想」という。
   非有想なるが為に外道(仏教以外)は、この天処を以て真の涅槃処とし、非
   無想なるが為に内道を説く仏教においては、なお、これを生死の境とする。
      (『倶舎論』)


     (当日意見)(15年5月)
★世親という人が作ったインドの仏教書に『倶舎論(くしゃろん)』というのがあります。そ
 こで三界(無色界・色界・欲界)の内、最上の場所である無色界の最高天を有頂天または、
 「非想非非想天」と言うとあります。それで(参考)にあげましたように仏教以外では「非
 想非非想天」を悟りと考えるのですが、仏教では「非想非非想」というのはまだかすかに思
 いが残っているので輪廻のうちにあると考えるようです。(鹿取)
★レポーターは「非想非非想鳥」と一つの名詞として解釈されましたが、私は「非想非非想」
 と「鳥雲に入る」は別の言葉だと思います。私はこの歌大好きですが、「秋津島」と結句の
 春の季語がかす かに衝突するような気がして気になります。でも、「日本」とか言ったら
 全然つまらない歌になるし、固有名詞だからこだわる方がおかしいかもしれません。一首は
 「秋津島にはゴータマ・ブッダは誕生しなかった、そして〈われ〉は「非想」とか「非非想」
 とか時折考えてみることもあるけど、空高く渡り鳥が雲に消えてゆくのがみえるよ」と憧れの
 気分で空を見上げている歌かなあと思います。(鹿取)
★石井さん、鹿取さん、両方の意見に納得できると思いました。「非想非非想」でも「非想非非想
 鳥」でもそんなに違わないように思います。「鳥雲に入る」は春の季語だけど、短歌なんだから
 いい んじゃないですか、自由に使って。神道というのはほとんど思想がないんですよね。それ
 に思想があ る仏教と対比でやったんだろうから、秋津島というしかないんじゃないですか。
  (うてな)
★なるほどね、すごくよくわかりました。いいこと言ってくれて助かりました。私に思いこみがありま
 したよね。確かに鳥だって「非想非非想」ってあるかもしれないですからね。人間だけもの考えるっ
 て傲慢かもしれないですね。(鹿取)

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渡辺松男の一首鑑賞  220

2015年05月22日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)92頁
   参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:石井 彩子
   司会と記録:鹿取 未放


220 無際なる体内の靄吐き出だす赭(あか)きジャン=ポール・サルトルの口

         (レポート)(15年5月)
 サルトル作『嘔吐』(1960年版 白井浩司訳)の主人公、ロカンタンはあらゆる場面で吐き気を催すのだが、ある日公園のベンチに座って、目の前のマロニエの木の根を見た時、激しい吐き気に襲われる、知識人ロカンタンはそれが無意味に、偶然そこにあるということには耐えられない、体内の靄を吐き出だすように、赭い舌をまくし立て、噤むことのない口は終始、空しい言葉を吐き続ける。「黒い爪」「煮られた革」「かび」「禿鷹の爪」「太い足」「アザラシの毛皮」などと、マロニエの木の根を言い換えてみる。このように体内から言葉を次々吐きだしても、永遠にマロニエの木の根そのものには近づけない。
     「事物の多様性、その個別性は、一つの仮象、一つの漆に過ぎなかった。
      この漆が溶けてしまっていた。怪物じみた、柔らかくて無秩序な塊が、
      裸の、恐ろしい淫猥な裸形の塊が残っていた」。P147
 この「裸形の塊」が意味以前の偶然、そこに輪郭も個別性も喪失したマロニエの木の根である。人間存在もそうだ。存在の根拠がないまま、他ものとは関わりない無意味な(実存)存在であり、本質(意味や価値を付与されたもの)として生まれてきたのではない。ここから「実存は本質に先立つ」という有名な実存主義のテーゼが提唱された。
このようなサルトルの哲学は人間存在を認識する以上の答えは出してくれない、生きかたや、精神の深みなどは宗教や芸術などによって、はじめて得るものである、222番の良寛は物質的には無一物に徹し、自然の山川草木を愛し、寺も妻子ももたなかった。作者は良寛のそのような生き方に共感し、サルトルを冷やかに見ているように思える。

         (参考)(15年5月)(鹿取)
雪の樹を仰ぎおるとき口あけてみだらなりわがまっ赤な舌は『寒気氾濫』51頁

   (当日意見)(15年5月)
★「無際なる体内の靄吐き出だす」のはサルトルだけでなく人間存在そのものではないかなあ。
 私が参考に挙げた歌は雪の樹と対比させたまっ赤な舌を持つ〈われ〉を「みだらなり」と感
 じています。だから私はサルトルを客観的に冷ややかに見ているというよりも、自分も含め
 て突き放しているんだろうなと思います。人間を相対化しているのだと思いますが。(鹿取)
★サルトルは自然の有り様を言葉で説明しようとしました。良寛は自然と融け込むことに徹し
 た人ですね。サルトルに赭き口という投げ出したようなうたい方をしていることからみて、
 渡辺さんはサルトルを冷ややかに見ているのだと。渡辺さんはサルトルも含めて様々な人の
 影響は受けているけれど、最終的には良寛の方に親和性を感じていると。(石井)
★時間経過の後では良寛に親和性を感じているとは私も思います。ただ、サルトルを批評的に
 見ているならそこに同じ人間存在としての自分も含まれているということです。渡辺さんは
 哲学科ですから当然サルトルは学んでいるわけですけど、思想的な影響関係とこの歌は切り
 離して考えています。(鹿取)

      (後日意見)(15年5月)
議論の時見落としていたが、『寒気氾濫』64頁に既に鑑賞を終えた次の歌がある。
   ダンコウバイの黄葉の表裏陽のなかにサルトルも遠き過去となりたり
 過去となったというからには、かなりの影響を受けたということだろう。けれどこの感慨にはいくらか過去に対する愛惜のようなものが滲んでいるように思われる。1966年、サルトルが来日し講演した時、高校生の私は聴講の応募葉書を出した記憶があるが、220番歌、そういう類の講演か大学の講義の1コマの描写と読んでも面白い。むろん、作者の意図はサルトルという人間の総括であろう。『嘔吐』だけではなくサルトルの全体の著作活動や生涯を見渡して「無際なる体内の靄吐き出だす」イメージに集約しているのだろう。(鹿取)
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渡辺松男の一首鑑賞  219

2015年05月21日 | 短歌一首鑑賞

 渡辺松男研究27(15年5月)【非想非非想】『寒気氾濫』(1997年)91頁
   参加者:石井彩子、泉真帆、かまくらうてな、M・K、崎尾廣子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:石井 彩子
   司会と記録:鹿取 未放


219 ワーグナー的胸騒ぎせりおうおうと真黒くうねる森が火を呼ぶ

         (レポート)(15年5月)     
ワーグナー的胸騒ぎとはなにか、復古的な社会の到来が近いと、危惧しているのであろうか?森の中でおうおうと咆哮する人間の野性(考え方の違うものに対して攻撃的になる人間の性)が黒い情念となって、きっかけがあれば、戦時中のような国民的陶酔となって噴出するのだろうか?
ワーグナーの特質すべきことは、その楽劇が国粋主義的イデオロギーのナチスに利用されたことである。ワーグナーは反ユダヤ思想の持ち主で、ユダヤ的な市民社会・資本主義社会の批判をした。第二次世界大戦中もワーグナーの作品のみを上映する「バイロイト音楽祭」はナチスの支援下で上演され、その比類ない音楽は大衆を酔わせ、ドイツ民族精神の優位性を鼓舞した。


    (当日意見)(15年5月)
★ちょっと話が逸れますが、ニーチェは20代の頃からワーグナーについての評論を何篇か書
 いて、ギリシア精神を現代によみがえらせ、現代文化を再生させるにちがいないとワーグナ
 ーを讃美しています。しかし後年ワーグナーに裏切られたとして「ツァラツストラ」第4部
 でワーグナーを主人公にした「魔術師」という章を儲け、彼は精神の俳優に過ぎないと強く
 非難しています。(鹿取)
★ワーグナーがナチスに利用されたのは有名な話ですが、私がこの歌で分かりにくいと思った
 のは「ワーグナー的胸騒ぎ」の「的」です。普通の「的」の使い方だと「ワーグナーのよう
 な胸騒ぎ」ってなるんだけど、一首読むと意味的には「ワーグナーによって引き起こされる
 ような胸騒ぎ」って読めてしまいますが。この「的」って石井さん、どうですか?(鹿取)
★私も分からなかったけど、ワーグナーの楽劇って上演するのに3日くらいかかるそうですね。
  人間の本質にある攻撃的な部分、民族精神とか神話的なものを思い浮かべました。(石井)
★ワーグナーの楽劇にあるような情念に自分も取り込まれそうで胸騒ぎするってことですか?
 それとも圧倒的な民族精神のようなものが迫ってくる予感がするってことですか?(鹿取)
★人間の見たくない面を見つめている歌かなと。(石井)
★外側から民族主義的なものが押し寄せてくるだけでなく、自分の内部にもそういう要素があ
 ってそれが自分を浸食していきそうで恐いってことですか?(鹿取)
★あまり内面に入っていくと分からなくなるので、一般化しました。作者の心の中で起こって
 いることはもっと別のことかもしれないけど。(石井)
★ワーグナーの音楽って怒濤のようじゃないですか。だから「森が火を呼ぶ」にかかっていく。
   (曽我)
★ワーグナー的って言ったら、やはり下句を呼ぶための言葉で、ダイナミックで過激な感じを
 呼び込むために使っている。(真帆)
★戦争の萌芽とか民族主義的なものとはあまり結びつけなくてもいいという意見?(鹿取)
★はい、音楽的なことに解釈しました。(真帆)
★でもそれだとワーグナーじゃなくても誰でもいいわけですよね。タンホイザーをカラヤンが
 やるでしょう、ナチスに協力したことがありますよね。軍国主義と胸騒ぎはやはり関係があ
 ると思います。この歌が書かれた頃日本は君が代論争でもめ出した。復古調の気配が濃厚に
 なった時期なので、石井さんのこのレポートを拝見してそう思いました。(うてな)
★作者は復古調の到来に対して胸騒ぎがしているっていうことですね。おうおうと燃えさかるよう
 な勢いでおどろおどろしいものが押し寄せてくる。ここも黒という色が出てきます。(鹿取)

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