かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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馬場あき子の外国詠 184(アフリカ)

2014年04月30日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P157
                               参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                                レポーター:崎尾廣子
                                 司会とまとめ:鹿取 未放
 

17 料金のありてそれだけの友情を買ふことも砂を行き愛(かな)しうす

      (まとめ)(2007年11月)
 16の歌でも述べたが「友よ」と言って寄ってきて、難儀な沙漠をゆく人の手助けをするのはお金を貰う為である。同行した人の旅日記によると、添乗員が後でそっと親切料を払っていたそうだ。
この歌、「哀し」ではなく「愛し」であるところが深い。(鹿取)

 
      (レポート)(2007年11月)
 今日では人助けもお金で買える時代である。沙漠にもそんな流れが来ていたのである。驚きと愛しさを詠っている。「それだけの」友情を嵩ではかり料金の決まる哀しさを「砂を行き」で買った後の索漠たる気持ちを表現していると思われる。「愛(かな)しうす」に作者のあきらめが滲む。沙漠の旅にある友情を買うという行為を愛しんでいる歌ではあるが、今の世を哀しんでいるのである。(崎尾)
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佐々木実之の歌集『日想』のブログとツイッター

2014年04月30日 | 歌会などのお知らせ
 実之さんの妹さんが彼の遺歌集『日想』についてのブログとツイッターを始められました。すてきなブログです。ぜひお読みください。


ツイッター  佐々木実之「日想」   https://twitter.com/saneyukinissou
ブログ    佐々木実之の歌集「日想」 http://nissou.hatenablog.com/

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馬場あき子の外国詠 183(アフリカ)

2014年04月29日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P157
                               参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                               レポーター:崎尾廣子
                                 司会とまとめ:鹿取 未放
 

16 ベルベル族の少年は砂漠に手を広げ友よと言ひてなよるならずや

     (まとめ)(2007年11月)
 「なよる」は広辞苑に「なれてよる。親しくなって近寄る」と出ている。ここでは親しそうに寄ってくる、くらいの意味だろう。「や」は反語か。「砂漠に手を広げ友よと言ひて」寄ってくるのは親切料を貰うためだということが次の歌「料金のありてそれだけの友情を買ふことも砂を行き愛(かな)しうす」で分かる。それが彼等にとって生きていく術なのだが、少年は何歳くらいなのだろう、そのあどけなさを思うといっそうあわれである。(鹿取)


     (レポート)(2007年11月)
 見知らぬ人との出会いに人はまず相手を警戒するであろう。しかしベルベル族の少年は「手を広げ友よと言ひて」と詠われているように警戒心をあまり持たず近寄ってきたのであろう。友情をかけたいのか。友情と名の付くその行為に求めるものは何か。父母への思いを現す生活に潤いをもたらしてくれる糧であろうか。「友よ」が哀しい。答えていると思われる作者の優しい目差しを結句「なよるならず」に感じる。裸の大地に住む人にとっての見知らぬ人の来訪は、人が縁にも泉にも思えるのかもしれない。少年の心の内を思わせられる歌である。

  *ベルベル人:北アフリカのチュニジア、アルジェリア、モロッコ地方の原住民。ハム語系。
         ネグロ・セムの血も混じる。
                                   (崎尾)
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馬場あき子の外国詠 182(アフリカ)

2014年04月28日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P157
                            参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                             レポーター:崎尾廣子
                              司会とまとめ:鹿取 未放
 

15 何も生まず何も与へず生かしめぬ砂のサハラの明けゆく偉大

      (まとめ)(2007年11月)
 レポートに失望とか希望とかあるが、それらには関係ないという意見が多く出された。レポーターは生まず与えず生かしめない沙漠の本質を失望、明けてゆく偉大さを希望と捉えたのだろう。少し言葉を足せばよかったかなと思う。
 これは沙漠の夜明けに感動し讃えた歌だろう。「何も」の語は「生かしめぬ」にも掛かっている。3句まで、思わず口をついて出たようなことばがほとばしっている。その死のような砂の堆積の上から一点の陽光が射し、やがて赤い砂がバラ色に染まりながら夜が明けてゆく。死のような無のような沙漠が生み出す大パノラマ、その不可思議に地球の神秘、命の不思議を感じたのだろう。(鹿取)


      (レポート)(2007年11月)
 サハラの深淵を見る思いの歌である。初句の「何も」2句の「何も」の繰り返しに沙漠の本質を現し、「生かしめぬ」で更に迫ってくる。が「明けゆく偉大」で目の前に広がる光景に希望も見えてくる。沙漠には失望と希望が交差していると詠っているのであろうか。サハラの偉大さはそこに分け入った人のみが実感できるのだ。(崎尾) 
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馬場あき子の外国詠 181(アフリカ)

2014年04月27日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P156
                              参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                               レポーター:崎尾廣子
                                司会とまとめ:鹿取 未放
 

14 日本人まこと小さし扶けられ砂漠を歩むその足短かし

      (まとめ)(2007年11月)
 レポートは少しピントが外れているという指摘が会員から多く出された。
日本人が小さいというのは、ここでは優劣の感覚ではないだろう。西洋人などに比べての単純な比較である。日本人が小さいという歌は他の旅行詠でも馬場はよく詠っている。この歌では「その足短かし」などの描写で少し戯画化されているかもしれない。
 沙漠を登るのに駱駝組と徒歩組に別れたそうだが、馬場は歩いたのだろうか。あるいは歩いている人を見て詠んだのかもしれない。ともかく沙漠を歩むのは慣れていないとたいへん難しい。それで現地の人に扶けられながら進むのである。

 【参考】
     ジパングは感傷深き小さき人マドリッドにアカシアの花浴びてをり(スペイン)
『青い夜のことば』
     羊のやうに群れて歩める小さき影カラードにして金持われら(チェコ)
                       『世紀』 
                                                (鹿取)


      (レポート)(2007年11月)
 今では体も大きく足も長い人たちをよく見かけるが、およそ日本人は小さく足が短い。ふだんあまり考えたことのなかった日本人の体型のありようを知ったのである。扶けられながらであっても、沙に取られた足を抜くときの力は弱い。不自由さを覚えたのであろう。「まこと小さし」「その足短かし」の「し」「し」に作者の実感がこもっている。読者も日本人の体型の負の部分を知らされる。愛しさはやがておかしきに変わっていったのであろう。
     (崎尾)

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馬場あき子の外国詠 180(アフリカ)

2014年04月26日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P156
                           参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                            レポーター:崎尾廣子
                             司会とまとめ:鹿取 未放
 

13 陽出づるは滴のごとき光すと待てば砂漠の風深く冷ゆ

     (まとめ)(2007年11月)
 「滴のごとき」とは詩的で何とも美しいイメージだ。それを誰が言ったのかで会員の意見が紛糾した。私自身は現地の人がそう感じていることを、ガイドが代弁して言ったのだろうと考える。もちろん言葉としてはもっとざっくりと「一点の光が射して」などだったのを馬場が「滴のごとき」と歌にする段階で翻訳したのかもしれない。ちなみに同行した人の旅日記によると3時30分起きで、4時15分にランドローバーに分乗してメズルーカという沙漠の入り口に着き、駱駝や徒歩で砂丘に登り6時の日の出を待ったそうである。
 あこがれて日の出を待っている時、広大な沙漠は「風深く冷ゆ」という状態だった。「冷たい風が吹いていた」などという表現よりしっとり湿った印象で「滴」とよく対応している。(鹿取)


     (発言)(2007年11月)
★他人が言っているのか、他人が言ったように詠っているが自分の感じか。(慧子)


      (レポート)(2007年11月)
 陽の出を詠った美しい歌である。2句の「滴のごとき光す」が印象深い。渇ききった大地に言葉による潤いを帯びさせている。過酷な地に暮らす人々がもつ心のゆとりが伺える。結句「深く冷ゆ」
によってその一瞬はより美しく透明となり心に響く。冷たかった風が暖かい風に変わり、太陽がしずくのような光となって射す。その時をゆっくりと待つのである。見たことのない沙漠の民が持つ文化の一滴が立ち上がってくる。
                 (崎尾)


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馬場あき子の外国詠 179(アフリカ)

2014年04月25日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P156
                           参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                            レポーター:崎尾廣子
                             司会とまとめ:鹿取 未放
 

12 ランボーはサハラに至らざりけるか赤砂の丘に陽の入る時刻

     (まとめ)(2007年11月)
 フランスの天才詩人ランボーは、複雑な家庭環境の中で神や家庭を呪って成長したと言われている。10代の頃から出奔や放浪を繰りかえし投獄されたこともある。20歳の頃、ヴェルレーヌの招きでパリに出るが文学や思想に失望、ヴェルレーヌと共にベルギーやロンドンに移り住むが2年後、ヴェルレーヌにピストルで撃たれて関係は破局、「地獄の一季節」などを表すがその後1、2年で文学に決別したといわれている。その後、各国を渡り歩いて交易に従事、1891年、右脚部腫瘍でマルセイユに戻ったが死亡。37歳だった。高熱を発してマルセイユに戻る時には砂漠を何人もの人足に担がれて港にたどりついた、とも言われている。
 見渡す限りの赤い沙漠に陽が沈んでいく荘厳な光景を見ながら、ランボーの栄光と痛ましさのない交ぜになった激しい生涯を思っている。「時刻」とあるので沈む瞬間に啓示のようにランボーの像が作者を射たのかもしれない。(鹿取)


      (発言)(2007年11月)
★詩人として馬場はランボーと対峙している。(慧子)
★「赤砂の丘に陽の入る時刻」を見せる方法としてランボーを持ってきた。(N・T)


     (レポート)(2007年11月)
 沙漠の一瞬が詠われている。結句の「時刻」に心が留まる。天才詩人と言われたランボーに思いを馳せている。陽の入るサハラの地平は、空は怖さまで感じさせるほど美しいのであろう。「ランボー」によって想像する景はさらに深まり多彩となる。「ランボーはサハラに至らざりけるか」と時の彼方を詠い、「陽の入る時刻」で一点を指し、雄大な裸の地平に時を対比させている。宇宙の音が聞こえてくるようだ。(崎尾)

 *ランボー:フランスの詩人。(1854~91)早熟の天才で感覚の惑乱の中から未知のもの
  を見るという方法に目覚め、現実への反逆に満ちた独自の詩風をきずいた。詩集に「イリュミ
  ナシオン」「地獄の季節」など。  小学館 言泉

 *サハラ砂漠:アフリカ大陸の北部に広がる世界最大の沙漠。アフリカ大陸総面積の約四分の一
        を占める。大部分は岩石沙漠で、石油、石炭、鉄鉱石などの地下資源が豊富。
          小学館 言泉
                  (崎尾)
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馬場あき子の外国詠 178(アフリカ)

2014年04月24日 | 短歌一首鑑賞
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P155
                                参加者:崎尾廣子、T・S、N・T、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                                 レポーター:崎尾廣子
                                  司会とまとめ:鹿取 未放
 
  
11 不愛なる赤砂(せきしや)の地平ゆめにさへ恋しからねどアトラスを越ゆ

     (まとめ)(2007年11月)
 「ゆめにさへ恋しからねど」は、逆説であろう。ただ、砂漠の方は人間を拒絶しているだろう。人間や文明が踏み込むことを許さない、犯してはならない自然というものがあるのかもしれない。それでも〈教育された感情の方向から未開の感情の深み〉(辻まこと)を求めて人間は沙漠に踏み入るのである。
 レポーターがこの旅の動機をいろいろ推理しているが、朝日歌壇の吟行の旅なので、いわば仕事である。しかし選びはおそらく馬場の希望を入れたものであろう。すなわち、アフリカは馬場の行きたい土地だった。「不愛なる赤砂の地平」に大いなる興味を持って高いアトラスを越えてゆくのである。ちなみにアトラス山脈の最高峰はモロッコのツブカル山(4,167m)であるが、この旅の一行が越えたのはティシカ峠(2,260m・ティシカは羊飼いの意)のルートだったそうだ。(鹿取)


     (レポート)(2007年11月)
 この旅は何かに押されての出発なのか、念願が叶ったのであろうか。「不愛なる」「恋しからねど」と詠っている。サハラに惹かれてはいたであろうが、ひょんなことから始まった旅なのであろう。弱音「不」で始めるリズムは赤砂でひびきを高め、「ゆめ」「恋」と潤いを帯び、結句の「ゆ」によって余韻はさめない。うながされてきた旅ではあるが、いつのまにかこんなに遠くにいると感懐にひたっているのであろう。「アトラスを越ゆ」に作者のそんな思いが伝わる。韻律が印象的な歌である。

*アトラス:ギリシャ神話の巨人神。オリンポスの神々と争って敗れ、その罰として両手で天を
       支えることを命じられた。
 *アトラス山脈:アフリカの北西部の海岸と平行に走る褶曲山脈。褶曲とは地層が波のように湾
         曲している状態をいう。
             (小学館 言泉)
                                  (崎尾)
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渡辺松男の一首鑑賞  93

2014年04月23日 | 短歌一首鑑賞
【寒気氾濫】『寒気氾濫』(1997年)53頁
                    参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                     レポーター:鈴木良明
                    司会と記録:鹿取 未放


126 直立で泣き叫びいし翌朝の杉は一層まっすぐに立つ

     (レポート)(2014年4月)
 夜に入ると、寒気団による「からっ風」が吹き荒れたのだろう。そのために、前の歌では緘黙者であった杉は一晩中泣き叫び続けたのである。翌朝は、風も治まり静けさを取り戻したのだが、直立に立つ杉が一層まっすぐに立っているように見えたというところに、自然の営みの絶妙な調和、バランスが感じられて、この歌の魅力になっている。


          (発言)(2014年4月)      
★杉が天から降ってきて着地したとうような歌や、木の直立を疑わぬ人といて……という歌もあっ
 て、そしてこんな歌もあるわけですが、その幅を面白く思います。(鹿取)
★直立の杉だからいいですね。松だったら違う感じ。(藤本)
★きっとこの杉は風にもみくちゃにされて寒くて辛かったんでしょうね。そんな自分をちょっと恥
 ずかしがっているように翌朝は背筋を伸ばしてまっすぐ立っている、なんだか小学生を見ている
 ようないじらしい気がします。(鹿取)

  ※鹿取の発言の歌
     大空ゆ哭きたくなりて降る幹がつぎつぎ着地して杉林
                    『歩く仏像』(2002年)
     木の直立をうたがわぬ人にきょう会いて退屈はわれを震えあがらす
                   『けやき少年』(2004年)
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渡辺松男の一首鑑賞  92

2014年04月22日 | 短歌一首鑑賞
【寒気氾濫】『寒気氾濫』(1997年)52頁
                   参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
                    レポーター:鈴木良明
                   司会と記録:鹿取 未放


125  寒気団ヒマラヤ杉の上にあり同士討ちなり緘黙者とは

     (レポート)(2014年4月)
 寒気団がヒマラヤ杉の上に居座って、地上のもの(ヒマラヤ杉や作者を含む)と対峙し、にらみあっている。今はどちらも緘黙者(口を閉じてだんまりを決め込んでいる)同士であり、その意味で同士討ち(仲間内の争い)の様相である。寒い「からっ風」の吹きすさぶ前の、山間部の重苦しい沈黙のような静けさが伝わってくる。(鈴木)


     (発言)(2014年4月)      
★寒気団と作者とヒマラヤ杉の対比というのがとても面白い解釈ですね。緘黙者というの
 が一つのミソなんでしょうね。寒気団とヒマラヤ杉がお互いに押し合っている。そこに
 空っ風が吹いてくる。群馬というのはものすごく寒いところですね。(N・F)
★この歌は大好きです。渡辺さんはあまり口数の多い人ではないから自分は緘黙者だとい
 う意識が日頃からあって、こんな歌が生まれるのでしょうね。しゃべらないのがそんな
 に悪いことかというような意味の歌もありましたし。ここでは寒気団がずっと居座って
 いて、ヒマラヤ杉はその寒さにじっと耐えている、その拮抗のようなもの、緊張感が美
 しいと思います。(鹿取)

 
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